第12話 連絡員

 不釣り合いなほど巨大なタイヤが並んだ、昔のおもちゃみたいな形の八輪砂上車に物資を積んで、県庁の連絡員が来るのは隔週の金曜、いくつかの監砂台を回って最後がここだから、たいていは夕方で、そのためうちで夕食を取ったり、急な嵐の時に泊まったりしたことも何度かあって、おかげで顔なじみになり、配給リストに無い品物を持ってきてくれたり、また本来なら全て県庁に引き渡すべき収集物の一部を部屋に留めていることをとがめ立てせずにいてくれたりで助かっていた。

 季節にもよるけど、砂上車の甲高いエンジン音が聞こえてくるのは空が暗くなり始める頃で、連絡員は家の近くに車を停めると、来訪の合図に長々とクラクションを鳴らし、補給物資の入った大きな荷物を背負って降りてきて、そして「おーい」とか、何々を持ってきたぞとか言いながら窓を叩くのだ。

 彼が持って来るのは、パンや米や缶詰などの食料と、前回に注文しておいたガスボンベや電気部品や電池などの補充品と、個人的に融通してくれる食品などと、それから新しい情報だ。

 短く刈った白髪頭で防砂服を着たこの連絡員が、県庁の中でどれくらいの地位にあるのか分からないけど、いくつもの監砂台を定期的に巡回しているだけに事情通で、何もかもというわけにはいかないだろうけど、来るたびにいろいろな情報を教えてくれる。それでいつも、持ってきてくれたベーコンとか卵とか干し椎茸だとかいった食材を調理し、本当は規則違反だけど、砂から掘り出した銘柄不明のワインを一本開けたりして、窓辺のテーブルで食事をしながら話をするのだが、そんな時、彼は「何も秘密ってわけじゃないからな」と前置きして、嵐の頻度が一定のペースで高まり続けていることや、浜の平均砂位がここ数年間ほぼ等比級数で上昇していること、いくつかの監砂台が嵐に呑まれて放棄されたこと、浜に着陸した県の公用機がそのまま砂に沈んでしまったことなどを教えてくれるのだった。

 ある時「いつか、この現象が終わる時が来るんでしょうか」と問うてみると、彼は塔の上の電灯に白々と照らされはじめた窓の外の砂を見やって「そもそも、今のこの事態を一時的な現象ととらえて良いものかね。あくまで私見だが、私はこれが新しい世界の正常な成り立ちなんじゃないかと考えてるよ」と答えた。海の青が見えなくなったのは遠い昔のことだが、ここ何年かは空の青を見ることさえなく、季節も不分明になり、冬でも気味が悪いほど暖かかったり、三月になっても氷点下まで冷えたり、確かにもう、世界は以前と同じ世界ではないように思われた。

「その新しい世界に、我々が生き残っていく余地はあるんでしょうか?」

「今こうして私も生きてるし、あんたも生きてる。なるほど、いつまで生きられるかは分からないが、しかし、そもそもいつだってそういうものだったんじゃないのかね?」

 いちばん最近彼が教えてくれたのは、近頃この近辺に出没しているらしい「砂委員」についての情報で、彼によると、この賊が砂の中に何かを探しているらしい様子が、近隣の複数の監砂台によって確認されているのだという。

「いずれこの地区にも現れるだろうから、楽しみに待ってるといい」と連絡員は言った。

「何が楽しみなんです。厄介なだけじゃないですか。危険な人物かもしれないし」

「それが、この『砂委員』は綺麗な若い女らしいって話なんだ。見たってやつがいてね」

「若い女?」

「ほらな、興味あるだろう?」

 この日はそれで連絡員は帰っていったのだけど、最後に八輪砂上車のはしごを登りながら、彼は言った。

「さっきのは冗談だからな、危険だから変なことを考えるなよ。『砂委員』を見たらなるべく直接コンタクトを取らずに、緊急無線で県庁に知らせるんだ。そこは規則通りにやってくれ。武器を持ってないとも限らん。あんたらの軟球銃では太刀打ちできんよ」

 もちろん分かってますとは答えたものの、彼が言ったのはいつかのあの、逆光の中でセイルを操っていた遠いシルエットのことに違いない気がして、一人になった夜の部屋で、残ったワインを飲みながら、あの時の胸のうずきを思い起こさずにいられなくなり、いったいその『砂委員』とやらと出くわすことを恐れているのか、それとも望んでいるのか、それすら分からないような曖昧な気持ちで夜は更けてゆき、その晩は雨戸を閉じるのも忘れてしまって、窓から差し込む明かりを浴びたままで眠りに落ちたのだった。

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