第六節 雪像づくりと宣戦布告
「ここが、お祭りの会場…?」
「ああ、立派なものだろう? まだ完成はしていないがな」
ホッキョクグマの案内に従い、神社から数十分ほど歩いた先の広場。
中央には凍り付いた池があり、周囲には寂れたお店が幾つも立ち並んでいる。
喫茶店、衣服店、レストランにお土産の店。今ではその全てが雪の中にあり、もはや人の気配などは露ほども感じられない。
代わりに雪を固めて作ったアーチが、僕たちを広場へと迎え入れる。
解れかけのリボンや草臥れた紅白の幕によって作られた一見して安っぽい飾り付けは、ここがかつての人の世界とは全くの別物であるのだということをひしひしと、皮膚を突き刺す冷たい空気のように感じさせてくれた。
「え、これで未完成なんだ…?」
とはいえ、この出来栄えには脱帽している。
紅白の垂れ幕の効果だろうか、お祭りに欠かせないおめでたな空気が、既にこの空間に充満している気さえする。
しかし更にこの先があるとは、びっくり以外の言葉が出てこないね。
「ああ。この広場の景色は、当日になってようやく完成するのさ」
ホッキョクグマは言う。
垂れ幕の後ろ、もう使われていない店の中に広がる真っ白な景色を僕らに見せながら。
「全部、雪…」
「ああ、そうだ。この辺全ての建物に貯めてある」
「…『ゆきまつり』って言うくらいだし、やっぱり雪を使うんだ?」
「鋭いな、その通りだ」
ただの安直な連想だったけど……ま、合ってるならいいか。
「ふむ、紹介するならここでは不便だな……そうだ、洞窟まで来ないか? そこなら、分かりやすく話が出来る」
洞窟…?
急に話が飛んだけど、そこに何かあるのだろうか。
クマと洞窟がセットになると、背筋に寒気を感じてしまうね……
「……クオが、行くつもりなら」
「そうか。ならクオ、どうだ?」
「いいよ、行こ」
まあ流石にヒトに似てるし、取って食われたりはしないよね。
ついクオに任せてしまったけど彼女は特に悩むことなく、僕らは件の洞窟まで案内してもらうことになった。
広場から歩くこと……ええと、長い時間の後。
「着いたな、ここが私の家だ」
「……え、家?」
「そうだが、どうかしたか?」
洞窟が、家。
家が、洞窟。
「…大丈夫、気にしないで」
「そうか…?」
なんというか、神社に住んでいるクオとは環境が違いすぎる。彼女は何か、修行のためにでも浮世を離れているのかな。
……まあ、暮らしやすい環境はそれぞれ違うよね。
それよりも今は、ゆきまつりの説明だ。
「で、雪を使って何をするの?」
「やることは単純だ。しかし、実物を見てもらった方が早いと思ってな。ほら、これだ」
「……これって、雪の像かな」
パッと見て答える。
ホッキョクグマは頷いた。
「その通り。ゆきまつりの大目玉は、フレンズが雪で作る像なんだ」
「へぇ、面白そう…!」
洞窟の奥に鎮座する、女の子のようなシルエットの雪像。
正直に、とても上手だと思った。
表面は綺麗に整っているし、姿勢も素人目ながら違和感はない。
顔などの細かい造形は残念ながら入ってないけど、それがむしろこの像を幻想的に見せているのかも。
「面白いんだぞ。十人十色、みんながそれぞれの像を作るからな」
「確かに、ワクワクしてきたよ」
得意げに胸を張るホッキョクグマ。
今度はクオの方を向いて、興の乗った声でお誘いを掛けた。
「クオ、どうだ? 今回こそ参加してくれないか?」
「……んー、どうしようかな」
なんとなくに視線を逸らし、クオの返事は曖昧だ。
パッと疑問が浮かんできたので、答えてくれそうな方に聞いてみた。
「えっ、クオは作ってないの…?」
「ああ、自信がないと言ってな。何度誘っても、クオは脇で見ているだけだったんだ」
ホッキョクグマは頬を掻きながら、困ったように苦笑いをして答える。
「ねぇクオ、今回のゆきまつりはどうするの?」
「…後で、ね」
「……」
クオは外を向いていて、浮かべる表情は見えなかった。
§
洞窟でホッキョクグマ作の雪像を見せてもらった後。
また会場の広場に戻ってきた僕たちは、特にすることもなく雑談を始めた。
「この祭りはな、私にも分からないほどの昔から続いているんだ」
起源を尋ねた時の返答がこれ。
どうやら僕の想像よりも、このお祭りの歴史は深いみたい。
「じゃあ始まりは、誰も知らない?」
「いや、そうでもない。
確かどこかの本に、『パークにヒトがいた時代に始まった』と書いてあった」
ホッキョクグマの説明にクオが続ける。
「最初は、パークのイベントの一つとしてやってたみたい。でもヒトが居なくなっちゃって、その後はお祭りだけが残ったらしいよ」
「へえ、そうなんだ」
広場に祭りにあの神社。
もういないのに、またヒトの影。
「今になっても残ってる辺り、やっぱり影響は大きいんだね…」
「ヒトの存在も、大昔だと聞くからな」
だったら、僕はどうしてここに?
タイムスリップ?
記憶を失う様な大事故のイメージには近い。
でも、なんだかしっくり来ないんだよね。
(多分、目的が分からないからかな…)
元々がハチャメチャな仮定だから、仕方ないんだけど。
「どうしたソウジュよ、悩み事か?」
「あー…いや、お腹空いたなって」
「ハハ、そんなことか。だったらラッキーに頼んで、ジャパリまんの一つでも持って来てもらうとしよう」
会ったばかりだし、任せてしまうのは気まずいな。
そう思って先に立ち上がろうとした僕の肩を、クマは驚くべき力で抑え込んだ。
「あ、いや、えっと…」
「遠慮するな、これくらいは苦にもならん」
笑いかけて向こうに行くホッキョクグマ。
さらりと押し切られて、池の端っこにクオと二人。
彼女が居なくなるのを見計らうようにして、クオが口を開いた。
「……ソウジュ、さっきの痛くなかった?」
「あぁ、うん。それは大丈夫」
力は強かったけど、痛くなる抑え方じゃなかった。
今思えば上手だったね、きっと慣れてたりするのかも。
「…ねぇ。クオは昔のパークのこと、どれくらい知ってるの?」
「あはは、全然だよ? 本に少しだけ書いてあったり、たまにレポートが出てきたりとか、それくらい」
よいしょとクオが寄ってくる。
そして僕を覗き込みながら、大事な秘密を囁くように言う。
「多分、大切な情報は厳重に保管されてるんだよ」
「まあ、そうだよね」
「だから、まだ誰も知らない秘密がある。そう考えたらさ、ワクワクするよねっ!」
「……確かに」
クオは相も変わらずキラキラしている。
きっと楽しいだろうね、こんなに想像を膨らませることが出来たら。
「…持ってきたぞ、少し待たせたか?」
「早かったよ、ありがとう」
時が過ぎるのもあっという間。
クオの空想を夢中になって聞いていたら、もうホッキョクグマがジャパリまんを持って戻って来た。
僕とクオに一つずつ渡して、彼女は立てかけてあった熊手の武器を取る。
「さて、そろそろ練習の時間だから帰らないとな。でもその前にもう一度だけ、聞いておきたいことがある」
聞きたいことって言うのは…多分アレだね。
僕の予想通り、クオの目の前に立つホッキョクグマ。
でも、僕はなんとなく……
「クオ、ゆきまつりに―――」
「やるよ、参加する」
「…え?」
…あ、勘違いだったみたい。
洞窟の時の態度から、てっきり断るのかと思ったんだけど。
「おお、そうか!」
「ソウジュも一緒に作っていいよね?」
「構わないさ、全力の作品が見られるならな」
「まあ、クオがそう言うなら」
興味はあるし、一緒に作るのは構わない。
だけど参加するつもりだったなら、勿体ぶらずに洞窟で言ってもよかったのに。
「ふっふっふ…!」
「…どうしたの、クオ?」
突然わざとらしい笑い声をあげるクオ。
”どうしたの”とは聞いたけれども、なんだかこの先が予想できる。
「コレで決まりだね。今度のコンテストは、クオたちが貰うよ!」
「な、何だって…!?」
ホッキョクグマにそう宣言したクオ。
アーチを背に真っ直ぐ指をさす姿には、写真映えしそうな美しさがある。
……もしかして、これが狙い?
「ねぇ、コンテストって?」
「色々な分野で、優れた作品にみんなで賞をあげるんだ。
一番多くの賞をもらった作品は、その回のコンテストに優勝。
『冬のジャパリまん ホッカイのプレミアムラズベリー味』を賞品として手に入れる……!」
なるほど、そういうこともしてるんだ。
それにしても、プレミアムラズベリーね。
美味しそうだけど、頭に付いた五文字のせいで却ってチープに聞こえる気がする。
「絶対に勝つよ。クオとソウジュなら、パークで一番すごい雪の像を作れちゃうんだからっ!」
「君の自信はどこから…?」
「クオはこの胸から!」
あれ……これ、どこかで聞いたようなやり取りだ。
頑張れば思い出せそうな気がする、だけど真実は途轍もなく下らないような気がする…!
「…なら私も、尚更全力で臨まねばな」
「手首を洗って待っててね、肝臓を抜いてあげるからっ!」
「手首じゃなくて首でしょ。あと度肝だよ、肝臓はダメ」
まあ、手首までちゃんと洗えば衛生的ではある。
だけど肝臓ってなにさ、まさか売り払うつもり?
「ふふ、面白いな」
ホッキョクグマは何に感心してるのかな。
ええと、クオのボケが伝わってるわけじゃないよね?
……まあいいや、なんか上手くいってるっぽいし。
「じゃあソウジュ、帰ろっか」
「あ、うん。じゃあまた、ゆきまつりで…かな?」
「ああ、楽しみに待っているぞ」
言うことを言って満足したのか、ルンルン気分で歩くクオ。
分かっていたはずの彼女のハチャメチャ具合に振り回された僕もまた、どうしてか気が高揚していた。
(ゆきまつりは、二週間後……)
果たして僕たちはそれまでに、ちゃんとした雪像を作れるようになるのかな。
ほんの少しだけど、それが僕には気掛かりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます