第九節 はじめてのセルリアン

「挟み討ちの形で行くよっ!」

「あっ…分かったっ!」


 クオの号令に従って、僕はセルリアンを挟んで彼女と向かい合うように位置取る。


 やることはクオが叫んだまま、挟み撃ち。


 少ない敵が相手なら、包囲して数の有利でとっちめるのが効率的である…とあの妖術の本に書いてあった。


 実戦にも役立つ『戦場を支配する「妖術」の技法』、みなさまもご一冊どうですか?


「ソウジュ、妖術は撃てる?」

「うん、いつでも大丈夫」


 冗談はさておき、戦況に戻ろう。


 敵は一体。


 偶然にも、襲われた二人とよく似たウサギ耳がてっぺんに付いている緑色のセルリアン。


 小動物のような体形は割と可愛らしい。もう少し小さければマスコットの座に就くことくらい出来たはずなのに、勿体ないことだ。


 …どうして、膝の高さまで大きいんだろうね。

 

 ただ、すばしっこくて攻撃を当てにくいのは厄介な部分だ。


 外してしまった攻撃が味方に当たることだってある。

 その危険を考えると無闇な攻撃は禁物。


 かと言って攻撃に躊躇すれば、折角の挟み撃ちが相手に突破されてしまうかもしれない。



 ……だったら尚更、分析はもう良いはず。

 

 考えている間だって時間は進むんだよ。


 せめて動き出すまでに一発、けん制の意味も込めて撃ってやらないと。


 でも、当てた方が効果はあるよね…


「…ソウジュ、練習で使った妖術の速さは覚えてる?」


 思索に耽って最初の一撃を撃てずにいた僕に、クオがそんな問いかけをする。


「まあ…感覚は残ってるよ」

「ふふ、よかった」


 大事な感覚だから、忘れる筈も無い。


 だけど、それが何なのかな。


「大丈夫、遠慮せずに撃っちゃって! あの速さなら、当たるなんてヘマしないから」

「……助かるよ」


 ”自分の心配はするな”…って、そういうことだよね。


 彼女に当ててしまうのは怖いけど、クオが言うなら……ちゃんと遠慮せずに、好きなだけ撃たせてもらうとしよう。



「…あ、それともう一つ」



 僕が妖術の準備を始めたその時、思い出したようにクオが付け足す。


「油断禁物は当然だけど、勝手に相手を強くし過ぎないでね!」

「……うん、覚えておくよ」


 自分のことも多少は分かってきた。僕は心配性だ。


 きっとこれからも僕は、小さな可能性を怖がってしまう性分と一緒に生きていくんだ。


 なら仕方ない、受け入れよう。

 小さな決意と一緒に、妖術も完成した。


「行くよ……えいっ!」


 手の平から放たれた拳大の火の玉。


 それは勢いよく飛んで行き、狙いよりわずか手前のセルリアンの目の前に着弾。弾けて周囲に炎を散らし、セルリアンを少し仰け反らせることに成功した。


「よ、よし…っ!」


 直撃こそしなかったけど、当たりはしたから上出来だ。


「ね、問題なかったでしょ?」

「うん…」


 クオのウィンクに頷きを返す。


 悪い方向に転ばなくて素直にほっとしたよ。


 だけど、安心しすぎていた。

 だから、反応が遅れてしまった。


「…避けて、ソウジュ!」

「なに……わっ!?」


 煙の中から飛び出してきた緑色の影セルリアン

 僕の妖術を目くらましにして、奴はもう数歩先の距離まで近づいてきていた。


「あわわわ…く、来るなぁっ!」


 不意打ちに僕は驚いた。

 驚きすぎて後ずさりをする余裕もなかった。


 錯乱のままに…僕はセルリアンを蹴り飛ばした。


「あ…あれ…?」


 思いの外、セルリアンはとても軽かった。


 僕の蹴り上げをまともに食らったセルリアンの身体は、投げ上げられたボールのように向こうへと飛んで行く。


 大きい身体のせいかとてもシュールな光景だ。


「ナイスキック、あとは任せてっ!」


 今こそ大チャンス、クオが刀を抜いて飛び掛かる。


「よーく見ててね…!」


 助走、踏切、縦半回転。

 頭を下に脚を上に、光る刀は狙いを定めた。


「くらえ!」 


 元気よく一閃、景色は真っ二つ。


 勿論あんな状態で生きている訳もなく、虹の粒子を仄かに散らしながらセルリアンは消失した。


「……綺麗」

「でしょ? クオ、刀にだけは自信があるんだ」


 えっへん、得意げになるのもよく分かる練度だった。道理で体術じゃ手も足も出なかった訳だよ。


 そんな子が先生だと考えれば、今後の期待も膨らむってものだけどね。


「ふふん、ソウジュにもみっちりと使い方を教え……ソウジュ?」

「……これって」

「なになに、何か拾ったの?」


 クオがセルリアンを斬り裂いた場所の真下。

 焦げて若干の熱を帯びた草むらの中に、石板のようなものが落ちていた。


 土の付き方を見るに、前からここにあったものじゃない。


 多分だけど、倒された時にセルリアンが落としたものだ。


「クオ、セルリアンを倒すと何か落とすの?」

「え? うーん……そういう話は聞かないけどなあ」


 滅多に落とすものではないみたい。

 

「…珍しいセルリアンだったのかも」

「確かに、動物みたいなセルリアンなんてクオも初めて見たもん」


 最初に戦ったセルリアンが特殊個体だなんてあまりに偶然が過ぎるけど、今のところはこんな結論しか出てこない。


 ただ、この疑問を放置しておくのも割ともどかしい。


 今一度詳しく、拾った石板を観察してみよう。


 触ってみたところ表面はなめらか、輪郭こそランダムめいているけど横から見ると厚みも一定。そして片側の面には白色の点とそれを結ぶ線が光っている。


 明らかに天然の産物ではない。

 もしそうだとしたら僕は神様を信じることにする。


「ねーねー、クオにも見せて?」

「はい、丁寧に扱ってね」

「もー、分かってるよー」


 クオは不思議そうに石板を眺めている、やっぱり珍しいんだね。


「……どうして、こんなものが」


 この石板に意味があるとすれば、それは片側の点と線に込められているはず。だって、あからさまに何かを表しているって感じの図形だ。


(三角形と、それぞれの頂点から不規則に伸びる線……)


 見覚えがありそうでない。

 何だろう、この形の中に何が…?


「…クオは、何か分かった?」

「わかんない!」

「あはは、そうだよね」


 たったこれだけで分かったら天才だ。


「でもね……懐かしい気がする」

「懐かしい…って、見たことあるの?」

「なんとなくだよ? 別に、全然ピンとこないし…」


 もしかしたら何かしら関わりがあるのかもね。

 だけど当のクオに心当たりがない以上、ここを突き詰めても何も得られない気がする。


 とりあえず、これは大事に仕舞っておこう。


 摩訶不思議なアーティファクトって、ただ純粋にワクワクするからね。


 ポケットに石板を入れようとして、僕はずっと尋ねそびれていた疑問を思い出した。


「そういえば、聞いてなかったね。クオって、どのキツネのフレンズなの?」

「えっ…?」


 いきなりの質問で、戸惑わせちゃったかな。


 僕が抱いたそんな一抹の罪悪感はただの杞憂だった。


「…えへへ、考えたこともなかった」


 だってクオは、自分が何のフレンズかを知らなかったから。


「なんでだろ、他のみんなは知ってるんだよね?」

「それは多分、動物の名前でお互いを呼ぶからだよ」


 クオには生まれてからずっと、『クオ』という名前があった。

 

 だから自分が何のフレンズか、彼女には考える必要がなくって……


 ………あれ?


「…変だ」

「変って、何が?」


 クオには”お母さん”がいた。

 ”お母さん”がクオに名前を付けた。


 でもフレンズの生まれ方からして、それは普通では考えられない。


 じゃあ…血の繋がりは関係なくて、誰かが”お母さん”の代わりをしたのかな?


 (でも、そう考えてみても…)


 仮に”お母さん”が何かのフレンズなら、恐らくクオにも動物の名前を与えたはずだ。クオが何のフレンズかさえ知っていれば。


(そのお母さんとやらも一体、何処にいるんだろうね…)


 居場所を聞いたことは無いし、クオから教えてもらったことも無い。

 

 そもそもの話、生きているのかな?


 もしそうなら、一切クオに会いに来ないのも怪しい。


 これは邪推、単なるひねくれた想像だけど。

 物心ついたばかりのクオが誰かに騙されてしまった可能性も十分にある。


 あーあ、分かんないね。

 デリケートな問題だから、下手に探りを入れるのも悪いしさ。


 うん、結論は未定。


「……ソウジュ、いつまで考え込んでるの?」

「あ、えっと…」

「セルリアンは追い払ったんだし、二人の所に行こうよ」


 でもクオは、気にしてない。


「うん、わかった」


 訝しんでいるのは僕だけか。

 まあ別にそれでいいけど。


 むしろ、それが僕の役目と思えばいいのかもね。理屈っぽいのは嫌いじゃないし。


「…もう、また考えてる!」

「ごめんごめん、今行くよ」


 ご機嫌斜めなクオを宥めて、二人のウサギの元へと向かう。


 用事は勝手に済ませてしまったから、軽く怪我の有無だけを確認して僕らはすぐに別れた。



 はじめてのセルリアン退治。

 化け物と向き合って理解したのは、意外にも自分のことだった。


 そんな風に言っておけば、ちょっとはそれっぽく見えるかな?


 …なーんて、この一言で台無しだね。

 

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