第18話 二度目の場所
大体の位置は計算で割り出すことができたが、かなりの誤差が予想されたし、表層の状態がすでに変わっているかもしれないから、あの場所にもう一度たどり着くのは難しいだろうと思っていたのだが、あたりをつけて近くまで来てみると、まさにそのポイントと思われるあたりに、まるで何かの目印みたいに青いセイルが立っていて、双眼鏡のレンズ越しだと、そのそばの砂に横たわった青いものと白いものが見えた。
さらに近づくとともに、誘うように微風に揺れるセイルのそばに脱ぎ捨てられた青い防砂服と、少し離れて横になった人間の姿がはっきりと見えるようになり、用心のため軟球銃にボールが入っているのを確かめてから、一歩ずつ砂紋を踏んで近づいていったのだけど、丈の短い白い衣服をまとい、脚と腕とを風と砂にさらして寝そべったその人物は、白い空に顔を向けて仰向けのままで、肉眼で姿が分かるくらい近づいても、声が届くほど距離がちぢまっても、まるで動かなかった。
長い髪は砂流と混じり合い、
「ここではうまくいかなかったの、二人とも」と女は言った。
首だけを動かしてこちらに向けた女の顔には、レンズが抜けて素通しになった、赤いセルフレームの眼鏡があった。
「どうしてか、分からない。あなたのせいかもしれない」
女が体を起こすと、上半身に積もった砂が、するすると薄いヴェールを脱ぐみたいに流れ落ちた。頬も腕も脚も白く、肌の下から透き通ってくるような紅みを帯びていて、体つきも面差しも、少女の頃とあまり変わっていなかった。
「香穂ちゃんは、パパとママのいるおうちに帰りたかった。わたしは、香穂ちゃんといっしょにどこへだって行きたかった。なのに最初はうまくいかなかったの」
もしもどこかで彼女と出会ったら、激しい感情が巻き起こって我を忘れるかもしれない、と想像したことが何度もあったのに、それがこうして現実になってみると、心は思いのほか波立たず、ただぼんやりとその姿を見ているだけの自分に戸惑いもしたが、しかしそれ以上に、島田りさ子の口元に浮かんだ親しげな笑みには当惑させられるものがあり、どうすればいいのか分からないまま、ただはっきりと分かっていたのは、今ここでは「県庁の許可なしに浜に出たり、遺物を盗掘したりすることは禁じられています」といった決まり通りの文句など何の意味も持たないであろうことだった。
島田りさ子はそろそろと右腕を持ち上げ、指を開いた手を伸ばしてきた。
「手を貸してくれる?」
戸惑いながらその手を握ると、感触も温度もまるで人間の手じゃないみたいで、きめ細かな飛砂の堆積の中に手を突っ込んだみたいだった。力を込めて引っぱらなくてもりさ子は立ち上がり、ワンピースの砂を払い、はだしの片足をスキーに乗せて、ピンクの頬で微笑した。
「いっしょに行かない? 二度目の場所に。香穂ちゃんが、わたしたちを残して行ってしまった場所に。今ならきっと、わたしもあなたもうまく行ける。だって砂の上にはもうわたしたちを引き止めるものは何も無いんだもの」
りさ子が赤いフレームの眼鏡を指でちょっと押し上げて直すと、沖からの弱い風が背中まである髪をふわりと広げ、薄いワンピースの裾を揺らして、少し両足を開いて立った彼女の膝頭を見え隠れさせた。
「ねえ、わたしたち、お互いに役に立てると思うの。香穂ちゃんちのお兄さん」
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