結婚式
学園を卒業した翌年、盛大な結婚式が王都で開かれた。
平民街も貴族街もお祭り騒ぎで、結婚式が行われる一週間前からどんどんわいわいと騒がしかった。
「レティシア、綺麗だよ」
うっとりとした顔のルシアンに思わず顔が引きつる。
「そういうことは私ではなく、クロエに言うべきじゃないかしら」
何しろ今日の主役はクロエだ。
私はいたって普通の、ルシアンに贈られたドレスを着ているだけで特別な何かがあるわけではない。
だけどルシアンがどうして嬉しそうなのかはわかっているので、窘めるだけに留めた。
「兄上の妻になる者にこんなことは言えないよ」
「私は言うわよ」
「うん、君は言ってもいいと思うよ」
にこにこと嬉しそうに笑うルシアンに手を握られ、伝わってくる熱に気恥ずかしくなる。
気恥ずかしいを通り越して気まずいのだが、ルシアンは気づいてくれない。
こんな、贈られたドレスを初めて着たぐらいでここまで喜ばれるとか、もはやどんな顔をすればいいのかわからない。
「それにしても、これでクロエは王妃になるのね」
そう、今日は王太子――ではなく、陛下とクロエの結婚式だ。
成人は二十からだが、男性側が二十であれば女性が何歳でも結婚できる決まりになっている。やろうと思えば一歳の赤子と結婚することもできるが、さすがにそれをした人はいないらしい。
あまりにも相手が幼すぎると非難の目で見られるので、最低でも十六を超えてからというのが一般的だそうだ。
「王妃になったからって何かが変わるわけじゃないよ。それにレティシアは将来的には義妹になるから今までどおり接してもいいんじゃないかな」
「……ええ、まあ、そうね」
ルシアンと結婚するのは最短でも来年だ。
短いような長いような、心の準備が追いつくのか今から不安になる。
「それじゃあ兄上に呼ばれているから行こうか」
指を絡め取られ、穏やかに微笑むルシアンに連れられて陛下のところに向かうことになった。
魔王や災厄といったいざこざがなくなってからというもの、ルシアンの距離がやけに近い。隙あらば手を繋ぎ、抱きしめてくることも多々ある。
これが婚約者の距離なのだと言われればそうなのかもしれないが、これまでがこれまでなのでどうにも落ち着かない。
陛下のところに行くまでの間に手を繋ぐ必要はないんじゃないか、と思わずにはいられない。すれ違う人に微笑ましいものを見る目で見られているというのも落ち着かない理由のひとつだ。
「よく来たな」
控室には礼服を着て椅子の上にふんぞり返っている陛下がいた。
ものすごく偉そうだ。いや、偉いのだから当たり前か。
「君たちを呼んだのはほかでもない。魔王に関することだ」
式の前に人を呼びつけることはそうある話ではない。
普通は準備に忙しいので、挨拶をするにしても式が終わってからするものだ。
「魔王……?」
首を傾げた私に陛下がひとつ頷いた。
「何やら企んでいるようだが、めでたい日を台無しにされては困るからな。魔族と魔王を見つけ出し、即刻やめさせろ」
とんでもない無茶振りを吹っかけられた。
魔王は面白いことには首を突っ込まずにはいられない性分だ。
しかも弟の子孫の結婚式ともなれば、何か企んだとしても不思議ではない。それでもさすがに式を潰すような真似はしないはずだ。しないと信じたい。
「……どこにいるのか、見当もつかないな」
王都の地図を広げながら顔をしかめているルシアンに、私もどうしたものかと頭を抱える。
変なことはしないと言い切れないので、結局こうして探す羽目になった。
「魔族側の協力者を作るのはどうかしら。少しは何かしっていると思うわよ」
「協力者、か。……君の従者をしていた男以外ならいいよ」
「え、ええ、わかったわ」
人探しならライアーに頼むのが一番なのだが、ライアーとルシアンの相性は悪そうなので、確かに呼ばないほうが無難かもしれない。
そうなると、誰か適任だろう。
ルースレスはこの手の誘いに乗らないだろうし、何よりもフィーネと一緒だろうから呼んでも来ない。
ジールは魔王の邪魔をするはずないので、呼んでも無駄だ。
レイジーはなんの役にも立たないだろう。キュリアスは論外。
後はノイジィとラストだが、ノイジィは間違いなくやらかす側だ。
「それならラストかしら」
王都中の声を拾えるし、適任だろう。
「なんだよ」
横からかけられた声に思わず飛びのきルシアンに縋ると、何故か抱きしめられた。
いや、ルシアンの挙動は今は置いておこう。それよりも、たった一言呼んだだけで現れたラストのほうが問題だ。
「……驚かせないでくれるかしら」
「俺に用があるんだろ? 来てやったのにそれはないんじゃねェの?」
「用はあるけど、もう少し間を作るとか、せめて離れた場所に出るとか、色々あるでしょ」
「めんどくせェ」
ルシアンに拘束された状態で協力を要請するべくラストを睨みつける。
下手に近づくと何かしらしてくるので、適切な距離を保たなければいけない。めんどくさい魔族だ。
「魔王が何を企んでいるのかあなたは知ってるの?」
「あァ? あー。知ってるけど言わねェよ」
「魔王がどこにいるのかも?」
「人目につかない場所にいるんじゃねェの」
「ほかの魔族たちは?」
「お祭り騒ぎを楽しんでるな」
それだけ聞くと安全そうに聞こえるのに、不安しか抱けない。彼らの楽しみ方は人間とは違う。
「ルシアン、演奏とかをしているところはあるかしら」
「それなら平民街では毎日のように催しを開いているけど」
「ノイジィはそこね」
演奏あるところにあの陰険魔族が現れないはずがない。楽しんでいると言うのならなおさらだ。
案の定演奏を聴いて歌おうとしていたノイジィを平民街で見つけたのでひっ捕らえた。
「愛を誓う日に俺が歌わなくてどうする。それに彼女の挙式ならばなおのこと俺が歌うべきだろう」
「花嫁や花婿がほかの人に愛を語る珍事になったら困るからよ」
ぶつくさと文句を垂れるノイジィを引きずって挙式の舞台である教会に戻り、クロエの控室に放り込んだ。
クロエは色々察したようで、苦笑を浮かべながらもノイジィを引き取ってくれた。
花嫁衣裳のクロエはとても綺麗で可愛かった。
「ルースレスはフィーネのところだろうし、キュリアスはおかしなことはできないから放っておいていいし、後はジールとライアーと魔王ね」
「確かジールは可愛いものが好きだよね。なら、出店とかを回っているんじゃないかな。装飾品を売っている店もあるはずだし」
「それなら貴族街かしら。装飾品の取り扱いはそちらのほうが多いわよね」
案の定、というには色々違ったがジールは貴族街にいた。
着飾った可愛らしい令嬢を口説いていた。
「どうして私の邪魔をするんですか」
「あの子が引いていたからよ。あなた、自分の服装を考えなさい」
「可愛いものが可愛いものと一緒にいる、とても素晴らしい光景だと思いませんか」
「せめて男装……じゃなくて、女装をやめてからにしなさい」
出店を回ってるだけなら問題ないのだが、女性を口説く女装男が出たと噂になったらたまらない。下手すると幼児や可愛い顔の男性まで口説きそうだ。
ジールもクロエの控室に放り投げることにした。
「それじゃあ次はライアーかしら」
「彼は最後でいいんじゃないかな? 挙式まであまり時間がないし、本命の魔王を探すべきだよ」
「そう? じゃあ魔王からね。……どこにいるのかしら」
魔王がどこにいるのか、まったく思いつかない。
人目がなくて、問題が起こせそうな場所で、勇者とふたりで待機できるような場所。
「どうしたの?」
突然押し入ってきた私とルシアンを見てフィーネがきょとんと首を傾げた。
場所は教会の最上階、聖女のために割り当てられた部屋。ルースレスとフィーネが過ごしているからか、あまり人が寄りつかないと聞いたことがあった。
「ここに魔王はいるかしら」
魔王は遠くから催事を眺めるほど殊勝ではない。一番近い場所で、そうとわからせず過ごすような男だ。
でなければ旅立ったばかりの勇者に近づこうとしないだろうし、学園に侵入なんてしない。
「いるけど、どうかしたの?」
目を瞬かせて不思議そうにしているフィーネに、どうしたものかと悩んでしまう。
フィーネからしてみれば、弟の子孫を祝いたい魔王を部屋に置いているだけにすぎない。性善説を唱えそうなフィーネなので、魔王が問題児だとかそういうことはあまり考えていないのだろう。
「兄上が魔王か何かしでかさないかと不安がっております。もしも何か企てているのでしたら、やめさせたく参じました」
「お祝いしたいって言ってたけど、それのことかな。呼んでくるから少し待っててね」
ぽんぽんとフィーネは自身を抱えて椅子に座っていたルースレスの腕を叩いた。
その光景にルシアンが何か言いたげにしていたが、フィーネを訪ねるといつもこうなので私にとっては見慣れた光景だ。
フィーネを抱えたルースレスが魔王がいるであろう部屋の扉をノックした。正確には、腕にはフィーネがいるので足で蹴った。
「ルースレス、行儀が悪いよ。一度私を降ろして、それから手を使うの」
「わかった」
素直に頷くルースレスにルシアンが奇妙なものを見る目を向けた。
一度失ったからか、ルースレスはフィーネにべったりだ。もはや片時も離そうとしない姿勢に、教会に住む人たちは何も言えずにいるらしい。
そしてこの光景に思わず口を挟みそうになるので、用がない限りここには近づかない。
「なんだ、もうばれてしまったのか。ずいぶんと早かったな」
そして扉の向こうからぐるぐる巻きにされた勇者を抱えた魔王が現れた。
この部屋にいる人は誰か抱えないと気がすまないのか。
「兄上が式を台無しにされるのではと不安がっていましたので、何か考えているのでしたら日を改めてからにしていただけませんか?」
「台無しになどはしない。折角の晴れの日にそんなことをするはずがないだろう」
折角の晴れの日である戴冠式で宣戦布告してきた人が何か言っている。
「勇者が縛られているのは、反対されたからじゃないの?」
「派手すぎると怒られたのでな」
「少しにしなさいと言ったのですが、引いてくれませんでした」
申し訳なさそうな勇者にいたたまれなくなる。どう考えても勇者は何も悪くない。
「勇者だった娘と王の挙式だからな、空に花でも咲かせてやろうと思ったのだよ」
「……ん? それなら、まあ、いいのかしら」
なんだか、ずいぶんと可愛らしいものを考えていた。
花が咲くというのがいまいちどういうものなのか想像がつかないが、祝うには適しているような気がしなくもない。
「王都が埋まるほどの花にすると言ってきかないんです」
「やめなさい。今すぐに」
ルシアンと魔王の交渉の末、花を咲かせることになった。数を減らすことを条件に。
「――以上です。完全にやめさせることはできませんでした」
「ふむ、まあいい。花が咲く程度ならば許容範囲内だ」
陛下はどこまでを許容範囲にしていたのだろう。程度ということは、もっとすごいものも想定していたのではないだろうか。
「それで、最後のひとりはどうした」
「時間も押していたので、聖女に任せることにしました」
普通は神父が結婚式を執り行うのだが、王族の場合は教会を治める人が行うのが通例だ。
だけどフィーネは聖女になったばかりで、肌身離さずそばにいるルースレスのこともあって引退したはずの教皇が駆り出された。
そのためフィーネ自身はだいぶ暇らしく、ライアーを見つけて捕まえることを承諾してくれた。
「短時間でよくすませてくれた。君たちの挙式でも邪魔が入らぬように尽力しよう」
満足そうに笑う陛下とは裏腹に、私の結婚式に対する不安がよりいっそう増した。
私の結婚式では大人しくしてくれるといいが、まず無理だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます