3-5.討伐イベント最終日

『アップルテイカーの諸君、これまでの健闘に感謝の意を表明する』

 討伐イベント最終日、23:55、ピエトロ氏の口上も心なしか前二日より軽やかだ。お集まりの皆様方もどことなく緊張感が薄く、そこら中から雑談と軽口のざわめきが聞こえてくる。

『戦いは本日で最終局面を迎える。敵の残存兵力は4割、もはや壊滅状態と呼んでいいだろう。全軍をもってアララトの山頂に向かい、敵拠点を攻略してほしい』

 俺と須藤は事前に風紀委員会の皆様方と合流し、スタート前のそこそこいい位置に陣取っていた。昨日までと比べてなんだか心強い。組織の力ってすごい。

「のんびり行こう。最終日はそんなに急ぐ必要もない」

 委員長は気楽な様子でそう言った。背中にでかいリュックサックを背負い、左肩にはでかいラジカセを担いでいる。ヒップホップでも流すんだろうか?

「まさか。流すのはアニソンだ」

「なぜ」

「僕の趣味だ」

 俺の問いに雑な答えを返してくれた後、委員長は地味に器用なことをやって見せた。右ポケットから取り出した硬結晶のタブレットをマジックハンドに硬化ディレクションさせて、背中のリュックのチャックを開け、中から板チョコを取り出した。そのまま俺に差し出してくる。

「食べておくといい」

「男からチョコ貰うのやなんですけど」

 しかもマジックハンドだぞ。容姿とマッチし過ぎてキモオタ感が半端ない……。

 俺が割とガチ目の拒否オーラを出していると、委員長は愉快そうに笑った。

「安心したまえ。これは副会長からだ」

 こないだホームセンターで買ってたやつか……。

 委員長の斜め後ろに視線をやる。三歩後ろを歩くが如く、控えめな位置に立っていた風紀委員副会長こと磐田いわた未夏みか先輩が、じっとこちらを見ているのに気付く。

 銀縁の眼鏡の下の綺麗な瞳に、ついうっかり見とれてしまった。

 どうも、というつもりで会釈すると、こちらこそ、という感じの会釈が返ってくる。

「……」

「……」

「何やってンだお前ら?」

 呑気な様子の須藤が、バリバリと板チョコをかじっている。

 

『では、善き《祝祭ゲーム》を――』

 ピエトロ氏のお決まりの口上とともに俺たちは夜の草原を駆け出した。

 アララト山の頂上には大きく開けた広場があった。

 広場の中央に巨大な結晶樹が聳えており、そこに巨大なポウンが寄生するかのように一体化している。色は青い。初めて見るパターンだ。ポウンの腹には人間大の四つの穴が開いており、そこからぞろぞろと黒いポウンが発生してくる。なんかの虫の巣みたいで俺的にはちょっと気持ち悪かったが、周りの連中はあまり気にしていないようだ。委員長を横目で見ると、うん、と頷いて解説をしてくれる。

「三日目の隠しボス、通称《ザ・マザー》だ。昨日の《魔人グレンデル》の母親という設定らしい。この辺りは北欧の叙事詩『ベーオウルフ』からの引用のようだな」

「エデンの地名は旧約聖書からの引用だと思いますが、統一感がないですね」

 ツッコミを入れたのは磐田先輩である。透き通るような綺麗なお声である。耳が幸せだ……。

「文化のごった煮は本邦のお家芸だろう。大体、それを言うなら有名どころのゲームだって大概ひどいものだぞ」

「それはそうかもしれませんが」

「そうやってすぐ重箱の隅をつつくのはやめたまえ。オタクの悪い癖だ」

「私はオタクではありません」

 にべもない態度で磐田先輩が言う。

 あれ? と俺は不思議に思ったので聞いてみた。

「え、でも先輩、昨夜深夜アニメ観てたんですよね」

 先輩の動きがぴたりと止まる。

「……何の話ですか」

「委員長が言ってましたよ。『リアタイはロマン』とかなんとか」

 俺の言葉とほとんど同時に、先輩が委員長の襟首をつかまえた。

 そのまま遠くに引きずっていく。なんとなく既視感のある光景である。なんだっけ? 思い出せないな。俺は頭に霞がかったようにぼんやりした記憶を手繰るのを諦め、かすかに聞こえる二人の声に耳を澄ませた。

(貴方何を吹き込んだんですか……!)

(僕の知るありのままの事実を伝えたまでだが)

他人ひとのセンシティブ情報を勝手にバラすひとがどこにいますかっ)

(立派な趣味じゃないか。何を隠す必要がある? 胸を張りたまえ)

(こっ……これだからオープンオタは始末が悪い……!!)

 やがて二人が戻ってくる。磐田先輩がまっすぐに俺の目を見て言った。

「誤解です」

「誤解」

「受験生なので勉強をしていただけです。私は深夜アニメなんて一話たりとも観たことがありません」

 背丈の関係もあって、必然的に上目遣いになる磐田先輩である。

 なんかプルプル震えている気がする。正直めちゃくちゃかわいかった。

 まあそう抗弁されたところで大体のことは察しているわけだが、そこは紳士な俺なので、にっこり笑って伝えておく。

「そうですよね。副会長はアニメなんて観ませんよね」

「ええ、勿論」

 磐田先輩が大きく頷いた後、俺に背を向ける。その視線は、いつの間にか、もう間もなく矛を交えられるほどに迫り来ていたポウンの編隊を睨みつけている。


 先輩の美しい唇から、静かな開戦の布告が為される。

「――では、《戦争デート》を始めましょうか」

 あの、いろいろ台無しです。


 大挙して押し寄せるポウンと、待ち構えていたアップルテイカーがぶつかり合う。混交するふたつの濁流が渦を巻くように無数の人影が入り乱れ、あちらこちらで鬨の声が上がり始める。

 委員長がラジカセを再生し、BPMテンポの速いアニソンが流れ始める。

「風紀委員会が率先して風紀を乱してないですか」

「アニソンで乱れる程度の風紀ならこちらから願い下げだ」

 なんという言い草だ……。

 左肩にでかいラジカセを抱えたまま、委員長は最終日の説明をしてくれる。

「最終日のボーナスイベントではアララト山頂を四つに区切るのが慣例だ。僕たちは現在南西のステージにいる。概ね5階層から10階層クラスの敵が発生するが、まあ、危険はないと言っていいだろう」

「俺たちでも大丈夫ですか?」

「しばらく様子を見て、入れそうなら入ってくるといい。難しそうなら北西のステージが初心者向けになっている」

「須藤、どうする?」

「ここでいいだろ」

 と須藤が言ったので、そうすることにする。

 さて始まったのはお祭り騒ぎである。そこら中から怒号や歓声や共振ハウルの耳鳴りがし、東西南北どこを見ても誰かが戦っている。左斜め前方では風紀委員会の皆様がラジカセのBGMでブチ上がっていた。大音量で流されるアニソンの、声優か何かのキュートな歌声がPPPHの局面に入り、やけに完璧なコール・アンド・レスポンスと共に、大量のポウンたちが薙ぎ倒されていく。

「音楽付きでってのも新鮮だな」

「アニソンフィットネスってたまに聞くけど、こんな感じなのかもな」

 周囲が混んでて暴れられないせいか、須藤はちょっと大人しめに戦っている。敵に硬いやつがいないのでかなり楽そうだ。リーチが短いやつは手数で圧倒して、リーチが長い相手には爆発で懐に飛び込んで連続攻撃。隙がない。

 俺は俺で双剣使いのポウンとギリギリの勝負を繰り広げている。こちらの攻撃を左手のマン・ゴーシュで防ぎ、右手のレイピアで突いてくる。肩をかすめてきた一撃に、ちくりと刺すような吐き気を食らった。

 どちらも硬度が俺の短剣グラディウスと同じ程度らしく、ぶつかり合うと共にお互いの武器から砕けた破片が零結晶となって飛び散っていく。これはジリ貧だな、なにしろこっちは武器が一本だ。

 どうしたもんかと思っていたら、突然、相手のレイピアが根元から折れた。

 ん? 何が起こった???

 戸惑う俺とポウンの丁度真ん中に、突如人影が出現する。何もない空間から、さあっ――と零結晶の砂がなだれ落ちる。その下から現れたのは磐田先輩だった。右手に握られた美しい装飾の施されたダガーが、ポウンのレイピアの根元に触れている。

「ちょっとサービスです」

 それだけ言い残すと、先輩の足元にこぼれていた零結晶がビデオの逆回しのように全身にまとわりつき、そのまま景色に溶け込んで消えた。ほどなく少し遠い位置、俺と同様に苦戦していた須藤の相手が前触れもなくぶっ倒れるのが見える。

 ……推測するに、光学迷彩ってやつ?

 まあ、細かいことは後から教えてもらうとしよう。俺は改めて双剣もとい片手剣使いとなったポウンに向き直る。シュッと一撃、打ち下ろすと見せかけて引き戻し、逆側から切り付ける。反撃が来ないとわかっていればこういうフェイントも入れやすい。

 動きを止めたところを二度切り付けて種を吐かせた。

 須藤の方を見ると、あちらも上手いこと片を付けたところだった。姿を現した磐田先輩に、うす、と頭を下げていたのがちょっとウケた。


 一時間ほど戦った後、ひと休みということで、俺たち一同は戦場から遠く離れた後方に下がった。

 何でも出てくる委員長のリュックからでかいレジャーシートを取り出して須藤と俺で広げていき、その間に風紀委員の皆様方が各々持ち寄った弁当とかお菓子とか水筒なんかを用意してくれる。

 4つに区切られたアララト山頂の広場のうち、南東のエリアでは、15~20階層クラスの敵が現れるそうだ。ちょっとだけ興味はあったが近付くのも怖いので困っていたところ、委員長が例の硬結晶タブレットを双眼鏡に硬化ディレクションしてくれたので、ありがたく借りて眺めている。

「……うーん」

 何というか、よくわからない、というのが本音だ。

 ポウンにしろアップルテイカーにしろ、硬度がどうとかではなくて、もう身のこなしから違う。武道の試合かなんかを見ているみたいで、要するに目が追い付かなかった。レベルが違い過ぎて凄さがわからないってやつだ。

 だがそれでも、ひとつ気付いたことがある。

「なんていうか、あの辺の人たち、武器がお洒落じゃないですか?」

 例えば今双眼鏡越しに俺が見ている中年のおっさんだが、刃先がぎらぎらと妖しく輝くサーベルを手にしている。硬度は3かそこらに思えるが、恐らく硬度4越えのポウンの武器とぶつかり合っても砕かれずに互角に戦っている。

「うん。順を追って説明しようか」

 と、何でも知ってる委員長が教えてくれる。

「実は硬結晶には硬度以外にもパラメータがある。例を挙げると、応力に対する塑性変形の起こりにくさを示す剛性、壊れにくさを示す靭性、剪断応力に対抗する剪断耐力……要は物理の授業で教わるやつだな。思惟で好きにできるとはいえ、硬結晶だって別に物理法則を越えるものではないから」

「須藤、付いてきてるか?」

「テメェ自分がわかんねーからって他人ひとに振ってごまかすンじゃねーよ」

 須藤がサンドイッチをむしゃむしゃやりながら俺に白い目を向けてくる。俺は目を逸らして麦茶を飲んだ。よく冷えていて美味い。

「まあ、細かい話は置いておいて、大事なのは思惟による介入ディレクションが、使い手のによって高度化するということだ。例えばその双眼鏡、単純にそれらしい形を真似ただけでは、機能しないことはわかるだろう」

「確かに。このレンズとか、よくできてますよね」

 俺は双眼鏡のレンズを眺める。本物のレンズみたいにつやつやしている。

「双眼鏡が双眼鏡として機能するためには、覗いた時の視界の確保や倒立像の反転、ピント調節といった様々なファクターが必要となる。が、工学的な数値をすべて考慮した上で作り込むことはまあ不可能だろう。できるとしたらよっぽどの技術者か変態だろうな」

「じゃあ、どうやって?」

「そこで想像力の話になる。自分の頭の中にある、双眼鏡のイメージを具体化するわけだ」

「はあ」

「『細かいことはともかくとして、ああいうふうに機能するアレ』として想像し、その通りに実体化ディレクションする。使ったことがあるなら記憶をたどればいいし、原理を押さえているなら思惟に組み込めばいいだろう。まあ、最初は鋏あたりが楽だろうな」

「……こういうことか」

 須藤が早速、抱えていた零結晶を鋏に硬化ディレクションしている。支点で留めた刃物2本という感じで、なんだかふにゃふにゃしていて、ペラペラの紙一枚だって切れそうもない。

 俺も試してみた。想像力、想像力……。裁縫の授業でよく使った鋏……。

 しばし目を閉じ、ぱっと開くと、右手に真っ黒い鋏がある。

「お」

 試しに使ってみると、しゃきんしゃきんといい音がする。これならちゃんと切れそうだ。

「どうだ須藤、こうやるんだぞ」

「テメェ後で覚えてろよ」

「とまあ、そういう風に想像力が働くことによって、諸々のパラメータが無意識のうちに調整されるわけだ。一般論として、優れた武器を実体化ディレクションさせられる者は、巧みな想像力で上手いこと武器を作り上げている。苑麻君の言った『お洒落』というのは、その副産物ということだな」

 なるほどわかりやすかった。物理の話以外は。

 ……あのさ、ほら、あれだよ、俺ド文系だから……。

「せっかくなので、実践で試してみることにしませんか」

 磐田先輩が立ち上がる。口元がチョコレートで汚れている。自分でも気付いたのか、ぐいっと拳でぬぐう姿が、実に凛々しくて素敵だった。

「そうだな。存分にやってきたまえ」

 委員長の言葉に、俺と須藤は頷いた。

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