第3話 警報
警報発令を告げる校内放送が流れると、授業が終わってもすぐには帰れない。教室待機になり、香穂は頬杖をついて窓の外を眺めながら嵐を待つ。近づく嵐の姿がまだはっきりと見えるわけではないが、砂煙が濃さを増し、窓の外が次第に暗くなることで、その接近を知ることができた。
気候は年々厳しくなっていたけれど、もう警報にも慣れっこになっていたクラスメイトたちは、砂委員の当番が回って来でもしない限り無関心で、警報時は席を離れないというルールにもかまわず、教師が目を離した途端にグループごとに固まっておしゃべりを始める。でも香穂は、もし彼らに話しかけられたとしても、きっと生返事しか返さなかっただろう。
窓の外の世界はますます暗い
気づいた時には、もうあと数十秒しか無い。それが嵐の本体、砂を巻き上げて荒れ狂う風の塊だった。
それはたちまちのうちにむくむくとふくらみ、見上げるほど大きな、黒い積乱雲のような、影で築いた塔のような物に成長したかと思うと、その勢いのまま街に向かって崩れ落ち、回転も大きさもまちまちな無数の青黒い渦を生みながら、音もなく校庭を飲み込んでゆく。墨汁をぶちまけたみたいに窓が真っ黒になり、誰かが小さく悲鳴をあげた次の瞬間、衝撃が校舎を揺さぶり、激しく震える窓ガラスに豪雨のように砂粒がぶつかってくる音が聞こえる。
男子の一人が蛍光灯をつけると、不安定にまたたく灯りの下で、幾人かの女生徒だけは少しおびえているが、多くの生徒はまたおしゃべりを始める。
香穂は眼を閉じ耳をふさいで、校舎を震わせる風鳴りが、机から腕の骨を通して頬骨に伝わってくるのを聴く。びりびりとしびれるような低い震動を頭蓋骨に感じながら、嵐が通り過ぎるまでずっとそうしていた。
学校での香穂はだいたいそんな風にほとんどしゃべらない子だったらしく、特に仲の良い友達もなく、爪弾きにされるでもなく、二年生の夏に砂委員の役が回ってくるまで、ただぼんやりと、半分眠ったような日々を過ごしていたのだろう。
もしかすると、あの島田さんという三年生が、廊下かどこかで香穂に声をかけたことがあったかもしれない。「吉野さん、砂委員いっしょによろしくね」などと。だけど香穂がその時どんな顔でどんな返事をしたのかを想像するのは難しい。
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