ローデンヴァルト2


 なるべく魔族連中を暇にさせないために、魔王和平記念日なる珍妙な催事を行うことになったのがひと月ほど前。

 魔王が昼を夜に変えたりの奇妙な出来事を挟んだが無事に終わり、最後の三週間も過ぎた。

 そして年が明け、今年はルシアンと結婚することになる。ルシアンの誕生日に、と最初は計画されていたのだが、私の強い希望で木の月に行われることになった。


 リリアが結婚したのが冬の日だったので、その苦い経験を塗り替えようと思っての提案だった。理由も告げなかったので通るわけないと思っていたのに、あっさりと承諾された。


「レティシアがそうしたいならいいよ」


 と、なんとも私に甘いルシアンがいたからだ。


「結婚したらひと月ほど自由に過ごしていいと言われているから、命の月とそれからの三週間をのんびり過ごそうか」

「提案した私が言うのもなんだけど、そんな簡単に決めていいの?」

「早ければ早いに越したことはないけど、レティシアの希望を曲げてまでではないよ」


 王城の一室、ルシアンの私室で長椅子に並んで座る私たち。少し手を伸ばせば簡単に触れるほどの距離だ。

 普通客人と主人は向かい合って座るものだと思うのだけど、ルシアンの強い希望もあってこうして横に並んで座っている。


「それに準備に時間をかけられる分、盛大な式にできるよ」

「盛大なのはちょっと……」

「レティシアの希望でもそれは聞けないかな。王弟の式だから、否応なく盛大なものになるし、他国からも人が来るからね」


 思わず引きつってしまう私は悪くないと思う。小心者の私が耐えられる規模のものならいいが、間違いなくそうではないだろう。

 今から気が重くなってくる。



 そんな風に過ごしていた私とルシアンだったが、ある日突然陛下に呼び出された。


「ローデンヴァルトの王が変わり、戴冠式を行うので来てほしいそうだ」

「私たちも、ですか?」

「ああ。家族とその婚約者もよければ……と書かれていたが、何を企んでいるのやら」


 ルシアンと陛下が話しているのを聞きながら、私はアンリ殿下のことを思い浮かべた。魔力を抜き取るために切ったからかやけに伸びが遅く、丸坊主ほどではないにしてもまだ少し短いかなぐらいの髪の長さになっている。

 思春期に差しかかろうとしている年頃なので、そんな髪で他国に行きたいとは思わないのではないだろうか。


 しかもローデンヴァルトは金の髪でないと認めないと豪語するような国だ。災厄を討伐するためとはいえ、真っ白な髪を持つアンリ殿下を快くは思わないかもしれない。


 ここはもう、私とアンリ殿下で留守番するしかないと思う。


「――ということなので、支度をしておくように」


 私の決心もむなしく、話はまとまっていた。



 ローデンヴァルトは馬車で一週間以上かかる距離にある。それだけの荷物を用意しないといけないのかと顔色が変わっていた私だったが、幸いそういう話ではなかった。

 これまでは数日ほど余裕を見て出発し、早く着いたら用意してある屋敷やらなんやらで過ごしていたらしい。だけど一分一秒たりとも無駄にはしたくないという王太子の主張により、戴冠式当日に到着してその日のうちに帰ることになった。そのために大勢を一気に転移魔法で飛ばせる魔王の協力を仰いだ。


「ほう、我に助力を求めるか」


 くくく、と実に悪そうな顔で笑う魔王はローデンヴァルトの戴冠式に自分も参列する許可を取ることを条件に出してきた。

  魔王は貸し借りにうるさいので、それ相応の見返りを求める。相応かどうかは魔王基準で決まる。ものすごい暴君理論だが、力を借りる側である陛下は従うしかない。


 そんなこんなで、政治のこととか国の情勢とかはよくわからない私だったけど、陛下が魔王のせいで忙しく動き回っていたことはわかった。

 さらに文のやり取りをするためにルシアンも駆り出されたので、私は王城でクロエとのんびり過ごしていた。


「王族同士や、緊急の連絡の際には転移魔法を用いて文を送るのが一般的です」


 どうしてルシアンを使っているのだろうと不思議に思った私に親切丁寧に教えてくれたのもクロエだ。


「……あなたは無理に来る必要はないのでは? よければとのことなので、まだ婚約者であるあなたまでローデンヴァルトに赴く義理はありません」

「どうせいつかは行くことになるでしょう? それにルシアンが行くなら、私も行くだけよ」


 ローデンヴァルトは聖女の血筋を望んでいた。私が行くことで何か起きるかどうかはわからないが、用心するに越したことはないのだろう。

 私の身を案じるクロエには申し訳ないが、私は行くと決めたら行く人だ。



 そんなあれやこれやの末、、無事魔王を引き連れた一同がローデンヴァルトに到着したのは土の月の光の週だった。

  同行者はクロエ、陛下、ルシアン、私、アンリ殿下、それから騎士と従者が数人。

 今回お預けを食らったモイラは、魔女はどこの国にも属さないからと個人でローデンヴァルトに侵入する予定らしい。魔と付く人たちは自由奔放だ。


 不思議なことに、ローデンヴァルトの新しい王様になるのは第一王子ではなく第二王子らしい。第一王子はどうしたのかと思ったら、病弱のため王家の直営地で療養しているとルシアンが教えてくれた。


「第二王子はどんな人なの?」

「馬鹿だ」


 私の疑問に答えたのは何故か陛下だった。ルシアンは苦々しく笑っている。


「王が変わったからといって、これまでのことがなくなったわけではない。用心を忘れるな……特にレティシア嬢は付け入る隙を見せないように気をつけてくれ」


 しかも何故か直々に名指しで注意された。

 安心してほしい。聖女の子だからとこの国の王様が私を求めていたことは知っている。それでディートリヒが来たぐらいだ。

 油断する気も、気を許すつもりもない。


 真剣に頷いたのに、何故かルシアンが心配そうな目で見てきた。少しは信用してほしい。



 戴冠式まではまだ余裕があるそうで、時間までこちらでお寛ぎくださいと案内された貴賓室で、何故か私はルシアンと一緒にいる。クロエと陛下は夫婦だからか同室が割り振られ、私とルシアンは一室ずつ与えられたののに、どういうわけかルシアンは有無を言わせず私の部屋に入ってきた。


「ここは私のために用意された部屋だと思っていたのだけど」


 優雅にお茶を飲む姿は、もはやどちらが部屋の主かわからなくなりそうだ。幼少期を思い出して懐かしくなりかけたが、考えてみれば学園に入る前もこんな感じだった。


「この国でレティシアをひとりにするつもりはないよ」

「ルシアンの部屋は隣よね。壁一枚しか挟んでないのだから、そこまで心配しなくてもいいんじゃないかしら」

「壁一枚も隔たりがあるんだから、心配するのは当たり前だよ。そもそも、戴冠式まで数時間もないのに各人に部屋が割り振られていることがおかしいとは思わないか?」

「ローデンヴァルトはずいぶんと部屋が余っているのね、としか思っていなかったわ」


 柔らかい手つきで頭を撫でられた。子ども扱いされているような気がしてならない。


「いいかい。何かあったらすぐに誰か呼ぶんだよ。私を呼んでくれたら嬉しいけど……もしものときは君の従者をしていた奴でもいいし、魔王でもいいから誰か呼ぶんだ」


 そして、子どもに対するかのように言い聞かせられた。



 ルシアンの心配が杞憂に終わるといいなと思って戴冠式に挑んだのだが、すぐにひと悶着が起きた。騒動を起こしたのは私ではなく、魔王だ。


 大きな鞄を携えた魔王の参列が認められなかった。当たり前だ。

 どうしてもと言うなら鞄の中を見せてくださいと下手に出たローデンヴァルトの騎士の要求を魔王は断った。それもそうだろう。幼女の入った鞄なんて見せたら、魔王どころか幼女誘拐犯に格下げされてしまう。


 だけど勇者がいないと魔王は戴冠式を阿鼻叫喚の宴に変えてしまうので、ふてくされた結果観光に行くと称して城を出ていってしまった。


 自由人すぎる魔王の後始末をするのは陛下で、ローデンヴァルトの王様に謝っていた。まだ戴冠式が行われていないので、ローデンヴァルトの王様として紹介されたのは第二王子ではなく、ベルンハルトという名前の壮年の男性だった。


 三十近い奥さんがいるとは思えないほど若々しく見えたが、すでに五十を超えているらしい。この世界の平均寿命は六十で、大抵は寿命を迎える前に王位を継承することを考えたら、ずいぶんと長く王をしていた人だとクロエが教えてくれた。


 ベルンハルト様は女神の御使いであるクロエに敬意を払い、災厄を滅ぼすのに手を貸したとされている魔王にも寛大だった。

 そして災厄を滅ぼすのに魔力を使ったことになっているアンリ殿下はもちろんのこと、私とルシアンにも朗らかに挨拶した。晴れ晴れと笑う姿に陛下が眉をひそめていたのが少し気になったが、ディートリヒにあれこれと命令していたとは思えないほど気の好い人に見えた。


 玉座を退いたら第一王子が静養している土地でのんびりと余暇を過ごす予定らしい。機会があれば訪ねてほしいと言っていた。


 魔王が自由人だと知らしめたこと以外は平穏に過ぎ、戴冠式も滞りなく終わり、王城の広間で開かれる夜会に参加することになった。

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