第三十四節 モノクロ白黒コマの色。
「はい、これで終わり」
「あわわ、そんなぁ…!?」
パチンと最後のコマを置き、端の一列を全て白に染め上げる。
裏返し終えて数えると、白と黒の差は35対29。
ルカにルールを教えるために始めたクオとの模擬戦は、僕の辛勝という形で幕を下ろした。
「なるほど、これがオセロか…!」
あごに手を当て、興味深そうにうなずくルカ。
よしよし、ファーストコンタクトは上々の様子。
―――さて。
クオが出したアイデアとはもうご存知の通り、「オセロでみんなと一緒に遊ぶ」というもの。
このオセロ盤は元々倉庫の奥深くで眠っていたものを、興味本位で漁りまくったクオが偶然見つけるという形で手に入れた。
幸運にも道具は一式全てが揃っており、ルール確認用の説明書まで完備という八方隙なしの構え。
これが最初に見つかった時は僕もクオもスカイインパルスの三人も、その物珍しさに揃って目を輝かせたものだ。
だけど”特別飛行”の件でみんな忙しく、ゆっくりと時間を取って遊ぶことは叶わなかった。
この度クオがオセロを出してきたのも、その辺の思惑があったのだろう。
ところで一緒に「チェス」も出てきたんだけど……そっちはルールの難解さが祟って、無事に再びのお蔵入りとなった。
…さて、話を脱線から元に戻して。
「規則は分かった。これなら我でもやれそうだな」
簡単なルールは親しみやすく、操作を間違えた時にも直しやすい。
八割方がクオの欲求で満たされたこのアイデアも、なんやかんや上手く運びそうな感じでよいことです。
「じゃあ、私も遊んでいいかしら?」
ハクトウワシが手を挙げる。
小刻みに振られる腕からは待ち遠しさが伝わって来た。
「それじゃあ、ルカとハクトウワシでやってもらおうか」
「オーケー、白黒つけてあげるわっ!」
なるほど。
そのセリフを言ってみたかったんだね。
……あ、いいこと思い付いちゃった。
「じゃあ先攻はハクトウワシ、後攻はルカにしよう」
オセロは後攻の方が有利……と説明書の「tips」に書いてあった。いいのかそんなことして。
まあそれは置いておこう。
僕は「お客さんのルカを優遇する」かのように見せかけて、ハクトウワシに先攻を押しつけることにした。
なぜかって?
すぐに分かるよ。
「うふふ、私の力で全て真っ白に……」
「コマの色はルカが白、ハクトウワシは黒ね」
僕は、彼女の言葉を遮るようにそう宣言した。
しかし僕の発言を無視するかのように、彼女はしたり顔で決め台詞を続ける。
「さあ、私の白で…」
「いやいや、ハクトウワシは黒だって」
逃れることは許さない。
ハクトウワシ、君には絶対に黒でプレイしてもらうよ。
「……
「だって見てよ。先攻は黒って、説明書にも書いてるよ?」
ひらひら~。
多分字が小さくて読めないけど、見せつけるように説明書を取り出す。
数秒の沈黙の後。
ハクトウワシは一連の発言の真意に気づき、僕を鋭い眼光で睨みつけた。
「……嵌めたわね?」
「あはは、何のこと? コマの色を勝手に決めて、いったい僕に何の得があるの?」
「くっ…」
Q.この行動の意味は?
A.楽しい。
「ほら、こんなことで言い争ったって仕方ないし、早速始めちゃおうよ」
「……はぁ、仕方ないわね」
お手上げといった風に両手を広げ、ハクトウワシはため息をつく。
よし、全て完璧に運んだ。
何の意味も持たない完全に無駄な遊び、だからこそ最高に楽しい。
「ルカもいいよね?」
「まあ、色へのこだわりは我にはないからな…」
さて、ここからは普通に二人の対戦を眺めているとしよう。
白に染まるか黒に染まるか、どっちも実力は未知数だからどうなるかが楽しみだね。
「黒のコマ、私は全部白にしたいのに……くっ、一体どうすれば」
…面白いよね、本気で悩んでるの。
「―――我の負けか」
第六十手。
最後の白をルカが置き、隅の一個が裏返る。
数は省くけど、多いのは黒。
この対戦を制したのはハクトウワシだ。
だけど彼女の顔に、素直な喜びはない。
「勝ってしまった…多くを黒に染め上げて…」
…なんだろう、罪悪感が湧いてきたよ。
ほんの悪戯心からやったことなのに、ここまで重く捉えられるなんて夢にも思わなかった。
(いやでも僕、そこまで悪いことしたかな…?)
それなりの悪意というか、真っ当ではない思惑があったことは認めるよ。
だけど……さ。
「私は、道を踏み外してしまったのかもしれない…!」
おかしいじゃん。
白好きすぎでしょ。
「勝ったんだから喜びなさい、クールじゃないわよ?」
オオタカの言い分が真っ当すぎる。
僕もこんな風に、変な悪戯なんかせずに生きていきたいな。
うん。
「……黒も案外、悪くないかもしれないわね」
垢抜けたように微笑んで、天を仰いだハクトウワシ。
白とは何か、黒とは何か。
正義と悪と、それを茶化して扱うことの愚かさ。
そして、何よりも……
……良い話にはならないね?
「はーいっ、クオもう一回やりたーいっ!」
「良いわね、なら私が相手になろうかしら」
「絶対に勝つよ、オオタカっ!」
「かかって来なさい、クールに勝利を決めて見せるわ」
バタバタと賑やかに、オセロ大会は続く。
§
静かな観戦中、コマの音だけが響く空気の中。
「―――ところで一つ、聞きたいことがある」
アップルジュースを飲み干して、ハヤブサが一言。
「ん、何かな?」
「”ルカ”と言ったか。彼女は何者だ?」
何者ってもう、何を今さら。
そりゃあ勿論、とっても強い弓使いのフレンズで……
「……あ」
…しまった。
僕としたことが、彼女を紹介するのを完全に失念してしまっていた。
どうしよう……これ、突然知らない子を連れて来てワイワイガヤガヤ騒ぎ始めちゃったってことだよね?
今のところ疑問を抱いているのはハヤブサだけみたいだけど、ちゃんと紹介しないのは悪かったなあ。
「…まあ安心しろ、怪しんでいるわけではない」
「分かってるよ、ただ……ちょっと”アレ”だよね」
「ああ、アレだな」
オセロの熱が冷めた時、変な空気になるのもいただけない。
ちょうど今の対戦もそろそろ終わる頃合いだし、この辺りで一度区切って彼女の紹介をすることにしよう。
「はーい、ここで一旦ストップっ!」
「わわっ、ソウジュ…!?」
オセロをまとめて虚空に仕舞い、僕は無理やり流れを断ち切る。
これで遊べなくなるから、話を聞いてくれるだろう。
よし、それじゃあ改めて……
「…ていっ」
「いたっ!?」
思考ごと額を貫いた痛み。
何かと思えばクオのチョップだ。
いててと額を抑える僕に、呆れたようにクオが言う。
「もう、ソウジュったら焦りすぎだよ」
「確かに強引だ。やりたいことは理解できるが」
二人の指摘の集中砲火。
ぐうの音も出ない正論に僕は黙り込む。
「…ちゃんと言ったら聞いてあげるから、勝手に突っ走ったりしないで?」
あ、優しい。
好きになりそう。
「うん、ごめん…」
「それとね」
クオは虚空をまた開き、下側に向けてオセロを取り出す。
「―――あ」
ガチャガチャと、物の散らばる音。
「オセロは、ちゃんと片づけてから仕舞って?」
「…はい」
拙速な決断はこれきりにしようと、僕は心に強く誓った。
「……あははっ」
ハクトウワシが軽く笑う。
僕がクオにどんどんやりこめられていく様子を面白く思ったのだろう。
面白いならそれでもいいよ。
…僕は笑えないけど。
「ふふ、ごめんなさい。ところで、貴方が言いたかったことは何かしら?」
言うまでもなく、本題はそちら。
危ない危ない、また頭から抜け落ちるところだったよ。
「そういえば、ルカの紹介を忘れてたなって」
「そういえば、聞いていなかったわね」
忘れてたよねえ、お互いに。
自然な感じで溶け込めているのは別に良いことだけど、きちんとすべき礼儀……って表現になるのかな。
言うべきことは、言わないとだよね。
―――うん、手を出す前に。
「そういうわけで……遅くなったけど、お願いしていい?」
「わかった、やろう」
「……紹介が遅くなったな。我の名はルカ。山にある滝の裏の洞窟で暮らしている。セルリアンという名の不届き者共は、我がこの矢で悉く撃ち抜いてみせよう」
「ハクトウワシよ。改めてよろしく、ルカ」
「オオタカよ。あなたからもクールな空気を感じて、なんだか仲良くなれそうな気がするわ」
「ハヤブサだ。……よろしく頼む」
三者三様にごあいさつ。
まあこれで改めて、ルカとの顔合わせはバッチリ終わった。
「話も終わったし、続けていい?」
「うん。ごめんね止めちゃって」
「いいのよ、私たちも忘れちゃってたし」
次にテーブルについたのはハクトウワシとハヤブサ。
「次は私が後攻よ、今度こそ全てを真っ白に染めてあげるわっ!」
「最速の先攻で、最速で勝利してみせよう」
バサバサと羽根を、バチバチと火花を散らしながら対局が始まる。
またもその様子をのんびり眺めている僕と、隣に座って話し掛けてきたルカ。
「ありがとう、とても楽しい催しだ」
「お礼はクオに言ってあげて、全部あの子のアイデアだから」
「…では、クオはどこだ?」
「えっ? さっきまでそこに……」
言い掛けながら背後を振り返る。
いない。
クオが座っていた椅子は空っぽ。
まさにドロンと消えてしまった。
……あれ、キツネもドロンで合ってたっけ。まあいいや。
「…で、そこで何してるの?」
クオの居る場所はハヤブサの後ろ。
鏡をハクトウワシの方に向けながら、一人で静かに立っていた。
「うーんと……イカサマ?」
「それ、トランプのゲームじゃないと意味ないから」
「あっ、そっか!」
まったく、何を考えてるんだか。
発想が自由すぎて僕がついていけないよ。
「クオ」
「…んー?」
「ありがとう。我は今、とても楽しい」
「えへへ、どういたしましてっ!」
二人は微笑み合う。
「ま、負けた…!?」
「ハクトウワシよ。お前が戦うと盤面は真っ黒になるようだな?」
……向こうは若干微笑み合えていないけど、それはまあいい。
僕はただ、クオのアイデアが上手く行ったことがうれしかった。
オセロはいいね。
白黒つけて、それでも仲良し。
―――ちなみに僕は、黄色が好きだ。
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