第14話 子ども

 いつの頃からか、連絡員は数カ月に一度子どもを連れて来るようになった。

 少年と少女の見分けがつき難いぎりぎりくらいの年頃で、背丈は大人とそれほど変わらないが、狭い肩幅や細い頸、大人用の防砂服のそですそをゴムバンドでとめて短くしてあるところや、短く結んだ髪が防砂頭巾の後ろからぴょんと出ている様子などはいかにも子どもらしく、この子たちが通うべき学校も、故郷となるはずの街も今はもう砂の下にあることを思うと、あわれや切なさを誘いもするけれども、それは本人の胸中とは関わりのない、過去を知る大人の勝手な感慨でしかないのかもしれない。

 初めて連れてきたとき、「仕事を教えてるんだ」と、連絡員がなんとなくばつが悪そうに言った、その後ろにある事情は知らないが、実の子ではなさそうで、懐いてはいるようだけど、肉親にしてはやはりよそよそしく、父子というよりは師弟のような距離感に思えた。

「こんばんは」

 子どもは窓枠をまたぎながら、ガラスの器を打ったような声であいさつして、でもその後はほとんどしゃべらず、連絡員がいつものように近況を話している間、ベッドの隅に大人しく腰掛けているか、あるいは最近では、壁に作りつけた棚に置かれた、砂に磨かれた収集品をひとつひとつ眺めたりしている。

 連絡員が教えてくれる情報は、近ごろますます、人間の世界が砂の世界に呑み尽くされつつあることを示すようになり、放棄される集落や監砂台の名はもはや列挙しきれないほどで、それを話す連絡員の表情には徐々に、ぼんやりと薄暗い霞のような疲れが漂うようになっていた。

「前にあんたに、女の『砂委員』のことを話したことがあったろう?」と連絡員が言ったのは、たしか空が少し荒れ始めた暗い夕方で、嵐になる前にと、早めの帰り支度をしながら話していたのだったと思う。「さっきここへ来る途中で、それらしいのを見た」と彼は続けた。

 この監砂台に向かって八輪砂上車を走らせていたとき、はるか前方を、彼の針路と直交して、砂煙を立てて走る三角のセイルが見え、車載の望遠鏡を向けたところ、夕日にくっきりと浮かんだその姿は、間違いなく女性だったというのだ。

「一応は発煙弾を上げて、拡声器で警告はしておいたが、反応は無かった」と連絡員は言った。「たぶんこのすぐ近くにまでちょくちょく来てるんだろう」

「顔は見えましたか。噂通りの美人でしたか」

「そこまで分かりゃしないよ。防砂頭巾か何かをかぶってゴーグルをつけてたんじゃないか。いや、それがはっきり見えるほど近かったわけじゃないが」

「歳は、いくつくらいでしょう」

「さあね」連絡員はため息交じりに笑った。「やけに食いつくな。妙なこと言っちまったかね」

 もっと知りたかったけど、何を聞くべきか分からないし、連絡員が連れてきた子どもが、話に背を向けて収集物の棚の前に立ち、つるつるに細くなった鉛筆や、半透明に擦り切れた女生徒の制服などを見つめながらも、しかしそれとなく聞き耳を立てているようでもあった。

「前に言った通りさ、気をつけろって言ってるんだぜ、私は」

 連絡員は砂上ブーツを履き、窓敷居まどじきいを乗り越えて、やぐらの上の灯に白く照らされた砂の上に降り、それから子どもの手を取り引っ張り上げて窓を越えさせ、そして二人連れ立って、数十メートル先に止めた八輪砂上車に向かって、防砂服の背中を照らされながら歩き去ったのだったが、途中で一度だけ、振り返ってこちらを見た子どもの眼が、照明灯の光を受けて一瞬きらりと輝いたのが、まるで何かの合図のようだった。

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