ローデンヴァルト7
「もうもうもう! どういうこと!」
レティシア様たちがローデンヴァルトから帰ってきて数日して、私の耳にローデンヴァルトで起きた騒動が入ってきた。
それを伝えにきたのはモイラさんで、ついでとばかりに教皇さまがいたことも教えてくれた。
「どういうって、俺に言われてもわかんねぇよ」
「ディートリヒ君が決めたんでしょー!」
気まずそうに顔をしかめているディートリヒ君にクッションを投げつける。第二王子なら撤廃してくれるはずと押したのはディートリヒ君だ。
そしてレティシア様の結婚を推し進めようとしているのは第二王子。撤廃してくれても他で無理を通そうとするのなら、その選出は大外れだったということになる。
「……んなこと言われても、俺だって知らなかったんだよ」
「王様は人となりをしっかり見て決めないと!」
報告を受けてどれだけ驚いたか!
「しかも教皇さままでいるとか、聞いてないよ!」
「教皇……?」
「あだ名だよ!」
ディートリヒ君が不審な目で見てきてるけど、それに気を配れないほど今の私は動転していた。
レティシア様の結婚相手として申し込みがあったのが、教皇さまの生まれ変わりとか、どんな因果関係でそうなったのやら。
教皇さまが無理を通したにしては、第二王子も乗り気みたいだし、完全に人選ミスだ。
「やっぱり別の人を王にしますとか、さすがに早すぎるよね……」
第二王子を名指しして無理矢理王様に通したのに、今さらやっぱりやめましたは通らない気がする。
そもそも、あれも第一王子だった人が繊細すぎるから通ったような話だ。
「教会と縁戚にある人の利用は駄目ってことに……でもそれだと王家に嫁ぐの自体駄目って思われるかも……ディートリヒ君、何か案はある?」
「殺すか?」
「ルースレスはちょっと黙ってて」
ぺしっとルースレスの口を両手で塞ぐと、頭を撫でられた。
さすがに今日はディートリヒ君との面会なので、膝の上ではなく横に座らせたけど、これは後ろとかに待機させたほうがよかったかもしれない。
「あー……」
ディートリヒ君が気まずそうに視線を逸らして頬をかいている。今はルースレスのことじゃなくて、レティシア様の結婚について考えてほしい。
それから一時間、あーでもないこーでもないと話し合ってたら、ルシアン様が遊びに来た。違った、面会を求めてきた。
「ディートリヒ君、ルースレスとちょっと散歩してきてくれる?」
「はあ? 冗談じゃない」
「くだらん」
ルシアン様が妹について知っているのは、レティシア様から聞いている。だけどディートリヒ君は知らないし、ルースレスは口を滑らせそうなので二人仲よく出て行ってほしいのに、何故か一蹴された。
「ディートリヒ君は第二王子を指定した罰で、ルースレスは後でいっぱいお話してあげる」
だからお願い、と言うように二人を見ると、ルースレスがディートリヒ君を引きずって出ていってくれた。
私が聖女さまになってから、ルースレスと話す機会が減ってたのが功を成したのかもしれない。
それにルシアン様が脅威じゃないということを薄々わかってきてくれているようで嬉しい。後で頭を撫でてあげよう。
居住まいを正して、少し乱れた髪を整えてからルシアン様を通してもらう。ちゃんと聖女さまらしく威厳を保たないといけないので、正直レティシア様とクロエさんとモイラさんとディートリヒ君とサミュエル君以外と面会するのは疲れる。
だけどこれも聖女の務めだから、頑張るしかない。
「ルシアン様、本日はどのような用件でしょうか」
「……リリアの夫について」
挨拶もそこそこに本題を促すと、ルシアン様は真剣な顔でそう問いかけてきた。
教皇さまについて、話すのは結構難しい。聖女が結婚したのが教皇だということは知れているので、私が教皇さまと結婚していないとおかしい。
だから、話せるとしても人となりぐらいしかない。
「お話するのは構いませんが、それを聞いてルシアン様はどうされるおつもりでしょうか」
「ただの情報収集ですよ」
回答になってないなぁ。
貴族の腹の探り合いはまだるっこしいことが多い。もっと腹を割って話してくれていいのに。
「ですが今からお話することは他言無用でお願いできますか?」
ルシアン様が頷いたのを確認してから、ゆっくりと話しはじめる。
でも話せることは悪い男に捕まった、ということだけ。後はその人が魔族に恨みがあったとか――その程度の当たり障りのない話をする。
レティシア様が詳しく話していないなら、結婚生活がどんなものだったのかは知られたくないはずだ。
それが思い出したくもないのか、それともルシアン様を気遣ってのものなのかはわからないけど、言いたくないことを私から話すわけにはいかない。
「……そうか」
何か考えるように視線をさまよわせるルシアン様に、私はできる限り明るい声で語りかけることにした。妹ならそうするだろうから。
「大丈夫ですよ! レティシア様とルシアン様の仲を引き裂けるような人なんていません!」
「だといいけどね」
力なく笑う姿に、胸の前で手を強く握る。
これは、言ってはいけないことなのかもしれない。だけどこういうとき頼れる人は、あの人くらいしかいない。
「あの、もしも本当にお困りなら、魔王さんを頼ってみてください。……勇者さまに新作のお菓子をあげるからと言えば頷いてくれると思います」
多分これで魔王さんは安い男だと思われて威厳ががた落ちするだろうけど、レティシア様には代えられない。
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