第五節 ゆきまつりへのお誘い
「…なるほど」
クオとダチョウに「お告げ」の顛末を聞いた僕は、そんな風に独りごちる。
正直知らなくても大したことはない、だけど知っておけば色々と納得できる。
「ありがとう、面白い話が聞けたよ」
あの夜にクオが僕を見つけたのはただの偶然ではなく、運命の導きによるものだったのだと、この時僕は確信した。
そう考えると僕らの出会いが、あの絵本の物語よりもずっと数奇なものに思える。
「まさに、運命の二人……!」
「当然だよ、だってクオたちはふたごだもんねっ」
丁度ダチョウも、似たようなことを考えていたみたいだね。
「なんというロマン…これこそ、星の導きというものでしょう」
「あ、タマゴのお告げじゃないんだね」
「……ああ、タマゴのお告げが降りて来そうですっ!」
なんだ、言ったそばから来たみたい。
勢いよく立ち上がって黄金のタマゴに手をかざせば、謎の風圧がダチョウの髪の毛を靡かせ始めた。
「…お二人の運勢、タマゴによると『大吉』です! 文字通り、運命的な旅のパートナーになれるでしょう!」
大仰に振りかぶって運勢を告げるダチョウ。
さっきまでとは打って変わって、占い師らしい荘厳な雰囲気が出ている。
「えへへ…最高のパートナーだって」
「いいえ、運命のパートナーですっ!」
「…別にどっちでも変わらなくない?」
運命だとか最高だとか、単なる言葉遊びの類だと思っちゃうな。
「いいえ、絶対に運命です。これだけは譲れません」
「あー、じゃあいいけど…」
まったく頑固な占い師さんだ。
「えへへ、運命かあ~…!」
でもクオは、運命という言葉に頬を緩めている。
ステレオタイプなイメージだけど、女の子はやっぱりそういうロマンチックな言葉が好きなのかな。
「ソウジュさんも、奥ゆかしいロマンを感じてみてはどうですか?」
「いや…僕には難しいや」
奥深さなんてわからない。
僕の世界はまだ、僕の目に映る範囲までだから。
「……それではこの辺で、わたしは失礼しますね」
「うん、またねダチョウちゃん!」
御淑やかなのかハチャメチャなのか、あるいはその両方なのか。
クオと別方向に元気なダチョウは、とても面白い占い師だった。
§
「さて、この後はどうする?」
「予定通り、二時間目の授業にするよ」
食べ物は厨房にお片付け。
教室のセットを作り直して、勉強の準備をすぐに完了。
ダチョウが帰ってからここまで数分。
一分たりとも無駄にはしまいという気概を感じる。
「教科は?」
「うん、次はジャパリパークの地理にしようかな」
地理とは、これまた面白そうだ。
旅には行く先についての知識が絶対に必要だし、心して受けることにしよう。
やる気のある先生だから、授業もとっても期待できるしね。
「じゃあ号令行くよ! 起立、気を付け、礼!」
…でも、号令くらいは生徒に任せて良いと思うな。
―――例によって、授業の中身は割愛。
ノートに書いた要点と、クオとの会話を振り返る。
『ジャパリパークの地理』
ジャパリパークは、とある海の上に浮かぶ列島群に作られた動物園。
ここではヒトの身体に動物の特徴を持った『アニマルガール』、もしくは『フレンズ』と呼ばれる女の子たちが暮らしているけど……それについては別の授業で。
ジャパリパークは、幾つかの『ちほー』、もしくは『エリア』と呼称される地域に分割されている。
ここでは『ちほー』で統一するよ。
ちほーの分け方は、過去にここを管理していた人間たちが使っていたものらしい。
彼らもしっかり、土地の気候をもとにして境界を定めていたようだけどね。
そんなちほー、細かく分類することも出来るけど、一番大ざっぱな分け方だと全部で九つになるらしい。
クオに聞いた話を、下に一つずつまとめておいた。
・ホッカイ
ジャパリパークの端にある、僕たちが暮らしているちほー。
ここは多くの土地が雪に覆われているらしい。
気温が非常に低く、そういった土地を得意とする動物のフレンズが多く生活している。
キツネとか、クマとか、後は僕のよく知らない動物たち……
かなり厳しい土地で、フレンズが遭難することもそう珍しくはないみたい。(僕みたいに)
実はここにも、僕の知らない大きなイベントが存在しているらしい。
クオはまだ教えてくれなかった。
・ホートク
ホッカイに一番近いちほー。
海を少し渡ったところにある。
高山が多く、空を飛ぶことの出来る鳥のフレンズが多くみられるようだ。
そのため、空を舞台にしたレースが定期的に行われているらしい。キラキラと目を輝かせて語っていた。
ホートクに行くとしたら、きっとクオの目当てはそれだろう。
・カントー
ホートクの次にホッカイに近いちほー。
地図だと真ん中らへんにあるという。
他のチホーよりも栄えているようで、パークセントラルというパークの中心部となる施設が存在している。
動物園として稼働していた時も、きっとそこがパークの中心だったのだろう。
・ナカベ
土地の特徴としては、水辺が多いらしい。
その辺りに住む動物のフレンズが多い。
また、ここにジャパリパークの大人気ペンギンアイドルであるPPPが活動の拠点を置いているようだ。
・サンカイ
砂漠、厳しい土地。
ホッカイの次か、もしくは同じくらいには危険な場所だという。
確かに、砂漠には過酷なイメージがある。
そんなサンカイだけど、オアシスとかの見る場所はしっかりあるみたい。
ここを訪れるときには、僕も気を引き締めておこう。
・アンイン
そのほとんどに森が広がるちほー。
なんでも、とても賢くて偉いフレンズがいるらしい。
上にも書いたけど、クオは大事なところをわざと伏せることがある。
まあ、ここはクオの気持ちを汲んで、見てからのお楽しみとしておこう。
・ゴコク
アンインとサンカイ、そして後で書くキョウシュウに囲まれた島のちほー。
海に住んでいるフレンズが比較的に多い。
クオは美味しいお魚を食べられると言っていたけど、魚はフレンズにならないのかな?
…不思議だ。
・リウキウ
南国、バカンス、パラダイスっ!(クオが言った)
ざっくり言えば、楽しい場所。
気候もホッカイとは真逆で、旅をするならやっぱり普段とまるっきり違う場所に行ってみたいよね、とクオの談。
―――と、ここまでが楽しい普通の説明。
問題はこの先。
最後に残った一つのちほー。
・キョウシュウ
危険。
誰もそこに、近寄ってはいけない。
…簡潔でかつ禍々しい、そんな解説。
「流石にこれじゃ、何も分かんないよ?」
「説明はするよ。だけどクオも…こんな感じのことしか知らないの」
悲しそうに首を振るクオ。
彼女がここを最後に回してしまった理由もなんとなく分かる気がする。
一応、続きの説明が始まる。
「クオが物心ついた時にはもう、『キョウシュウは危ない』って話がパーク中に広まってた。だから写真で見たこともないし、噂話しか聞いたことがない」
クオが聞いたという噂も、キョウシュウの真相には近くないだろう。
セルリアンの大量発生とか、火山の噴火による異常気候とか、悪戯好きなフレンズが乗っ取ってしまった……だとか、それらしい物から荒唐無稽な物まで様々。
その全てが、僕らには検証しようがないのだから。
「これは多分事実なんだけど…”守護けもの”が立ち入りを禁止してるみたいなの。コッソリ入ろうとしても、見つかって摘まみ出されちゃうとか」
守護けもの。
文字通りパークを守護する、強い力を持った特別なフレンズ。
そんな彼女たちが動いているとしたら、それは本物の脅威が存在するからに他ならない。
「だから問題が解決するまで、クオたちはキョウシュウには行けないの」
「そっか、残念だね…」
でも仕方ない、危ないんだから。
「キョウシュウに行けない分、他の場所でいっぱい楽しもうねっ!」
「…うん、そうだね」
§
明くる朝。
一日休んで妖力もすっかり戻り、今日からまた妖術の練習ができる。
だけどその前にもう一つ、クオは教えたいことがあるらしい。
なんでも、体術だとか……
「妖術を使って戦うにしても、上手な体捌きは絶対に必要なんだよ!」
遠距離からの攻撃を得意とする妖術使い。
すると、その特性を知っている相手は距離を詰めようとしてくる。
セルリアンも、攻撃をするために近づいてくるだろう。
そんなとき、近接戦闘が全くできないのでは話にならない。
せめて、相手との距離を保ちつつ妖術を撃ち続けられるだけのフィジカルは必要になってくるらしい。
「それは、分かったけど…」
「うん」
クオは頷く。
準備運動に膝を曲げながら。
「まさか、いの一番から取っ組み合いなの?」
互いにジャージ。
これから動きますよと言わんばかりの恰好。
「そのつもりだけど……ダメ?」
マジで取っ組み合いから始めるみたいだ。
成す術なく打ち倒される未来が見えるよ、これで僕も占い師になれるかな。
「いや…こういうのって、最初は基礎のトレーニングから始めるものじゃ…」
「いいの! ソウジュは記憶喪失なんだから、黙ってクオの言うこと聞いて!」
「う、うん…」
記憶喪失って言ったって、何も無いわけじゃないんだけど…
「さ、始めるよ!」
…まあ、言っても聞かないか。
パチンと鳴らしたクオの合図で、僕の負け戦が始まった。
§
「……ソウジュ、遅いね」
「あはは、そりゃあね…」
薄い芝の上に仰向けに倒れる僕と、その隣に足を伸ばして座るクオ。
結果はまあ、お察しの通りだ。
どちらかが倒れたら負けというルールだったけど、ものの数秒で身体を掴まれ、抵抗する隙もなく組み伏せられてしまった。
なるほどこれは確かに、体術も必要かもしれない。
そう思わせるのがクオの目的だったのかな。
……なんか、違う気がする。
「ふむ、中々面白い遊びだな」
「…誰?」
不意に聞こえた明快な声。
声の主は狐の石像の後ろから、大きな肉球の付いた何かを携えて現れた。
「ああ、これはすまない。邪魔してはいけないと思って、そこの陰から見ていたんだ」
白く、暖かそうな毛皮に身を包んだ、なんだろう……クマ?
「私はホッキョクグマ。今日は、クオに用事があって来たんだが…」
「……それって、もしかしてアレのこと?」
「ああ、その通りだ」
なんだろう、僕の知らないところで二人が通じ合っている。
クオは妙にテンション低くなってるし。
「そんな目をするな、すぐに教えてやる」
それはありがたい。
心して聞かせてもらうとしよう。
「そう大したことではないが……ふっ、聞いて驚け」
「今年も、ゆきまつりが始まるぞ」
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