番外編

空白の時間 最終章『なんでもかんでも俺のせいにしないでほしいな』裏側

 意識が浮上する。痛みはどこにもない。ぴくりとも動かせなかったはずの体が動く。

 ゆっくりと目を開けると、目の前にいたのはライアーとノイジィだった。


「……髪の毛、どうしたの?」


 長かった髪が完全に消え失せているライアーに思わず首をかしげると、何故か嬉しそうに口元を綻ばせた。ぱちくりと目を瞬かせて周囲を見回すと、見知らぬ男の子もいた。金の髪に紫の目――王様の親戚が誰かだろうか。


「リリア」


 ライアーに呼ばれて振り向こうとする前に体を包み込まれた。伝わってくる温もりは、間違いなく私が生きている証だ。


「……私、死んだと思うんだけど」

「うん。死んだよ」

「じゃあ私は何?」


 幽霊? と首をかしげる。


「……あなたは一度死に、生まれ変わりました」


 聞き慣れない声に首だけ動かして、王様の親戚っぽい男の子を見る。申し訳なさそうに伏せている目と、告げられた言葉に私はまたもや首をかしげた。


「じゃあ、私はその生まれ変わりってこと……? 何も覚えてないんだけど」

「詳しいことを省くと、その、僕は災厄であなたは勇者です。僕をなんとかしようと思ったあなたは、そこにいる彼と交渉して、半日だけあなたを……前世の記憶だけのあなたになりました」


 勢いよく首を動かすと、まったく悪びれない顔がそこにあった。


「ちょっと、何考えてるの! 馬鹿なの!?」

「……キミには言われたくないんだけど」

「私も馬鹿だけどあんたも馬鹿でしょ! 何、私の記憶だけって……人の人生をなんだと思ってるの」

「だから半日だけなんだよ。そんな無駄な問答で潰したくないんだけど」

「無駄じゃない!」


 この男は私が死んでも何も変わらなかったのか。

 結局、いつまで経っても私を自分の所有物のように扱うだけなのか。


 ――ああ、もう、なんで死んでまでこんなことを思わないといけないのか。


「レティシア……!」


 勢いよく飛び込んできたこれまた聞き慣れない声と名前に、視線を巡らせる。そこには銀の髪に紫の目をした男の子がいた。



「……妖精さん? え、この世界妖精とかいたの?」


 私の言葉に、男の子は青褪めた。



 ただならぬ様子に詳しい話を聞くと、この妖精さんは私の――私の生まれ変わりの婚約者で、王様の親戚、ではなくて子孫だそうだ。

 私が死んでから百年が経っていることも聞いた。


「そう、婚約者……婚約者……貴族って、そっか。……ええと、ルシアン君、だったっけ?」

「……はい」

「えーと、ごめんね。なんか、私の生まれ変わりが変な約束しちゃったみたいで」

「……いえ」


 椅子に座り俯いているルシアン君は完全に心ここにあらずな状態だ。ああ、なんか、すごいな。こんなに想ってくれる人が私の生まれ変わりにはいるんだ。

 そう思うと、嬉しいような、悔しいような、悲しいような、変な気持ちになってしまう。


「えーと、君みたいな綺麗な子に好かれるなんて私の生まれ変わりはすごいね。きっといい子なんだろうなぁ」

「……いいえ」


 え、そこ否定するの。


「なんの相談もしないで、勝手に決めて、一人で突っ走る……そんな子です」

「あ、うん、そうなんだ。それは、ええと、大変だね」


 なんでそんな子が好きなのかとかは聞いてもいいのだろうか。


「兄さま、ごめんなさい。僕のために……」

「それは、わかってるよ。わかってるけど……」


 まあ、納得できるものではないだろう。

 私も私だ。こんなに想ってくれている人がいるのに何を考えているんだ。


 教皇様よりもずいぶんと優しそうだし、心の底から想ってくれている。同じ銀髪なのに大違いだ。


 陽の光に透ける銀の髪に、優しく細められた青い瞳。騎士然とした佇まいとは裏腹に物腰柔らかだった教皇様。

 その中身は――私ととてもよく似ていた。


「ルシアン君。大丈夫! ライアーには何もさせないから。あなたが大切にしてくれている私は私が守るよ」


 そう言って元気づけるように笑うと、何故かルシアン君の顔が歪んだ。



「リリア」


 消沈したルシアン君と、心配そうにしていたアンリ君と、満足そうなノイジィが去り、二人だけになった部屋でライアーに呼ばれる。

 長椅子に寝そべっているので、私は床に座ってライアーを見上げた。


「……ごめんね」


 小さく、下手すると聞き逃しそうな声に目を丸くする。


 ライアーが、まさかのライアーが、謝った。しかも私に。天変地異の前触れか。


「でも、こうでもしないとキミとは話せないから」

「あ、そっち。うん、そこは反省しようね。半日だけでも、人の人生を捻じ曲げるんだから。ルシアン君が可哀相だったよ」

「あいつはどうでもいいよ」

「よくないでしょ。私の生まれ変わりの婚約者なら思いっきり当事者だよ」


 長椅子の上でうつ伏せになり腕に顔を埋めているライアーの頭を叩く。髪が短くなっているからすごく違和感がある。


「……魔族って髪、伸びるの?」

「ボクたちは生まれたときから変わらないよ。失われたものも、戻らない。くっつけることはできるけど……髪はさすがに無理かな」

「そっか。まあでも、さっぱりしてていいんじゃないかな。似合うよ」


 これは完全に落ち込んでいる。髪がなくなったのがショックなのかと思ったけど、褒めても変わらないからそれだけじゃなさそうだ。


「ねえ、どうしたの? わざわざ私を借りたのには理由があるんでしょ?」

「……別に、キミと話したかっただけだよ」

「話すだけなら私じゃなくてもいいじゃない」

「キミと話したいんだよ」


 苛立ったように上げられた顔は不機嫌そうに眉をひそめていて、目を瞬かせる。


「私と話すことなんてあるの?」

「……紐」

「ん?」

「キミにもらった紐、なくなったからまた作ってよ」

「それって話すことじゃないし、それに結ぶところないじゃない」


 無理矢理結べないこともないと思うけど、わざわざ結ぶほどでもない。


「材料もないし」

「それならあるから、作って」


 机の上に出現した色とりどりの材料に顔がひきつる。準備万端すぎる。


「髪紐じゃなくてもいい?」

「なんでもいいよ。ボクに作ってくれるなら」


 紐を編んでいる間、ライアーは何も言わずに私を見ていた。

 こうして静かに過ごすのはあまりなかった。いつも何かしら話をしていた。


「私が死んだ後、フィーネはどうなったの?」

「ボクが殺したよ」


 紐を編んでいた手が止まる。信じられないとライアーを見ると、苦笑を浮かべていた。


「な、なんで……?」

「だってキミの代わりになるって言うから」


 駄目だ。ライアーの思考回路がわからない。

 どうして私の代わりになるって言った相手を殺すことになるんだ。私を殺したいと思っているのか。


「……私も殺すの?」

「殺さないよ」

「でもフィーネを殺したんでしょ? 私の代わりに」


 ライアーの手が背に回り、抱きしめられる。脈絡がなさすぎて、回避するのが遅れた。

 もしかしたらこのまま背骨を折るつもりなのかもしれない。ルシアン君に何もさせないと言ったのに、命を散らすことになりそうだ。


「キミの代わりなんていらない」

「う、うん、代わりじゃなく私を殺すんじゃないの?」

「……どうしてそうなるかな」


 はあ、と落とされた溜息に強張っていた体から力が抜ける。よかった、殺すつもりはないらしい。

 このままではルシアン君と私の生まれ変わりに申し訳が立たないところだった。


「他の誰もキミの代わりにはなれないよ」

「……私の生まれ変わりも?」

「キミの記憶しかないならキミだけど、それ以外が混ざってるならキミじゃない」


 その違いはよくわからないし、この状況は私の生まれ変わりを私の代わりにしているも同然な気がする。


 だけど、ライアーにとってはそうではないらしい。


「まあ、私の生まれ変わりを自分のもの扱いしてないなら、それでいっか」


 前世とかいうどうしようもないことで所有権を主張されたら、私の生まれ変わりも困ると思う。そうしてないのならよかった、と胸を撫で下ろした。


「嫌いじゃないからボクのものになるならするけど」

「しなくていいよ。私の生まれ変わりにはルシアン君がいるんだから」


 拘束が解け、紐を編むのを続行する。


「ボクはキミのことが好きだよ」


 だけど、その手はすぐに止まった。


「だからキミの代わりはいらない」

「――そういうことは、死ぬ前に言ってよ」


 あるいはマティス様と結婚する前に。


「うん、そうするべきだった」

「私はもう死んだから、応えられないよ」

「うん、知ってる」


 本当に、この男はどうしようもない。

 どうしてこうなってから、そんなことを言うんだ。


 ああ、でも、こうなってからだからこそ、私の人生を捻じ曲げたこの男に言える言葉がある。


「――ざまあみろ」


 私の復讐は、ようやく終わった。

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