第十三節 「ふたご」らしいことがしたいっ!

「ソウジュ~っ!」


 僕の名前を呼ぶ声の後、背後に何かが飛んで来る。

 ふわっと背中を包む感触は、もっふもふの毛布を当てられたかのよう。


 お腹に回された腕を見て、自分が抱きつかれていることに気付いた。


「ねえねえソウジュ……って、わわっ!?」


 何となく体勢だと感じて、一思いにクオを引き剥がす。


「もう、ビックリさせないで欲しいなぁ」

「えへへ、ごめんね」


 振り向いて見た彼女の顔は、僕を驚かせたことなど微塵も知らず。

 陽の光を跳ね返す、雨上がりの露のようにキラキラしていた。


 やれやれ、今日も底抜けに元気みたいだ。


「それで、今度はどうしたの?」

「うん、そのことなんだけどね…」

「……?」

「こ、こっち来て!」


 しばし曇ったと思いきや、僕の手を引きクオは部屋まで。

 またまた突飛な思い付きかな、とんでもないことじゃないといいけど。


 ちゃぶ台に載った教科書を片づけ、代わりに絵本を一冊、ポンと置く。


「ソウジュは、”ふたご”って何だと思う?」


 何が始まるのだろうと考えつつ、ぼんやりとその様子を眺めていた僕に、クオが尋ねる。


「えっと、双生児?」

「……む、そうじゃない」

「あはは、だよね…」

 

 もしかしては思ったんだけど、やっぱり違うかぁ。


 というと、辞書の定義じゃない「双子」の意味ってことだよね?


 何か一つに「これ!」って決めるのは中々難しいし、そもそもどうしてこんなことを聞くんだろう。


「クオね、悩んでるの。最近…というか一回も、クオたち”ふたご”らしいことしてないでしょ?」

「まあ、そうかも…」


 そもそもが生まれた時からの双子じゃなくて、半ば勢いで結んだ約束の産物だからね。


「でもほら、これから旅に出るじゃん。クオの大好きな絵本に出てきた双子と同じようにさ」

「…もっと、色々したいの」

「あぁ…そっか」


 難しい注文だ。

 クオの望むは、果たして本当に見つけられるものなのかな。


 『双子であること』以上に双子らしい要素を見つけることなんて、僕にはとても出来ない気がする。


「ねぇソウジュ、一緒に探してくれない?」


 だけど涙を浮かべながら、上目遣いでそんなに懇願されたら、とても断りにくいこともまた事実。


「…わかった、頑張ってみる」

「やった、ありがとうっ!」


 泣き落としには、勝てなかったよ……


「ほら、そうと決まればすぐ出発。行くよっ!」


 そんなこんなでクオに連れられ、紆余曲折が待ち受ける”「ふたご」らしいこと探し”が始まるのであった。




§



「ほう…”ふたご”らしいこと、ですか?」

「そう、何か知らない?」


 僕らが最初に向かったのは、ダチョウの暮らすハイテクなお家。


 クオ曰く、「ここが一番近いから」。


(でも、外で見つかるのかな…?)


 大好きな絵本から旅をしたいと考えたように―――双子を取り扱った本を探して、中身を真似てみるのが良いと僕は思うんだけど。


 まあ、ここは大人しくクオのやり方に従っておこう。


「そうですね…まず、ふたごって何でしょう?」


 案の定、そこから困っちゃうよね。

 やっぱり難しいよ。


 だからクオ、恨めしそうにダチョウを見ないの。


「むぐぐ…占ってわかんない?」

「私の占いは便利な検索ツールじゃないのですが……頼みとあらば、やってみましょう」


 あ、やってはみるんだね。

 頼まれて断れないところに、若干のシンパシーを感じるよ。


 卵を片手に、力むように集中するダチョウ。

 

「……ハッ、来ましたっ!」 

「で、なんて?」

「『分からない時は親しい誰かに尋ねるのが大吉』…だ、そうです」

「もう、そのために来たっていうのに!」


 お悩み相談室で『誰かに相談しましょう』と言われるような――そんな感じの占いに肩を落としたクオ。


 だけど引っ掛かる。


 今まで二度もお世話になったダチョウの占いだけど、丸っきり無意味な言葉なんて降りてくるものなのかな?


「ねぇ…そのお告げって、誰に向けたもの?」

「誰に、とは?」


 占い師だって他人の運命ばかりを見る訳じゃない、自分自身のことだって占えるはず。


「もしもそれが、ダチョウに向けてのお告げだったとしたら…」

「――私の出番ってことね、ダチョウ姉さんっ!」

「あ、アメリカレアちゃん…!」


 ぬるっと出てきた見知らぬフレンズ。


 ダチョウとは対照的な赤いリボンを胸元に付けた彼女が、前々より話に聞くアメリカレアなのだろう。


「レア、向こうで遊んでいたんじゃ…」

「姉さんったら、クオちゃんが来たなら呼んでよ!」

「…あぁ、ごめんなさい。忘れていました」


 申し訳なさそうに微笑むダチョウと、ほっぺを膨らませながら姉に引っ付くアメリカレア。


 なんとも仲の良い光景だ。

 横で一緒に見ていたクオが、触発されるように呟く。


「”ふたご”を感じる…」

「…えっ?」


 いやいや、感じるって磁場じゃあるまいし……まあ、納得できる答えが見つかったのなら、僕としては一向に構わないんだけどね。


「これだよ、ここにあったんだ…!」


 それにしても助かったよ。


 かなり長引くような気がしていたんだけど、ダチョウとアメリカレアのおかげで案外早く解決できたね。


「じゃあ、帰ろっか」

「え、なんで?」

「…帰らないの?」


 もう解決したんだから、てっきり神社に帰るものかと。


「まだだよ、を出す方法を聞いてないもんっ!」

「…そう、わかった」


 二人のやり取りを見てみた限り、一朝一夕で出来上がるような雰囲気じゃないと思うんだけどねえ…


「ねぇ、どうやったらいいの?」

「どうと聞かれましても…」

「普通にしてるだけだもんね、姉さん」


 アメリカレアの言葉にダチョウが頷く。

 

「ごめんなさい、クオさんの望む答えは用意してあげられないと思います」


 深々と頭を下げたダチョウ。

 占いではどうしようもない問題だけに、仕方のないことだろう。


「…どうしようソウジュ、また壁にぶつかっちゃった」


 頼みの綱を失ったクオは項垂れる。

 

 光を見た後の闇はなおのこと暗く感じるに違いない。

 今こそ、僕が励ましてあげなくちゃ。


「思い詰めないで。ここでは見つからなかったけど、探し続けることは出来るでしょ?」

「探し、続ける…」

「きっとその内見つけられるからさ。これも、旅の目標の一つに加えちゃえばいいんだよ」


 僕は機転が利かないから正直に言って騙し騙しだけど、先送りにしちゃえば、せめてもの希望は残るよね。


「そう……だね。うん、そうするっ!」


 それに今、ここでクオが納得してくれたなら、いつかそれを真実に出来るはずだから。

 

「じゃあ、これで解決かな?」

「違うでしょ、探し続けるのっ!」

「あ、そうだったね…」


 いけない、ついさっき自分で言ったことなのに。


「もう、しっかりして?」

「あはは…頑張るよ」


 するとふと、頭にふわっと温かいものが。


「…え」

「よしよし、今日はありがとね」


 その正体はクオの手だった。

 僕より背が低いはずの彼女が、一生懸命背伸びをして僕の頭を撫でていた。


「…ふふ、どういたしまして」


 手の熱以上に、暖かだった。


「…あの二人、いい感じだね」

「しーっ、聞こえてしまいますよ…?」


 聞こえてるけど、聞こえないふり。


「今度こそ、帰る?」

「…うん!」


 クオが本当に満足してくれるようになるまで、まだまだ道のりは遠そうだ。




§



「じゃあ、今日はお世話になったね」

「バイバイ、また遊びに来てねっ!」


 ハイテクなお家を離れて、赤い日の沈む黄昏の中。


「ソウジュ、こっち見て」

「ん?」


 握り拳を二つ、僕に向かって差し出しているクオ。


「当ててみて、ジャパリコインが中にある手は?」


 今度の勝負も突然来たね。

 思い立ったが吉日を地で行く生き方、僕は好きだよ。


「んーと、こっちかな」


 選んだのは、自分から見て右側の手。

 彼女が拳を開くとコインは……なんと、両方の手の平に乗せられていた。


 視線を上げると、ドヤ顔で僕を見つめるクオ。


「残念でした~! …だって、”ふたご”だからねっ!」

「あはは…そんなのアリ?」


 反射的に文句を言いつつ、『どっち?』とは聞いていないクオの抜け目のなさにはこっそり舌を巻く。


「アリだよ。はい、一枚どうぞ」

「ありがと、大事に取っとくよ」


 僕を化かしてクオは上機嫌。

 これってキツネの本能なのかな?


 ……あのゆらゆら揺れる尻尾、可愛いなぁ。


「ソウジュ? ボーっとしてどうしたの?」


 もっと仲良くなったら、いつか触らせてもらえるかな。


「何でもない、すぐ行くよ」


 邪な思いを胸に抱えて、素知らぬ顔して後ろを歩く。


 あーあ。


 もう一歩分だけでも、近くを歩けたらなぁ。

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