第二十九節 最強にストロンガーでクールなの
おぼろ雲が隠す新月の空。
手元だけを照らすランタン。
数歩先さえも真っ暗な世界の中で、一羽の鳥が拳を握る。
「お化けなんて、いないのよ…」
そのまま手で潰すように、空気を残らず絞り出してしまうように、彼女は呟く。
「お化けなんて…クールじゃないわ…!」
最高にクールな鳥の少女は、自らのクールにやられて震える。
よもやあの噂話がここまで誰かの心を動かすとは、分からないものだ。
「でもお化けってさ、割とひんやりしてそうなイメージだよね」
軽口を叩くと、無言の視線が僕を貫く。
ここまで熱い視線を向けられれば、彼女が言わんとすることは目を逸らしても理解できる。
「…あはは、なんでもないよ」
目力で僕を射殺したオオタカは、進む向きに視線を戻して深くため息をついた。
「はあ、もう帰りたいわ」
「…じゃあ、来なきゃよかったんじゃないかな」
僕は小さな声で呟く。
しかし聞かれていたらしく、すぐにオオタカの反論が飛んで来る。
「し、仕方ないでしょう!? 早くこの噂を片づけなきゃ私、これから夜も眠れなくなっちゃうわ…」
因みにオオタカは昼行性、夜に眠れなくなってしまうのはかなりの死活問題。
まあ、そうは言っても気持ち次第だよね。クールを貫くならこんな怪談程度、軽く容易く受け流してみて欲しいものだ。
「でも実際はね、誰かがセルリアンを見て勘違いしただけなのよ」
しかし不思議と言うべきかな。
信じたくないものを信じてしまった人ほど、それを否定する時の口調は強くなる。
オオタカは拳で胸を叩き、決意を口に……
「だから決して、私はあんなまやかしに……ひゃっ!?」
…出来なかったよ。
「…葉っぱだね。風に飛ばされてきたみたい」
よもや、暗がりは恐ろしい。
恐れるほどに恐ろしくなる。
すると何の変哲もない葉っぱさえ、今だけは大妖怪と化す。
だが度し難い限りだ。この体たらくならば、多少の恐怖を我慢してでも朝になるまで待てば良かったじゃないか。
「ダメよ。奴が出たのは夜。だから夜に探さなきゃ、例え出会っても分からないの…!」
なるほど、素晴らしく論理的だね。
これで恐怖心さえなければ、きっと完璧だったろうに。
「…僕も疲れてきたな」
僕は手を組んで、グッと腕を伸ばす。
それもこれも、オオタカのリアクションが押し並べてオーバーすぎる所為だ。
クオも来てくれたらまだ良かったんだけど、眠そうなあの子を無理やりに連れ出すことは出来なかった。
いつか使った双眼鏡をまた覗き込む、適当な探索。
遥かな目の前、今の思考のように空っぽな暗闇が見える。
「…そういえば、”例のあいつ”の特徴ってどうだったっけ?」
「まさか、真面目に聞いてなかったの…!?」
真実を言うとその通り。
まさか探しに行くとは思わなかったから、本を片手にほとんど聞き流していた。
読んでいた本はこれ。
『未確認種のフレンズに観る人類の文化』。
少し前にタイトルで惹かれ、読もう読もうと思いつつ放置していた一冊。お礼の一件で丁度良いタイミングだと考え、早速取り出して読んでみたのである。
そして肝心の内容は……うん、非常に興味深かった。
何より、初めて目にした『未確認種』というフレンズの分類が、最も強く僕の好奇心を掻き立てた。
例えば文中では「オイナリサマ」というフレンズが、神社やら稲荷信仰やらと絡めて語られていたし、「キュウビキツネ」という妖狐のフレンズも同様に、”妲己”や”玉藻前”にまつわる伝説と比較した様々なことを書かれていた。
たかが数日、されど数日。ほんの少しでも放置していたことを素直に悔やむ面白さ。
――とまあ本の話はここまでにして、とにかく僕は別のことに夢中だった。
だから件の噂話の内容については、大まかな概要しか掴めていない。
そうそう。
なんか出たんだよね、うん。
「はあ……仕方がないから教えてあげるわ」
申し訳ないね。
思い出させるようなことさせちゃってさ。
「まだ震えてない? 大丈夫?」
「心配はいらないわ。だって私は最強なのよ?」
あらら、また新しい言い草が生えてきた。
まあ僕に害は無いし好きにさせてあげよう……そう思っていると、唐突にオオタカは何かを語り出す。
「そう、あれは夢の中での話だったわ」
「夢じゃん。そして君にとって、今の状況はまさに悪夢だろうね」
「ふっ…静かにして。”寂しがり屋さん”が寄って来ちゃう」
……この子酔ってる?
発言に全く脈絡が無いんだけれど。
「私は最強、何よりもストロンガー……そう、『最強ストロンガー』!」
えっと、どうしてくっ付けたのかな?
というか、最強なら
……頭、回ってないんだろうなぁ。
「まぁ、まずは聞きなさい。話はそれからよ」
「…いいよ、一応聞いとく」
僕これ知ってるよ、話し切るまで満足しないの。
そして予想は見事に的中。
長い長い夢の自慢話が幕を開けた。
―――その1、普通な感じ。
「私の羽が空を舞えば、辺りのセルリアンはまとめて姿を消したわ」
「まあ、現実でも大体そんな感じじゃない?」
その2、スーパーヒーロー。
「セルリアンの爪が彼女たちを襲う間際、私の羽が敵を全て貫いたの」
「…まあ、よかったね」
その3、少し調子に乗って。
「私がひとたび羽を振るえば、その風で邪魔者は皆いなくなるの」
「…暮らしにくそうだね」
その4、英雄は闇に堕ちた。
「私は怒った。そして一晩のうちに、ジャパリパークは消滅したわ」
「夢で良かったよ、本当に」
その5、何…この、何?
「私があまりにも強すぎたせいで、セルリアンに調整が入ったわ」
「……ゲームかな?」
その後も、オオタカの口から飛び出す様々なシチュエーションはとどまることを知らない。
よく飽きないなと感じるし、何より場面が多すぎる。いっそシリーズ化してしまうほど、オオタカはこのタイプの夢が好きだったりするのかな。
「―――そろそろ、終わりにしない?」
勇気を出して、僕がようやくその言葉を口にした時、夢の話が始まった頃の景色は遥か背後に過ぎ去っていた。
「まだよ、道場破りをした話が残っているわ」
「……もういいよ。オオタカが夢の中で強かったことは十分に伝わったから」
まだ尽きていないとは驚いた。いっそ無限に喋らせていれば、彼女の気も晴れて大人しく小屋まで帰ってくれただろうか。
でもダメだ。僕の心が持たない。
だって代わり映えしないんだもん。
『圧倒的な力でセルリアンを蹂躙する』程度のストーリーしか存在していないんだもん……
「お願い、あと一つだけ聞いてくれない?」
「…噂の話は、何処に行ったの?」
絶対に忘れていたであろう話題。眼前に突きつけると、オオタカもやっとこさ説明を始める素振りを見せてくれた。
「でも無いわよ、ハッキリした話なんて」
「別に良いよ、オオセンザンコウに聞いた通りに話してくれれば」
「…それもそうね」
ふぅと穏やかな息。
図らずとも、あのクレイジーな夢自慢は彼女の精神安定に役立ったらしい。
「通り名は”馬の無い騎手”。確か、夜に出たって話はしたわよね?」
頷く。
ついさっき聞いたばかりだ。
「何でもね、セルリアンを一撃で倒しちゃったらしいのよ。しかも遠くから、何か鋭いものを一直線に放ってね」
ここで出てくるか遠距離攻撃。僕は真っ先に妖術を思い浮かべたけど、どうやら物理的な武器を使っていそうな感じ。
「そして目撃者のフレンズが近づいてくる前に、とてつもない速さで走り去ってしまったそうよ」
なるほど、それで噂に留まっているのか。
セルリアンを退治しているから悪い存在には思えないけど、実のところは得体が知れないから恐れられている。
…まあ、大体そんな感じかな。
「どう、何か心当たりでもあるかしら」
「…ううん、特には」
「あら、私にはそう見えないけど?」
見透かすようなオオタカの言葉に僕はまた悩む。
思考が空っぽかと問われれば否。
しかし好んで言いふらせる仮説かと聞かれても否。
それでも、誰かと共有して初めて見つかる何かもあるのかな。
「…まあ、思い付きならあるよ。証拠は一つもないけどさ」
「気にしないわ、聞かせてちょうだい」
「―――『未確認種』」
「それは…何?」
「この本に載ってたんだけどね。簡単に言えば、伝説上の生き物を元にして生まれたフレンズのことだよ」
「…伝説って?」
「ああ。まあ……ヒトが作り出した、架空の存在ってところかな」
何故彼女たちが生まれるのか。
人が言い伝えていることに果たしてどんな意味があるのか。
詳しい理由は分からないけど、今は置いておこう。
一応、そうだと考える理由もある。
フレンズには若干珍しい遠距離からの攻撃。
”とてつもない”と形容される移動の速さ。
断定するにはかなり不確定な根拠だけど、『姿を見せない存在』という要素も相まってあり得ないとも言い切れない。
……結局のところ、断言はできないんだけどねー。
「でも、『未確認種』なんて子たちがいたのね。守護けものみたいなものかしら?」
イコールではないけど、無関係でもない。
むしろ、「両方に属する子もいる」っていう表現が適切になるだろうね。おそらく裏を返せば、ほぼ全ての守護けものは『未確認種』に属することになるだろう。
いつの日か、本物に会えたりするのかなぁ。
「…ところで、アイツらどうしよっか?」
「え、アイツらって?」
「ほら、そこにいる……セルリアンだよ」
森の暗がりを指差す。
黒に紛れて、鳥のような姿のセルリアンがこちらの様子を窺っている。
「まあ、いつの間に」
「ランタンの光にでも釣られたのかな、欲しいならあげるけど」
「ダメよ、そんなことしたら帰れなくなっちゃうじゃない」
あはは……やっぱりダメ?
残念無念、戦わずに済ませられれば楽だったのになぁ。
でも、もう少しだけ粘ってみる。
「…オオタカは鳥だし、夜目利くんじゃない?」
「ヒトのあなたはどうするのよ。もう諦めて。戦うしか道は無いわ」
ランタンを地面に置いて、代わりに炎で明かりを灯す。
さっさとこいつらを片づけて、その後はオオタカも言い包めて帰ってしまおう。
「さあ、最強たる私の力を見せてあげるわ」
「……今更だけどさ。オオタカってそんなキャラだったっけ」
「あら、何も聞こえないわね?」
…はいはい。
僕も聞かなかったことにするよ。
「さ、クールに行きましょ」
オオタカが腕を振るう。
一枚の羽が飛んで行く。
隙間ない暗闇を縫うように、戦いの幕が切り落とされた。
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