暗然
「エヴァ!」
ココ達の到着を察知したエヴァは、目にも留まらぬ速さで二人の元へとやって来るなり深々と頭を垂れると謝辞を述べる。
「……ココ様、ウィズ様、申し訳ありません。……ラヴィ様をお止めすることが出来なかった私に罰をお与え下さい」
これに対して、エヴァでは
「謝らなくても大丈夫、罰も与えないわ。根本的にエヴァとラヴィでは能力に大きな差があるから。それを考慮しなかった私のミスよ」
感情の乏しいエヴァの顔にハラリと冷たいものが流れる。
「もぉ、泣かないの! 大丈夫、ここからは私に任せなさい! ウィズ、エヴァの回復をお願い。ラヴィは私一人で止める」
「承知致しました。ココ様、どうかお気をつけ下さい」
ウィズとエヴァの怪訝な思いにココは笑顔を返すと、消えいるようなスピードで満天へと舞う。
「さあて、不本意ながらの初実戦ね。まさか、異世界最初の相手がラヴィになっちゃうなんて。ホント、もっと考えて行動しないとダメだね」
ココは、目下で唸るいつもとはかけ離れた姿へと変貌したラヴィに目を向ける。
(敵性モンスターの
空中を落下しながらココは強化スキルを発動する。
「今は手数より一撃の威力、か。
空中に舞う影に気づいたラヴィは、ドウンッという爆発的な踏み切り音を伴う脚力で、帆柱をへし折りながらココを目掛けて突貫する。
「ゥゥゥァァアアアアアアア!!!」
猛獣のような咆哮を轟かせるラヴィには、もはや自我の欠片も感じることは出来ない。
「ロールスライサー!!」
両手を頭の上で合わせて、身体全体を高速回転させて勢い任せに迫るラヴィは、銃から放たれた大きな弾丸と言っても過言ではない。ココは冷静に防御のスキルを発動する。
「
ラヴィの進む直線上に青い半透明の菱形の盾が等間隔で五つ現れる。
ココは迫る回転体を余裕を持って優雅に回避する。標的と勢いを失ったラヴィは首を振ってココを探す素振りを見せる。
(感知に特化しているラヴィでも目視以外では私を感知出来ないのね)
ようやくココを発見したラヴィは、大きく跳ね上がり一気に距離を詰める。
(たとえ攻撃力が飛躍的に上がっていたとしても、ラヴィの最大技を食らって倒れる事は無い。だったら……荒業だけど実験してみよう)
「ウルティム・ザ・ビーストインパクト!!」
ラヴィから放たれた獣形(けものがた)の強力な波動の塊がココに近づくが、ココは防御の構えを取らずに真っ向からラヴィのスキルを受ける。直撃した途端、重い風圧が周囲に発散していく。
「フフッ、確かに強力な一撃ね」
(ダメージを負う感覚、私の素の防御力がどれ程のものか分かったわ。これは一つの基準になるわね。ダメージ量からするとラヴィの攻撃力補正値を考慮してもビッグバンの時とは計算式が少し違うみたいだけど、誤差の範囲かな)
ココは中空を蹴ってラヴィとの距離を置く。
「さっきのダメージ量と防御力を基準にすると、ラヴィに対してこのスキルは駄目か。ラヴィ、少し痛いかもしれないけどゴメンね!」
ラヴィがココに視線を移すよりも速く、まるで流星の尾のような煌めきを二つの刃からひかれる。ココの急降下での攻撃スキルがラヴィを一閃する。
「クリティカルシフト」
瞬間という言葉が遅すぎるほどの速さで前方を駆け抜けながら強力な一撃を放ったココの背後で、ラヴィは鮮血をあげながら失神した。
*
「……一撃」
「えぇ、余裕綽々とはこの事を言うのでしょう。ココ様は最弱の職業(クラス)である盗賊でありながらの最強。メイン
岸部から一瞬で勝敗が決した戦闘を傍観していたウィズとエヴァは、改めて忠義を尽くす
「ラヴィを瀕死にさせた、あの威力を放ちながらも本気にはまだまだ遠いですね。
ウィズの言葉に身震いを一つ覚えるエヴァ。
「ココ様はそれほどまでにお強いのです」
「……さすがはココ様です」
ウィズはまるで自分の事のように揚々と言葉を紡ぐ。絶対的な強さを誇る主への忠誠心がそうさせているのだ。
「さて、ラヴィの回収に参りましょう」
*
「ウィズ、まずはラヴィの回復を」
失神しているラヴィを抱えたココの元へとやってきたウィズは、主の言葉に応えるように回復の魔技を使用する。
「
「もう暴れる事は無いとは思うけどね。帰ったら直ぐに状態異常の回復も頼むわ」
「承知致しました。では、改めて
「えぇ、私とエヴァは少し街の様子を見てくるわ」
一礼したウィズがラヴィを抱えて
「さてと、エヴァ。ここからは本当に注意が必要よ、敵の最大戦力はもしかすると私すらも凌駕していると考えて行動した方がいいわ。警戒していて悪い事は無いからね」
「……はい、ココ様。しかしながらココ様よりも強力な敵というのは、想像が難しいですね」
「ん、そうかな?」
エヴァはどうにも腑に落ちない。ココからは明らかに絶対強者としてのオーラや圧力といったものが感じ取れるし、こと戦闘においてはどれ程の強さなのか検討もつかないからだ。
「確かにビッグバンの世界での私は、戦闘においては自信過剰かもしれないけれど強者の部類だと思う。グロウブ・コロッセウムでの三連覇の記録は最後まで破られなかったしね。でも、この世界はビッグバンに似た全く別の異世界。どんな敵が潜んでいて、どんな環境なのかを知るまで油断は出来ないわ」
「……慎重に事を運ぶべきということですね」
「その通りよ。だから、今回の一件は完全に私のミスね。慎重さを欠いてしまった結果、ラヴィとエヴァを危険な目に合わせてしまった。本当に申し訳ないわ」
「……ココ様が謝罪など!」
言葉にならない温かい感情がエヴァの心を支配する。同時にココという主人に対して、改めて畏敬の念を抱く。
「私にとってはあなた達は家族だからね、その長として守るべき義務がある。だから、さっき決めた事があるの」
ココの瞳には決意の色が濃く写るように見える。
「……決めた事、ですか?」
「そう、これからは私が率先して現場に行って、この世界の情報を集めること。具体的な案はこれから、皆にも協力して貰うことになるわ」
「……恐縮ながら、ココ様は現在でも率先していると思うのですが?」
「指揮という意味ではね。……エヴァ、静かに。人が来る」
トルトゥガの中心街に向かって歩いていたココとエヴァは建物の間の細い裏路地に入り、様子を窺う為に息を潜める。かなり大勢の足音が耳に届く、どうやら足音は港へと向かっているようだ。
「ヤガさん! あいつら消えちまったんだよ!」
「消えたっつーのはどういう事だ! 逃げたのか?」
「いや、文字通り消えたんだ。表現が難しいが空間に穴が開いて、そこに入っていったんだ!」
「……意味が分からねぇ。その消えたって奴は港の船をぶち壊し、暴れていたというワーラビットなのか?」
「いや、それが赤い神父の格好をしてた。ワーラビットを抱えて入って行ったんだよ」
「ヤガさん、そいつは多分マクさんを殺った奴だ」
「ふざけやがって!
「いやそれが分からねぇんだよ。青い光みたいなものが見えた途端に
「制御の効かねぇ化物を使って俺達の船をぶっ壊したのか? それなら少しは理解できるが」
「どっちにしろ報復に来たという可能性が高い」
「こそこそと胸くその悪い奴等だぜ! 船は全滅か……。おのれ、俺達に喧嘩を吹っ掛けた事を後悔させてやる!」
息を潜めていたココが海賊達の気配が消えたことを確認して口を開いた。
「エヴァ、あの中に知った顔は?」
記憶を思い出さんとゆっくり目を伏せるエヴァは、心当たりのある人物を脳裏に写し出した。
「……大男と話していた痩せ細った男。かの者はオール・ベガス・エデンに奇襲をかけてきた者の一人だと思われます」
「……なるほどね」
エヴァはココの咄嗟の異変に気付く。
「さっきから後ろにいるそこの奴ら、出てきなさい」
ココはエヴァとの話を切り上げて路地裏の奥を見もせずに声を投げると、暗闇からぬっと影が伸び黒いローブに身を包む
「おやおや、バレてしまいましたか」
「バレバレよ。あなた達は誰?」
目元はフードに隠れて見えづらいが、薄ら笑いを浮かべた男はエヴァを見て少し驚いた表情を見せる。しかし、すぐにココの方に視線を移した。
「名乗る程の者ではございません。私達もかの海賊には手を焼いていましてね。所謂、偵察と言いますか、暗躍と言いますか」
「どっちでもいいわ。私達に何か用?」
「先の戦闘を見ておりました。お二方ともとてもお強いようで」
男を警戒したココは腰に携えた短剣、アマノヒツキの柄をグっと握りいつでも飛び出せる体勢をとると、男はココを制すように左手を上げた。
「早まらないで頂きたい。私達では束になってもあなた方の足元にも及びません故、どうかここは穏便に。その強さを見込んで、よろしければ海賊のを懲らしめるのに少しばかり力を貸しては頂けないでしょうか?」
「どこの誰とも知れない奴に手を貸すほど暇じゃない」
「まぁ、そう仰らずに。海賊討伐の折りには報酬も用意させて頂きますよ」
「報酬ねぇ。見るからに怪しそうなあなた達に手を貸したとして他にメリットはあるの?」
「この世界の事を知りたいのではありませんか?」
(全部聞かれていた? 音消しのスキルはまだ切れてないのに?)
「どうやら図星のようですね。あなた達は……おそらく異世界からやってきた者ですね。強さが桁外れですから、我々はあなた達のような方を『維新の者』と呼んでいるのですよ」
「……」
ココは黙りを決め込む、不意な言動で相手に無駄な情報を与えない為に。エヴァもココに習い静かに話に耳を向ける。
「彼ら、アラモウド海賊団を滅する事が出来れば情報をお渡ししましょう。如何ですかな?」
「その前に、何で私達が見えてるの?」
「私の持っている秘宝の力とだけ教えておきましょう」
そう言うと、男は懐から龍の眼を思わせる鋭い瞳を宿した宝玉を取り出した。
トリックスター ~最弱職業の中で最強と呼ばれた盗賊~ @Tashu-mina
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