玄兎
「………ラヴィ様、この状況如何致しましょう?」
金色のストレートヘアにギャリソン帽子をちょこんと乗せ、首には赤い牡丹柄のスカーフを巻き、紺色を基調として所々に赤をあしらったブレザーに短めのプリーツスカート。無感情を張り付けたような表情だが、端整な顔立ちからは神々しささえ滲み出ている。右手には美しい光を淡く纏った弩、左手には弩術士ガンナー用のガントレットを着けている彼女は
「エヴァっち、そう言われても突撃するわけに行かないし、念話コールは繋がらないし、帰り方分からないし、ないししかないし、ワハハハ!」
二人はトルトゥガの港に繋がる洞窟の出口、岩壁の高台となった場所で港の様子を窺っていた。
自身で放った駄洒落で笑う緊張感の欠片も無いラヴィに、エヴァからは一層冷ややかな視線が送られる。
「そんな目で見ないでよぉ! 大丈夫ぅ、夜が明けたら船の一隻や二隻外に出るでしょ! それまで、出来る限りの情報を集めようよ!」
「……かしこまりました」
「ところで、あたしがもしものもしものもしも暴走したらエヴァっちが止めてくれるって話だけど、本当に止められるのー?」
「……ウィズ様からのご命令ですので、いざとなれば私の力を解放致します。念のためにと特別な
「んー? フフフ、なーるほーど、ね!」
悪戯な笑みを浮かべたラヴィは、喋り終えると同時に俊足の速さで眼下に停泊していた海賊船に向かって飛び降りた。
「……ラヴィ様、突然動かれるのは得策ではありません」
「あれま」
エヴァの隙をついて、岩壁から海賊船の帆柱から伸びる身縄に飛び移ったつもりだったラヴィは少しばかり驚く。エヴァはラヴィよりも速く身縄に飛び移っていたからだ。
「やるねぇエヴァっち、鬼ごっこはあたしの負けね!」
「……勝負したつもりはありません」
「じゃあ、あたしの勝ちね」
笑顔でふざけていたラヴィの顔が、不意に真剣な物へと変化する。フワフワの耳をツンと立てて左右に振るようにして、微かな物音を拾おうとしているようにも見える。
「雄叫び?」
「……ラヴィ様?」
暫くの間ラヴィは同じ動作を繰り返し、エヴァに向き直る。
「エヴァっち、どうやら海賊達は私たちに復讐を考えてるみたい。ココ様からのご命令は敵の情報収集だけど……」
「……海賊の船を破壊するというのはいかがでしょうか?」
「ビンゴっ! あたしも同じ事考えてたよ! でもねー、騒ぎ立てたら見つかっちゃう可能性が高くなるしぃ、それに、こんなに船があったんじゃどれが目的の船か分からないよね」
左手で縄に掴まり、右手を敬礼するような形で目の上に据えたエヴァは、その体勢でくるりと船を見渡し指を差す。
「……計四隻、あそこの二隻と、あれと、あれと、あれです」
「すごーい、何で分かるの?」
「……海賊旗に見覚えがありましたので」
「なぁる! 可愛い顔してやるじゃん、このこのっ」
エヴァの艶やかな頬を人差し指でぷにぷにと突っつくラヴィに、冷たい視線を飛ばすエヴァ。
「……ラヴィふぁま、おやめくだふぁい」
「そんな露骨に嫌がらなくてもいーじゃん。……ん?」
ラヴィは何かを見つけたのかのようにエヴァの後方に広がる満天に目を向けた。それに釣られてエヴァも後ろに振り向き、感情が見えない無機質な表情に僅かな歪みが生じる。
「……ラヴィ様いけません!」
ラヴィは夜空に登った二つの異なる色の月を瞳に宿していた。見る見る内にラヴィの身体に異様な変化が起きる。毛皮は逆立って筋肉は隆起し、くりくりした瞳は血に染まったように赤い眼光を放つ。鋭い牙を剥き出し、低く唸るようにして野生の血がラヴィの中を駆け巡る。
「……野獣化状態で止めないと、いくら私でも手が付けられなくなります。……
獣人系の種族は一定の条件下で
「……ラヴィ様、お許しください」
エヴァは身縄から中空へと身を翻すと、ウィズから預かっていた状態異常を白紙化する帰化の
唸り声を上げて内なる力に震えるラヴィに魔技薬ポーションが入った小瓶がぶつかると、ラヴィの身体が
「……これは計算外」
ラヴィはギロリとエヴァの方に視線を移す。電光石火の速さ、両手に装備している「肉球ネイル」という鉤爪でエヴァに猛然と切りかかる。
空中で有りながらもギリギリで避けたエヴァは、薄い七色に輝く妖精の羽を背中に展開し飛行して距離を取る。
空中を駆けてエヴァに接近しようとするラヴィは、残像が残る程の速さで左右に大きく揺さぶるようにジグザグと距離を詰める。
「……速い」
「
乱れるような激しい横擊おうげきがエヴァを襲う。咄嗟に出した左手のガントレットで防御するが、何発かがエヴァの横腹を掠める。
「……くっ!」
「
ラヴィが繰り出した砲弾のような一撃で、エヴァは後方に大きく吹っ飛ぶ。すんでの所で何とか体勢を維持するエヴァは、自身の武器である「
「……武器を向けるご無礼をお許しください。……エンドレスレイン」
エヴァの弩から無数の光の矢がラヴィ目掛けて嵐の如く降り注ぐ。
「トルネイドアクセル!」
無限に降る魔力の矢を、ラヴィは竜巻のように自身を回転させて弾き飛ばす。エヴァの攻撃は消耗品である矢を消費しない代わりにMPを消費する為、放ち続けるほどにスキルの使用が制限されてしまう。
「……埒が明きませんね」
エヴァが攻撃の手を止めると、ラヴィも同じように回転をピタリと止める。
次の一手をどうしたものかとエヴァが思考していると、ラヴィはキョロキョロと何かを探すように辺りを見渡す。視線が止まりジーっと何かを見つめるラヴィは、その視線の先にある海賊船目掛けて急降下を始めた。
「……これ以上の騒ぎは起こせません」
ラヴィを追うようにエヴァも降下を始める。下を向いた体勢で弩の狙いをラヴィに合わせたエヴァは泡を纏った矢を放つ。
「……
ヒュンという甲高い風切り音を立てた泡の矢は真っ直ぐにラヴィの背中を撃ち抜くと、ラヴィは睡眠効果を持つ薄紫色の大きなシャボン玉に包まれる。
「……お願い、止まって」
ラヴィは動きを緩めてうつらうつらし始めたのを見て、エヴァは軽く安堵する。しかし次の瞬間、ググっと身体を丸めてから勢いよく大の字にしたラヴィは轟音とも呼べるような遠吠えを始めた。
「ゥゥウウウウアアアアア!!!!」
「……最悪の事態。私ではラヴィ様を止められなかった。ココ様、ご期待に添えず申し訳ありません」
全身に赤黒いオーラを纏ったラヴィ。
溢れ漲る力に身を任せ、海水の揺りかごに乗った海賊船へと一直線に特攻したラヴィは、標的以外の船も巻き添えにして破壊の限りを尽くしていく。エヴァはその姿を唯々眺めているしかなかった。
*
「実は他にもいくつか懸案事項があるの」
ココとウィズは洞窟の暗闇を意にも解さずに奥へ奥へと進む。
「何かご不安な要素があると?」
「ええ。確かにラヴィは種族としては情報収集には適任なんだけど、稀に起こりうる
「!」
ウィズは思わず息を飲んでしまった。
「確かに相性的にエヴァを同行させたのは正解だけど、もしラヴィがこの状態、いわゆる
「そのような状態になりうるとは存じ上げませんでした」
「そうだよね、ごめん」
「ココ様が頭を下げるなど!」
「いいえ、これを知っているのは今のところ私だけだし、貴方に伝えるタイミングが無かったのもあるけど、情報共有を怠った私に非がある。それにやっぱり来て正解だった。今日は満月だから
(ラヴィを製作したミズモットさんは筋肉命の人だったから、攻撃力を盛り盛りにできる設定をラヴィに落とし込んだんだよね……)
「さて、着いたみたいね」
「その様ですね。この先から次元の歪みを感じます」
二人が止まった先は靄がかかっており、ココが手を伸ばすとゼリーのような感触が有り不思議な力で押し返される。
「これは?」
「恐らくですが、何かの暗号や合図に反応して先へ進めるようになる特殊な封印系の次元魔技かと思われます」
「私が無理矢理解除しようか?」
「ココ様のお手を煩わせる訳にはいきません。ここは何卒お任せ下さい」
ウィズは右手に持った自身最強の武器、二匹の蛇が螺旋状に巻き付いた豪奢な装飾のアスクレピオスの杖を靄に向ける。
「ディメンションパス」
杖から小さな魔方陣が展開し、杖先から細く青白い光線が射出されて靄を突き破ると、吹き飛ぶように一瞬にして靄が消えた。
「さすが
「恐れ入ります。ではココ様、先を急ぎましょう」
「その前に、一応隠密系のスキルを掛け直すわ」
「承知致しました」
ココは自身とウィズに音消しと姿眩まし、周囲感知のスキルを使用する。
「
「ありがとうございます」
「どういたしまして、さぁ行きますか」
ウィズの先導で洞窟を進むこと十数分、洞窟の出口に辿り着いたココ達は目の前の光景に困惑する。
海賊船と思われる無数の残骸がもうもうと黒煙を吐き出しながら海面で燃えていたからだ。
「……ココ様、あれをご覧下さい」
「最悪の事態ね」
ココ達は、燃え盛る一隻の船から飛び出した帆柱の上に、赤黒いオーラを纏って咆哮をあげるラヴィの姿と、必死に止めようと弩を放つエヴァの姿を確認した。
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