3-6.討伐イベント最終日(29:00)

 かくして俺と須藤は再び戦場に舞い戻った。後方からは委員長セレクションのかっこいい系のアニソンが流れてきて、地味にテンションが上がってくる。意外とアニソンもいいな。ハマっちゃいそうだ。

「想像力……想像力……」

 俺がぶつぶつ言っている間に、須藤はもう駆け出していた。いやお前それ大丈夫か、と思っている間に、人ごみをザクザク掻き分けながら手空きの相手を探している。

 見つけた相手は――うわ、ガシャンだ。

「……らぁッ!!」

 だが須藤は何の躊躇いもなく相手の鎧を爪で払った。

 ヂリンっ――そんな音が立ったように見えた。

 振り抜かれた須藤の爪は、ひとつも欠けていない。その代わりに、硬度2.0を越えるガシャンの胴体に、すっぱりとした四つの爪痕が刻まれている。

 続けて左手の爪が喉元に突き込まれる。それで終わりだった。ガシャンの鎧が一気に黒い砂に変わり、戦場の慌ただしさの中で吹き散らされていく。

「す……」

 俺は須藤に駆け寄った。

「すげえじゃん、何それ! かっけぇ! 須藤かっけぇ!」

「いや……俺も驚いてる」

 須藤が心なしか興奮した面持ちで自分の爪を見つめていた。

 新しい爪は、今までよりもシャープになっている。全体的なフォルムが少しだけ小さくなったが、代わりに四本爪の一本一本がよく砥いだ刃物みたいに鋭い。俺の見立てでは硬度が2.5程度。委員長の言ってた他のパラメータについてはよくわからないが、なんとなく、硬度の高い硬結晶とぶつかっても簡単に壊れるようなことはなさそうだ。

 謎にテンションが上がって褒めまくっていたら須藤がだんだん渋い顔になってきた。なんだよせっかく褒めてんのに、と思いはしたが、自分がされたら多分同じ顔をするなと思い至って口を閉ざした。

「それより、そっちはどうなんだ?」

「ちょっとやってみる」

 えーなにあんなかっこいいのできんの? オラぁワクワクしてきたぞ。俺は目を閉じて新しい剣の形を想像する。よく切れて、折れにくくて、強くてかっこいい剣……

 頭の中で何かが閃いた気がした。

 目を開ける。

 そして俺の右手に、新しい剣が顕現する――

「……なんか違うか?」

 須藤が言う。

「同じだよなあ……」

 と俺も答える。

 俺の手の中にはさっきまでと変わらない短剣グラディウスがあった。

 強いて言うなら、多少は硬度が上がってる気がする。3.1くらいはあるんじゃないだろうか。でもなんか、そうじゃないじゃん? そういうことじゃなくない? テンション下がるわ……。

「もしかしたら、使ってみたら何か違うンじゃねーか?」

「そうかなあ……」

 須藤がなんか気遣ってくれた気がする。微妙な気持ちになる。

 すぐ近い位置、ちょうどおあつらえ向きなことに、さっき俺が苦戦した双剣のポウンを見つけた。余所様にツバつけられる前に倒しに行く。ちなみにこいつは6階層で初登場するやつで、風紀委員会の皆様方も最初は苦戦したらしい。

 打ち込む。マン・ゴーシュで防がれる。レイピアの反撃。よける。

 今度はレイピアの持ち手を狙う。柄で防がれる。マン・ゴーシュの突き。よける。

「なんか違うか?」

「同じだなぁ!」

 なんか腹立ってきた。まっすぐ突っ込んで敵のタマを取りにかかった。武器を交差させて急所を守りに入る相手に、知ったことかクソったれの精神で体当たりを決めて、そのまま喉元に突きを入れる。真横にかっ捌いて短剣グラディウスを抜くと、口元から種が吐き出され、双剣が黒い砂に還る。

「ざ、ざまぁ見ろ……」

「いい動きしてンじゃねーか」

 ぜえはあと肩で息をしていると(別に息は上がらないので気分の問題)、須藤がなんか褒めてくれた。嬉しくないとは言わないが、今欲しいのはそれじゃない。

「くっそ、なんだよもう。俺も須藤みたいな、かっこいいのにしたかったのに」

「まあ、まあ、いきなりそう上手くは行かないものさ」

 後ろからかっこいいアニソンの音が近づいてきた。

 振り返ると、風紀委員会一同が俺たちの近くまで来てくれていた。

「須藤君のは見事なものだな。しっかり想像力が働いているんだろう。苑麻君だって、硬度が上がっているんだから上々だよ。先の楽しみがあると思って、のんびりやるといい」

 委員長がにこやかに笑ってくれる。

 磐田先輩も俺の前に出てきて、優しい声で褒めてくれた。

「さっきは一人で倒せなかった相手です。立派な成長だと思いますよ」

「でも」

「よしよし」

 ついでに頭を撫でてくれた。

 大事なことなので二回言おう。

 磐田先輩が、頭を、撫でてくれた。

 ……なん……だと……!?

 一気に動悸が強くなった気がする。地味に吐き気が出てきたので多分気のせいではない。横を見ると次は須藤が頭を撫でられいて、「うす」とシャイなヤンキーみたいな礼を述べていた。身長差があるのでちょっと猫背気味だ。あっお前、ちょっと顔赤いな? 楓さんに言いつけるぞ?

 一連の流れを見ていた委員長が、どことなくとした顔をしていた。

「副会長、僕にはそういうのはないのか」

「貴方は何もしていないでしょうに」

「むむむ」

 委員長がちょっと不満そうな顔をしているのが、地味にウケた。


 時間が28:30を迎える頃、広場の中央の《ザ・マザー》に変化が起こった。

 遠い東の空から白々とした朝の光がのぼり始め、それと共に《ザ・マザー》の姿が色褪せていく。無限に吐き出されていたポウンの排出も終わり、巨大な結晶樹だけが残される。

「もう、祭りも終わりか」

 委員長がつぶやいた。交代で仮眠を取りながらこの時間まで戦い続けたが、俺も須藤も風紀委員会の皆様方にも不思議と疲れた様子がない。ラジカセのBGMもどことなくチルい雰囲気に変わっており、宴の終わりを予感させた。

『アップルテイカーの諸君、今回もエデンの平和は守られた……』

 どこからともなくピエトロ氏のアナウンスが響き始める。スピーカーもないのにどこから聞こえてるんだろうな、これ。

『カインの軍勢は朝日とともに引き上げた。だが近い将来、再び勢力を取り戻し、我らの楽園を侵そうとするだろう。どうかそのときもまた、諸君の力を貸してほしい』

 おうっ! という鬨の声は、今度は最初から綺麗に揃った。

 心地よい疲労感に包まれて俺たちは武器を下ろす。長い戦いが終わったのだ。朝日に照らされた周りの見知らぬアップルテイカーや、委員長に磐田先輩、風紀委員会の皆様方、そして須藤。誰の顔も皆、キラキラと輝いて見える。

 ……あ、そう言えば。

 俺は今までずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「委員長、ちょっと聞いてもいいです?」

「何かな」

「昨日のグレンデルも、さっきの《ザ・マザー》もそうなんですけど、ポウンの中に色の違うやつが混ざってるじゃないですか。あれ何なんです? ボスの証?」

「ポウン?」

 委員長が眉をひそめる。あ、しまった。ポウンって呼んでるの俺だけだった。それでも委員長はすぐ理解に至ったらしく、口を開いた。

「僕も詳しいことはわからないが、概ねその理解でいいと思う。赤いやつは総じて耐久力が高いな。一対一よりは集団戦になることが多い。《ザ・マザー》のように青いやつは、破壊不能オブジェクト扱いになっているな」

「なんでそういう違いが出るんです?」

 そう聞くと、珍しく委員長は言葉に詰まった。

「――まあ、おいおいわかるのではないかな」

 おや、珍しく歯切れの悪い反応。

 何だろうなと思っていたら、磐田先輩が何やら俺のことをじっと見ていることに気付く。なんだかそわそわしているような様子である。

「あの」

「何です?」

「苑麻さんは、あれをポウンと呼んでいるのですか」

 磐田先輩が謎に食いついてくる。

「あの独特な足音ですね。私も気になっていました。なるほど、ポウン……」

 ポウン……いいですね……ポウン……などとつぶやきはじめる。風紀委員の皆様方も触発されて和やかな雰囲気が広がり始める。え、何この空気、ちょっと恥ずかしい……。

「ポウン」

 ニヤニヤしながら須藤が俺の肩を叩いてくる。なんか嫌な予感がする。

「苑麻クンさァ、あいつらのこと随分カワイイ名前で呼んでンだな。やっぱ頭ン中乙女なのか? お?」

 一瞬にして俺は悟った。こいつ、トモちゃん呼びの件を根に持ってやがる……。

 今まさにここで蒸し返してやろうかと思ったが、言ったが最後、全面戦争が始まるのが目に見えていたので思い留まる。

 感謝するがいい須藤。俺は大人なのだ。お前と違ってな……!

「ポウン……」

 磐田先輩の追い打ちが来た。

 やめて……。もう俺のライフはゼロよ……。

 俺は両手で顔を覆った。

 

 こうして――

 後にして思えばあまりにも濃密な、3日間の討伐イベントが幕を閉じたのだった。

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