第七節 優勝の鍵は僕の腕!?

 ホッキョクグマへ派手な宣戦布告をした、次の日。


 昨晩クオと話し合った通り、今日から本番までの間、雪像づくりの練習を毎日の授業の合間に挟むことにした。


「よし、じゃあ最初は試しに、好きなように作ってみよっか」


 クオの方針は、まず最初に作り方の基礎を身に着けて、それから具体的に本番で作る雪像のテーマを決めるというもの。


 僕も大体はそれで良いと思っている。


 テーマの方は一応、今のうちからアイデアを温めておくつもりだけども。


「なら、まず雪を集めて大きく固めないとね」

「そう? ぺたぺたーって足していけば出来るんじゃない?」

「え、僕は固めた雪を削って形を作るイメージだったけど……」


 なんと、早速方針の違い…と言うには大袈裟だね。

 僕たちは兎にも角にも経験がないから、どういうふうに作ればいいか分からないんだ。


「でも、クオは皆が作るのを見てたんだよね」

「出来たのを、だけどね!」

「あ、そっか…」


 うーん、じゃあそれに頼るのも無理かぁ。


 こういうモノ作りの技術ってよく「見て盗め」って言われるから、そういう風に覚えたかったんだけども。


「まあいいじゃん、どっちもやってみよ?」

「…そうだね」


 クオは早速、足元の雪を踏み固めて土台を作っている。


 いきなり足の形に苦心しているところから、『ぺたぺたと固めて作る』方法を試そうとしているらしい。


「えっと、僕は何を手伝えばいい?」

「ん~とねぇ、雪を作って欲しいな」

「…持ってくることなら出来るけど」


 スコップと少しの時間さえあれば、この場所にそれなりの山を築くことは難しくないだろう。


 実際問題、僕はそれが楽だと思っていた。

 でも、クオは首を振る。


「そうじゃなくて、妖術。氷の術の応用で作れるはずだよ?」

「分かってる、原理は分かってるよ。でも、周りに沢山あるじゃん」


 体力勝負か妖力勝負か。

 どうせ出来上がるのは雪の山なのだから結果は変わらない。


 僕のそんな短絡的な考えを、バッサリとクオは斬り捨てた。


「像の作りやすさは、雪の性質で変わるんだよ」

「…あ」


 まあ確かに、粉雪を使ったら固めても簡単に砕けそうだし、湿りすぎていても自分の重さで壊れてしまいそうだ。


 そう考えると、妖術で作った理想の雪を使う方が合理的…なのかな。


「お願い、出来るでしょ?」

「…妖力が続く限りはね」


 妖力の残量はもちろん自分で気を付ける。


 やりすぎてぶっ倒れるのを二回とか、流石に学習能力の欠如を疑われるからね。


「大丈夫だよ。意識があるなら、クオの余ってる妖力を融通してあげられるもん」

「…つまり、気絶したらダメなの?」

「意識して妖力を受け入れる道を作らないといけないの。無理やり流したら体が壊れちゃうよ」


 僕が倒れた時に妖力を流して回復させることをしなかったのは、そういう理由があったからなんだね。


「あれ、でも起きた後なら…」

「…を作るのって、結構疲れるんだよ? 起きたばっかりのソウジュにまた無理させるのもイヤだったから、自然回復に任せたんだ」


 まあ、そっか。


 クオの妖力を借りれば、今出来ないことも色々試せると思ったんだけど……そう都合よくは行かないみたい。


 出来ないならば仕方がない。

 潰れたプランは忘れてしまって、目の前のことに集中しよう。


(と言っても別に、大層な意識なんて必要ないけどね…)


 理解さえすれば片手間に出来る雪作り。


 暑い地域の住人のみなさん、手軽な”涼”としてどうですか?


「…これくらい?」

「ありがと、十分だよ!」


 元気に素手でぺたぺたと、どんどん雪を固めていくクオ。

 手袋も無しに触って、手が冷たくなっちゃったりしないのかな?


「…はぁー、はぁー」

 

 ほら、言わんこっちゃない。


 クオは雪の冷たさに耐えかねて、吐息で手を温めようとしている。

 

「何か取ってこよっか? その手じゃ上手く作れないよね」

「いいよ! クオだって、小さな火なら起こせるんだから!」


 その場に座り込んだまま、本当に小さな狐火で暖を取る。だけど小さくても火は火で、それは立派な熱源。


 よもや、雪の近くでそんなものを出してしまったら……


「あ、像が溶けてる!?」


 こうなってしまうのは正に、”火を見るよりも明らか”。


「…まあ、そうなるよね」


 口からそんな呟きが漏れたのも、仕方のないことだと分かってくれることだろう。


「ソウジュ、分かってて黙ってたの?」

「クオのことだから、その辺のケアはやってるのかなって」

「むぐぐ…」


 何やら文句があるらしいけど、そもそもの原因はクオの不注意。


 先生のことも引き合いに出されて、クオはぐうの音を出すことしかできない。


「いいよ、次は失敗しないから……ソウジュ、雪」

「はいはい、頑張ってね」


 ちなみにこの後、急激な温度差に当てられたクオの両手は無事に、真っ赤な霜焼けを起こしてしまうのでした。




§



「じゃ、僕の番だね」

「がんばれー…」


 というわけで改めて、僕のターンだ。

 クオは手を痛めてしまったので、縁側で静かに僕の応援をしてくれている。


「さ、どんな風に作ろうかなぁ…」 


 悩んで見てはいるものの、頭の中に構想はある。恐らく、クオが見たら霜焼けになった両手を上げて驚くであろうアイデアが。


 問題はどういう風に実現するか。そしてその方法が今ないし二週間後の僕に可能なものであるのか否か。


 『案ずるより生むが易し』とは言うけれど、それは『生む』方法が確立されているからこその言葉。

 いくら理屈を並べようとも、試してみないことには始まらない。残念ながら、僕に未来を予測できるだけの能力は無いのだから。


「ふぅ…」


 考えるのを止めて、ひとまずはウォーミングアップ。


 雪を作り出すのに”warming温める”とは些か奇妙な感じもするけど、そういう言葉なので疑問を抱いても仕方ない。


 僕は身体を温めるのだ。


 そしてクオに作った時と同じように、指先で妖力を操って雪の結晶を形作る。


「……うん、いい感じ」


 この調子なら、僕のアイデアも試せそうだね。


 そもそもこの思い付きは、”妖術で雪を作る”ということをクオから聞いた時に、パッと頭に浮かんできたもの。

 例えるならそう、『そこまでやるなら…』って感じのやつだ。


 更に折角なら、小出しにせずに一気にズドンとやってみたい。


 ありがたいことに、簡単な妖術の応用で出来るから使う妖力も小さく済みそう。

 

 そうだね、これなら作り出すことに拘らず、周りの雪を使ってしまえば消耗も少なく済ませられることだろう。


「ソウジュ、何してるの…?」

「まあ、見ててよ」


 これが僕の、僕に考えられる最高の、雪像作り。



 そう、それは―――



「どうせなら、こうしちゃいなよっ!」

「……あっ!」



 ――――妖術で、雪像を作ってしまうこと。



「す、すごい…!」


 一瞬の出来事だった。


 僕の妖術は周囲の雪を搔き集め、ほんの一度の瞬きの間の時間で、クオとほとんど同じ姿の雪像を作り上げてしまった。


「どう、僕のアイデアは」

「……泣きそう」

「そ、それは大袈裟じゃない…?」


 確かにすごい作り方だと自画自賛ながらに思うけど、まさか感動で泣くようなことじゃ……


「…クオは、こんなに繊細に妖術の制御ができないから」

 

 あ、切実なお悩みだった。


「これじゃ、クオは何も作れないよ…?」

「あ、そっか…ごめん」


 二人で作るって言ってたもんね。僕に任せっきりにしちゃうのは、クオもやっぱり楽しくないはず。


 でもこれが、僕に出来る一番の作り方だ。


 さて、どうやって折り合いを付けようか。


「…決めた。今日からクオも、妖術のコントロールを頑張る!」

「え、妖術を…?」

「うん。だから本番は、二人で分担して作ろ?」

「…じゃあ、そうしよっか」


 クオの行動力に救われちゃった。


 僕だったら、才能のないことを頑張れるかな。なんとなく、文句を言って有耶無耶にしてしまいそう。



 ……やっぱり、クオってすごいな。 



「なら、早速練習やってみる?」

「ううん、この手が治ってから…」

「あはは、それもそうだね」


 なんだかんだ上手い具合に作り方の方針も決まったし、次は何を作るかだね。でも、それについての話し合いはご割愛の巻。


 僕たちが何の雪像を作るのか、それは本番でのお楽しみ。

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