第八節 Let's 威力偵察!


 古典の昔より、戦に勝つためは『敵をよく知ること』が大切であると往々にして熱く語られる。


 強大な力を持とうとも、敵を知らずば勝利などなく。

 例え弱者の身であろうとも、敵をよく知れば敗北はない。


 だからこそ、我々は敵を知り、対策することを決して怠ってはならない―――



 ……歴史の授業でを熱弁したクオがやろうと言い出したのは、『敵情視察』という名のゆきまつりの参加者への挨拶だった。


「善は急げ、思い立ったが吉日。ソウジュ、準備はいい?」


 黄色く大きいリュックを背負い、お弁当カゴを手に提げて、足に履くのはスニーカー。つばの広い帽子を被り、服は綺麗な水色のワンピース。


 ……ピクニックかな?


「もしかして、今すぐ行くの?」

「もちろん! 敵を知れば……ええと、なんとやらっ!」


 うん、言えてなかったね。


 というか、見に行くだけなのにこんな言い訳が必要なのかな。素直に「他の子が作る像が見たい」って言えばいいのに。


「いいでしょ? クオたちのはもう完成したと言っても過言じゃないし、他の子たちがどんなのを作るか確かめないと!」

「まあ、そうだけどさ…」


 差別化も流行に乗ることも、まずは実情を知らなければ始まらない。そういう意味ではこのお出掛けも、優勝の為に必要なことだと理解は出来る。


 でもさクオ、目の輝き方が違うよ。


 その顔は、今から旅行に行く人の表情だよ?


「さあ行こう、Let's 威力偵察!」


 まぁ、強引なのはいつものことか。


 それはそうと……やたらと発音の良いクオの英語が、不思議と耳について離れなかったのはなんでだろう。




§



「やっほー、遊びに来たよ!」

「あ、クオちゃんだ。おはよー」


 一言目から何を言うかと思えば。


 その内来るとは思ってたけど、まさかこんなに早く当初の目的を放り出しちゃうなんて。


「…違うよ、ソウジュ」


 微笑む僕を捕まえて、クオは小声で抗議する。 


「違うって、何が?」

「こうやってね、相手の油断を誘うことが大事なの」


 はいはい、油断油断。


 でもそれって、警戒してくる相手への振舞い方だよね。見るからに友達って感じの間柄だけど、そう思ってるのは相手だけなのかな?


 …いやまあ、本気でそう思ってはいないよ。


「…そこの人は?」

「ああ、えっとね…」

「大丈夫、自分で言えるよ」


 目の前のフレンズと向き合って、僕は自己紹介をする。


「僕はソウジュ、よろしく。君は?」

「わたしはユキウサギだよ、よろしくねっ」


 ユキウサギと名乗った彼女は、その名の通り雪のように真っ白な容姿をしたフレンズだった。


 やっぱり元の動物も雪国に暮らす動物だからだろう。身にまとったふかふかの毛皮は、わざわざ確かめるまでもない暖かさを持っている。


 僕にもこんな毛皮があったら、あの時だって凍えずに……っと、関係ないか。


「珍しい見た目だね、あなたは何のフレンズさん?」

「僕はヒトだよ、残念ながらフレンズじゃないんだ」

「ヒト…?」


 聞き覚えが無いのか、ユキウサギは首を傾げる。


「ほら、昔にこのパークをまとめてた動物のことだよ」

「ああ、大昔にゆきまつりを始めたっていうあの…!」


 なんだ、忘れてただけみたい。

 というか、不思議な認識のされ方だね。


 僕が関わって始まった訳じゃないから、そう言われてもピンとこないや。


「そんなヒト…あ、ソウジュさんが、今日は何しに来たの?」

「あぁいや、クオに付いてきただけだよ」

「クオちゃんに?」


 はたまた首を傾げるユキウサギ。


 一瞬だけ目配せをして、クオが説明をすることに決まった。


「今回のお祭りはクオたちも像を作るんだ。だから、ユキウサギちゃんがお祭りでどんなのを作るか気になっちゃって」

「……えっ、クオちゃんが作るの!?」


 あ、この子も驚くんだ。


 クオもまた、随分と長くホッキョクグマの誘いを断り続けてたんだね。


「まさか、あの『万年観戦狐』と呼ばれたクオちゃんが…」


 ま、万年観戦狐……


「…微妙なあだ名だね」

「えっと、誰がそんなこと言ったの?」

「……ヤブノウサギちゃん」


 へぇ、他にもウサギのフレンズの子がいるんだ。


「あー…」


 そしてクオは、なんで納得したような感じになってるのかな。


「その……”ヤブノウサギちゃん”って、そういう子なの?」

「まあ、クオに対しては言ってもおかしくないかな…」

「…仲が悪いの?」

「そういう訳じゃないよ。ただ、ね…」


 含みを持たせつつ、クオは明言を避けている。別に悪口じゃないなら、言っちゃっても構わないと思うんだけどな。


「ううん、そうじゃなくってさ」

「……?」

「…あれれ?」


 突如後ろの方から、聞き慣れない声が聞こえてくる。


「私の名前が聞こえたと思ったら、お客さんが来てたんですね」


 振り返ると、そこには茶色い毛皮を身に着けた……割と背の高い、ウサギのフレンズが立っていた。


「…噂をすれば」

「え…じゃあ、この子がヤブノウサギ?」


 僕の問いに、茶色い彼女が肯定する。


「そうですよ、珍しいお客さん。私がヤブノウサギです」


 優雅にお辞儀をして名乗ったヤブノウサギ。

 

 彼女は僕たちの前を素通りしてユキウサギのところまで歩いていき、懐から袋入りのジャパリまんを出して言った。


「ユキウサギちゃん、ジャパリまんを持って来ました。一緒に食べましょう?」

「……うん」


 少々複雑な顔をしつつも頷いたユキウサギ。二人はジャパリまんを半分こにして食べながら、向こうのほうに歩いていって……


「………あれ?」


 なんで僕たち、置いていかれたの?


「まあ、こうなっちゃうかぁ」

「クオ、どういうこと?」

「……話せば複雑だよ、二人の関係は」



 課外授業は社会の教科。

 フレンズ達の関係について学びましょう。


 詳しく話せば長くなるから、例によって要点をかいつまんで話そう。


 題して……思い付かないしいいや。


 でも話は簡単だ。 


 ユキウサギはヤブノウサギのことをライバルだと思っている。


 ヤブノウサギはユキウサギのことが大好き。



「…で、ちょっとズレてると」

「それだけなら別に良いんだけど、ヤブノウサギちゃんが少し厄介でね…」

 

 厄介だなんて、そんな訳。


 詳しい話を聞く前に抱いていたそんな感想は、跡形もなく消し飛んでしまった。


「…つまり、執着がすごいんだ」

「さっきも、自然に二人っきりになれるように行動してたでしょ?」

「あれは鮮やかだったね…」


 こちらが話し掛ける隙を作らずにユキウサギを連れていった一連の動作。

 

 何もされていなかった筈なのに、まるで金縛りに遭ったように僕の身体は動かなかった。


「まあ別に、危ないことはしない子だよ」

「…じゃなきゃ困るけどね」


 ユキウサギを連れていく時も穏便だったし、いつもそうであると願いたいものだ。


「で、どうする?」

「二人の邪魔しちゃ悪いし、勝手に見ていかない?」

「…なんでそうなるの?」


 ズレてると言えばクオもそうだ。


 一緒に暮らすようになってまだ一か月も経っていないけど、クオはやっぱり他のフレンズと比べてズレている部分があると思う。


「いいじゃん。中に何かはあると思うよ……ほら、あった」


 それが悪いとは思わないけど、こうなった理由は気になる。


 まあ、今は置いておこう。


 クオが見つけた雪のオブジェは、巣穴の真ん中に椅子のように作られてあった。


「これは…切り株かな?」

「みたいだね、座りやすそう」


 僕は像と聞いて人の形をしたものばかりイメージしていたけど、別に人型にこだわる必要なんて無いんだ。


 考えてみれば、ここじゃ特別な道具が用意できないもんね。


 だから高い完成度を誇るホッキョクグマの作品も、人の顔のような細かいディティールを入れることは出来ていなかった。


「ということは、つまり…」


 特別なテーマが無かったとしても、妖術を使った繊細な造形で、他には絶対にない個性を持った像が作れるんじゃ…?


「これ、勝てるかも」

「かもじゃないよ、絶対に勝つの!」

「そのためにも、妖術の練習頑張ってね」

「…分かってるって」


 まだ妖術への苦手意識が抜けないを励まして、他に何か無いか探そうと顔を上げたその時。


「きゃーっ!」


 外の方で、とても甲高い悲鳴が響いた。


「…あの声、ユキウサギ?」

「ソウジュ、見に行こ!」


 突然の事態に動けない僕の手をクオが引き、僕たちは悲鳴の方向へと駆けていく。


 雪原と雪を被った森の境界。

 そこに、二人はいた。


「二人とも、何が……あっ!?」


 雪の薄い地面の上に、泥まみれになって転がっている二人。


 だけど僕はその先にある、もっと恐ろしいものに目を釘付けにされていた。


「ねぇクオ、アイツって…」

「うん…セルリアンだね」


 セルリアン。


 僕にとってはまだ、『写真で見た怪物』でしかなかった存在。


 それが今ここに、目の前にいる。


「二人とも、怪我はない?」

「ありがとうクオちゃん、わたしは大丈夫。でも、ヤブノウサギちゃんが…!」

「……これくらい、私なら何とも」


 セルリアンの攻撃からユキウサギを庇ったのだろう。ヤブノウサギは派手に転んだろうで、脚に擦り傷と打撲の青あざが出来ている。


「もう、フラフラになってるじゃん! ヤブノウサギちゃんはわたしのライバルなんだから、簡単に倒れちゃダメだよ…っ!」

「ふふふ、ユキウサギちゃんに介抱されてる…」


 ユキウサギに肩を支えられながら、安全な向こうへと歩いていくヤブノウサギ。この状況を楽しんでいるように見えたし、それほど大事には至っていないようで何よりだ。


 だから僕たちはここで、セルリアンを食い止めないと。


「…ソウジュ、戦い方は覚えてる?」

「うん。だけど緊張して、手が…」


 別に武器は握っていないけど、妖術の狙いが定められるかは心配だ。


「ふふ、だったら存分に緊張して。ミスしたらクオがフォローしてあげるから」

「…ありがとう」


 クオもそう言ってくれている。

 緊張するのは悪いことじゃない。


 勝つために必要なのは『敵をよく知ること』。


 恐れず、決して侮らず、正しく相手を判断するんだ。


 …うん。


 少し、震えが収まって来た。


「……行こう、クオ」

「オッケー、行こっか」


 大丈夫、きっと勝てるはず。


「さあ、クオたちの初陣が始まるよっ!」


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