会いましたよね
がさり、と草を踏む音に体を強張らせる。
先ほどよりも頬に赤みが戻ったとはいえ、王子様の意識はまだ戻っていない。王子様を守りながら魔物の討伐は私には無理だ。
どうすればいい――そう考えていた私の前に草をかき分けて現れたのは見知らぬ男性だった。魔族でも魔物でもない、普通の人間。茶色にちかい金の髪に緑の目をした、甘い顔立ちの青年。市井で会った誘拐犯のことを思い出した私は、王子様を抱きしめている腕に力を入れた。
「なんですか」
警戒するように睨みつけるが、青年は私と王子様を交互に見た後こちらに近づいてきた。やはり人さらいか。見目だけはよい王子様はきっと高く売れるだろう。
「近寄らないでください!」
びくっと青年の体が震えた後、不思議そうに眼を瞬かせ小さく首を傾げた。
「……怪我をしています」
怪我をしてるから逃げれないだろうぐっへっへ、とでも言いたいのか。
「危ないので外に出てはいけません」
知ってる。だから私は王子様を連れ戻しに来たんだ。というか、なんなんだこの人は。
「戻りましょう」
そう言って、再度青年が近づいてきた。
「だから、来ないでください」
そう言うと、また足が止まる。だけど不思議そうな顔はそのままだ。
「火が見えました」
だからなんだというのか。話が通じない心地悪さに歯噛みする。
青年もまた首をひねりながら、何か考えるようにじっとこちらを見ていた。
「……アドルフです」
そして納得したようなにひとつ頷くと、自己紹介された。別にあなたの名前が知りたいわけじゃない、と言おうとして、脳裏に全身甲冑が浮かんできた。
口数が少なく、喋らなさすぎると言われている、置物の化身のような騎士の名は――アドルフだ。
「アドルフ様?」
「お久しぶりです」
言葉少なな騎士は、甲冑を着ていなくても変わらないらしい。というか、全身甲冑姿しか私は知らないんだから、もっと早く名乗って欲しかった。
「騎士団がいます」
そういえば、森に騎士団がいると門番が言っていた。そして先ほどの話を統合すると、火の柱が見えたので偵察に来て私たちを見つけたといったところか。王子様が怪我をしているから、とりあえず騎士団まで向かって、一緒に城に戻ろうと、きっとそう言っているのだろう。
「わかりました」
頷くと、今度は嬉しそうな表情をされた。私の体にもたれかかっている王子様を抱えると、おそらく騎士団のいるであろう方向に向かって歩きはじめ、何も言わず黙々とことを進める彼の後ろを追いかけた。
「殿下!?」
騎士団のいる場所に到着するといの一番に駆けてきたのは騎士団長、つまり騎士様の父親だった。慌てふためいた顔は青白く、王子様よりも先に彼の方がぶっ倒れるのではないかと心配になる。王子様はすでに倒れているけど。
「見つけました」
「そうか、どうしてこんなところにいるのかはわからんが、よくやった」
騎士団長はアドルフから王子様を受け取ると、野営の準備をしている場所に走っていった。取り残された私は何をすればいいのかわからず、ぽつんと突っ立っている。
「こちらに」
そんな私を見かねたのか、アドルフが手招きしてくれた。
野営地は雪が綺麗さっぱりなくなっていて、代わりに焚火が置かれ布が何枚も敷かれていた。
そこには何人も騎士がいたが、見たことのない顔ばかりで、騎士達もまた私のことを珍しそうに見ている。
「黒髪ってことは、シルヴェストル公の娘さんか。初めてみたなぁ」
「まだ幼いけど、母君によく似ている」
そんな声がちらほらと聞こえてくる。騎士の人たちは貴族出身のはずだけど、そこらの貴族よりも気安そうだ。武に身を置いているせいなのかもしれない。騎士様は堅物だったけど。
「ここに」
アドルフに示された場所には布が何枚も重ねられ、他の場所に比べて厚みがある。ここに腰を下ろせということなのだろう。私は礼を述べながら布の上に座った。地面の冷たさは伝わってこない。それどころかふっかりとした柔らかさを感じた。
「これを」
差し出されたのは湯気の出ているカップだった。飲めということなのだろう。受け取って口をつけると、ほのかな甘さとほどよい温かさが喉を通った。
うん、さすが置物の化身だ。言葉が少なすぎる。あまりにも喋らないというのはこういうことだったのか。確かにこれでは、評判があまりよくないのも頷ける。護衛として何も話さないなら気にならないが、そばに置くとなると意思疎通が図れないのは痛い。
「アドルフ様もお休みなられたほうが……」
「いえ、すぐ動くので」
はてと首を傾げ、すぐにその言葉の意味がわかった。
さっき走って行った勢いのまま騎士団長が戻ってきたからだ。
「手の空いてる者は一緒に来い。他の者は片付けてから城に戻れ」
ほら、と言うようにアドルフは私に視線を向けながら立ち上がった。彼は手の空いているものに入るのだろう。というか、手の空いていない人って今準備している人だと思う。準備していたものを片付けろって、なかなか鬼畜な命令だ。
「アドルフは彼女の護衛をしろ。殿下は私が背負う。
騎士団長の命令に騎士達は機敏な動きで従った。嫌な顔ひとつしないあたり、しっかりと統率されているのだろう。
それからは、色々大変だった。私は夜だからということですぐ家に戻され、王子様は騎士団と共に城に帰っていった。
お父様は顔を真っ青にさせて、お母様には叱られた。部屋に戻るとマリーが泣きはらした顔で立っていて、泣きわめきながら抱きしめられた。
そして次の日、お父様が城に呼ばれた。私は留守番だった。事情を聞くなら私が必要だとお父様に訴えたが、頷いてはくれなかった。
そして、疲れた表情をして帰ってきたお父様にしばらくの外出禁止を言い渡された。
王子様は大事ないが、彼も私同様城から出ることを禁止されたらしい。
数日後に騎士様がやってきて、知っていたならどうして教えなかったと叱責され、最後に一言だけ感謝された。
そんなこんなで最後の三週間が終わり、新年がやってきた。
「今年からはお前に護衛をつけようと思う」
「え、家にいるだけの私に護衛なんて必要ですか?」
「家にいても抜け出すかもしれないだろう」
じろりと睨まれた。なるほど、護衛とは名ばかりの見張りか。
「アドルナート国の者だが、評判もよく、教育係にもなるらしい」
アドルナートというのは遠くの、火山がある国だと教わったことがある。
そんな国からわざわざ護衛が来るなんて――。
「どうも、お初にお目にかかりますお嬢様」
お父様に呼ばれて部屋に入ってきたのは、青みのある白髪に――赤い、血のような色をした目の青年だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます