第十二節 連携の妙

「…どうしてここが分かった?」

「ダチョウだよ。君が危ない目に遭うことを、彼女の占いが予知してくれたんだ」

「そう、か…」


 きっと痛むのだろう。傷を負った腕を押さえながら、ホッキョクグマは考え込むように顔を俯けた。


 その手に握りしめているのは果たしてどんな感情なのか。

 武器の柄がわずかに軋む音が聞こえる。


「ソウジュ、来てるよ!」

「…分かった」


 だけど、話は後だね。

 今はセルリアンを片づけよう。

 僕は視線を上げて、倒すべき敵を真っ直ぐに見据える。


 奴は僕らを威嚇するように鋭い爪を見せつけながら、何度も腕を地面に叩きつける。


 あの体躯は熊……それも小熊に近い。

 数日前のウサギに続いて、襲われたフレンズとよく似た形をしたセルリアンだ。


 まずはクオが先行し、セルリアンの爪と斬り合いを始める。


「生き物っぽいし、とりあえず火かな…」


 妖力の奔流を指先に、炎の術式を頭の中に。

 組み立て慣れた術の構築はすぐに終わり、すでに発射のタイミングを窺うのみ。


 …まあ、怯えすぎても仕方ない。


 術を開放し、小熊のセルリアンに炎を放とうとしたその時、ホッキョクグマの声が耳に届く。


「…大きい熊に、気を付けろ」

「えっ…?」


 既に放たれた火球。

 勢いは流れる矢のごとく、クオと剣戟を重ねている小熊の背中に吸い込まれていく。


「…当たったね」


 そう判断し、次の妖術を構築しようと、妖力の流れを整え始めた瞬間のことだった。


「……え」

「…出てきたか」


 風圧、火球を斬り消し薙いで。

 巨体、小熊を庇うように立つ。

 大熊、中より悠然と出でて。

 

「えっと、そういうことかぁ…」


 子熊、親熊。

 二体の怪物が僕らの前に並び立った。


「…考えてみれば、当然だったね」


 僕が氷の槍で防いだあの攻撃。

 直後にホッキョクグマが見せた反応、彼女は子熊の存在に気づいていなかった。


 一体しかいない敵、しかも初対面。


 なのに彼女は腕に傷を負っていた。


 つまり子熊とは違う、他の敵が付近にいることは明白な事実だったんだ。


「ソウジュ、どうする…?」

「うん、まぁ…悩みどころだけど、焦る必要はないよ」


 あの大熊は、僕の攻撃を庇うように出てきた。


 セルリアンに親子のような感情があるのかは別として、庇わせたことで早い内に奴の存在を確認することができた。


 先ほどホッキョクグマがされたような不意打ちを食らわなかっただけ、運びは上々と言える。


「…クオ、時間は稼げる?」

「やってみるけど、どれくらい?」

「とりあえず一分、戦ってみてどうするか決めよう」


 この場面で気にするべきは戦力差。


 もしも相手が強かったら撤退。

 他の子の協力も借りて、万全の態勢で倒しに戻ろう。


「待て、私も戦える…!」

「そんな、怪我してるのに…」

「心配はいらん、大丈夫だ」


 武器を携え、悠然と立ち上がったホッキョクグマ。

 不安そうだったクオもそれを見て、安心したようにセルリアンに向き直った。


「では、指揮は任せるぞ」

「ええっと…僕?」

「他に誰がいる?」


 だよね。


 指揮なんて経験ないんだけど、この土壇場で務まるのかな。


「大技の兆候を知らせてくれれば構わない。私も二体が相手では目が足りないからな」

「…一応、やってみるよ」


 大技、大技…?

 実際に見てみないと判断つきそうにないなぁ。


 幸い、僕の本職は後衛だ。


 戦況を俯瞰しつつ外から攻撃できる人がいることは、単純な数以上の有利があることだろう。



「…どうやら、これ以上は待ってくれないらしいな」


 ホッキョクグマが呟く。

 向こうは既に戦闘態勢、庇った傷も癒えている。


「よーし……!」


 クオはやる気満々に刀を構え…


「…これ、どっち狙えばいいの?」


 その切っ先を交互に向けながら、コロッと可愛く振り向いて尋ねた。


「デカい方だ」

「分かったっ!」


 答えを聞いたら一目散。


 木も薙ぎ倒せそうな勢いの風を巻き起こしながら、クオはデカい方のセルリアンに突進する。


「相変わらず、元気なやつだ」


 その風を追いつつ、ホッキョクグマも戦いに身を投じる。


「せーの…てやぁっ!」

「ふっ…くらえっ!」


 クオの刀と、ホッキョクグマのハンマー。

 斬撃と打撃が同時に大熊の腕を叩き、敵は巨大な衝撃に大きく後ろへと仰け反る。


「そんな攻撃、二度も食らわん…!」


 敵もすかさず返しの爪を振るったものの、ホッキョクグマのハンマーがそつなく防いだ。


 あらら、あの巨体は見掛け倒しかな。

 敏捷性、攻撃力、共にこちらが相手を上回っている。


 この調子ならば、難なく撃破できるに違いない。


「ソウジュ、ちゃんと見てる~?」

「もちろんだよ」


 とは言え、いつまでも見惚れてはいられない。

 僕にだって、あの子熊の足止めをするという仕事がある。


「また後ろから狙ってるようだけど、そうは行かないよ?」


 まずは雪を操って足を固める。

 機動力を奪ったら、これまた雪を固めて作った槍で突き刺した。


「あれっ…力、強い…?」


 当たりこそすれど、セルリアンは意外と強力。


 突き刺した槍を左右に振られ、非力な僕はあえなく武器を奪われてしまう。


 しかし反撃を防ぐため、槍はさっさと雲散霧消。

 コントロール権が僕の手の中にあってよかった。


「はぁ、やっぱり戦いって難しいなぁ…」


 見よう見まねでクオのように武器を振ってはみたけれど、やっぱりあの戦い方はフレンズの身体能力があってこそ。


 僕は僕の持つ武器で、セルリアンと戦わねばならない。


「だから、こうする」


 水の妖術、派生形。

 氷を操る術を使って、周囲の雪を収集する。


 集めて、固めて、圧縮して。

 

 ひときわ重く大きな塊になったところで、それをセルリアンの頭上まで持ってくる。


 次に使うのは風の術。

 効果は浮遊……の反対。


 重力に干渉する術はまだ技術的に難しいから……風を使って弾丸のように、氷塊を真下へと射出する。


「…潰れて」


 重力加速度9.8m/s^2。

 そして風が与えた初速が鉛直下向きにおよそ5.0m/s。

 氷塊の重さはおよそ30kg。

 射出からおよそ0.5秒後に着弾した。


 さて、着弾した瞬間に氷塊が持っていた運動エネルギーは?(ただし空気抵抗は無視するものとする)


 正解は自分の目で確かめよう!


 氷塊のエネルギーなんて別に知らないけど、とりあえずセルリアンは撃破出来た。

 

「…よし」


 子熊がいた跡には、ウサギのセルリアンと同じ石板が落ちていた。

 なんという偶然か、しっかり取っておこう。


 石板を仕舞って、意識を周囲に戻すと……


「えぇ…」


 横目で見ていたクオが、微妙な声を上げていた。

 僕なりに頑張って編み出したんだけど、ちょっと受けが悪かったかな。


 受けを意識して戦法を考えるってのも、おかしな話だけどね。


「敵の行動力を奪い、遠くの地から確実に仕留める。何を使ったかは知らないが……これも、一つの戦い方か」


 ホッキョクグマは理解を示してくれるようだ。

 それはよかった。


 だけど二人とも、には集中しなくて良いのかな…?


「心配ない、そう不安そうな目で見るな。むしろお前こそ、自分の心配をした方が良いのではないか?」 

「…えっ?」

「このセルリアン、子熊に止めを刺したお前にひどく怒っているようだぞ」


 …忘れてた。


 そういえばアイツ、子熊を庇って出てきたんだっけ。


「…攻撃してくる?」

「おそらく、真っ先に狙うだろうな」

「ソウジュ、気を付けてねっ…!」


 ホッキョクグマの言った通り、大熊のセルリアンはこちらを向いて、大きく両腕を広げて威嚇の咆哮を上げる。


 さっきまで自分を攻撃していたクオやホッキョクグマのことも完全に無視して、一直線に僕だけを目掛けて走ってくる。


 凄まじい勢いだ、あんな敵と正面からぶつかったら、僕なんてひとたまりも無いだろう。


「もちろん、正面から戦う気なんてないけどね」


 ひとまず、横方向に逃げて軸をずらす。

 相手を円の中心に置くように、カーブを描きながら少しずつ距離を取っていく。


 こうすれば、相手は少なくとも一直線に僕を追うことが出来なくなる。


 そしてゆっくり、対策を練るとしよう。


「二人とも、追撃は出来る?」

「背後からなら、難しくはないだろうな」

「だったらクオに任せてっ!」


 木から木へと飛び移り、セルリアンの背後を取るクオ。

 その姿を見た僕の頭に、とある思い付きが浮かんできた。


「…ホッキョクグマ。この木って、折れる?」

「まさか、使う気か? いや、さっきの不思議な何かなら恐らくは……まあ、折れないことはない」

「お願い、できるかな?」

「……仕方あるまい。だが、しょうもないことに使ったら承知しないぞ?」

「ありがとう、期待には添うよ」


 ホッキョクグマが木を折る間に、僕はインスピレーションを研ぎ澄ます。


 想像するんだ。

 僕のアイデアを、実現させる方法を…!


 木と、雪を、操って、そして、鍵はクオ……


「…いける、間違いない」


 やってやろう、ドカンと派手に。


「出来たぞ、倒すから気を付けろ」

「うん、ありがとう」


 先程のように雪を操る。

 だけど今度は木の周囲に纏わせ、装甲のように堅固に固める。


 出来上がったのは、雪で固めた針葉樹の巨大な槍。


 当たればとんでもない威力だろう、しかし今の僕の妖力では、この重さの物体を勢いよく発射することは出来ない。


 さっきの氷塊も言ってしまえば重力頼り。


 今度は敵の真上まで持っていくことすら難しく、僕一人でこの武器を扱うことは不可能だろう。


 そう、だから。


「クオ、!」

「え、蹴るの…? うん、わかったっ!」

 

 クオに、を引いてもらう。


「えっと、出来るかなぁ…?」

「大丈夫、僕も手伝うからさ」

「なら安心だね、思いっきりやっちゃうよ!」


 ピョンピョン木々を飛び移り、槍に向かって蹴りのポーズ。


 狙いは大熊、移動は妨害済み。

 もっとも、今から抜け出しても避けられはしない。

 

 準備はOK。


「いくよ、せーの…」


 クオが蹴る瞬間に、全力で押し出す…!



「「どーんっ!」」



 ぴったりと揃った掛け声。

 瞬間、巨大な槍が信じられない速さで飛び出す。


「っ…!」


 大熊の腹の真ん中を貫いたその槍は、勢いの衰えることなく飛んで行く。


 木々の間を縫い、山を下り、風を切り裂き……


 ゴゴゴゴゴ…ッ!!


 遠くの麓で轟音を鳴らし、漸くその動きを止めたようだ。


「す、すごい…!」

「威力、出しすぎちゃったね…」


 不安になって着弾現場を見に行く僕ら。


 そこには絶命したセルリアンが落としたであろう石板と、槍の勢いに負けて薙ぎ倒された一本の木があった。


「ねぇソウジュ、これって…」

「うん、ダチョウの占いの…」

「おい」


 後ろから話しかけられ、僕たちは揃って跳び上がる。

 振り返ると、居たのはもちろんホッキョクグマだ。


「素晴らしい連携だった。お前たち二人の息の合った、目を見張るパフォーマンスだったよ」


 何を言われるかと思いきや、飛び出したのは称賛の言葉。


「あ、ありがとう…」


 しかし話の内容に反して彼女の雰囲気は重く、お礼の声も震えてしまう。


「ただ、な………森は、大切にしてくれないか?」


 しかし、直後に言われた本心であろう一言。

 彼女の言葉は至極真っ当で、もちろん言い返すこともできない。


「は、反省します…」

「ごめんね、ホッキョクグマ…」


 これを切っ掛けとしてホッキョクグマに主導権を握られ、『あの小屋のことを必ず秘密にする』という約束を結ばされて、その後は無事に解放された。


 そして帰った後。


 ダチョウに会った時にその約束が災いし、違和感の無い説明のために僕らが四苦八苦したのはまた、別のお話。

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