第三十六節 空をひゅーんと、ひとっ飛び

 時間は飛んでついに三日後。

 僕らが待ちに待っていた、特別飛行の日がやって来た。


 スタート地点は旧研究所。


 過去のヒトがホートクを管理するために造り、そして今ではすっかり朽ち果ててしまった建物。


 そこから一気に上に飛び、山の周りを一周し、最後に山を大きく越えてスタート地点まで戻ってくるのが今回の飛行コースだ。



 ラッキービーストに尋ねたところ、今の時刻は九時ちょうど。

 始まるまでにはまだ時間がある。


 しかしもう既に、旧研究所の敷地には十人ほどのフレンズたちが集まっていた。


「お久しぶりですね、ソウジュさん」


 懐かしい声はリョコウバト。

 つまり、彼女も参加者だ。


「そっか、君も来たんだね」

「はい。またまたお呼ばれしましたので」


 服装は前と同じく赤く、しかし若干身軽に見える。

 キャリーケースも置いてきて、がっつりと空を飛ぶ気のようだ。


「実は私、本番のコースを飛んだことが一度もなくて……だから今、とってもワクワクしているんです」


 なるほど。

 リョコウバトにもそんな思いがあったとは。


 どうやらこの特別飛行はクオだけでなく、他の多くのフレンズにとっても楽しみなイベントであるようだ。



 ……あー、おほん。



 だとしてもみんな元気だね。これだけ人数がいれば、少し前に本番のスカイレースで沢山飛んだ子もいるだろうに。


 それともやっぱり、みんな飛ぶのが好きなのかな?

 

 まあ、少なくともクオは好きそうだね。

 朝晩問わずにおねだりしてきたし。


 だから今回は僕たちも、ハクトウワシ達の後に飛んで着いていくことになっている。


「がんばろうね、ソウジュっ!」


 キラキラと眩しくクオが笑う。

 楽しみだったことが改めて伝わってくる。

 

 僕はその…『頑張って飛ばなきゃいけない』って思ったからかな?


 ほんの少しだけ、今日を迎えるのが億劫になってしまっていた。


 まあ大丈夫。

 やる以上手は抜かないよ。



 更に待つこと十数分。

 最終的に集まったフレンズの数は最初の二倍ほど。


「オーケー、揃ったわね」


 そう口にしたのはハクトウワシ。

 指差しで数えて、全員が来たことを確認した。


 そして少し高い足場に立つと、この場に向けて話を始める。


「最初に言っておくけど、今日は何も競わないわ! 安全の為にコースは決まってるけど、それぞれの好きなように飛んでちょうだい」


 やはりそこは特別飛行エキシビション

 自由気ままな感じで行われるらしい。


 そこにハヤブサが横から現れ、ハクトウワシに箱を渡した。


「スタートの合図はスカイレースの時と同じく、これで取るわ」


 中から姿を見せたのは木製の丸い物体。

 バチのような、もしくはマレットのような何かを叩く物が一緒にあり、おそらくは打楽器であることが分かる。


 分からないのはそう、どうして今ここでそれが取り出されたのかということ……


「えっと、何それ…?」

「ん? なにって……見ての通りよ?」



『スタートの合図に木魚が使われるスカイレースがあると聞いたのですけど、それって本当ですか?』

 ―――第一巻、近日発売。(しない)



「大きい音だと、みんなビックリしちゃうでしょ?」

「……だからって」


 木魚の音は、むしろ眠くなりそう。

 言いたいことは分かるけど、たどり着いた結論がそれでいいのか。


 ……まあ、それが慣習なら仕方ないか。


「ソウジュも納得したところで、もう始めてしまいましょうか」


 ポンポン、ハクトウワシが木魚を叩く。

 ”スタートの合図”と言っていたけど、何でもありな感じなんだね。


 まあ、いいや。


 そう考えるのもこれで何回目かな。



 ともあれ、準備は行われなければならない。


「ソ~ウジュっ、はいっ!」


 クオは元気よく声を上げて、静かに僕へと身体を預ける。

 すぐに僕が始めないと分かると、更に尻尾をスリスリとこすり付けてくる。


「はいはい、分かってるって」


 寄りかかってくる背中を支え、膝の裏に腕を通して、一思いに持ち上げて”お姫様抱っこ”のポーズ。

 今度は何があっても離れないように、がっしりと腕を絡ませて不測の事態を予防している。


 変に思うかもしれないだろう。


 しかしこれが、僕たちの『飛行準備体勢』なのだ。


「あらあら、素敵なお二人ね?」

「茶化さないでよオオタカ、真剣なんだから」


 理由は割愛。

 数日前のことを覚えているなら、きっと分かるはず。


 オオタカも言わんとすることを理解し、微笑ましげに首を縦に振る。


「”真剣”……そう。二人とも、お幸せにね」


 そう言い残して、場を去ろうとするオオタカを――


「……ちょっと待って、何か勘違いしてない?」

「あら、どうして?」

「えっ…」


 ――呼び止めて疑問を呈したら、逆に質問で返されてしまう。


「勘違い? 私が…何を? その話、聞かせてほしいわね」


 分かった。

 この子。

 確信犯だ。


「ソウジュ、どういうこと?」

「いや、何でも―――」

「ないことはないでしょう? が、考えも無しに喋るわけないもの」


 しかも逃げ道を塞いでくる。


 嘘でしょオオタカ。その会話術、もしかして僕が貸したあの推理小説で覚えたの?


 うん、いま猛烈に後悔してる。

 貸さなきゃよかった。


「……クールが聞いて呆れるね」

「あはは、怒らせちゃった?」


 両手を上げ、「悪気はないのよ」と弁明するオオタカ。


 やめてよ、普通に謝るの。

 これじゃあまるで、僕が意識しすぎたみたいじゃん。


「邪魔しちゃったわね、ごめんなさい。私は自分たちの準備に戻るわ」


 軽い感じで手を振りながら、オオタカはここから逃げていく。

 建物に入ったと見せかけて、最後に顔だけを出して一言。


「空の旅、二人でいっぱい楽しんできてね」



 それを本当に最後の言葉にして、オオタカは屋内へと消えた。



「……もう、余計なお世話だってば」



 ああ、ほんとに頭が熱い。

 でも違う、きっと今日の日差しが強すぎるだけなんだ。


 ……そうに決まってる。




§



「……『飛べ』」


 言霊を口にして、僕らはいよいよ飛び始める。


 地上から小さく、木魚の優しい音色が鳴り続いている。


「ちょっぴり、懐かしい景色だね」

「うふふ、そう言っていられるのも今の内よ?」


 飛んで追いつくハクトウワシ。

 木魚は下に置いてきた。


 彼女に続いて、スカイインパルスの残り二人も僕らを追い越し先に行く。


「付いて来なさい、きっと驚くわよ」

「置いていかれないよう、気を付けることだな」


 そう言いつつ、今日のハヤブサは徐行気味。

 特別飛行ならではの優しさが感じ取れるように思えた。



 ……ま、ボーっとしてるうちに置いてかれそうなんだけどね。



「行こっか、クオ」

「ごーごー、ソウジュっ!」


 出力を上げてスピードアップ。

 その分の妖力はクオが出す。


 ひゅーんと一度に加速して、風がとっても気持ちいい。


 景色は一瞬で置き去りにされ、白い軌跡が視界に残る。


「さ、下を見てみなさい」


 ふと地上を見下ろせば、緑に溢れた自然が広がっている。

 峡谷にはさらさらと川が流れて、水がはね返した陽の光がここまで真っ直ぐ飛んで来る。


「わあ、ステキ…!」


 両腕に抱えるクオの口から漏れ出すように、そんな感嘆の声が聞こえた。


「ねぇソウジュ、あれ…!」

「ん……?」


 クオが指を差した滝。

 あの辺りの景色、なんだか見覚えがある気がする。


 いや、見覚えなんてものじゃない。


 僕らは確かに、あの場所を訪れたことがあるはずだ。


「…あれって、もしかして」

「そうだよね、ルカの滝だよねっ!」


 顔を見合わせ、また滝を見る。

 何度も見直したって変わるわけない、絶対にあれはルカの住む滝だ。


 まあ彼女もパトロールに出てるから、今はあそこには居ないだろうけどね。


「歩いて探すと大変だけど、空から見たらあっと言う間だね…」

「それが、我ら空のフレンズの強みだからな」


 あーあ。

 僕らも飛べたら簡単に……って、今飛んでるんだっけ。


 でも彼女たちは僕らとは違って、お姫様抱っこ変な準備をしなくても空を自由に動き回ることが出来る。


 それが羨ましい。

 空を自由に、とびたいな~…



 ……はい、今は無理~!



 ―――ま、そんな冗談は置いとくとして。



 僕たちの穏やかな空の散歩に……不届きにも、暗い影を生み出す者が現れる。



「ねぇみんな、アレは何?」


 地上の森を指し示すクオ。

 オオタカがその方に目を凝らし、何があるかを確かめる。


 数秒後、その眼に捉えた影の正体は。


「ああ、セルリアンね」


 何かあるたびご登場。

 フレンズの元へ絶対参戦。

 呼ぼうと呼ぶまいと現れる。

 

 そしてその多忙なスケジュールが心配されているみんなの人気者――もとい厄介の種、セルリアンだった。


「へぇ、セルリアンなんだ」

「ええ、鳥の形をした……あっ!?」


 急に驚きの声を上げるオオタカ。

 彼女の鋭い目は、闇の中に隠された更なる事実を見抜いたようだ。


「黒い鳥……ソウジュ、あの夜のよっ!」


 黒い鳥…カラスのアイツか。

 逃げたと思えば、こんなところでまた会うなんてね。


「どうする、放っておく?」


 深追いは危ないから、あの時は追わずに放っておいた。

 今日も、別に誰も襲われてはいないからと捨て置くことは出来る。


「いいえ、それは危険だわ。危険を察して深手を負う前に逃げるなんて、セルリアンにしては賢すぎる」


 だがオオタカは否定した。


 どうやら、ここで仕留めてしまうつもりらしい。


「退治しちゃいましょう、今日は脇道もアリなんだもの」

「そうだな。それに、私たち三人の戦いを魅せてやれる良い機会だ」

「良いわね、私は賛成よ」


 三人の意見はまとまった。

 これでとうとう本格的に、あのカラスは彼女たちの標的となった。


「だったらほら、ハクトウワシ」

「ええ、いつものアレね」



 セルリアンに向け、ひとっ飛び。



「今日こそみんなで一緒に……『レッツ・ジャスティス!』」



 五人分の声が空に響いて、特別なヒーローショーが始まった。

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