第7話 ハーレムに終わりはない

 かくして、ヘカテ王国に新たな王が誕生した。

 グレインデュールの子、ホレイントである。

 その治世に父と兄の思いは引き継がれたが、ただ1つだけ違うことがあった。

 占いやまじないには、人の心を支えるものに限って許しを与えたのだった。

 魔女や悪魔憑きの汚名を着せられて追放された、多くの者たちも戻ってきた。

 だが、自ら国を去ったエインファルデュールとグレムジュの行方は杳として知れなかった。

 後宮はといえば、王妃は迎えられたが側室は置かれず、宮女たちのほとんどは暇を出されて元の生活に戻っていった。

 

 小さな黒い布切れで胸と局部を隠しただけのドラウミュルは、ホレイントが裸の身体を起こしたベッドの傍らでくすくす笑った。

「一息ついたね」

 ホレイントも苦笑した。

「一仕事だったよ、全く」

 あの朝、汗だくで冬の風を浴びたときから全ての察しはついていた。

「だから、ボクのあげた力をちゃんと使っていれば」

 顔にしなだれかかるドラウミュルの素肌から、ホレイントはもう逃げはしない。

「そんな真似ができるものか」

「意地張ってるから、あんな面倒なことに」

 あの朝、女たちがホレイントの部屋になだれ込んできたのは、ドラウミュルが後宮の香炉から掠め取ってきた媚薬のせいだった。

 この汗の匂いが冬の風に乗って城の内外にまき散らされ、それを嗅いだ女たちをホレイントの魅力の虜にしたのだ。

 つまり、魅了の力である。

「だったら香炉ごと盗んでくれば済んだ話だろ」

「いまひとつ、確信がなかったんだよね。王妃がそれ使ってるっていう」

「そのために私を……」

 拳を振り上げられるホレイントから、ドラウミュルは宙を舞ってひらりと逃げた。

「いいじゃないか。命の恩人だよ、ボクは」

 ホレイントは、それ以上は責めることもない。

「いずれにせよ、あの媚薬は兄上に使っても仕方がなかったのだが」

 ドラウミュルは、いつしかベッドの上に座っている。

 ホレイントの首にしなやかな腕を絡めながら囁いた。

「まさか、男と交わる男だったとは」

 それも本当か分からない。だが、ドラウミュルは遠い目をしてみせる。

「後宮に女集めただけで、何にもしないなんて」

 兄の意志が強かっただけかもしれなかった。

 ホレイントは、答えの出ない話をそらす。

「それを私に無理やりやらせようとしたのは、何でだ?」

 軽く小突かれて、少年のようにも見える銀髪の少女は悪戯っぽく笑った。

「……ボクに、見覚えがない?」

 ベッドを蹴って、ふわりと宙に浮く。

 その艶やかな裸の背中からは、コウモリの翼が現れた。

 頭には、2本の角が生えている。

 ホレイントは、目を見開いて叫んだ。

「サキュバス……!」

「声が大きい」

 薄い胸を顔に押し付けて、ドラウミュルは囁いた。

「意外に義理堅いだろ? 邪念の塊でも」 

 ホレイントの脳裏に、6年前の記憶が思い出となって蘇る。

 幼い頃、身を挺して庇った不思議な小悪魔の姿が。 

 宿主を失い、実体を現して逃げたはずだ。

「あれから、どうしていたんだ? お前は」

 父王も兄も、魔術や魔女、悪魔の類は徹底して国から除いてきたはずだ。

 ドラウミュルは、事もなげに答える。

「前に言ったろ? 人間たちの間をさまよって、最後にまたキミに助けられたのさ」

 それでも、解せないことがある。

「どうして、今になって?」

「憑りつく相手ができたからね」

 髪を撫でてくるドラウミュルの指の感触に酔いながら、膨らみかけた胸元に吐息で尋ねる。

「どうして、今まで憑りつかなかったんだ?」

「心の守りが、堅すぎたんだもの、ついさっきまで」

 くすぐったそうに笑うサキュバスの背中に、ホレイントは腕を回した。

「ああ……そうだな」

 再びベッドの中で抱きしめようとしたが、そこにはもう、可憐な夢魔の姿はない。

 代わりに寝所に入ってきたのは、同じ年頃の王妃である。

 ドラウミュルにせっつかれるままに、隣の国の王家から迎えた娘である。

「お前は……どうするんだ」

 つぶやいてみると、王妃はうっとりとした顔でホレイントにしがみついた。

「仰せのままに」

 魅了の力は、とっくに失せているはずだった。

 その力をかつて与えた張本人が、どこかで囁く声が聞こえる。

「キミの夢の中で充分さ」


(完)

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小悪魔少女が純情熱血王子に教える下克上ハーレムの作り方! 兵藤晴佳 @hyoudo

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