前と今

 肌寒くなった季節にふと思い出したのは、前世では恒例の行事だ。

 この世界には前の世界と共通した行事はほとんどない。そもそも月の数え方すら違う。


「クリスマスがないのはなんか寂しいなぁ」


 由来とかそういうのがどうでもよくなっている、ただ祝えるから祝うというだけのものだったが、節目節目で騒げるというのは楽しいものだった。


「くりすます?」


 聞き慣れない言葉に真っ先に反応したのはライアーだ。こういう話には耳聡い。


「プレゼントを贈り合ったり、美味しいものを食べたりする日のことだよ」


 キリストかどうとか言っても伝わらないし、前世で祈りを捧げたりしていたわけではないのでふわっとした説明をする。実際、日本ではそういう日になっていた。ちゃんと誕生を祝っていた人もいるとは思うけど。


「でも、こっちだと難しいかな」


 十二月はこの世界にはない。

 寒いから冬だなぁぐらいしかない。



 それからも詳しい話を求められたのでライアーに説明していたら、何故かわらわらと他の魔族、だけでなく王様やフィーネ、マティス様にアリエル、エリーゼまで寄ってきた。暇なのか。


「さんた、とはまた奇怪な生き物ですのね」


 不思議そうに首をかしげるジールに乾いた笑いを返す。生き物、まあ生き物ではあるのだけど、なんか未確認生命体みたいな言い方だ。いや、間違ってはないと思うけど。


「そもそも各人の家を回って贈り物を配るというのも中々奇特な話だね。そんなことをしてその生き物になんの得があるんだい? しかもよい子にだけと言うが、そのよい子というのはどういう基準で決まるのか不思議でならないよ。本人がよしと思っていればよい子なのか、はたまた周囲の評価によるものなのか」


 アリエルまで生き物呼ばわりだ。この世界でのサンタクロースはさんたという名前の生き物になってしまった。


「子どもに読み聞かせるお伽話のような話だということだろうね。可愛らしい話だと思うよ」


頭上から降ってきた声に顔を上げると、優しく細められた青い瞳と視線がかちあった。


「マティス様」

「リリア、もうすぐ夫婦になるんだから……アベルと呼んでくれてもいいんじゃないかな」


 苦笑を浮かべるマティス様に、思わず顔を伏せてしまう。

 マティス様との結婚を了承したが、夫婦として仲睦まじく生活する姿は想像できない。優しくしてくれるし、申し分ない夫だということはわかってるのに、気持ちの方が追い付いていないような、不思議な感じがする。


「おーい、魔王が了承してくれたぞ」


 少し離れた場所にいたラストが何故か意気揚々としながら意味のわからないことを言いはじめた。


「……何を?」

「さんたとかいうやつ、魔王がやってくれるって」



 そして後日、枕元に置かれたプレゼントには「貸し一つ」と書かれた手紙が同封されていた。

 違う、そうじゃない。サンタクロースはそういう生き物じゃない。



「……これはどう考えるのがよいのだろうな」


 手紙を片手に困ったように笑う王様に、何故か私の方が申し訳なくなる。悪いのはすべて魔王だ。


「でも、そうか。貸し、か。……これは来年返すしかないな」


 そして何故か嬉しそうに笑う姿は浄化されそうなほど清々しい。魔王もまさか、そんな肯定的に受け止められているとは思わないだろう。


「来年はともかくとして、もうじきそなたの婚姻式だが……準備はつつがなく進んでいるのか?」

「はい、多分。教会にすべて任せていますので、詳しいことはわかりませんが」

「そうか。……余が王でなければと何度思ったことか。しかし、余が王でなければそなたと出会うこともなかったのだから……皮肉なものだ」


 ん? と首をかしげる私の肩が掴まれ、視線を巡らせるとマティス様が私の横に立ち、肩を抱いていた。


「彼女は私の妻になるのですから、お戯れはおよしください」

「戯言とでも思って聞き流してくれて構わない。……アベル、彼女を大切にするんだぞ。彼女は多大な貢献をしてくれた聖女なのだから……わかっているとは思うが、王として言っておかねばならんからな」

「ええ、もちろん。大切にしまっておこうかと思うほどですよ」

「それは困るな。彼女にはまだ仕事があるのだから、新婚生活が終われば復帰してもらうぞ」


 苦笑し、肩をすくめる王様を見ながらマティス様は私の手を取ると、指先に口づけを落とした。


「リリア、きっと君を幸せな花嫁にしてみせるよ」

「はい。マティス様」


 海原のような青い瞳の奥に潜む昏い淀みを、このとき私は気づいていなかった。






「……これは一体、どう受け止めるべきか」


 頭を抱える陛下と、机の上に置かれた箱と一枚の紙に思わず顔が引きつる。なんだか、ごめんなさいと謝りたくなる。


「えーと、その、冬の時期になると贈り物をするという風習が魔王にはありまして、だからきっとそういうことです」

「貸し付きの贈り物とは一体……返礼はするが、それとはまた別なのか……?」

「あー、来年にでもお返しすればいいと思います」


 私が言うと、陛下は顔を上げてきょとんとした顔で私を見てから、口元を綻ばせた。


「なるほど。貸し、か。ならばお返しをせねばならないな」

「……なんでそんな嬉しそうなんですか」

「来年も付き合いを続けるつもりがあるということだろう? ならば喜ぶべきだ」


 ああ、なるほど、だから若い王様も嬉しそうだったのか。


「さて、来年はともかくとして――」


 続く言葉に思わず体が硬直してしまったのは、魔王のさんたのせいでリリアの記憶を思い出してしまったせいだろう。


「来月には二人の挙式だが、準備は進んでいるのか?」

「ええ、もちろん。抜かりはありません」


 私の肩を抱いて、ルシアンがにこやかに返した。


 学園を卒業してからこれまで、色々なことがあった。魔女が御使いの側にいるのはよくないのではないか、という風潮にモイラとクロエが憤慨したり、ローデンヴァルトに教皇がいたり、お母様が魔族について知っていたり、お父様も過去に魔族と関わったことがあったり、ローデンヴァルトの王様が変わったり、本当に、色々なことがあった。


「私は幸せな花嫁になれるかしら」

「もちろん。私が幸せな花婿だからね」


 そっと私の手を取り指先に口づけるルシアンの瞳はどこまでも優しくて、昏い淀みはどこにも見当たらない。

 それが恥ずかしいような嬉しいような不思議な感覚に、顔に熱がこもる。


「そういうことは別の場所でしてもらえると助かるのだがな。二人が邪魔というわけではないが、まだ執務がたまっているから……いやもちろん、語らうだけならば歓迎するぞ」


 うっかり見つめ合っていると、陛下が咳払いを一つ落とし、気まずそうに頬をかいた。


「これは失礼いたしました。それでは兄上、また後ほど」


 ルシアンに手を引かれ、陛下に挨拶をして部屋を出る。向かう先はルシアンの部屋だろう。


 いつもわずかに開いていた扉がいつから閉め切られるようになったのか覚えていない。


「レティシア、来月からのことだけど、しばらく休みをもらうから行きたいところとかあれば一緒にどうかな」


 長椅子の上に並んで座り、どうするか考えを巡らせる。

 正直、卒業してから色々なところに出かけすぎた。部屋にこもるのが常だった身としては、そろそろ落ち着きたいところだ。


「部屋でのんびり過ごしたいわ」

「……レティシア、それは……いや、そうだね。レティシアが望むならそうしようか」


 この発言がいかに不用意なものか、このとき私は気づいていなかった。

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