第十七節 騒動の終わり

「えっと、見間違いじゃ…ないよね?」

「…うん。クオにも、ちゃんと見えてる」


 開きっぱなしの扉。

 その先に見える一つの部屋。


 タンス、テーブル、ベッド、照明。

 

 外から見える分だけでも、それが誰かの住む部屋であることが分かる。


 入るのに躊躇った僕は手元の双眼鏡で、たった数メートル先の部屋の内装を観察し始めた。


「……画架と、絵の具。キャンバスもあるね」


 一目見ただけでは分からなかったもの。

 このアトリエに住んでいる誰かは、もしかすると芸術家なのかもしれない。


 だけどそれ以外にここから変わったものは見えず…僕は双眼鏡を下ろした。


「やっぱり、普通の部屋だね」

「…変、だよね?」

「…うん」


 確かめるまでもなくおかしいよ。

 洞窟の奥にこんなのが存在するなんて有り得ない。


 しかもこれが秘密基地とかではないごく普通の住居のようであることが、僕らに与える違和感を数割増しにしている。


 …うん、とてつもなく怪しい。


「…もしかして、本当にフレンズが住んでたりする?」

「そんなっ! だって、セルリアンがいるんだよ…?」


 クオの言うことも尤もだ。

 自分の命を狙ってくる化け物と同居だなんて、普通は考えられない。


 でも、どう見ても普通じゃないからなぁ…


「…あった、道具」


 少し近づいてもう一度双眼鏡を覗くと、部屋の隅に積まれた道具の山に気が付いた。


 天辺へ乱雑に放られているホッキョクグマの武器。

 アレがあるなら間違いないね。

 

「クオ、ここから取れたりしない?」

「ううん、難しいと思う…」


 だよね、でも嫌だな。

 絶対何か仕掛けてあるじゃん。

 入りたくないよ。


「行くしか…ない?」

「うん、覚悟を決めよっか」


 クオもそう言ってるし、仕方ない。


「はぁ…」


 ため息が出る。

 足が重い、心が暗い、部屋は明るい。


 バタン。


「…はいはい」


 僕らが部屋に入った次の瞬間のこと。

 案の定というべきか、入り口の扉が何もしていないのに閉じてしまった。


 一応引いてみても……開かない。


 まあ知ってたけど、閉じ込められてしまったようだ。


「じゃあとりあえず、回収だけしておこっか」


 開け、『収納用虚空間アレ』。


「よし、始めよっか」


 空に空けた空っぽの空間に、ほいほいと道具を入れていく。


 いやはや、無尽蔵の収納スペースとは便利なもので。

 ものの数分と経たないうちに全て回収し終わった。


「さて、あとはここから出る方法だけど…」

「ねぇねぇ、こじ開けちゃえば良くない?」


 わあ強引。

 手っ取り早いね。


「…でも、方法は?」

「斬るよ、たぶんできる」


 ……仮にも部屋なんだけどなぁ。


 ため息の傍でクオはやる気で、刀が光を跳ね返す。

 見慣れた構えで素早く一閃。


「…あれ?」


 木を叩く音。


 壁を切り裂くと思われたその斬撃は、突如横から割り込んできた画架によって防がれてしまう。


 おかしい。

 さっきまで後ろにあったのに。


 …まさか。


「気を付けて、もしかするとソイツ…」

「…あっ、セルリアンだ!?」


 やっぱり。

 画架はセルリアンの擬態だった。


 今の今まで大人しくしていたなんて、存外に辛抱強いんだね。


「一匹だけじゃないとは思ってたし、今度も無生物なんだね」

「というか、普通はそっちの方が多いかも…」


 ガタガタと関節を開け閉めしながら揺れ動く画架。


 じりじりと角に追い詰めながら、忘れ物が無いかを今一度確かめる。


「ええと、道具は全部回収したよね?」

「うん、バッチリ!」

「じゃあ、派手にやっても問題ないね」


 もちろん、洞窟が崩れない程度に。


 こんな場所で生き埋めなんて御免だ。

 まだ雪の中に埋まる方がマシだね、そんな事にはならないだろうけど。


 さーて、そろそろ始めようかな。


「じゃあ僕が一発撃つから、当たったら突っ込んじゃって」

「わかったーっ!」


 画架は木製だしやっぱり火?

 でもそればかりじゃ少し味気ない。


 そうだね、水にしてみよう。

 木材は湿気に弱いし。


 …腐る前に倒すけどさ。


「そいっ」


 もはや特筆すべきところも見つからない簡単な妖術。

 重力に反した形を保つ水球は、重力に従って放物線を描きながら画架の元へと飛んで行く。


 まあ、バシャッと音を立てつつ当たる。


 水はなんの捻りもなく、ただセルリアンを濡らした。


「…あれ、終わり?」

「ごめん、思ったより弱かった…」


 まあ、こうなるか。

 威力を出したいなら、高圧噴射とかの工夫が必要になるね。


 大変妖力を食らいそうだし、その辺は後回しになりそうだ。


 それにしても、撃つ前に分かんなかったかなぁ……?


「ふふっ、ソウジュはお茶目だね?」

「いやえっと、そういうのじゃないけど…」

「わかってるって。…じゃ、やっちゃうよ?」


 さっき弾かれたからだろう。

 クオは刀を仕舞い込み、その身一つで画架へと奔る。


 一、二、三歩。


 瞬く間に距離はゼロ、先手は速さの乗ったクオ。


 両手でセルリアンへと掴みかかり、関節の根元に足を突っ込んでへし折る。


 何とも容赦のない戦法だけど、クオの追撃はまだ止まらない。


 脚を失ったセルリアンをが身を賭して庇おうとした壁に何度も叩き付け、ちょうど十回目の打撃でセルリアンは爆発四散。


 勢い余って飛び出した石板が、僕の足元に転がった。


「…終わったよ!」


 純真無垢なピースサイン。

 

「ありがとう、すごい戦いだったよ」

「えへへ、そうかなー?」


 確かにすごいけれど、僕にはとてもできない。

 主に身体能力の関係でね。


 適材適所ってことは理解してるけど、憧れちゃうな。 



「さあて、今度こそ…だね」

「よーし、こじ開けちゃうよ!」


 威力を出すために、ホッキョクグマの武器を借りて再挑戦。 

 扉の部分は壊しにくそうだから、横の何もない壁を目掛けて全力の一撃を叩きこんでもらう。


「いくよ、えーいっ!」


 回転、回転、遠心力。


 スピードとパワーの籠った一撃は部屋を大きく揺らし、壁に大きな穴を空けた。


「あれま、やりすぎ?」

「まあ…良いんじゃない?」


 どうせもう誰も使わない部屋だ。

 存在自体は非常に奇妙だけど、調べて何かが分かりそうでもないしね。

 

「出よう、ホッキョクグマも待ってるよ」


 念入りに最後の確認。


 一つでも忘れ物が無いように、くまなく部屋を見回す。


「……あっ!?」


 その時突然、クオが驚く。

 続けて僕も、異変に気づく。


 その異変は、ついさっきこじ開けたばかりの壁の穴に起こっていた。


「穴が、修復してる…?」

「えぇ…どういうこと…?」


 穴は数秒と経たずに塞がり、壁は元通り。

 この部屋にも、今僕らが認識しているより大きな何かがあるようだ。


 とは言っても、大方察しは付いている。


「突飛な予想だけどさ、この部屋もセルリアンなんじゃない?」

「部屋が…ってこと?」

「そ、部屋を模したセルリアン」


 さしずめここは奴の胃の中。

 扉が勝手に閉まったのも獲物を逃がさないため。


 壁が修復されるのも、身体を治す作用と考えれば腑に落ちる。


 大体そうじゃなければ、果たして誰がこんな洞窟の奥に部屋なんぞ建てるものか。


「さーて、どうしようかなぁ」

「普通に逃げちゃダメなの?」

「きっと、出来ないことはないだろうね」


 流石はクオの開けた大きな穴。


 修復にもそれなりの時間が掛かっていた。

 消耗で次は更に掛かるだろうし、そこから脱出して逃げ出すことは難しくない。


 でもそれはこの奇怪なセルリアンを野放しにするということ。


 間違ってフレンズが迷い込めば、強い攻撃を持たない子が抜け出すのは難しいだろう。


 ……いや、オブラートに包みすぎたね。


 脱出できなければ、確実に食べられてしまう。

 だから、今のうちに倒しちゃいたいなって思うんだ、 


「一応聞くけど、出てからじゃダメ?」

「やっぱり…体の中からの方がやりやすいと思うから」


 可哀想なセルリアン。

 これから胃の中を執拗に攻撃されることになる。


 じゃあ、早速準備をしよう。


「…ソウジュ、それは?」

「足場だよ、必要になるからね」

 

 テーブルの脚を氷漬けにして、滅多なことでは動かないように固定する。


 試しに、揺さぶってみたけどビクともしない。

 この分なら大丈夫そうだね。


「乗って、それから始めるよ」

「う、うん…」


 ハテナが宙を舞うクオ。

 まあ、そうだよね。


「試してみたいことがあるんだ。成功したら、普通にやるよりずっと楽にセルリアンを倒せる」

「そうなの…?」

「うん。だからクオには、妖力を分けて欲しいんだ」

「じゃあ、はい…」


 手を繋いで、妖力の通り道を作る。


 こうしてみると改めて思うけど、やっぱりクオの妖力は潤沢だなぁ。

 これなら、かなり長い時間でも妖術を使えそうだね。


 僕は早速妖術を使い、部屋を水浸しにした。


「…何してるの?」

「まあ見てて、すぐに出来るから」


 簡単に脱出できる部屋のセルリアン。

 しかし先程の修復を見れば分かる通り耐久は凄まじい。


 倒すには強力な、もしくは長く継続した攻撃が必要だ。


 すると第一に火は禁忌。

 焼けて死ぬか、酸欠で死ぬ。


 風は若干イメージが微妙。

 氷も結局は物理技頼り。

 水は…ほら、さっきの光景を見れば一目瞭然。


 というわけで雷、電気の力を使ってみることにした。


 今は電気の効果を上げるため、部屋に通電しやすい環境を作っているという訳。


 テーブルの上に乗ったのは勿論、僕たちが電撃から逃れるためだ。


「…なるほど」

「確実じゃないけどね、物は試しだよ」


 説明の間に準備完了。

 さっさと始めてしまおう。


 術式完成、妖力装填、発動っ!


「…効いてる?」

「さあ、変化は見えないね」


 稲妻もすぐに水に溶け、ダメージも可視化はできない。

 どうせ通るか分からない攻撃だし、気長に待とうと息をつく。


 でも向こうの方は、そこまで気が長くなかったみたい。


「…あれ、崩れてる」

「えっ、もう…?」


 クオの呟きを聞き、彼女の視線に釣られて上を見ると、確かに天井が虹色のパーティクルを発しながら崩れ始めていた。


 きっと修復が間に合わなくなったのだろう。

 

 だから、ここからはもうすぐだ。


「…ちょっと神秘的」

「確かに、綺麗だね」


 数秒後、水の中にぷかぷかと浮かぶ石板。

 拾って手の中に収めると、心なしか痺れを感じる。


「…終わり、だね」


 ゆきまつりを騒がせた盗難事件は、予想外にもあっけない終わりを迎えた。

 

 のちにホッキョクグマからも石板を受け取って今回は三枚。

 時間があったらのんびり模様の比較でもしてみよう。



「助かった、今日は手伝ってくれて感謝する。次は…本番でだな」


 彼女にそう言われ、まだ終わっていないことを思い出す。


 そっか、まだゆきまつりがあったね。


「うん…楽しみにしててね」

「ああ、そうさせてもらおう」

「絶対に、クオたちが勝つからね!」


 宣戦布告をし直して、間もない祭を楽しみにして。


 深く安堵の息を吐いたら、今日の僕らは帰路に就く。


 ゆきまつりは、もうすぐ。

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