第十四節 ゆきまつりの危機

 誰も動きを知らぬまま、気が付いた時にはそこにいる脅威。



 ある時は、ユキヒョウの住処で。


「な、何奴…っ!?」



 またある時は、トナカイの遊び場で。


「待って、それを返してっ!」



 はたまたある時は、ホッキョクオオカミの寝床で。


「くっ、セルリアンめ…っ」



 ゆきまつりに迫る、未曽有の危機。


 僕がその報せを聞いたのは、ゆきまつりが本番を迎える三日前のことだった。




§



「…フレンズが、セルリアンに襲われてる?」

「ああ、しかもただ襲われているだけじゃない。現れたセルリアンは必ず、彼女たちが持つ『雪像づくりの道具』を奪っていく」


 深刻な声色でホッキョクグマが言う。


「道具を、奪う…?」


 そんな話は、クオからも聞いたことが無かった。


 フレンズを襲って大切な輝きを奪うことこそあれど、何か一つ道具をターゲットにして狙い続けるだなんて。


 初めての事態、前例のない出来事。

 ポケットの中の石板がブルリと震えたように僕は錯覚した。


 話は続く。


「現に、雪像を作らないフレンズは一人も襲われていない」

「…ほぼ決まりってことだね」


 彼女の話によれば、ここ数日でセルリアンと遭遇した事件の数は普段の倍以上。


 恐ろしいことだ。


 セルリアンはその目的のため、より活発にフレンズを襲撃しているのだろう。


「でも、道具なんて集めていったい何に…」

「奴らのことなど知らん。ただ、捨て置くことは出来ない」

「…そうだね」


 理由はさておき、由々しき事態だ。

 もしもこれが解決できなければ、ゆきまつりを開催することさえ危うい。


 折角、クオが参加することを決意したっていうのに…


「…そういえば、クオの居場所を知らない?」


 今日はいつもより遅く起きてしまって、今朝からずっとクオの姿を見ていない。


 作り置きのご飯があったから、きっと出掛けているだけだと思うけど。


「心配するな、クオならダチョウの元にいる」

「そっか、よかった」


 それにしたってクオったら、メモくらい残していけばよかったのに。


 …急いでたのかな?


「お前はどうする? 私は今から、詳しい聞き込みに向かうつもりだが」

「僕も行くよ」


 どうせ今日の授業は中止。

 神社にいたってやることはない。


 流石にじっともしてられないし、何か出来るなら手伝いたい。


「…行くぞ」


 すぐに準備をして、僕らは神社を出発した。




§



「ほう、わらわの話を聞きたいとな?」


 向かったのは、雪原と草原が移り変わる境界線。

 草薫る風のよく吹き抜ける、和の雰囲気が静かに漂う木造の住宅。


 南を向いた風通しの良さそうな縁側で、彼女は気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。


「現れたセルリアンの特徴を、思い出せる限り教えてもらいたい」

「うん、構わんよ。わらわも、好き勝手にやられたまま終わらせるのは癪じゃからのう」


 口を開けば古風な語り。


 豹柄の似合う落ち着いた銀色の和装と相まって、その姿は大和撫子のよう。


「…ところで、そこの少年は誰かや?」

「あっ、ソウジュです。クオの神社にお世話になってます」


 普段はあまり畏まった口調をしない僕も、この時ばかりは彼女の雰囲気に呑まれて、妙に堅苦しい喋り方になってしまった。


「ほう、あの子の所か。すると、毎日振り回されて大変じゃろう?」

「あ、あはは…」


 悠然とした佇まい。

 余裕を感じさせる微笑み。


 そしてクオを近所の童のように扱う言葉遣い。


「して…遅くなったな。わらわの名はユキヒョウじゃ、よしなにの」


 ほのぼのとした大物の姿が、彼女の第一印象として僕の目に焼き付いた。


「あ、えっと…」

「ふふ、そう硬くならずともよい。慣れない話し方は辛いじゃろう」

「…うん、ありがとう」


 ユキヒョウは僕たちを家の中へと招き、セルリアンの話をしてくれることになった。


「さて、どこから話したものか」


 抹茶を口に、ユキヒョウはしばし思案する。


 当時の光景を思い出しているのだろうけど、どんな風に話そうか悩んでいる様子だ。


「その日のこと、全部言っちゃうっていうのは?」

「…そうじゃの、そうさせてもらおう」


 うんうんと頷いて、彼女は記憶を語り始めた。


「その日の朝食は、アボカドのサラダじゃったのう」

「なるほど」

「忙しい昼はジャパリまん、夕食はお漬物にわかめのお味噌汁。お日様が沈んだ辺りで床に就いたのじゃ」


 バランスの良さそうな食事に、リズムの整った就寝時間。

 きっとユキヒョウは、普段から健康的な生活を送っているんだね。


「……で、セルリアンは?」


 僕にはところどころ染み入る部分のある話だけど、主題からは随分と逸れてしまっている。


「おお、そうじゃった! 確かあれは…お日様がゆっくりと傾き始めた時刻じゃったの」


 仕切り直しだね。

 ついにセルリアンの悪行が語られる。


「セルリアンがやって来た時、わらわは水場で洗濯をしておった。物置きの方から妙な物音がして、不思議に思って様子を見に行ったのじゃ」


 話しながらユキヒョウは外を指差す。

 向こうに見えるあの建物は、おそらく件の物置きだ。


「鍵を開けて物置きに入ると……奥で誰かの影が動いた気がして、よく見れば雪の中にセルリアンがおった。奴は、わらわが雪像づくりに使う道具をくすねていたのじゃな」


 道具を奪ったセルリアン。

 ホッキョクグマから聞いた話と合致する。


「それで、どうなったの?」

「奴はわらわには目もくれず、一目散に逃げてしもうた。わらわも急いで後を追ったのじゃが……」

「見失ってしまった、と」


 歯切れの悪いユキヒョウの語尾を、ホッキョクグマが付け足した。


 ユキヒョウは頷いて、話を続けた。


「深追いするのも恐ろしくての、道具の行方は諦めたのじゃ」


 確かに深追いは危ない。

 兵法の教科書にも避けるように書かれていた。


 まあそれは置いといて。


「奇妙だね、奴らの動き」

「ああ、こんな話は私も初めて聞く」


 フレンズではなく道具を狙う。


 セルリアンは輝きを目指して襲い掛かって来るという話だけど……


「フレンズより、道具の方が輝きが強かったってこと?」

「……考えにくいな。ユキヒョウが雪像づくりに人生の全てを捧げているとすれば話は別だが」

「つまり、違うってことだね」


 彼女は追うのを諦めた。

 道具の輝きが彼女のそれを上回っていないことは、その対応から明らかになる。


 となると解くべき不可解は一つ。


 セルリアンが何故、道具を目的に略奪を行ったのか。


「わらわの話、役に立ったじゃろうか?」

「うん、とても貴重なお話だったよ」


 素直に感想を言うと、ユキヒョウは安堵したように微笑む。


「…ふふ、それは嬉しいのう」


 すると飯も食べさせてくれるというので、ありがたくご馳走になった。


 確実な進展と、八分目まで膨れたお腹。

 次へと向かう英気を養い、僕らはユキヒョウの家を後にした。




§



 その後の僕らは一日かけて、セルリアンの被害に遭ったフレンズたちの証言を集めて回った。


 結果得られたのは、『道具を奪われた』という共通項。


 中にはユキヒョウと違って遠くまで追いかけ、手痛い反撃を食らった子もいた。

 しかし幸い、大事には至らなかったようだ。


「…目的は、依然謎のままか」

「分からずとも、居場所に乗り込み一網打尽にすればいい話だ」


 相手はセルリアン、意思疎通の利かない相手。


 この奇妙な事態も、単にカラスがキラキラするものを集めるのと同じなのかもしれない。


 動機なんて小難しく考えず、ただ倒す。

 解決へ向かう一番の糸口はそれに間違いない。


「うん…そうだね。それでも気になるんだ」


 僕がそう言うと、ホッキョクグマは小さくため息をついた。

 呆れながらも、僕を傷つけないための配慮だろう。


「…私には解らんな、何故だ?」


 彼女の問いに目を瞑る。


 どうして僕が知りたがるのか、理由は既に分かっている。


「知りたいから。役に立つとかそういうのじゃなくて、単に興味があるから」


 鳩が豆鉄砲を食ったような、珍しい驚き顔を見た。

 今度こそ、本当に呆れたように息を吐いて…ホッキョクグマは僕に言う。


「……最も優先すべきことだけは、忘れるなよ」

「うん、わかってる」


 その時になってから悩むつもりはない。

 何よりも解決のために、好奇心を捨てる覚悟はあるつもりだ。


 明確な返答に満足したのか、ホッキョクグマはそれきり口を閉ざした。


 しばらく黙って歩き続けて、僕たちは神社に帰りつく。


 半日ぶりの鳥居をくぐると、鈴を鳴らしたような声が僕の名前を呼んだ。


「ソウジュ、おはよー!」


 …不思議な挨拶と一緒に。


「お、おはようクオ…もう夕方だけど?」

「えへへ、朝はソウジュが寝ちゃってたから」


 それはそうだけど…ねぇ?

 

 僕が苦笑いを浮かべていると、ホッキョクグマがクオに話しかけた。


「クオ、占いの結果は?」

「だいじょぶ、バッチリ聞いてきたよっ!」

「…占い?」

「解決策を探るためだ。アイツの占いは信用できるからな」


 なるほど確かに、ホッキョクグマは占いの効果を強く実感しているはずだ。


「そうだね、誰も知らないホッキョクグマの――」

「止まれ、その次を言えば斬る」

「…ごめん」


 やっぱり、あの小屋は秘密にしておきたいんだね。


「…で、ダチョウは何と?」

「『解決策は、一番賢い子に聞くのが大吉』…だって」

「一番賢い、か…」


 二人の視線が、ゆっくりとこちらに向けられる。


「どうして、こっちを向くの?」

「お前はヒトだろう? ヒトは非常に賢かったと、聞いたことがある」

「うんうん、ソウジュは物覚えもいいもんねっ!」


 僕は確かにヒトだ。

 物覚えも悪くない方だとは思う。


 だけど、解決策って言われると……


「どうだ、何か無いのか?」

「一つだけ、思い付きはあるよ」


 あるにはある。

 だけど、好き好んでやりたいことかと言われると…


「どうした? 言ってみろ」

「う…うん。でもこれには、ホッキョクグマの協力が不可欠なんだ」

「今更だな」


 …協力。


 自分でも体のいい言い方だと思う。


「本当に良いの? もしかしたら、対価を払うことになるかもしれないけど」

「構わん、言ってみろ」

「…じゃあ、一つだけ訊きたいことがあるんだ」


 好奇心は捨てられても、罪悪感は難しいな。


 だとしても、それが最善になりうるのなら……


「教えて、ホッキョクグマ。君の使うは何?」

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