第13話 埋もれた階段

 水まわりの設備のためには、タンクの近くに廃材で建てた小屋があるから、母屋に残った二部屋のうち、一つはベッドやテーブルやコレクションの棚などを置いて生活の場にして、もう一つは食料や大切な道具類などを置いて納屋兼作業場として使っているのだけど、この二つの部屋の間には畳一枚ほどの広さの板張りの廊下があって、下りの階段につながっている。ほとんど砂に埋もれてもう階段としての役には立たないので、普段はベニヤ板でふさいであるけど、風の強い夜にはひそかにこのふたを開けてみることがある。

 高いところにある小さな窓から、わずかに明かりが差しては来るものの、廊下は目を凝らさなければほとんど何も見えないくらい暗くて、蓋を開けてもそこにはぼんやりとほの白い四角形しか見えないのだけれど、それはドアや窓やあらゆる隙間から入り込んで階下の部屋を埋めつくした、外とつながる無量の砂、すなわち浜の一部分だ。そのせいか、外の風が強い時にはここの砂もぴりぴりと震えているような、あるいはかすかな気流が砂粒の隙間から湧き上がってきているような、そんな気もする。

 裸足になって、ひんやりとした木の階段を一段、二段と降りる。薄く積もったさらさらしたものを足の裏に感じながら、三段目の次の一歩を踏み出した右足は、冷たく湿った細かい砂の中に、ほとんど何の抵抗も無くすぶすぶと沈み、たちまち足首まで包み込まれてしまう。

 足の指と指の間に入り込んでくる砂に体重をかけてさらに深く、もう少ししっかりした層までぐっと足を押し沈めておいた上で、重心を崩さないよう慎重に腰をかがめ、最上段に腰を下ろす。

 頭を垂れ、目を閉じ、肩の力を抜くと、全身の空気が出ていく。

 じっとしていると、砂の重みが二本の足をしっかりと捕らえ、まるで漆喰か何かで固められてしまったかのように感じられる。

 とても静かだ。

 変化のない時間にじっと身を任せていると、聞こえるのは、大型の管楽器のように低くぼうぼうと、高低も強弱も一定のままいつまでも続く、壁越しの風鳴りだけだ。

 やがて、暗闇の底から、冷気みたいなものが少しずつ湧き上がって来る。体温を失った足からは砂の感触が消え、足そのものの存在さえはっきりと感じられなくなって、皮膚一枚によって隔てられていた肉と砂との区別も無くなってしまうと、あたかも底の破れた袋から砂が流れ出して、浜の砂と混じり合ってしまうみたいに、体はもう空っぽの皮一枚になり、中身は微細な砂粒になって、階段を流れ下り、階下の居間や台所を満たし、街路を覆い、家並みを沈め、彼方の水平線まで広がる浜の果てしない堆積の一部となり、その底に、言わばこの体の深いところに、オペラ通りが、あの路地と階段が、教室が、赤い旗が、青い海や灯台や錆びた船のマストが、夏休みが、舟入町が、古い世界のすべてが埋もれているのだとしたら、あの夏休みの砂に消えた少女の靴と靴下も、白いブラウスも、制服のリボンも、紺のスカートも、赤いセルフレームの眼鏡も、ひんやりとして硬いあの小さな手も、砂と戯れ砂に溶けていたあの子の足もきっと、この身体の奥底に混じり合って、ひとつになっているはずなのに、でも、見つけられない。どんなに固く目をつぶり、お腹の底のその奥にその温度や感触を探しても、分からないのだ。どこにあるのか、どこにいるのか。

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