第8話 イケメンは敵か味方か

「監視は構いませんが、出来ればイケメンだけは避けて頂けるとありがたいです……」

「それは無理だな。監視役は俺だ」


 魔王討伐に向けた私達の旅に同行するのがレン王子という衝撃に、頭の中が真っ白になる。

 王子様と今後行動を共にするということはこの際どうでもいい。

 しかし、昔の攻略キャラクターに外見も内面もそっくりなイケメンが仲間になるのは一大事だ。


 だって、息をするようにレン王子を攻略してしまいかねない。

 それほどまに彼とそっくりな東條先輩とは恋愛を重ねて来たのだもの。


 何とかレン王子のパーティーメンバー入りを阻止しなくては……!!











「あおい、大丈夫……!?」


 その後、私はぐったり疲れ切ったままモーリスとポポが待っているという客室を訪れた。

 見たところ、レン王子が言っていたように丁重に二人共おもてなししてもらっていたようで、その点については安堵する。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ポポ。ただ……ちょっと困ったことが起こって」

「もしかして、レン王子に何か無理難題でも吹っ掛けられた?」


 モーリスの言葉に深く頷く。

 そして、私は二人にレン王子と先程話したことを伝えた。


「はあ!? 王子が僕達と一緒に魔王討伐に向かうだって!?」

「そうなの……」

「ポポ、あの人間、嫌い。あおいをいじめた」

「僕だって、あんな高慢な男と一緒に旅したくない」


 モーリスもポポも、レン王子のパーティーメンバー入りは嫌らしい。

 私だって同じ気持ちだけれど、だからこそ胃が痛くなった。

 これがストレスというやつだろうか。


「そもそもあの王子、旅とか出来るわけ? その辺をつついてみたら簡単に気が変わったりしないかな」

「私も同じことを思って、あれこれ手は尽くしてみたよ?」


 しかし、何を言っても効果なし。

 戦闘になった時にレン王子に万が一のことがあれば大変だと伝えれば「王宮剣術師範代を務めている俺が遅れをとるものか」と言われ、旅に野宿はつきものだから王子様には辛いかもしれないと心配してみせれば「それすら思考にない阿呆だとでも思ったか」と見下され……。

 困り果てた結果、知り合いに似ているので嫌ですと伝えると「知るか」と一蹴されてしまったのだ。


「と言うわけで、勇者を続けるために仕方なくレン王子が仲間になりました……」

「仕方ないこととはいえ、あおいはそれでいいの? あの王子、あおいの知り合いに似てるんでしょ?」

「うん……。私が元いた世界の攻略キャラクターのひとりにそっくりで」


 唇を奪われる確率がぐんと上がるので、一緒に行動することは正直避けたい。

 避けたいけれど、レン王子を連れて行かなければ私のせいでモーリスもポポも死刑にされてしまう。

 それは絶対に嫌だ。

 もしゲームオーバーになるとしても、それは私だけでいい。


「キスだけはされないように気をつけて行動するよ。私はRPGの主人公……勇者になるためにここにいるんだから」

「……まあ、実際に旅を始めてみたら王子の方から嫌になって城に戻るかもしれないしね。僕はそれに期待しておくよ」

「ポポも、モーリスと期待する」


 レン王子とのやり取りですり減った心が、少しずつ回復していくのがわかる。

 元いた世界ドキ学では攻略キャラクター達はいたけれど、友達らしい友達はひとりもいなかった。

 困ったことがあっても相談に乗ってくれる人と言えばお兄ちゃんだけ。

 志を同じくする仲間が傍にいるというのはこんなにも心強いものなんだと初めて知った。


「ふたり共、ありがとう。私も部屋を用意してもらったから、今日はもう寝るね」

「あおい、別の部屋? ポポもあおいと一緒の部屋、行く」

「待て待て待て待て」


 モーリスがすかさずポポの首根っこを掴む。


「ポポ、君は僕とこの部屋で寝るんだ」

「嫌だ。あおいとがいい。昨日みたいにあおいと寝たい」


 確かに、昨日はポポを腕に抱いて眠りについた。

 しかしあれはドラゴンの姿だったからの話で、今のポポは誰がどう見ても非の打ち所がない美青年イケメン

 キスをしてはダメと伝えているけれど、事故ちゅーの可能性だってある。

 と言うわけで、ここは心を鬼にするしかない。


「モーリス、ポポのことをよろしくね。また明日」

「あおい~!」


 涙目で私の名前を叫ぶ美青年ポポに心を痛めながら、私は用意してもらった部屋へと戻った。











 さすがお城のベッド。

 昨日の宿屋とは比べものにならないほど柔らかなベッドの上で寝転がる。

 もうそろそろ眠りにつけそうだという頃、何か違和感のようなものを感じた。

 疑問に思い目を開ける。


「あなたがあおい様でしょうか?」


 端正な顔立ちのイケメンが宙に浮いていた。

 イケメンが真上から私を見つめる。


「だ、誰!?!?」


 飛び起き、すかさず距離を取った。

 棚の上に置いていた短剣も油断なく構える。


「失礼。わたくし、神様ゲームマスターの部下でございます。以後お見知りおきを。ああ、特に名前はございませんので、お好きなようにお呼びください」

神様ゲームマスター……?」


 神様ゲームマスターと言えば、私を念願だったRPGの主人公にしてくれた何だか偉いお方だ。

 そういえば神様ゲームマスターも意味もなく宙に浮いていたような気がする。

 そんな人の部下だから、このイケメンも宙に浮いているのか。

 警戒を解き、短剣を鞘に納める。


「部下の方が私にいったい何の用で?」

「少々予想外のことが起こっておりまして。早急にお伝えするよう神様ゲームマスターから言い渡されてまいりました」

「はあ」

「実はあおい様が転職ジョブチェンジなさった瞬間、あおい様が元いた世界ゲームの住人が数名こちらへと引っ張られるようにして来てしまったようです」

「え……?」

「あおい様と違い、正式に転職ジョブチェンジなさったわけではございませんので、もしかしたら何かしら異常な状態でこの世界RPGに存在している可能性がございます。何にせよ、この世界RPGに留まり続けたいのならばそういった人物達には近づかない方が良いとの神様ゲームマスターからの言伝です」


 部下さんの言葉を聞き、真っ先にレン王子と東條先輩の顔が脳裏をよぎる。

 まさか、そんなまさか。


「あの……異常な状態って、例えばどんな状態なんですか?」

「それは、実際に接触してみないことにはわかりません。ですが、神様ゲームマスターの話では少なくとも外見はまったく同じとのことですので、見知った顔だと思ったら避ければ問題ございません」


 ああ、これはもう間違いない。

 私のことは知らないようだったけれど、外見どころか内面までまったく一緒なイケメンと今日まさしく出会ってしまった。


「その説明、もっと早く聞きたかったです……」

「ということは、既に出会ってしまった後でしたか。これは申し訳ございません。お詫びと言うわけではございませんが、こちらを」


 一冊の本を手渡される。

 本の表紙には『説明書』とでかでかと書かれていた。


「説明書?」

「この世界RPGでのルールや、あおい様ご自身にかけられた制約……キスすれば元の世界乙女ゲームに戻るなどの説明が一通り記載されております」

「え、すごい!」


 出来ることなら最初からほしかったのだけど。


神様ゲームマスターは「何も知らずにRPGに飛び込んだ方が面白いだろう。現に、説明書をまったく読まずにゲームし始める人ってめちゃくちゃ多いし」との持論で、この説明書を渡さなかったようです」


 私の心を読んだかのように部下さんが答えてくれる。


「あおい様には補佐などおりませんでしょうし、きっと大変な思いをされていることでしょう。何かお困りごとがあれば、今後はそちらの説明書をご参考ください」


 にこやかに微笑んでくれる部下さん。

 けれど、私にはひとつだけ気にかかったことがあった。


「補佐ならモーリスがいるんで大丈夫ですよ。困ったことが起こったら助けてくれるし、とても頼りにしています」

「モーリス?」

「あ、モーリスも神様ゲームマスターの部下だって言ってましたし、もしかして知り合いですか?」


 頼りにはしていても、モーリスのことはまだ深く知らない。

 そのため興味本位で聞いてみたのだけれど、部下さんは口元に手を当てて考え込んでしまった。


「変ですね……」

「変とは?」

「いえ。神様ゲームマスターの部下は私だけのはずですので」

「え……?」


 心臓がどくんと脈打つ。

 恋を自覚した瞬間とはまったく違う、嫌な音がした。


「モーリスなどという名前を、わたくしは聞いたことがございません」

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乙女ゲームのヒロイン辞めます!~転職先はRPG~ カシマ シノ @yakipoteto

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