第十六節 道具泥棒の根城にて

「…あそこだね」


 息の詰まる尾行作戦。

 歩き続けた末に辿り着いたのは、雪で覆い隠された洞穴だった。


 あんな場所なら、今まで誰にも見つからなかったのもよく分かる。


「ふぅ……ひとまず、だね」


 とりあえず、息を吐く。


 決して見つかってはいけない尾行。

 とても疲れる十数分だった。


「…じゃあ、次はどうするの?」

「今すぐに攻め入るか、頭数を揃えて戻ってくるか、だな」


 クオとホッキョクグマが意見を出し合う。

 しかしお互い、どちらとも結論を出しかねているようだ。


「それなんだけど…僕に考えがあるんだ」


 二人の視線がこちらを向く。


 少し前にも目にした景色。

 今度はもっと、堂々と見える。


「ここで攻め込もう。あんな入口の狭い洞窟、人数を揃えて行っても詰まって動き辛いだけだよ」


 双眼鏡で入口を確認した瞬間に、それが良いと僕は直感した。


「だが、皆の道具はどうする? 全て運ぶのは大変だぞ」

「そのための、『収納用虚空間アレ』があるでしょ」

「あ…そっかっ!」


 合点がいったようにクオが手を叩く。

 そう、僕らにはあの規格外な収納術がある。


「僕とクオは道具を回収しつつ、セルリアンを追い出す。ホッキョクグマは外に残って、出てきたセルリアンの相手をして欲しい」


 多分これが一番早いと思う。

 

 目的をもっている辺り、敵は恐らく賢い。

 道具を利用されないためにも、回収を最優先の任務とするべきだ。


「…隠れている敵の数が心配だな」

「なら偵察はしておこうか。相手にできない数だったら改めて行こう」


 もうアジトは掴んだ。


 ここから先は、こちらの都合で事を動かせるんだ。


「じゃ、近づいてみよっか」


 入口から奥の様子を探ってみたところ、セルリアンの気配は感じられなかった。


 どんな理由にせよ、今の撤退は臆病が過ぎる。


 『まだいけるはもう危ない』という言葉も在りはするけど、危険の程度を掴めていないならいつ行っても同じだ。


「よし、入ろう」


 手元に小さな火を起こし、明かりのために先に行かせた。


「クオ、準備はいい?」

「いいよ、ソウジュ!」


 逸れないようしっかりとクオの手首を掴んで、ゆっくりと雪と石の境界線を跨ぐ。


 ひんやりと湿った風が頬を撫でる。

 無意識のうちに蹴り飛ばした小石が、洞窟のそこかしこに音を響かせる。


「……どうか、無事に戻ってきてくれ」


 振り返らずに、僕らは頷いた。




§



「……ソウジュ」


 前を歩いていたクオに、グイグイと腕を引かれる。


「ん、何か見つけた?」

「…向こう、分かれ道があるよ」


 火で照らして確かめてみると、確かに道が二又に分かれている。


 さて、どっちに進むのが正解なのかな。


「…進んだ先で合流するかもだけど」


 それより危惧すべきは、洞窟が複雑に入り組んでいる可能性。


 小さい穴だと思っていたけど、地面の傾斜は存外大きい。

 地中の深くまで繋がっていた時のことを考えておいた方が良いかも知れない。


「…目印、かな」


 まさか洞窟探検と洒落込むことになるとは思っていなかったから、それに役立つ妖術は残念ながら覚えていない。


 アレから本を取り出して探すという方法もあるけど……微かな火の明るさしかないこんな場所だ。

 その選択肢を採るのは後々のことになるだろう。


 で、今すぐできる対策と言えば……


「…それ、氷?」

「うん、特徴的な形でしょ?」


 ……オブジェを作って目印とすること。


 氷なら思い通りの形を作れるし、この寒い洞窟の中で溶けることなく残り続けるだろう。

 

「さて、こんなのを残しながら……」


 言葉が止まる。

 本能が、何かの気配を感じた。


「ソウジュ、もしかして何か……んんっ!?」


 気が付けば、勝手に動いていた。

 咄嗟に手でクオの口を抑え、身体を抱えて岩場の陰に飛び込んだ。


 氷を作って壁として、火も入口の方に飛ばして悟られないよう身を隠す。


 そして、奥よりの来訪者の姿をその目に焼き付ける。


(……なんだ、出てきたんだ)


 足音を聞かれたのか。

 あるいはクオの輝きに引っ張られたのか。


 奥から現れた姿は件の道具泥棒セルリアンだった。


 耳元でクオの声がする。


(ソウジュ、どうする…?)

(ホッキョクグマに任せよう。こういうことも想定して、彼女には残ってもらったんだから)


 向こうは僕らに気づかない。


 通り過ぎて見えなくなるまでの間、改めて僕はセルリアンをじっくりと観察できた。


(…やっぱり、刃物みたいな見た目だね)


 まあ、目新しい結果は得られなかったね。

 もしアイツも石板を落とすなら、後でホッキョクグマから受け取ろう。


 ……あ、そのこと言うの忘れてた。


 ま、まあ、捨てないよね…?


「ソウジュ、行こ」

「…うん、そうだね」


 もう洞窟の主はいない。

 僕らは岩影を飛び出し、早足で奥へ奥へと駆けていく。


 無限に続くかのように見えた闇。


 しかしその終わりは、案外早くにやって来た。



「………え?」



 僕らは、洞窟の最奥に辿り着いて――




§



 場面は変わって、洞窟の外。

 二人を見送り、暗闇の様子に目を光らせ続けるホッキョクグマ。


 知っての通り、彼女の元にセルリアンが近づいている。


 ソウジュたちと入れ違い、そのまま外に出てきたのだろう。


「……む、来たか」


 洞窟を出た直後、セルリアンの視線が彼女に向く。

 彼女もすぐに敵の姿を認め、近くで拾った太く長い枝を構える。


「掛かってこい。コソ泥程度、この枝で十分だ」


 挑発の言葉を理解したのか否か。


 セルリアンは自らの刃を突き出し、グルグルと回転しながらホッキョクグマに迫っていく。


「…甘いっ!」


 一歩踏みこむ。

 勢いを込めて枝を押し上げ、迫る刃を弾く。


 呆気なくセルリアンの身体は飛ばされ、刃の先から雪へと突き刺さった。


「解らんな」

 

 彼女は枝のささくれを整えながら呟く。


「やはりどうして、お前は今まで無事だったのだ?」


 こうして相対して、ホッキョクグマは確信した。


 コイツは弱い。

 フレンズの持ち物なんて、とても奪えはしないだろう。


 なのに、どうして。


 その疑問に答えようとするが如く、セルリアンがガタガタと震え始めた。


「……?」


 首を傾げるホッキョクグマ。

 その戸惑いの顔は、すぐに驚愕へと塗り替えられる。


「…っ!?」


 セルリアンを中心に集まり始めた雪。


 ソウジュの妖術を見ているようだ。

 いや、かもしれない。


 何故なら集まり始めた雪は、人形になったのだから。


「これは、雪像か…?」


 雪は完璧に人の形を模倣した。


 そして動いた。


 セルリアン刃物の柄を持ち、人のように滑らかに動き始めたのだ。


 ホッキョクグマは思い出す。

 尾行の途中、ソウジュが呟いていた言葉を。



『ユキヒョウが…さ。って言ってたよね?』


『そうだな、それがどうかしたか?』


『アイツの姿、刃物だよ。アイツが犯人なら、どうしてあんな表現が出てきたんだろうって……』



「ハハハ、これは傑作だな…」


 この状況を当てはめて考えれば、ユキヒョウの証言にも様々説明がつく。

 

 なぜ鍵のかかった物置きに入れたのか。

 ソウジュが抱いた疑問の答え。


 更に発見時、セルリアンが雪の中に居た理由。


「…なるほど、これが真相か」


 『人型のセルリアン』なんてとても目立って堪らない。


 だからこのセルリアンは、その姿を極力見せないようにしていたのだ。


「賢いなんてものじゃないな、狡猾にも程がある」


 つくづく本体が非力で良かった。


 ホッキョクグマはそう痛感する。


「……ふふ」


 そして同時に微笑む。


 自分が相手を追い込んでいることを知ったから。


「さしずめ、本気の姿と言ったところか」


 相手は人型を晒した。

 ずる賢く隠し続けたソレを。


 そうしなければ死ぬと、セルリアンは判断したのだ。


「来い」


 再び、ホッキョクグマは枝を構えた。


「お前に芸術を教えてやる」


 雪像が刃を振るう。

 ホッキョクグマはそれを躱し、肩にカウンターの一撃を突き刺した。


 崩れて、落ちていく左腕。


 しかし、雪像が残った右手に持つ刃で傷口を撫でると……そこへ周囲の雪が集まり、左腕は完全に修復された。


「しぶといな」


 これでは、本体を叩かなければどうしようもない。


 彼女はそう思いかけて、すぐに考えを改めた。


「なあ、お前がやっているんだろう?」


 修復のトリガーは、セルリアンの刃が触れること。

 思い返せば雪像が出来上がる時もそうだった。


 すると突破口が見える。


 を完全に破壊してしまえば、そこに致命的な隙が生まれるはずだと。


「……気に食わんな」


 それは果たして報復か。

 左腕目がけて放たれた斬撃を枝で受け止め、刃の動きを抑え込む。


「素晴らしい出来栄えの雪像だが、私は気に入らん」


 ぐぐ…っと上に押し上げたなら、互いの身体はノーガード。


 先に動いた彼女の足が、雪像の胸元へ。

 中心からその全てを貫き、枝がセルリアンを上空へと跳ね飛ばす。

 

 降りてきた時、勝負は決する。


「返してもらおう、お前が盗んだ全てを」 


 落ちてきたセルリアンを両手で掴んだ。

 そして力任せに膝に当て、柄の根元からへし折った。


 その瞬間に完全に、かのセルリアンは息絶えた。


 虹色が飛び散った後、ホッキョクグマの手の中に残ったのは一枚の石板。


「なんだ、これは…?」


 見るからに、見覚えのない物体。


 コンマ数秒悩んだ末に、「戻ってきたらソウジュに聞こう」と考えて彼女は石板を懐に仕舞った。


「さて、もう二人を待つだけか」

 

 脅威は倒された。

 奪われたみんなの道具を洞窟から持ち帰れば、全てが終わる。


 ホッキョクグマの視点から言えば、それは紛れもない真実であった。


 そう、彼女は知らない。



§



「―――どういうこと?」


 ソウジュたちが、洞窟の最奥で見つけたもの。


「クオ、変になっちゃったかな…?」

「いや、確かにこれは現実だ」


 自らの視界の正しさを口にしつつも、彼らは戸惑う。

 

 そうだろう。


「でも、どうして…」


 普通ではあり得ないことなのだから。



「なんで……洞窟の奥にがあるの?」



 紛れなく、見間違いでもなく。

 

 奇妙な生活感のあふれる個室が、この奥の地に建て付けてあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る