ローデンヴァルト終
うだうだぐだぐだと過ごしていたら、気づけばローデンヴァルトの使者が王城に来る日になっていた。
ヴィルヘルム様に嫁ぐとかなんとかいう話が出ていたせいだ。しかも私が個人的にどうこうできる問題ではない。
寝台でごろごろしたり、長椅子でごろごろするしかなかった。誰かに相談しようにも、ライアーが聞きつけたら何をするかわからない。
陛下は絶対に承諾しないと言ってくれていたけど、実際どうなるかはわからない。
ローデンヴァルトの王様が無理を通そうとしてきたら、間違いなく暴れる人が出てくる。教皇を殺したライアーだ。
そもそも、教皇の生まれ変わりがローデンヴァルトにいるとわかったらその時点でローデンヴァルトが火の海になるかもしれない。それはさすがに困る。
そんな感じでぐだぐだ過ごしていたら、あっという間に時間が経っていた。
「お嬢様、お召し物はどうされますか?」
侍女がいくつかドレスを持ってきてくれた。
ローデンヴァルトの使者が王城に来るわけだけど、私もその場に同席するように言われたので、その準備をしている。
だけど私が選ぶと機能性を重視してしまうので、場にそぐわない恰好になりそうだ。
「あなたに任せるわ」
侍女が選ぶなら失敗はないだろうと、適当に見繕ってもらう。私の審美眼はいつまで経っても成長しない。
そうしてやってきた王城で、私は誰だこいつという気持ちでいっぱいになった。
ルシアンも眉をひそめているので、同じことを思っているのだろう。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
礼儀正しい男性の横で、エミーリア様が淑女の礼をしている。いつ見ても優雅だ。
「ヴィルヘルム様、でよろしいのですよね」
「そうですが……何かおかしい点でも?」
不思議そうに首を傾げるヴィルヘルム様からは敵意のての字も見つからない。穏やかな青い瞳に、柔らかな笑み。ものすごく人当りがよさそうな好青年にしか見えない。誰だこいつ。
ああ、でもそういえば教皇もこんな感じだった。リリアと結婚するまでは。
「いえ、先日お会いしたときとはどうも雰囲気が違いますので……その、少し驚いただけですわ」
「先日、ですか? 挨拶をした覚えはありますが……」
顎に手を当て、そのときのことを思い出そうと視線をわずかに上に向ける仕草に、色々察した。
これ間違いなく記憶操作されてるやつだ、と。
リリアが国を割ったりとかで記憶やらなんやらをいじったときも、都合よく記憶が改変されていた。
だから、ヴィルヘルム様も似たような感じなのだろう。誰がやったのか、は考えるまでもない。ノイジィか魔王くらいしかいない。
色々言葉を濁して誤魔化すと、それぞれ席につく。ローデンヴァルトの騎士とこちらの国の騎士が揃っている状態は威圧感がすごい。しかも彼らは座らず壁に背を向けて立っている。
騎士に囲われながらの会合とか、息苦しくで今すぐ出ていきたくなる。
「互いに嫁がせるという話だが、呑む気はない」
軽い雑談の後、陛下が本題を切り出した。単刀直入にばっさりと言い切られ、ヴィルヘルム様の口元に苦笑が浮かぶ。
「気が変わられていたらどうしたものかと思っておりましたが、そうでなくて安心しました。こちらとしても、ダミアン陛下がひとりで言っているだけですので通すつもりはありません」
ヴィルヘルム様のはっきりとした言葉に、ルシアンが不審そうな目を向ける。陛下は陛下でふむ、と小さく呟いてからエミーリア様を見た。
「私もヴィルヘルム兄様も……他の兄弟姉妹もありえないとおっしゃってくださいましたので、今後二度と同じ要求はしないことをお約束いたします」
ローデンヴァルトの力関係がよくわからない。兄弟姉妹が反対したら王の意見は無視できるのか。
でも数の暴力という言葉もあるし、ありえそうなのが怖い。
互いの意見が合致したということで、交渉はつつがなく行われた。婚姻云々はともかくとしても、両国間の関係についてやらなんやら難しい話をしていた。私が同席している意味があるとは思えない話だったことはわかる。
「妻を娶る気はないと常々言っていたのにこんなことになり、ご迷惑をおかけしました」
別れ際に再度謝意を述べるヴィルヘルム様に、ルシアンが少しだけ顔をしかめた。
「娶る気がないとはまたどうして……ローデンヴァルトにおいてそれは異端でしょう」
「俺が子を作るよりも、子を作れる者を増やすほうが先決だと考えているだけですよ。それに、私財のほとんどは事業に回しておりますので贅沢はさせてあげられませんし、普段は地方を回っていて家に帰る事はほとんどありません。不自由させるとわかっているのに娶れません」
子を産み育てよ――女神様の教えにはそんなものがある。ちなみにこれは魔法を使える人は多いに越したことはないと考えて、リリアが広めたものだ。
女神様も異論はないだろうから、問題ないと思いたい。
いやしかし、それにしてもヴィルヘルム様の変わりようがすごい。完全に別人だ。魂が同じなだけだから別人で間違ってはいないのだけど、教皇の魔族に対する恨みっぷりがすごいと再確認してしまう。
もしかしたら教皇も、魔族に関するあれこれがなければこんな感じだったのかもしれない。実際結婚するまでは好青年だった。
そして予定調和とばかりに会合が終わり、帰って寝台の上でごろごろしようと思っていたのに何故かルシアンの部屋に行くことになった。
「どうしたの?」
長椅子にふたりで横並びに座る。この部屋には長椅子がふたつあるのに不思議だ。毎回こうなので今さら何もつっこめない。
「……あの変わりようをどう思うか聞きたくて」
「前の記憶を忘れたんでしょうね。多分魔王かノイジィがやったんじゃないかしら」
思ったままを告げると、ルシアンは何故か片手で顔を覆って深い溜息をついた。
「……結局、私は何もできなかった、ということか」
しかも何故か落ち込んでいる。一体全体これはどうしたことだ。
落ち込んだ人の慰め方なんて私は知らない。とりあえず頭でも撫でておこう。
「よくわからないけど、ルシアンはよくやったわよ。多分」
頭を撫でて、よくわからないまま慰めの言葉を口にする。そういえばヴィルヘルム様が別れ際にルシアンにも声をかけていた。そのあたりを褒めることにしよう。
「役に立つ何かをあげたのよね? 感謝していたし、それでいいじゃないかしら」
「いや、あれはそういうのじゃ……」
たしかヴィルヘルム様は「膿を追い出すのに使えました」とかなんとか言っていた。何を贈ったのだろう。
「レティシア」
頭を撫でていた手が握られる。落ち込んでいたはずのルシアンが真剣な眼差しで私を見つめているので、なんだか気まずい。視線を逸らしたいけど、逸らしたらさらにへこみそうだ。
「私は魔族に比べて力不足だ」
「彼らに比べると人間なんて蟻みたいなものよ」
「……それは、そうかもしれないけど……でも、私は私自身の力で君を守ってあげたかった」
教皇からだろうか。いや、それは無理だろう。彼の思想はそう簡単には覆らない。意見をすり合わせる気がない相手を説得するには実力行使しかないけど、それをしたら国家間の問題になる。
ルシアンは家族や国を大切にしているから、さすがにそれはできないと思う。実力行使でどうこうできるのは、邪魔なら殺せばいい思考の魔族くらいだ。
「ねえ、ルシアン」
だけどここで魔族について話してもルシアンは落ちこんだままだろう。これだけ一緒にいるから、少しはルシアンの思考もわかるようになってきた、と思う。
「リリアの結婚生活は……色々とひどかったのよ」
詳細まではいいだろう。教皇の記憶を持っていた人はもういない。
「そして、私にはその記憶があるわ」
他の人と結婚した記憶があるって、相手からしたらどうなのだろうか。すでにばれているので今さら誤魔化せないけど、やはりどうしても気になってしまう。聞かないけど。
「結婚はいいものだって私に教えてくれる……というのは守ることにはならないかしら?」
どこをどう守ることになるのかはわからないけど、こういうことは言った者勝ちだ。なんかこういい感じに変換してくれるだろう。
「ああ、もちろん。そのつもりだ」
手を引っ張られ、抱きしめられる。正直座っている状態で抱きしめられるのは体勢がきついからやめてほしいけど、言えない。
それに、ルシアンに抱きしめられるのは嫌いじゃない。少し恥ずかしいけど、いや、だいぶ恥ずかしい。顔を上げていられないくらいには恥ずかしい。
「レティシア」
名を呼ばれ、わざわざ下げた顔が上を向かせられる。
「君を幸せにするよ」
私が何か応える間もなく、柔らかなものが唇に触れた。
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