第十八節 占い屋での一幕
「す、すごい活気…!」
「フフ、そうだろう? こんな光景、今日くらいしか見られないぞ」
キラキラと降り注ぐ雪の結晶。
頬を撫でる風の温度は突き刺すように冷たい。
それにもかかわらずこの空間は、得も言われぬ熱気にすっぽりと包み込まれていた。
思わず汗をかき、服の胸元をはたいてしまう。
そのたび中に入ってくる風が、とても気持ち良かった。
「さて、メインイベントにはまだ時間があるな。屋台や出店も揃っているから、二人は好きなように楽しんでくるといい」
「あれ、ホッキョクグマは来ないの?」
「悪いなクオ、私は裏方の仕事だ」
そう言い残して、ホッキョクグマは行ってしまう。
「行こっか、ソウジュ」
「…そうしよう」
取り残された僕たちはしばし顔を見合わせ、それぞれ自由に辺りを歩き回ってみることにした。
§
「――で、私の所に来たと」
そう言いながら、ダチョウは金色のタマゴをハンカチで磨く。
「別に、偶然見かけただけだよ」
「同じことです、これも一つの運命ですよ」
ここは、もう使われていないカフェの一角を借りた出張占い屋。
なんでもジャパリまん一個と引き換えに、どんなことでも占ってくれるらしい。
「ふーん…まあ、雰囲気は出てるね」
「そうでしょう? レアが飾り付けてくれたんですよ」
紫の布に周りを覆われ、薄暗い蝋燭の灯りだけが照らす神妙な空間。
こんな場所でお告げを頂いてしまったら、たとえ胡散臭い内容でも信じてしまうかもしれない。
「さて、お悩み事は何ですか?」
「悩み事、って言われてもなぁ…」
突然そう言われてもなあ。
相談事があって来たならともかく、何も無いところからポンポンと出てくるものじゃないよね。
「どんなことでも構いませんよ。クオさんの前では言えない不安も、私はしっかり秘密にします」
「クオには、言えないこと…」
そういえば、直接尋ねるのを憚られる類の疑問があったような。
「うふふ、心当たりがあるようですね?」
それをダチョウに言ったって、とも思う。
でもまあ、ちょっぴり話すくらいなら……良いかな?
「これを本人に聞くのはまずいし、わざわざ占ってもらうような事じゃないんだけど……」
「いいですよ、続けてください」
一言ずつ、とても穏やかに。
ダチョウは優しく次の言葉を促しながら、聞き役に徹する。
「……クオって、何のフレンズなの?」
その問いにダチョウは目を見開き、しばしの思案。
ゆったりと首を傾げて、困ったように笑いながら言う。
「…私にも、心当たりがありませんね」
「まあ、そうだよね…」
少し落胆、だけど仕方ない。
本人すら考えたことが無かったんだし、ダチョウが知る由もない。
「ですが、問題はありません」
「…え?」
だから、もう諦めようと思ったんだけど……
「折角の機会です。占いましょう!」
ダチョウは占うと言った。
かくいう僕も、頭の片隅でその方法は考えていた。
…だけど。
「いいのかな、勝手にしちゃって…?」
「構いません、所詮は占いです!」
「…占い師がそう言っちゃまずいと思うけど」
「細かいことは気にしないでください。さあ、占いますよ」
ダチョウはタマゴを膝の上から、豪華絢爛な台の上に置く。
「それが、祭壇ってやつ?」
「拾いものでしたが、今では占いのマストアイテムです!」
流石は占い師。
占い用のテーブルという些細な出会いまでもが運命的である。
「タマゴよ、私にお告げを与え給え……」
初めて聞く詠唱を彼女が口にすると、周囲の空気がふっと冷たくなる。
周りにあった蝋燭が一本を残して消え、最後の火はダチョウの顔を厳かに照らす。
……静かに、彼女の目が見開かれた。
「見えました、クオさんの正体が」
「…どうだったの?」
尋ねると、柔らかい笑み。
「断言しましょう。クオさんは正真正銘、『こぎつね』のフレンズです!」
「…へ?」
結果を聞いてその逆に、僕の思考は固まった。
…こぎつね?
「えっと…まあ、確かにクオはキツネだけどさ…」
「こぎつねです、間違いありません」
「そ、そっか」
微妙な結果だったけど、ダチョウはドヤ顔。
彼女が言った所詮は占いって、こういうことなのかな。
しばらく眺めている内に、僕の頬もゆるりと綻ぶ。
「ふふ、でも…そうだね」
何の動物かは分からずじまいだったけど、今のところはそれで良いのかも。
”細かいことを気にするな”っていう、タマゴからのお告げかもしれないもんね。
「今日はありがとう。えっと、ジャパリまんはどうしようか?」
立ち上がりながらポケットをまさぐる。
右、左、上着の中と、ポケットを次々に探っていく。
ダチョウは籠を祭壇の下から取り上げて、こちらへと差し出している。
「ここで受け取りますけど……ソウジュさん?」
「……少し待って」
ええと、ジャパリまんは何処に入れてたかな。
「もしかして、忘れたとか?」
「た、確かに持ってたはずなんだけど…」
「…まさか、無銭
いやはや、随分と語呂の良い罪状だ。
まあね、中々姿を見せてくれないシャイなジャパリまんにも困ったものだよ。
「ねぇ、ソウジュさん?」
「あれー、おかしいなー…」
入る前に確かめた時には、ちゃんとあった筈なのに。
「……」
チラリとダチョウを見てみると、彼女の視線は刻一刻と鋭くなっている。
「ご…ごめん。すぐに取って来るから…」
ラッキービースト、近くにいるかな。
早くしないと大変だ。
僕は慌てて占い屋を飛び出し、そこで人影とぶつかった。
「うわっ!?」
「な、なんじゃっ!?」
勢いよくぶつかった反動で、なんと僕だけが尻もちをつく。
流石に軟弱過ぎないかな?
吹き飛ばしちゃうよりはいいけどさ。
「いたた、ごめん……あ」
腰をさすりながら顔を上げると、目の前にいたのは見覚えのある人物だった。
「全く何事じゃ、慌ただしいのう」
「あ、ユキヒョウ…」
「…おや、誰かと思えばソウジュではないか」
ぶつかった右腕の皴をはたいて伸ばして、ユキヒョウは僕に手を差し出す。
「ごめん、ありがとう」
焦っていたとは言え、申し訳ないな。
確認もせずに飛び出すなんて、少し考えれば危ないことだと分かったはずなのに。
それは反省、気を付けよう。
ところでユキヒョウも、ダチョウの占いが目当てで来たのかな。
「最近噂をよく聞くのでな。如何ほどの占いか、この目で確かめてみたくなったのじゃ」
「へぇ、そうなんだ」
ダチョウの占いは凄いもんね。
初対面の時、”的中率は三割”だとか冗談めかして言っていたのが恐ろしく感じられる。
「して、お主は如何様な事情であんなに急いでいたのじゃ?」
「それが、占い料のジャパリまんを忘れちゃって…」
「なるほどのう…」
微笑みながら頷いて、懐を探り始めるユキヒョウ。
出したその手にはジャパリまん。
いきなりのことに戸惑う僕に、彼女は言った。
「では、わらわのジャパリまんを代金として渡すがよい」
「……えっ、いいの?」
「構いなどせぬわ。つい先日の恩、まさか忘れるはずがあるまい?」
道具を取り返したお礼ってこと?
そんな、別にいいのに……
でもユキヒョウは、ジャパリまんを引っ込めない。
「ほれ、遠慮なく持っていくがよい」
「…うん、ありがとう」
折角の好意を突っぱねるのも悪いし、このジャパリまんはありがたく貰うことにしよう。
……あ、美味しそう。
「…じゃあ、これで良い?」
「ええ、確かに受け取りました」
よかったよ、無銭卜占にならなくて。
僕は安堵にそっと胸を撫で下ろす。
「ダチョウちゃーん!」
ちょうどその時、占い屋の中へクオが入ってきた。
「……ってソウジュ、ここに居たんだ! もう、探したんだよ?」
「えっと、何かあった?」
クオも急いでいたけれど、ただの占いにそんな必要があるのかな。
もしかしてタイムセール?
しばらくの間、占い料がジャパリまん半分になったりとか…
…もちろん、真相はそんな斜め上の予想とは違っていた。
「何かじゃなくて、もうすぐ始まるの! なのにソウジュが見当たらないから、ダチョウちゃんに居場所を占ってもらおうと思って…」
占い師はレーダーじゃないと思うんだ。
まあ、急ぐ事情は分かるから何とも言い難い。
…それより、もうそんな時刻か。
まだ十数分程度だと思っていたけど、案外時間って早く過ぎるね。
「すると、わらわも行かねばなるまいな」
雪像づくりの道具を取り出し、ハンカチで綺麗に拭くユキヒョウ。
そういえば、彼女も参加者だったね。
「ユキヒョウ、久しぶり! 今日はクオたちが勝つからね!」
「おお、それは楽しみじゃのう」
やっぱり余裕の振る舞いだ。
何となく、子供と神社のお姉さんみたいな…そんな感じがする。
普段から神社に居るのはクオなんだけど、ユキヒョウの持つ雰囲気が強いんだよね。
「…ところで占いって言ってたけど、ちゃんと占い料は持って来てたの?」
「え? ……あっ」
服を探って、忘れ物に気づくクオ。
ホント、ユキヒョウが来てくれて助かった。
「やれやれ、二人揃ってドジっ子ではないか」
「あはは…」
二人揃って、かぁ…
ちょっと、嬉しいかも。
って、そうじゃない。
始まるなら早く会場に行かなきゃ。
「えっと…ありがとね、ダチョウ」
「はい、頑張ってきてくださいね」
「じゃあ行くよ、クオ!」
「わわっ、待って~!」
微笑ましい視線に見送られつつ占い屋を後にし、僕らは雪像づくりの会場を一目散に目指して走った。
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