第十九節 ふたごのゆきまつり
「遅いぞお前たち、もうギリギリだ」
急いで広場に駆けこむとその言葉通り、既にそこかしこで何人ものフレンズ達が雪像づくりの準備を始めていた。
かく言うホッキョクグマも熊手のハンマーを片手に、足元に土台を固めている。
「ごめん、遅れちゃった」
「まあ、多少遅れても問題はない。一応飛び入り参加も許しているからな」
「あぁ、そうだったの?」
ぶっつけ本番で参加する子がいるのかな……という疑問は置いといて、だったらそこまで急ぐ必要はなかったかな。
結構疲れちゃったよ、作業に影響が出ないと良いんだけど。
「なんか、急いで損しちゃったね」
クオの言う通り、よく考えずに慌ててしまったせいで別の所にしわ寄せが来ている。
「…占い料のジャパリまんを忘れたりとか」
「そ、それはソウジュもでしょっ!?」
実は僕は焦っていた訳じゃなくて、素で忘れただけだからセーフなんだよね。
「むぐぐ、そっちの方がダメだよぉ…」
……そうだね。
クオのほうに理があるように思える。
まあいいじゃん。
遅れたことによる不都合はないんだから、結果オーライってことにしよう。
「それで、僕たちはどこでやれば良いかな?」
「空いていれば、どこでも好きな所で作ってくれ」
「だってさ、クオ」
「じゃあ、あっち!」
そう言ってクオが指を差したのは広場の外れ。
ホッキョクグマの言った条件通り、誰も使っていない開けた場所だ。
でも中央から離れたあそこだと、見に来るフレンズが少なくなるんじゃないだろうか。
「…いいの?」
「心配しないで、クオにはとっておきのアイデアがあるんだから!」
そう考えると、スタッフ特権で中央を陣取っている彼女はかなり有利なのではなかろうか。
意図してやっているとしたら、意外にも策士だ。
「心配しないで、絶対に優勝できるよっ!」
クオはそれでも自信満々。
彼女の言う”アイデア”とやらは、位置によるアドバンテージなど軽く覆せるような代物なのだろうか。
まあ僕は何も思いついていないし、その辺りの戦術は任せるしかない。
「じゃあ説明するよ。ほら、耳貸して」
「うん」
「あのね、ごにょごにょ…」
「……えっ?」
驚いた。
まさかそんな方法があるなんて。
「…出来るの?」
「大丈夫、材料は揃えてあるよ」
「使って良いの?」
「ちゃんと訊いたからだいじょーぶっ!」
なるほど、確かにこの作戦ならどこで作るかはあまり関係ない。
そして、みんなの票を集めるこの形式において重要な知名度も大きく稼ぐことが出来る。
一つ浮かぶ懸念は、「それが雪像と認められるか」ってことなんだけど……
「そこんところも心配ご無用! ここにおっきいのを作っておけば、ルールの上でも問題ないよ!」
…流石に、対策済みのようだ。
「うん、すごいよクオ」
「でしょでしょ? アイデアを出せるのはソウジュだけじゃないのっ!」
胸を張るクオ。
まだ喜ぶのが早い気もするけど、不思議と失敗する気はしない。
それに今日クオは、僕に出来るところを見せるためにこのアイデアを考えてきてくれた。
うれしいな。
だって、認めてくれてるってことだもんね。
「じゃあ、始めちゃおっか」
「よーし、絶対勝つよー!」
おー! ……なんてね。
§
「…ふぅ、こんなものだろうか」
二人が行ってからしばらく。
広場の中央に、一体の雪像が完成した。
少女のシルエットを模ったその像は、先日ソウジュたちに見せたものと同じか、それ以上の完成度を誇る出来栄えだ。
ホッキョクグマは自らの腕に頷き、周りから眺めていたフレンズはその雪像を見て感嘆する。
「見てダチョウ姉さん、もう出来てるよ!」
「いやはや、美しいですねぇ…」
「…やはり、あやつの腕にはかなわぬのう」
ある者は手を止め、ある者は目を留め。
今日の予報は一日中晴れであるらしい。
日光に照らされた少女の像は、逆光を意のままに幻想的な影を作る。
「おはよーホッキョクグマ、いい感じ?」
「トナカイか。ああ、素晴らしい出来だ」
石に腰を落とし、凍り付いた池を覆う粉雪を払う。
氷に反射する自らの顔に、彼女は並々ならぬ戦意を感じる。
「…今回は特に、負けていられないからな」
ホッキョクグマは独りごちる。
まるでその言葉を待っていたかのように、広場の雪を踏む者がいる。
彼女の声を聞き、ホッキョクグマは顔を上げた。
「……な」
そして、掛ける言葉を失う。
硬直して立ち尽くす彼女に、クオが歩み寄る。
そして手に持った物体を――ホッキョクグマを心の底から驚愕させたそれを――差し出す。
「はい、ホッキョクグマも食べる?」
「…これは、何だ?」
「ジャパリまんだよ、雪のジャパリまん!」
彼女が貰うと今度はシロップが掛けられる。
赤色が白い結晶にじわじわと染み込み、最後の一滴は指へとはね跳ぶ。
「はい、どうぞ!」
「あ、あぁ…」
言われるがまま口へと運ぶ。
シャリシャリした食感、噛む度に結晶から染み出す甘さ。
病みつきになる味わいに、もうジャパリまんは全て溶けていた。
「えへへ、どうかな?」
声を掛けられ、一瞬正気に戻ったホッキョクグマ。
「…これは、雪像なのか?」
何とも如実に、予定調和を感じさせる呟きが耳を揺らした。
§
「よってらっしゃい見てらっしゃい! おいしい雪のジャパリまんだよーっ!」
凱旋の散歩から数十分後。
僕たちが広場の外れに造った”巨大ジャパリまん像”の周囲は、フレンズ達の姿で溢れかえっていた。
ここに居るのはみんな、世にも珍しい雪で出来たジャパリまんに興味を持ち、一口食べてみようと思って足を運んできた子たち。
目の前の繁盛ぶりを見る限り、クオのアイデアは大成功を収めたようだ。
「ゆきまつりというより、屋台の光景だな…」
遠くからその様子を眺めるホッキョクグマ。
呆れたように笑って、普通のジャパリまんをかじり取る。
ジャパリまん配りのお仕事をクオと交代してきた僕は、彼女の隣に腰掛けた。
「あはは、大盛況だね」
「本当に驚いたよ…これもお前が考えたのか?」
「ううん、全部クオのアイデア」
僕の返答を予測していたのだろうか。
彼女はとても腑に落ちたように頷く。
誰もいない雪の中にハンマーを放り、大きく伸びて天を仰いだ。
「やれやれ、まさかこんな形でまたアイツに振り回されるとはな」
「クオとは、昔から仲が良かったの?」
「短い時間だが、アイツの面倒を見ていた時期があったんだ」
「え、そうなんだ」
じゃあ、ホッキョクグマがクオの親代わり…?
…いや、それはないか。
考えるまでもなく辻褄が合わないし、それなら隠す必要だって無いし。
「だけど意外、そんな関係があったなんて」
「昔の話さ、色々あったよ。……うまくいかないことも」
「…えっ?」
それもまた意外だ。
二人の雰囲気を見る限り、微塵もそんな感じはしていなかったのに。
「あぁ。重い話じゃないから、そう身構えないでくれ」
されど、深刻な問題ではないと。
それ自体は良いことだけど、何があったのか気になっちゃう。
「中身を、聞いてもいい?」
「ああ……ゆきまつりだ」
クルクル、髪の毛を指に巻き付ける。
グルグル、そんなことをしても頭は回転しない。
いや、待てよ。
僕らが誘われたあの日、クオは参加したくなさそうだった。
この話は、それと繋がるってことかな。
まあ、まずは聞いてみよう。
「発端は、私がクオを雪像づくりに誘ったことだ。最初は『難しそう』と言われて断られたよ」
雪像づくりには道具と技術が必要だ。
彼女の言う通り難しい。
ホッカイでこんなに流行っているのが不思議なくらい。
「だからそこで諦めるか、じっくり時間を掛けて楽しさを伝えればよかったのかもしれないな。……しかし、私はそうしなかった」
「…強引に誘っちゃった?」
「ああ、とても強く反発されたよ。なぜなのか、私には分からなかった」
いや、そこで終わればまだ軽傷だった。
話の続きを聞くと、その後もしつこく勧誘を続けていたというのだ。
そりゃあ、嫌いになっちゃっても仕方ないなぁ。
「そして、いよいよ今まで…」
「他は普通だった。ゆきまつりのことだけは、何を言っても聞く耳を持たなかった」
クオの『嫌い』がゆきまつりで済んでいたのは僥倖だろう。
何かが違えば、きっと関係は容易く破綻していた。
「後悔してるし、申し訳なくも思っている。だから…お前には感謝している」
「……え?」
「アイツが心変わりした原因は間違いなくお前だ、ありがとうな」
「…えっと、どういたしまして」
照れくさいし、不相応な賛辞だと思う。
僕なんてただ、そこに居るだけなのに。
「誰が優勝するか、楽しみだな」
佇む微笑は悠然としていて、何か吹っ切れた爽やかさを感じる。
「…もしかしてだけど、諦めてないよね?」
「私は全力を出した。どうなろうと受け入れるだけさ」
彼女はそこにいるだけなのに、存在感は堂々としている。
「じゃあ、そろそろ戻るね」
「ああ。次は結果発表で、だな」
歩くたび、背中に感じる視線。
くすぐったくなって、僕は走り出した。
結果が出るのは、もうすぐだった。
§
「ん~、おいしい~!」
後の祭りの帰り道。
ラズベリーの香りが漂う
「もう、お行儀が悪いよ?」
「いいの、お祭りは買い食いしてなんぼっ!」
「…貰い物じゃん」
「んー、じゃあ勝ち食い?」
「意味が分からないよ…?」
コンテストの結果はと言うと…まずは『アイデア賞』を総取り。
高い完成度で作ったジャパリまん像も功を奏し、『デザイン賞』とか何とかも沢山貰って、なんとか僅差で優勝を飾ることが出来た。
結果だけ言えば勝ったけど、とても危ないところであった。
ホッキョクグマの作品にコンスタントな評価が付いていたから、クオのアイデアが無かったら勝てなかっただろう。
「ほら、ソウジュも食べちゃって」
「はいはい……うん、美味しいね」
ラズベリーの酸味と生地の甘さが絶妙に調和し、心地よい喉ごしを実現している。
ジャパリまん、冬のプレミアムラズベリー味。
チープそうな名前に反し、侮ることの出来ない味だった。
「でしょ? あーあ、いつも食べられればいいのに…」
「そうしたら特別感が無くなっちゃうじゃん」
「いいの、おいしいもん!」
クオはやっぱり、花より団子。
実直で我慢も遠慮も無くて、でも僕は好きだ。
「ねぇ…旅が終わったら、またこれを食べに戻って来よう?」
だから言えるんだ。
余計なことを考えず、自分のしたいことを。
「あはは、また優勝するの?」
「クオとソウジュなら出来るって! ね、約束しよ?」
「…うん、そうしよう」
指切りげんまん。
こんな風に結ぶ約束も何度目だろう。
…あ。
クオの小指の先に、ラズベリーのソースが付いてる。
でもちょっとだけ、黙ってようかな。
「ところで、旅にはいつから行くの?」
「ん、三日後だよ」
「…え?」
「…あれ、聞こえなかった?」
困り笑いでからかう彼女に、僕はこれ以上なく同意したい。
聞こえなかったことにしたい。
だって、全然準備も出来てないし。
だから、正しい予定をもう一度―――
「――出発は、三日後だよ!」
……情はあるけど、いきなりすぎない?
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