第四十節 さらばホートク

「私のジャスティス、感じ取ってくれたかしら?」

「そりゃもう、存分に。本当に助かったよ」


「貸してくれた推理小説、とっても面白かったわ。また今度、新しいの読ませてよね」

「うん、一番いいのを探しておくね」


「ホートクを楽しんでくれたなら、何よりだ」

「ありがとうハヤブサ。短い間だけど、沢山お世話になったよ」


 三人相手にそれぞれと、感謝と別れを交わし合う。最後に結んだ握手の手には、名残惜しさを表すかのように静かな力が込められていた。


「えへへ、あげるー!」


「ハヤブサにも、どうぞ!」


 クオもそれぞれ挨拶をして、何やらお菓子を握らせている。


 新手の賄賂かな、なんて。

 そんな冗談が頭に浮かんだ。


「ハクトウワシも、ありがとねっ!」

「うふふ、どういたしまして。……だけど、寂しくなるわね。どうしてかしら、元通りになるだけなのに」


 神妙に口角を上げるハクトウワシ。


「しんみりするな。もう一人、新しい友人が居るじゃないか」

「そうそう、二人を引き留めちゃ悪いわよ」

「分かってるわ。旅に、別れは付き物なのよね…」


 瞼を閉じて首を振る。

 その心境は如何なるか、振り切るように上を向いて彼女は言った。


「………ううん、何でもないわ。二人とも、いい旅を」

「うん。三人とも、元気でね」

「ばいばーい!」


 ゆっくりながらに歩きだし、草原の先で振り返る。

 僕たちの背中を押すように、追い風がぐるぐると風車を回していた。



「さて…次はルカだね」

「うんっ! 滝に行けば会えるんだよね?」

「だね、そう思うよ」


 よいしょっ…と。

 リュックを上に背負いなおして、次の目的地は渓流の滝。

 

 透き通った川の涼しげなせせらぎに、山肌に沿って根付いた木々から舞い落ちてくる葉っぱの雨。

 ここの景色も、今日でしばらく見納めだ。

 カメラでもあれば写真に収められたんだろうけど……次のちほーで探してみよう。

 

「ルカ、いるー?」


 流れ落ちる滝に向かってクオが声を掛ける。

 すると間もなく水はまばらに、奥からルカが姿を現した。


「よく来たな。今日はどうした?」

「クオたち、そろそろ次のちほーに行くの。だから、ルカにも挨拶しておこうと思って」

「……そうか、行ってしまうのか」


 驚いた顔をしたルカ。

 しばし逡巡するように黙り込み、踵を返して僕たちを中へと招く。


「入れ。渡したいものがある」


 僕たちもルカに付いていき、洞窟へ足を踏み入れた。


「ところで、次の目的地はどこだ?」

「ここから近い、カントーに行こうかなって思ってる」

「カントーか……いや、我はホートクしか知らなかったな」


 冗談交じりにルカは笑う。


「それで、カントーとはどういうところだ?」

「あのね、パークで一番賑やかな場所なんだって。しかも”パークセントラル”ってところには、とーっても大きなお城があるんだよっ!」


 パーク1大きな建物のことは、パンフレットに載っていた。文章を読む限り、遊園地みたいなテーマパークの中にあるみたい。

 今度のカントー行きは、そのお城が第一目標になりそうだ。


 クオの熱の入った説明を聞いたルカも、なんだかうずうずしているように見える。


「面白そうだな。柄にもなく気になってしまった」

「じゃあルカも来る?」

「……いや、嬉しいが遠慮しておこう」


 ほよ、と拍子抜けなクオ。

 ルカはどこか慈しみを含ませた語り口で言う。


「我は、この洞窟の空気が一番好きだからな」

「…そっか!」

「すまないな、折角の誘いを」

「いいのいいの、気にしないで!」


 ま、三人旅にはならないか。

 いたずらに人数を増やしても大変そうだし、僕はこのままが良いけどね。


「話が逸れたな、急ごしらえだが贈り物を用意した」


 ああっと、そうそう。

 渡したいものがあるって言ってたんだったね。

 その言葉通り、洞窟の奥からルカは大きな箱を引っ張り出して、まずはクオにと手渡した。


「…これは?」

「手製の弓だ。クオの身体に合うよう作られている。役に立つ時が来ればと思ってな」

「わぁ、ありがとう…っ!」


 綺麗なきつね色をした弓。

 上下の狐を模ったような形から、ルカの本気が感じられる。



 ……これは、僕への贈り物も期待して良いってことかな?



「そしてソウジュ、お主にはこの『とても斬れ味の良い矢』をやろう」

「………」


 やったねルカ。

 やりやがったね。

 僕は生涯その戦法を使わないと心に決めていたというのに。



 ―――こんな風に渡されたら、試さざるを得ないじゃないかっ!



「冗談だ。代わりにこれをやろう」

「…えっ、石板?」


 ちゃんと用意はしてたんだね。

 実は矢も欲しいんだけど、欲張り過ぎかなぁ……


 ……あ、くれた。


「その石板は、昔に倒した妙な人型のセルリアンが落としたものだ。あのカラスを見て思い出したのでな」

「ありがとう、ルカ」

「礼には及ばん。むしろこれは我からの礼だ」


 至れり尽くせりで申し訳ないな。お礼を言いたいのは僕たちも一緒なのに。

 でも、それを言い出すと今度は譲り合いの水掛け論になりそうだから、そっと思いは胸に仕舞った。


 今度、旅を終えて戻ってくるときにでも、いろいろお土産を用意しておこうかな。



「時にソウジュ。お主に話しておきたいことがある」

「……僕に?」

「ああ、お主が知ればそれでよい」


 突然の内緒話だ。ちょっぴり期待もしちゃうけど、表情を見る限り浮ついた話でないことは確か。なのに僕一人にという辺り、相当シリアスな内容になりそうだ。


「あっ、じゃあクオは外で遊んで来るねっ!」

「服、濡らさないようにね」

「わかってるよーっ!」


 空気を読んで、クオは席を外してくれた。それは良いけど大丈夫かなあ、ケガでもしないか心配だ。


 だけどあの子を見に行く前に、ルカの話を聞かなければ。


「…で、話って?」

「あの巨大カラスの騒動だ。あの時、森の中で我が倒れていただろう?」

「ああ、そんなこともあったね…」


 当時は深く考える暇もなく、戦いの為に捨て置いていた。

 戦いの後は、途中のインパクトが大きくて忘れてしまっていた。


 何もなさそうだし大丈夫かなと思ってたんだけど、やっぱり裏があるらしい。


「結局、原因は何だったの?」

「……ハッキリとは覚えていない。だが、何者かに昏倒させられたような気がする」


 あはは、サラっと言うじゃん。

 その意味するところは、彼女もきっと理解してるよね。


「ルカを? 本当に?」

「ああ、想像に難い強者だ」


 今一度確かめなおせば、力強く断言した。

 なら信用しよう、その言葉を。


「……だけど、とんでもないな」


 僕は身震いをする。とても恐ろしい想像が出来てしまう。

 相手の強さもさることながら、倒すだけ倒してルカを放置したという事実に。

 

 セルリアンならまず放ってはおかない。

 例え一部でも、ルカの輝きを食べて奪ってしまうはずだ。


 ……じゃあ、フレンズか?

 フレンズに対して敵対的なフレンズが、パークの中にいるってこと?


 それはまだ分からない。

 だけどもう一つ、セルリアンの不自然な巨大化にも、その何者かが関わっていた可能性がある。


 全て証拠の足りない推論だけど……あながち、的外れな気はしない。


「ありがとう、警戒しておくよ」

「ああ。どうもきな臭い、気を付けてくれ」


 ルカは一通り話し、安堵するように息を吐いた。

 内心不安を抱えていたのだろうか、話して楽になれたなら幸いだ。



「これは独り言だが」



 そんな前置きをして、虚空に向かって話し出す。



「……どうも、初めて会った気がしない。何故だろうな、遠い大昔に、よく似た誰かと出会った気がするのだ」



 その視線は過去を向くのか。

 どうも、焦点を失っているように思えた。



「ルカ…」

「達者でな、ソウジュ。お主と出会えてよかったぞ」


 

 どうやら、もう何も言うつもりはないようだ。



「―――うん、またね」

「うむ、いつかまた」



 僕も去り際、虚空を覗く。

 ルカと同じく、過去は見えない。



「あれ、終わったの?」

「うん。クオはルカに挨拶してこない?」

「あっ、言ってくるっ!」



 水も厭わず駆けだして、間もなく明るく跳ね返る声が、滝越しに僕の元まで聞こえる。



「……眩しいな」



 焼き焦がすような日光の中で、飛び散る水の粒が涼しかった。




§




「―――おっ、あったよ」

「『この先 カントー』……うん、間違いないね」


 目印はよく目立つ黄色い看板。

 僕らの前にうねりつつ、草のはげた獣道が続いている。

 これが、カントーへの道だ。


「それじゃあ、このまま歩いていけば……」

「…まって、何か聞こえない?」

「えっ……」


 クオの言葉に僕は耳を澄ます。

 すると本当だ、激しい音が遠くから近づいてくるような……



「おぉぉぉーいっ! どいてどいてえぇぇぇっ!!」



 ―――なにあれ、馬車?



「ソウジュ、危ないっ!」

「え…わわっ!?」


 クオが咄嗟に飛び込んで、僕らは一緒に倒れ込む。

 そのおかげで間一髪、すぐ隣を馬車の車輪が駆け抜けていった。


 少し離れて止まった馬車から、一人のフレンズが駆け寄ってくる。


「ごめんっ! 急には止まれなくって…!」

「き、気を付けてよ…」


 ほ、本当に轢かれるかと思ったよ。

 まだ心臓がうるさくて、僕は手で冷や汗を拭うことしかできない。


 そんなことをしている間に、馬車の荷台から見覚えのある誰かが降りてきた。


「くりげさん、一体何が……あっ」

「オオセンザンコウ。それに、オオアルマジロも」

「やっほー、久しぶりー」


 ダブルスフィアだ。

 彼女たちも、ホートクを発つ道中だったらしい。


「これって馬車だよね、どこに行くの?」

「サンカイです。手紙で依頼を頂いたものでして」

「うん、を探しに行くんだー」

「アルマー、私たちには守秘義務というものが…」

「オアシスっ!?」


 真っ先にクオが反応した。


 そりゃまあ、「秘密の」なんてロマンあふれる言葉、好奇心旺盛なこの子に見逃せるわけは無いだろう。

 猫に木天蓼マタタビ、狐に小豆飯あずきめしといった様相だ。


「ねぇねぇ、クオたちも一緒に行っていいっ!?」

「えっ?」

「クオ、カントーは…?」

「何言ってるのソウジュ、カントーは逃げないよ!」

「いや、別にオアシスも逃げないと思うけど…」

「今しか探せないの、一緒に行きたい!」


 まあ、それもそうか。

 どうしてもクオが望むのなら、僕はそれでいい。


 …けれど、二人はどうだろう?


「……私たちは大丈夫ですよ」

「えっ、いいの?」

「はい。馬車が重くなるので、くりげさんには苦労を掛けてしまいますが…」

「大丈夫っ! ちょっとやそっとじゃわたしは崩れないよ」


 ウィンクをしながらグッドサイン。


 なんとなく視線を馬車に流すと、いつの間にか乗り込んでいたクオ。

 毎度毎度、目を見張る行動の早さだね。


「よし、ソウジュも乗って!」

「はぁ…わかったよ」


 僕も隣に乗り込むと、前方でくりげが馬車を引き始める。


「じゃあ、出発するよー」


 ガタン。

 一瞬車が揺れた後、景色が後ろに流れ始めた。


 

 ホートクが、段々と遠ざかっていくのが見える。



 そして旅路は続いていく。

 針路を変えて、砂漠の方へ―――

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