幕間.暇を持て余した風紀委員の遊び

 けだるげな夕陽の差し込む会議室で、伊集院いじゅういんおさむ磐田いわた未夏みかが向き合っている。

 口火を切ったのは伊集院だった。黒縁の眼鏡がオレンジ色の光を照り返している。容姿に似合わぬ滑らかな声が、口の奥から流れ始める。

「今期は『lapi×lazu』の一人勝ちだな。リネたんが尊すぎる」

「オルマス3期ではないのですか? では私は『転生魔王の婿探し』で」

 答える未夏の声は淡々としている。だがその氷のような容姿と心の内に、激しく燃え立つ炎の如き情熱が滾っていることを、伊集院は知っている。

「オルマスは殿堂入りなので対象外だ。転婿についてはよく知らないのだが、どういう話なんだ? BLか?」

「いえ、厨二バトルアニメです。クォーク文庫のラノベ原作で。田沼監督の外連味に溢れた演出が素晴らしく目を引かれますし、疑似家族もののストーリーも感動的です。そしてなにより、主人公のネオス様が圧倒的に強くて思いやりがあって最高にクールなわけです。結婚したい」

「久々に君の夢女子の面を見たよ。そういえば先日、支部に新作を上げていたな」

「前々からですが、当たり前のように把握されているのは少々驚きますね」

「そうか? まあ僕は普通に†時河みちる†先生のファンだからな。今のうちにサインをねだっておこうか」

「欲しいなら書きはしますが……本当に要ります?」

「今はいい。次の本が出たときにお願いしよう」

「ジャンル外だと思いますが、いつも申し訳ありません……」

「気にするな。むしろ薄い本をきっかけに原作に手を出すことも多いんだ。まあ、君の本に限った話ではないが」

 所在なく髪を梳いたり無駄に眼鏡の位置を直したりする未夏に向かって、修がそれまでとは異なる声音で尋ねる。

「《肉入り》についての話だが」

 それがスイッチになったように、未夏も浮ついた態度を消して、落ち着いた声で応答する。

が動いているようです。先日の討伐イベントで目を付けたのでしょう、何人かのアップルテイカーたちに、秘密裏に声をかけているようで」

「相手にうちの学生は?」

「確認された中では一人も。ただ……」

「ただ?」

「いえ、何の根拠もない、私の勘に過ぎませんが……、もしかしたら、の選定次第では、我が校の生徒が巻き込まれてしまう可能性があります」

「――苑麻君か」

 未夏は静かに頷いた。

 ううん、と修も唸り声を上げる。

「あの時の彼は……須藤君だったか? 確かに彼の振る舞いには、の好みそうな雰囲気があったな。念のため一人付かせるか」

「取り越し苦労ならいいのですが」

「まあ元々、手掛かりはゼロに近いからな。少しでも可能性の高いところを押さえられるなら、悪くはないだろう」

 再び未夏が頷いた。

 そしてその直後、彼女の表情が固まる。

 がたりと派手な音を立てて椅子をたち、部屋の隅まで下がっていく。

「どうした」 

「そ、そこのところに、あの」

 未夏が怯えた様子でいる。彼女が指差す方を見ると、壁のところに一匹、夏によく見る黒くて硬い足の速い奴が止まっていた。

 ふむ、と伊集院はスラックスのポケットに手を入れる。取り出した手の中には文庫本サイズの硬結晶のタブレットがあり、次の瞬間にはそれが小さなピストルに変わっていた。

 ぱん、と軽い音が弾ける。繊細な思惟による介入ディレクションで硬度4.8まで高められた硬結晶の弾丸が、会議室のぬるい空気を一直線に引き裂いた。

 弾丸は足の速い奴の数センチ隣に突き刺さり、危険を察知した奴は慌てたように戸棚の裏側に逃げていった。

 ――フッ――

 と伊集院は煙の立つ銃口に息を吹きかける。くるりとピストルを一回転させると、それは再び硬結晶のタブレットに戻った。

 西部劇のヒーローのような、気取った仕草でスラックスのポケットにしまいながら、伊集院はニヒルに言う。

「まあ、今回は見逃してやろう――」

「見逃さないでください!!!!」

「あれだな、いっそ《林檎》を食わせた方が足が遅くなって倒しやすいかもしれない」

「やめてください、あいつらが武装したら手が付けられなくなります」

 そんな言葉たちを飲み込みながら、けだるげな夕陽は淡々と傾き、やがて静かな夜が来る。

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