謹慎中
彼女と初めて会ったのは城の中庭だった。母上に連れられて中庭に赴くと、彼女がいた。黒い髪に青い目、少しきつそうな顔立ちをした彼女がシルヴェストル公の娘だと知って私は驚いた。
シルヴェストル公は娘を外に出さないと、そう聞いていた。大切にしまいこんで人目を避けて、存在すらしていないのではと噂されるほどだった。
彼女が私の婚約者になったと母上に聞かされたときは驚きこそしたが、すぐに納得した。シルヴェストル公は国に繋ぎとめておかなくてはいけない人材だ。教会の目もあるからそうやすやすと他国にはいけないだろうけれど、首輪をつけておく必要がある。
聖女を嫁に迎えた彼は、教会と話を通せる唯一の、何者にも代えられない存在だった。
だから彼女が
いつもどこか遠くを見るように、私に他の誰かを重ねているような目を彼女はしていた。私を見て溜息をつくことすらあった。
焦がれる相手でもいるのだろうかと考えもしたが、だからといって婚約をなかったことにはできない。貴族の婚姻などそんなものだと諦めてもらうしかない。
彼女の言葉はまるで台本を読んでいるかのように気持ちのこもらないものだったから、私に興味がないのだということは一目瞭然だった。それで構わないと私自身許容していた。近場とはいえ外に出る理由ができただけでありがたかったし、母上の決めた相手に不満なんてあるはずがない。
彼女は私にとってよい婚約者だった。
彼女の考えだとか、彼女が想う相手だとかはどうでもいいと、そう考えていた。
あの日、母上を失った私は母上に聞いた抜け道を使った。母上の知っている場所にいけば母上に近づけるような気がして、何も考えずに城を抜け出した。
ただぼんやりと母上が知っている星空を眺めて、何もせず、考えることを放棄していた。
そこに彼女が現れたときは驚いた。私に興味を持っていない彼女が、私の言ったことを覚えていて、私を探しに来たのだということが信じられなかった。
だけど頭に触れる手は現実のもので、幼い頃に母上に撫でられたことを思い出した。
不安そうに揺れる瞳に、母上の最後の姿が重なった。弟をよろしくね、と言っていた母上は、彼女と同じように不安そうな目をしていた。
母上と同じ青い目に私を映してほしくて縋ったが、私の浅はかな考えはすぐに彼女に露見した。代わりになれないとはっきりと言われて、私は気まずい思いのまま彼女を抱きしめた。
せめて今だけはと縋る私を彼女は突き放さなかった。
だから、私は彼女を守ろうとした。母上と同じ青い瞳から生気が失われていくのを見たくなくて、ただの自己満足のために彼女を守った。
泣き出しそうな目を見て私はようやく――
シルヴェストル公の娘ではなく、母上と同じ青い目をした娘でもない、怯え震える少女の姿を見つけた。
気持ちのこもらない辛辣な言葉ではない、震える声で紡がれた言葉は本心からのもので、泣き出しそうな目は母上とは違うもので、抱きしめられた温もりは彼女から伝わってくる。
私は何を見ていたのだろう。
思い返せば、甘いものを食べると綻ぶ口元や、不満そうに膨らむ頬に、困ったときに揺れる瞳、そのどれもが母上とは違っていて、何度も彼女の本心が垣間見えていたことに気づかされた。
――そして彼女にも
私が目覚めたのはそれから二日後だった。城からの外出禁止を命じられ、彼女に会えなくなった。
彼女が無事だということはシルヴェストル公に聞いたけど、それでも彼女に会いたくてしかたなかった。城に戻ったら名前を呼んでくれると、彼女はそう言っていた。
彼女に会いたいと思えば思うほど、彼女が私に誰を重ねていたのかが気になった。
外に出ない彼女が一体誰に出会えるのか、私には見当もつかなかった。
「関係ないか」
自室で物思いにふけっていたが、答えのでない問いを投げ捨てる。彼女が誰を想っていようと、婚約者は私だ。
私が手放さない限り、彼女は私のもとから離れない。今は会えなくても、婚約者という立場は守られている。
その婚約者という立場も危うかった。シルヴェストル公と父上の間では婚約を解消する話が進んでいた。亡き母上からのお願いだと父上に直訴したのでことなきを得たとはいえ、後一日起きるのが遅かったら、彼女は私の元から離れていたかもしれない。そのことを考えたら、彼女の想い人なんてどうでもいいことだった。
次に会ったら何を話そうか、森の中で色々好みを聞いたが、きっとあれは嘘だろう。今度こそ本当に好きなものを聞き出そう。
彼女自身を知り、彼女の本心に触れ、彼女を私のもとに繋ぎとめよう。
そう考えながら、私は手帳を手に取って今日会ったことを書いていく。
交換日記と言っていた彼女の言葉は本心だったからそれに従おうと――都合の悪いことには目を瞑って――文字を綴った。
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