ローデンヴァルト6
「やっぱり魔法少女には必殺技がいると思うんだ」
真剣な表情に誰もが首を傾げた。そもそも、魔法少女という概念すら彼らにはない。言葉をしゃべれない少女はもちろんだが、魔族である彼らの知識は女神から得たものだ。
だがいくら知識を探ろうと、魔法少女なるものの情報は出てこない。
つい数日前、勇者が「魔法少女には使い魔がいると思う」と言い出したときと同じ現象が今も起きている。
魔法を使う少女だということはわかるのだが、何を目指しているのかはっきりしたことはわからない。
少女は勇者の言葉に全力で頷いた。よくわからないが、勇者の言うことなら間違いはないだろうと思ってのことだ。
「でも、魔法って使おうと思えば皆使えるんだよね?」
ぐるりと勇者が一同を見回す。視線の合った者は頷くことで、勇者の言葉を肯定した。
「だから、ここはもういっそ体術でいこうと思う」
――そうして生まれたのが魔法少女キック。一応魔法少女らしく風魔法を使って勢いをつけているが、結局はただ飛び蹴りしているだけの必殺技だ。
◇◇◇
「勇者さま! いかがでしたか?」
華やぐような笑顔をクロエに向けるモイラに、思わず苦笑を浮かべる。とりあえず足蹴にしているものの上からどいたほうがいいのではと思うけど、解放したらしたで面倒なことになりそうなので口出しすることはやめた。
「モイラ、勇者ではなくクロエと」
「あ、そうでした。申し訳ございません」
優雅に淑女の礼を取るモイラ。もちろんその下には飛び蹴りをかまされたヴィルヘルム様がいる。
ぴくりとも動かないが、これはもしや死んでいるのだろうか。
まさかの殺人現場発生にとまどってしまう。魔女は魔王に連なる者に含まれるだろうか。いや、そもそもモイラを引き連れているクロエの立場が悪くなるかもしれない。
「ヴィルヘルム様」
そっと呼びかけると、小さな呻き声が返ってきた。よかった、生きている。
「レティシア!」
ほっと胸を撫で下ろすと、私の名前を呼ぶ聞き慣れた声が耳に飛びこんできた。
噂をしなくても現れるルシアンが、今日も噂をしていないのに現れた。
「ルシアン、どうしたの?」
「いや、それはこっちの台詞……」
悠然と立つクロエと、にこにこと笑うモイラと、その下で踏まれているヴィルヘルム様。
殺人現場にはなっていないけど、これはもしや国際問題になるのではないだろうか。
「……埋めますか?」
クロエも同じ考えに至ったのだろう。なんとも物騒な提案をしてきた。
「モイラに人が立ち寄らないところに持っていってもらうほうがいいかもしれないわね」
「クロエが望むのでしたら、溶岩の中でもどこでも、連れていって差し上げます」
証拠隠滅を図る私たちだったが、残念なことにルシアンに全力で止められた。
「彼はそれなりに有名だから今姿を消すと、怪しまれる」
その神妙な顔つきに私たちは渋々と頷いて、モイラをヴィルヘルム様の上からどかした。
「それで、レティシア。問題はなかった?」
「問題しかないように思うけど」
完全に国際問題だ。それなりに有名なら、魔女に飛び蹴りされたこともすぐに広まってしまうかもしれない。
女神の御使いの威光の低下と、魔王に対する悪評が広まってしまうとリリアがしてきたこととかが無駄になってしまいそうだ。やはりここは溶岩に沈めるのが一番だろうか。
「彼に何かされたりとかは?」
「……一応は、ないわね」
無理矢理大広間から連れ出されたことは何かに入るのだろうか。
一部始終を言ったほうがいいだろうことはわかっているけど、どう説明すればいいのかわからない。
リリアの夫だった人です、とか言えるはずがない。前世とはいえ、昔の夫ですと紹介するようなものだ。精神的にも生理的にも口にしたくない。
「言い寄られていたようにお見受けしましたが」
だが私のちょっとした矜持はクロエによって瓦解する。
ルシアンが眉をひそめ、責めるような目で私を見てきたので思わず視線を逸らした。
「……私の前世の話はしたわよね」
「聞いたけど……それ関係ということかな?」
「そうよ。私の前世で、まあ色々あった人で……何故か彼も覚えていて、ちょっと問答になってただけだから、問題というほどのことはないわ」
だけど八方ふさがりになるまでは逃げ道を探すのを諦めない。
これまで恋人すらいなかったのに、過去の夫ですとか言いたくない。私のことではないにしても、記憶があることはルシアンも知っている。
夫婦なら色々あれこれなことがあったとか、思われたくない。
リリアも恋人なんていなかったのだから、一足飛びで夫を作らなくてもよかったのに。来世にも気を遣ってほしい。
「……ああ、なるほど。彼がマティス様ですのね」
ぽんと手を打ち、合点がいったというようにモイラが呟いた。
リリアは魔女と魔王とは手紙でやり取りしていた。そして、結婚しますという報告もしていた。
どうにか口をふさげないものかと悩むが、私が何か実行するよりも早く、ヴィルヘルム様の意識が戻った。
「……魔女が」
吐き捨てるような声に、クロエが顔をしかめる。
ヴィルヘルム様はゆっくりと体を起こし、忌々しそうにモイラを睨みつけた。
「女神に仇なす者は話もできない奴ばかりか」
「聞き捨てなりませんね。確かに彼女は魔女と呼ばれていますが、女神とは関係ありません」
「……お前は……そうか、女神の御使いだと発表されていた女だな。女神の意思を聞くこともできない身で、女神を語るか」
「生憎ですが、私は女神と対話したことがございます。そして魔女も魔族もこの世界の一員であると認めてくださいました」
そこに魔王が入っていないのは、災厄だからだろう。
「勇者は女神の声を聞けないと聞いたのだがな」
「勇者となる前でしたらお話することはできますので」
ばちばちと火花を散らすクロエとヴィルヘルム様。私はそろそろ帰ってもいいだろうか。
ちらと横に立つルシアンを見上げると、微笑みを返され、手を握られた。
「勇者を殺した者を女神が認めていると?」
「あなたに前世の記憶があるのでしたら、勇者の末路をご存じでは?」
ルシアンの視線が少し厳しいものに変わったので、私は微笑むことで誤魔化す。
勇者がどういうものかを、ルシアンには説明していない。もちろん陛下にも。
うっかりすると死ぬかもしれませんとか言うと、色々混乱の種になるかと思って黙っていた。
「勇者自ら死を望んだと、そうお考えにはならなかったのですか?」
「魔女が勇者を殺したのははるか昔だ。証明の手立てがないのならば、殺したという事実だけで十分だ」
「女神がそう言っていた、では不満ですか?」
ルシアンが少しむっとした顔で、私の頬を引っ張った。なんか昔にもこうして頬を引っ張られたことがあった気がする。いや、あれはつねられたのだったか。
頬をつまむ手を軽く叩くとあっさりと離してくれた。
ちなみにここまで無言である。クロエとヴィルヘルム様の邪魔をしたら悪いかなと思って。
でもさすがにここに居座る意味もないので、大広間に戻ろうとルシアンの手を引っ張る。ルシアンは少しだけ目を瞬かせ、すぐに微笑み浮かべて頷いてくれた。
「――どこに連れていくつもりだ」
だが踵を返そうとする前に、ヴィルヘルム様の厳しい声が飛んできた。
こちらのことは気にせず、気のすむまでクロエと勇者談義していてほしい。
「連れていくも何も、彼女は私の婚約者ですからね。一緒に戻ろうとしていただけですよ」
「それは俺の妻だ。勝手に連れていくことは許さん」
だから私はリリアではないと。
ルシアンがどういうことか問いかけるような眼差しを向けてきたので、なんだろうね、よくわかんないね、と曖昧に笑って肩を竦めてみせる。
「……レティシア。隠していることがあるなら、今すぐ言うように」
「リリアの夫よ」
私の努力もむなしく、怒る直前のような目にあっさりと口を割ってしまった。
「なるほど、色々……ああ、確かに色々だね」
「夫といっても、一ヶ月にも満たない夫婦よ。もはや形だけと言っても過言ではないわ」
「……ならどうして隠したりしたのかな?」
「私の夫じゃないし、わざわざ言わなくてもいいかなって」
リリアの夫とか、そういうのは余計な情報だ。そこにまつわる色々なことも、ルシアンに話すようなことではない。
「……婚姻を結んでいない男女を妻と呼ぶのはいかがかと思いますよ」
「だがいずれはそうなるだろう。すでに話を聞いていると思ったが、違ったか?」
ルシアンが私の肩を抱きよせ、ヴィルヘルム様に冷めた目を向ける。ヴィルヘルム様もヴィルヘルム様で、挑発するように笑っている。
ルシアンを怒らせることに彼にどんな得があるのだろうか。
リリアに色々していたのは魔王との和平を破棄させるためだった。彼が意味もなく誰かを怒らせるとは思えない。
「その話を受ける気はありません。私も、兄上も」
「魔王とは和平を結べても、ローデンヴァルトとは無理だと言うつもりか?」
「友好を示すにしても、別の方法を取るだけですよ」
「両国間の結婚は一番わかりやすく、民に示しやすい方法だろう」
「聖女の子をみすみす手放すほうが愚かだと思いませんか」
「聖女の子であることが重要なら、彼女が子を産んだらそちらに贈るとしよう」
私が産んだ子どもは聖女の子ではないと思う。聖女はお母様を指しているので、聖女の孫が正しいのではないだろうか。
「少なくとも、今この場であなたに渡すつもりはありません」
「罪人を匿おうとするとは、愚かなことだ」
ヴィルヘルム様が吐き捨てるように笑ったところで、話は終わった。
陛下がエミーリア姫と知らない人を引き連れてルシアンを探しにきた。
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