第11話 巡検

 視界の良い日には、規則で月に二回以上と定められた砂上巡検に出ることもある。防砂服のフードを頭にかぶってゴーグルを掛け、バックパックを背負って一枚板の砂スキーを片足にき、追い風が吹いているときはセイルを張り、そうでなければ畳んで徒歩で、沖に出る。

 担当地区は監砂台である家をかなめとして沖に向かって開いた半径数キロの扇形で、かつての学校やオペラ通り、その先の舟入町や旧港地区も含まれているのだけど、その広い範囲の中で今なお砂の上に姿を見せている建物はただひとつ、消防署の望楼だけで、それも最近では、風向きの気まぐれで屋上のコンクリートが見える時がたまにある程度で、全く隠れてしまっていることも多くなってきた。巡検の目的はそういった変化を観察・記録・報告することなのだけど、数時間かけて砂の起伏をいくつも越えるあいだに、不規則に変化する風や砂の流れの作用によって偶然表面に現れた様々な物を見つけることがたまにあって、それらを集めて持ち帰り、連絡員を通じて県庁に引き渡すことも、監砂台の業務のひとつだ。中には、流砂や砂混じりの風に洗われて擦り切れ、すっかり姿を変えてしまっている物も多く、たとえばここ最近回収したものといえば、塗装が削られて白木の色になってしまった椅子や、ざらざらになった感光面に人物らしい姿がかすかに残っているだけの何枚もの写真や、レースのように薄くなった子ども用のドレスや、内側まできれいにりガラスになってしまったラムネ瓶などで、そんなものを集めて県庁がどうするのかは知らないけど、物資不足が慢性化している昨今のことだから、使えるものはできるだけ再利用しようというつもりなのだろう。

 たまにだけど、まだ新しいロープや手袋、用途不明の金具といったものが砂上に落ちていることがあって、これはどうやら侵入者の落とし物らしく、もちろん監砂員以外の人間が無許可で浜を歩き回ることは禁じられているのだが、砂スキーやウインドボードを使って無断で浜に出て、時には砂を掘り返したりして物品を探し集めている人々が複数いるのは、砂の上に残る痕跡からも明らかだし、一度だけそれらしい姿を見たこともある。

 いつだったか、砂上巡検で相当遠くまで出た折に、少し風が出てきたので帆走で監砂台に引き返そうとセイルを張っていたとき、さらに沖のほうで何かがちらちらと動くのが視界の端にとまり、目を凝らすと、地平線の近くを、砂と空の間を滑るように、また別の三角形のセイルの、そこにあるはずのない小さな影が過ぎてゆくのが見え、あわてて双眼鏡で追ってみると、セイルを操る人の姿まで見分けることができたのだ。

 やや逆光気味のそのシルエットが、少女か、あるいは少年みたいに見えて、一瞬、言い知れない人恋しさと、胸の奥が引きつるような痛みを感じたのだったけど、次の瞬間にはひどく腹が立ちはじめた。断りもなくこの街に足を踏み入れて、掘り返したり荒らしたり物を持ち去ったりする、そんな者のことを戯れに「砂委員」と呼んだりもするらしいのだけど、あの子の靴や、あの子の制服、あの子のリボン、あの子の眼鏡、そしてあの子自身もどこかできっと眠りについているこの砂を踏み荒らし、掘り返し、盗みをはたらく者たちを、その懐かしい名で呼ぶなんて、決して受け入れられないことだった。

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