第三十五節 急募、狐ノ護衛求ム


 ガタガタガタ…バッターンッ!



「た、た、大変だぁ~~っ!」



 けたたましい音と、ドア枠を軋ませる振動。

 そして、おそらくは全力を以て開かれる小屋の扉。


 見ると、そこには段々と大きく……そう、近づいてくるクオの姿。


「…クオ? まったく、今度は何を……わわっ!?」


 バタバタ走って止まらない。

 駆けるそのままの勢いで、クオは飛びついて僕をぎゅ~っと捕まえる。


「お願い聞いてよ、大変なのっ!」

「そう言われても……抱きつかれても……」


 「何が」と僕が尋ねる間もなく、捕まえられた両の腕。


 なんとか抜け出した右の手で頭を撫でてあげると、クオは頬を緩めてとだらしなく笑った。


 だけどそれも一瞬。


「……ねぇ、クオを助けて?」


 思い出したように真剣な顔つきになって、クオは僕に身の危険を訴えかけた。


 助けて……か。

 だけど果たして、何からだろう?


だよ、もうすぐここに来ちゃうのっ!」


 クオは焦り、段々とその影が近づいてくる。

 テクテクと、軽くて可愛い足音が聞こえる。


 クオは身構えた。

 それにつられて僕も思わず身構える。


「き、来たよっ…!」


 そして出てきた青いヤツ。


 うん、足音で大体察してた。

 姿を見てやっぱりとも思ったけど、念のためクオに尋ねてみる。


「……クオが言ってるのって、コレ?」


 コクコク。

 素早く僕の背後に隠れて、クオは頷いた。


「…そっか」


 なるほどね。

 『大変なこと』ってこれなんだ。


 ふぅと納得の息を吐く。


 ぶっちゃけ僕には、この怖がりようの理由が分かってしまう。


 あれはまだ、僕の記憶にも新しい思い出。

 ホッカイとホートクの狭間で起きた、門出の直後での出来事。


 響くパトロール用の警報、ラッキービーストが発したけたたましいサイレン。

 あの音が、クオのお耳に強烈なダイレクトアタックを決めてしまった。



 僕も一緒に聞いていたけど―――うん、あれはひどかったよ。



 間違いない、あれが根深いトラウマになった。 


 だからあの日からクオは、ずっと彼らを避け続けている。


 それはもう神経質に。

 時には僕に探知の妖術を使わせてまで、確実に逃れようとするほどに。


 だからこそとても不思議だ。

 どうして今日は捕まってしまったのだろう?


「えへへ、偶然バッタリ会っちゃって…」


 あらあら、それは運が悪い。


 だけどお咎めなんてないハズだし、さっさと逃げちゃえばよかったのに。


「それがね、”小屋の整備”をするんだって。しかも、フレンズの立ち合いが必要だって言うから……」


 なるほど、それじゃあ逃げられないね。

 きっと奴はクオの心に潜む善性を狙い撃ちにして、がっちりと雁字搦めにしてしまったのだろう。


 ……もちろん、悪意は無いんだと思うけど。


「ねぇソウジュ、一緒に来て…?」

「ふふ、わかったよ」


 真相はぜんぶおいといて。

 クオが不安なら支えてあげなきゃ。


 もう一度手をかざして、さっきよりも優しくクオの耳を撫でてあげる。


「んっ…」


 ぴくんと、とても可愛らしく跳ねたキツネ耳。

 だがしかし、ただのロボットに怯える姿はもっと可愛い。


 わしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜれば、指の隙間から見えたのは満面の笑顔。


「…ほら、もう大丈夫だからね」

「うん……!」



 かくして僕は本日限定で、クオの身を守る頼もしい護衛となったのだった。




§




 やっと構われたラッキーさん。


 「ついて来テ」といい僕らを導く。



「……”整備”って言うけど、具体的には何をするの?」

「老朽化のチェックとカ、壊れた部分の修理とかだヨ」


 来たのは倉庫の奥深く。

 空気のくぐもった鬱屈な区画。


 息を吸うと空中の塵が口に入り込んで、僕は思わず咳き込んでしまう。


 ひどい場所だ。きっと掃除もされていないのだろう。

 見渡せば、部屋の隅まで厚いホコリが覆い被さっている。


「で、最初はここのチェックをするわけ?」

「……今日の点検ハ、この部屋だけの予定だネ」

「そっか。早く終わりそうでよかった」


 ラッキーは奥へと歩いていく。

 埃まみれでどこも踏みたくないけど、僕たちも後を追って進む。


 もふっ、もふっ。

 足音はゴミの縮む音。

 残念ながら尻尾じゃないから、僕は全然うれしくない。


 倉庫の奥には、もう長いこと使われていない道具が沢山。きっとほとんど古くなっていて、今でも使えるものは一握りしか残っていないだろう。


 ”点検”とラッキーは言ったけど、何か見るものはあるのだろうか。


「他の部屋は前に調べテ、ここだけ時間が足りなかったんダ」

「ああ、そう…」


 大した目的は特になくって、調べそびれていただけか。

 

「”特別飛行”のためにボクたちも沢山動き出したから、折角だし残っていた仕事をまとめて片づけることにしたんダ」


 増えた仕事、さらに増やしちゃうんだ…?

 ワーカホリックなロボット君たちの考えることはよく分からないや。


 まあいいけど、ぶっ壊れない程度にね。


「それでどう? 何か異常は見つかった?」

「ううン。今のところは何もないネ」


 荷物の上を飛び移り、壁をトントンと叩いて、ホコリを散らして回りながらラッキーは僕の問いに答える。


 ”立ち合い”と言っても見るだけだ。

 面倒な仕事は何もない。


「…だからそろそろ、離れてみない?」


 僕は頭だけを振り返って、背中にぴったりとくっついたままのクオにそう呼び掛けてみた。


 だけどクオは首を振る。

 ぷるぷると震えながら、掴む力を強くする。


「こわい、おばけが出てきそう」

「あはは、クオったら……”ラッキービーストが怖い”ってのは何処に行ったの?」

「むう、それもあるよ…!」


 背中に感じる軽めの殴打。

 器用なことに、くっついたままでポカポカと僕を叩いている。


 この様子なら安心だ。

 いろいろガタガタ言いながらでも、最後まで無事でいてくれそう。



『注意、注意!』



 そう思った矢先、いつか聞いた警告音が響く。



「ひっ…!?」

「っ…!」


 音こそすぐに止まったけれど、僕らの警戒心は最高潮。

 クオの心臓の振動が、背中越しにバクバクと僕の心を揺らす。


「……何か見つけた?」



 高鳴る鼓動を抑えつつ、神妙に彼を問いただす。



「―――ごめんネ、誤作動だヨ」


 

 ラッキーの腑抜けた返答に、寒風がホコリを舞わせた。



「もう、驚かせないでよっ!」



 クオは激怒した。

 必ず、かの邪知暴虐のラッキービーストを除かねばならぬと決意したかどうかは僕には分からないけど、怒ってしまうのも仕方ない。


 今回の誤作動には、流石の僕も思うところがある。


 本当に度し難い。

 なぜこの前の地獄のようなサイレンを使わなかったのか。

 

 あの音に怯えるクオの姿を、せめてもう一度だけでも拝んでみたいと思っていた僕は、それを少し残念に思っている。



 ……ああ、別にそういう趣味はないよ。



「ソウジュ、変な事考えてない…?」

「まさか、気のせいだってば」


 勘のいいクオはとても好きだよ。

 

 だけど問い詰められると困っちゃうから……ラッキービーストにさっきの警告の真意を聞いてみることにしよう。


「ええと、とにかく異常は無かったんだね?」

「うン。さっきはごめんネ」


 ホントだよ。

 比較的当たり障りのない音声を使っちゃってさ。


「ねぇソウジュ、やっぱり…」


 おっと、まただ。

 僕は言葉を遮って、誤魔化す方向に舵を切る。


「どうしたのクオ、今日はちょっと変だよ?」

「…ソウジュの方がおかしいよ」


 あはは、バレてる、面白い。

 


「まア、これで終わりだヨ。短い間だったけド、付き合ってくれてありがとウ」

「うん、どういたしまして」



 残念ながら……じゃなくて非常に幸運なことに、事件サイレンの一つも起こすことなくラッキービーストは帰っていった。



 その後この場に残ったのはそう。


 僕を見つめる、若干の猜疑心がこもったクオの双眸だった。




§




「あはは、クオちゃんったら可愛いわね?」

「そんなんじゃないよぉ…!」


 ハクトウワシがクオを茶化す。

 さっき話した今日の話は、彼女の琴線に触れたらしい。


 彼女がラッキービーストのぬいぐるみを目の前でひけらかせば、クオは顔を歪ませて引っ込めるように懇願する。


「や、やめてよ…」

「どうして? こんなに可愛いのに」


 うんうん、可愛いよね。

 誰がってもちろん他ならぬクオが。

 ナイスだよハクトウワシ、素晴らしい。


「もうっ、二人とも~っ!」


 そろそろ本気で怒られそう。

 僕はこの辺にしておこうかな。


 目配せをすると、ハクトウワシも丁度ぬいぐるみを仕舞っているところ。


 なるほどお互い、引き際はしっかり弁えていたみたい。



 はてさて閑話休題。

 少し真面目な表情になって、ハクトウワシが話し始める。


「ところで二人は聞いたかしら? 特別飛行の日程が決まったそうよ」

「本当? もうなんだ、長いようであっという間だね」

「ええ、私も驚いているわ。まさかこんなに早く開催できるなんて」


 これも全部、手伝ってくれたみんなのおかげよね。

 感慨深く呟いて、それ以上勿体ぶることも無くは発表される。


「特別飛行は三日後よ。二人もしっかり準備しててね」

「準備って言っても、見るだけだよね」

「え~、クオたちも飛びたいな~」


 隣からわがままが聞こえる。

 僕はそれを半ば無視して、飛べない理由をしれっと喋る。


「まあ、僕たちにハクトウワシみたいな翼は無いからね」

「あーあ、クオたちでも飛べる方法があった気がするのになぁ~」


 やめよう、『言霊』の無駄遣い。

 使うべき時に使ってこそ、言葉には揺ぎ無い価値が生まれるんだからね。


 そんな視線を送っても、送り返されたのは更なるわがまま。


「飛びたいな~、せっかく飛べる気がするのにな~!」


 こっち向いてるね。

 僕に言ってるよね。

 全然隠す気ありゃしないよね。



 ―――まあ、僕に言ってるのは知ってたけどさ。



「で、どうする?」

「…考えとくよ」


 ここまで強く頼まれちゃったら、「無理」と一蹴するのもかわいそうになってくるし。


 ……いや、待って?


 かわいそうは、かわいい……?


「ソウジュ、お願い?」

「…待ってね、どうしようかな」


 クオのお願いを聞くか、突っぱねてしまうか。

 果たしてどっちが僕のためになるだろう。



 そうするべきか、せぬべきか。



 ただそれだけが、問題だ。

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