第15話 発見

 遺物が比較的浅いところに埋まっているとき、砂の表面をひと目見るだけで、何かがあると直観的に分かる場合がある。

 その周辺だけ砂の流れが変わって砂紋のパターンが違っているのか、あるいは対流のような局所的な現象が砂面の状態を変化させつつ遺物を表層に押し上げているのか、その機序きじょは分からないけれど、現にそれによっていくつかの遺物を見つけたことがあるし、そのうちの一つは、おそらく偶然だけど、まさに長いあいだ探し求めていたものだった。

 その日は昼から巡検に行き、沖に出たところで視界が悪化してきたので、風はまだそれほどではなかったけど念のために早めに引き返そうと、追い風にセイルを張ってスキーを滑らせ、かつて黒い旗の列が立っていた昔の舟入町のあたりを通りかかったとき、一軒の家の敷地くらいの広さの砂の表面が、角度によって見え方は違うけど、ざわざわと何かしら落ち着かないように見える場所をみつけて気になってスキーを降り、腰にげた携帯ブロワーで砂を吹き飛ばして表層をいでみたのだ。

 空模様は曖昧だし、ブロワーの充電はあまり持たないし、時間をかけるつもりはないから、最初に出てきた洗濯ばさみは規則を無視して採取せず捨て置き、掘りすすめるとプラスチックのシャープペンシルが現れたので、学用品が見つかったことに励まされてその箇所に集中的に気流を当てつづけ、すり鉢状の窪みが直径一メートルくらいになったころ、細いものがきらっと光った。

 金属の線。

 それが何なのか、すぐに分かった。

 やがて思ったとおり、ゆるやかに湾曲した銀色のテンプルの先に、小さく繊細な蝶番ちょうつがいが現れ、そして楕円形のリムが姿を見せた。

 レンズは失われていたけど、それはどう見ても、あの夏、一度目の事故で上級生ともども助け出されたあの日まで、小さな鼻と両耳の三点で支えられて、あの子の顔の一部となっていた、あのメタルフレームそのものとしか思えず、またそれを震える手でそっと取り上げ、胸のポケットに収めた時、鼻あてのアームが立てたかちゃりという音は、彼女が指でフレームを押し上げる時にいつも聞こえたのと全く同じ音色だった。

 もっと下の層に、制服のスカートや校章バッジやスニーカーなどがあるのだとすれば、今すぐにでも取り出したかったが、本格的に掘り下げようとするなら明日以降に機材を持って出直す必要があるし、そのためにはもう一度ここに来るための目印が要るから、普通、数日程度なら仮設の旗を立てておくのだが、それでは不法な『砂委員』に場所を教えることになりかねない。

 三角測量で割り出すこととし、双眼鏡を三脚に固定して360度の水平線をゆっくりと丁寧になぞると、わが監砂台の鉄塔が見え、さらにもうひとつ基準点は無いかと少しずつ視野を動かしていたとき、思いもよらないほど近くの砂の上に人間の姿が見えて、ぎくりとした。

 あれが連絡員の言っていた『砂委員』だろうか、一キロと離れていない。

 青系の上下つなぎの防砂服を着たその人物は、セイルを立てたスキーに片足を乗せており、驚いたことに向こうも双眼鏡でこちらを見ていたから、レンズを通してしばらく見つめ合う格好になった。

 ゴーグルと双眼鏡に隠れて顔は見えなかったが、片足を斜めに伸ばし、片手を腰に当てている、そのシルエットははっきりと女性で、ヘアバンドのようなものの後ろに長い髪がなびいていた。

 あれが香穂だとでも?

 まさか。

 少女時代のほっそりして不安定な彼女とは全く違う、遠目でもかっちりしたプロポーションは、もちろんあの子だって生き続けていればどんなふうに成長しているか分からないとは言え、別人としか思えない。

 気を取り直し、マストにスピーカーをつないで、セイルの面を女のいる方向に向け、炸裂信号音を響かせておいてから、警告した。

「こちらは監砂台です。県庁の許可なく浜に立ち入ることは条例によって禁じられています」

 女は動こうとしなかったが、少し強くなった風に吹かれて髪がふわりと広がったのが、まるで返事のようにも見え、やっぱりもしかすると、ひょっとすると、百パーセント絶対に違うとは言い切れないじゃないかという思いがぬぐい切れず、本来必要ないのだけど、こう付け足さずにいられなかった。

「こちらは第8監砂台、監砂員の吉野です。不明な点があれば、第8監砂台までお問い合わせください。場所は旧汐見町、鉄塔のある家です」

 昔住んでいたあの家です、とまでは、言わなかった。

 最後まで聞き終えると女は双眼鏡を下ろし、次第に強まってきた風にセイルを立て、砂を蹴ってスキーを滑らせて、高台に向かって斜めに遠ざかって行った。

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