第十一節 行先不明、雪の森の怪
ゆきまつり本番の一週間前。
僕らの元に、とても焦った様子のダチョウが現れた。
「すみません。ホッキョクグマさん、来ていませんか?」
開口一番そんなことを聞いてきた彼女は、額に浮かんだ大粒の汗を拭いて、じっと僕の目を見つめて質問への答えを待つ。
心苦しくも、僕は答えた。
「…いや、神社には来てないよ」
「そ、そうですか…」
目に見えて落胆の色を帯びるダチョウ。
その落ち込みようは普通ではなく、危険な事態を思わせる焦燥が漂っている。
「…彼女に何かあったの?」
「いえ、まだそうと決まった訳ではないのですが…」
尋ねるとダチョウは言葉を濁した。
だけど、決して良くない何かが起ころうとしていることは明らかだ。
そして他でも無いダチョウが走り回っているということは、つまり。
「…占いで、何かが見えたの?」
「は、はいっ…!」
…ビンゴ。
ダチョウはホッキョクグマの身に起きる危険を占いで察知し、彼女に伝えるために走り回っていたのだろう。
「僕たちにも聞かせてくれないかな。きっと、大変なことなんでしょ?」
ダチョウの反応を見るに…占いを見た直後、真っ先にここに来たわけじゃない。
様々な場所に行って、何人ものフレンズの元を回って、それでもホッキョクグマが見つからなかったのだろう。
既に彼女が危険に巻き込まれている可能性は決して低くない。可能な限り、僕も捜索を手伝いたいと思う。
そのために、ダチョウの証言が必要だ。
「では、中に入っても…?」
「……そうだね、立ち話も疲れるか。クオを呼んでくるから、ダチョウはそこで待ってて」
「はい、お邪魔します…!」
§
「―――それで、この辺にホッキョクグマがいるの?」
「『いる可能性がある』、だよ。確実じゃない」
クオの言葉に返事をしながら、僕は地図を開いて現在地を確かめる。
赤い丸で囲まれた印。
ダチョウのお告げに姿を見せた『雷を浴びた木』。
二又に分かれた枝も彼女の証言通りだ、この場所が鍵に違いない。
「一応、次来た時の為に目印を付けておこうか」
虚空から引っ張り出した赤い旗を、木のそばに深々と差し込む。
無風故に靡くことはないけど、それでも十分に目立っているから機能に問題はないだろう。
「じゃあ、どの方向に行くかを決めないとだね」
「足跡は…ないかぁ」
落ち込むクオの言う通り、周囲に僕ら以外の足跡はない。
「…『木を薙ぎ倒すほどの衝撃』」
ダチョウの占いの中に登場したワンフレーズ。
あくまでダチョウが自分の見た景色を形容したものだから、僕のイメージとは必ずしも一致しない。
しかしその
「これから、そうなるのかな」
「じゃあ、ここで待ってればホッキョクグマに会えるの?」
「…いや、どうだろうね」
占いの内容を箇条書きにするとこう。
・ホッキョクグマが雪山の森を歩く
・大きなセルリアンとホッキョクグマが戦う
・何らかの衝撃あるいは物体が、件の木を薙ぎ倒す
それぞれの内容は切り離され、別個の映像として浮かび上がったと彼女は言う。
つまりは間に起こる出来事が不明で、三つの内容がこの順番に起こる保証もない。
「順当に考えれば、戦いの中で起こったことだと思うんだけどね」
一度ここに来たのは、登場したものの中で唯一動かない木のある場所を確かめておきたかったからだ。
まさか、本当に見つけられるなんて思ってもいないよ。
「でも少なくとも、森の何処かにいることは確かだと思う」
「”昨日から誰もホッキョクグマを見てない”…って言ってたもんね」
併せて、この森はホッキョクグマの住処の裏の山にある。
「ぼちぼち探そう。幸い、この森はさほど入り組んではいないからね」
水筒の中、程よく暖かい麦茶を一口飲み込んで。
僕らは森の奥へと、恐る恐る足を踏み入れるのだった。
§
視点は変わって、森の奥。
「ふっ…はっ……!」
誰も彼もが雪を被った針葉樹林、その中にポツンと一軒だけ寂しく建っている木造の建物がある。
都会の喧騒はおろか、侘しい田舎の地の住人達の目からも隠された本当の意味で人里離れたロッジのそばで、ホッキョクグマが今日も鍛錬をしている。
白い熊手を模ったようなハンマーを木に向かって振り下ろせば、先の鋭い爪が傷だらけの年輪を切り刻んだ。
「……」
そろそろ、この木も倒れてしまうだろうか。
このロッジを見つけて以降、既に三つもの倒木を作った彼女は四本目の木の限界を察し、そんなことを考えつつ最初に作った切り株に腰を下ろす。
棘だらけの切り株も、上手く整えれば椅子として役に立つものである。
「ふぅ…」
軽くため息をつき、彼女は雪だるまに視線を向けた。
ラッキービーストにその存在を聞き、今度の祭りで作ってみるのも悪くないと試作してみたものの、どうも稚拙さが拭えずにいる。
やはり今まで続けてきた方法を捨てるのは難しい。
何も考えずに装飾をする時は楽しいのだが。
腕に見立てた枝の先っぽに自慢の武器を持たせるように立て掛け、フレンズの前では滅多に見せない柔らかな微笑を浮かべた。
「……食事にするか」
小さく鳴ったお腹を押さえて、ロッジの中へ。
中も外と同じくとても寒い……が、ロッジに唯一存在する暖炉に火を点ける方法を彼女は持っていないし、それが暖炉であるという事実も知らない。
しかし幸運にも彼女には厚い毛皮があるため、そんなことは一切関係がない。
吹雪に襲われることが無い分快適なくらいだろうか、どちらにせよ気にするだけ無駄なことである。
彼女は冷たいジャパリまんをぺろりと平らげ、シーツと布団がぐちゃぐちゃになったベッドの上に寝転がる。
「……やはりここは、温かいな」
疲れた背中に感じる柔らかい温もりには、誰であろうと眠気が引き起こされるというもの。
もしも彼女が掛け布団を身体の上に被せていたなら、暖かさの暴力に抗う術を持たず寝てしまっていたことだろう。残念ながらシーツと一緒に彼女の下だが。
「しかしまさか、クオが出るとはな。あのまま、旅に出るその時まで観客に甘んじ続けると思っていたが」
天井を見上げながら、独り言を呟く。
「……
彼が直接に影響を与えたのか、或いは旅に出る決心をしたクオがホッカイの思い出作りにと参加を決心したのか。
いやはや、やはり直接クオに聞くのが一番早いとか……もはや追う意味もない、雑多な思考は回りゆく。
……ところで、何故ホッキョクグマがこのロッジに居るのか。
それはさほど珍しくも特異なことでもない。
ある日彼女は偶然、森の中でこのロッジを見つけた。
好奇心に駆られるまま中に入り、他でも無いふかふかのベッドを見つけ、彼女はこのロッジを甚く気に入った。
だが同時に、長く住み慣れたあの洞窟も捨てがたかった。
素敵な住処のジレンマに悩まされた彼女がそんな決断を下したかというとこの通り。いわゆる別荘としてしばしば訪れ、彼女は鍛錬をするようになったのである。
「すぅ…」
無論、一番の目当てはベッドである。
だがしかし、彼女は上手くロッジの存在を隠していた。
天国のような寝心地のこのベッドを奪われまいと、彼女はそれとなく他のフレンズを森から遠ざけていた。
怪しまれないようにロッジに滞在する時間も出来るだけ短く抑え、その神経質とも言える警戒は功を奏し、今の今まで誰にも気付かれてはいない。
だからこそ、ホッキョクグマは油断していた。
このロッジに訪れる者など、誰一人として存在しないと思っていた。
それはある意味で正しかった。
普通に考えれば、こんな寒いだけの森に来る筈も無いだろう。
そう。
フレンズは。
「……ん?」
今まで現れなかったのは幸運か。
それとも、この瞬間を虎視眈々を狙い続けていたのか。
「な、お前は…っ!?」
今となっては無意味な思考である。
§
セルリアンに襲われたホッキョクグマは、真っ先に外を目指そうと走り出した。
雪だるまに持たせていた、彼女の武器を取りに行くため。
やはり普段通りの戦いをするには、あのハンマーが必要不可欠なのだ。
「くっ、どけ…っ!」
そんな事実は露知らず、しかしセルリアンは彼女を逃がすまいと道を塞ぐ。
袋小路に追い詰めた獲物を逃がす狩人は存在しない。
セルリアンが爪を振るう。
横幅も狭い小さな通路に、逃げられる場所はない。
「ぐ、ううっ…! 」
だから、彼女は攻撃を受け止めた。
爪が腕にジクジクと食い込むのを感じながら、辛うじて通路を通り抜ける。
そして、わずかな手傷を負いながらも脱出には成功した。
「私の、武器…」
時間を稼ぐために乱暴に扉を閉め、全速力で雪だるまの元へ走る。
全力を出したクマの速力は言わずもがな、間もなく彼女は相棒を自分の手に取り返した。
「ふぅ…」
そこで彼女は油断してしまった。
ロッジの屋根の上から彼女を狙っていた影の接近に、気付くことが出来なかった。
二体目の
一体目が取り逃がした時の保険と言わんばかりに待ち構えていた伏兵。
その凶爪が、無防備な背中へと襲い掛かる。
「……危ないっ!」
だけど、振るったその手がホッキョクグマの背中を抉り取る寸前。
遠くより飛来した槍状の氷が、セルリアンの爪をすんでの所で弾き飛ばした。
「お、お前たちは…」
「危ないところだったね、ホッキョクグマ」
「よかった、間に合って」
二度あることは三度ある。
三度目のイレギュラーが現れる。
だけど彼らは敵ではない。
ダチョウの占いが引き寄せた、誰も予期せぬ援軍だった。
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