3-3.討伐イベント2日目

「ああ……今日も楓さんは素敵だったな……」

「忠告しとくがお前、今かなり気持ち悪いぞ」

 エデンの夜空に討伐イベント2日目の篝火が爆ぜた。

 須藤は早速、昼間に買った安全靴を履いている。いきなり実戦もあれだということで、あの後すぐにエデン入りして調子を確かめていたそうだ。お陰で俺は楓さんと二人きりでランチを楽しめたわけである。これはもうデートなのでは? 楓さん、ひょっとして俺のこと好きなのでは?

 まあ、会話の内容、ほとんど須藤の話だったけどな……。

 須藤の話してるときの楓さん、超かわいかったな……。

 ……。

「なあなあ、トモちゃんと楓さんって」

 腹を蹴られた。爆発付きで。

「ぐえ……」

「この、結構威力が出せそうだな。実戦でも使えっかな」

「……いい線行くんじゃねえかな……」

 吐き気はどうにか堪えた。

 

『アップルテイカーの諸君、昨日に引き続き、参集頂き感謝する』

 イベント開始の5分前、いつものピエトロ氏の口上が始まる。

『昨日の戦いにより、我々はカインの軍勢に多大なダメージを与えた。敵損耗率は3割、残存兵力は7割と推測される。カインの軍勢は勢力の立て直しを図り、今夜の第二戦に備えているものと見られる……』

「1日で3割ってことは、3日目で綺麗に全滅かな」

「だろうな。俺らも取りっぱぐれねーようにしねーとな」

 須藤とそんな会話を交わす。

『また本日、偵察部隊により、敵の本陣に巨大な影の存在を確認したとの報告があった。各自注意されたし。――時間です。では、善き《奮闘ゲーム》を』

 声と共にアップルテイカーたちが走り出す。2日目ともなれば遅れることもない。団子に巻き込まれないように俺たちは走る。

「遅ェ」

 須藤が俺の腕をつかんだ。

「飛ぶぞ」

「え?」

 須藤の安全靴の底が、激しく爆発する。

 ぱん、という軽い音とともに、俺たちは空を飛んでいた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 ぱん、ぱん、ぱん! リズミカルに響くのは、須藤の跳躍の音だ。一歩につき3メートル、一秒間に10メートル。抜かされたアップルテイカーたちがみるみる後方に過ぎ去っていく。俺は海外のカートゥーンアニメよろしく須藤にしがみついて、振り落とされないように必死だった。

「ちょ、ま、吐く吐く腕やばい!」

「歯ァ食いしばって堪えてろ! 『吐い』たらそのまま捨ててくぞ!!」

 そして俺たちはあっという間に結晶樹の森までたどり着いた。須藤に投げ出された俺は闇夜の草原にぶっ倒れた。き、気持ち悪……。

「おら立て、へばってんじゃねーぞ、早よ支度しろ」

 須藤は結晶樹をガンガン蹴って爆発で減った硬結晶を補填している。俺はふらふらと立ち上がり、枝と《林檎》を回収する。

「準備できたな? じゃあ」

「いやいやいや、もういいから、な」

 須藤がまた腕をつかもうとしてきたので距離を取った。

「ほら、アプリで確認しないとどこ行ったらいいかわかんねえだろ? 急ぐことねえよ、俺ら一番乗りみたいだしさ、だから、な」

 我ながら必死である。その甲斐あって須藤は待ってくれた。だが代わりに超イライラした様子で俺の様子を確かめてくる。怖ぇー……と思いながらアプリを起動し、掲示板で情報を確認する。曰く、

『敵本体がアララト山道南口5合目に布陣。先遣隊が2合目に到達……』

「南口だな? よし」

「いやほら結構先行してるしそんな急がなくても」

 つかまれるのが早かった。

(まあ、そうなるよなー……)

 俺は目を閉じ、心を無にして、須藤に引き摺られていくことを心に決める。

 

 須藤に投げ出されて山道で頬を擦った。痛ぇ……。いや痛くないけど、全部吐き気だから……。

「さっさと立て! 敵来てるぞ!」

「おま、なんか今日人遣い荒くねえか……!?」

 ふらふらと立ち上がった先には昨日と大体同じような、ポウンとガシャンの群れがいて、綺麗に編隊を組んで山道を下っている。きっとアプリにあった先遣隊だろう。

「昨日のようには行かねーからな。テメェら、覚悟は出来てんだろーなァ!」

 須藤が両手の爪を擦り合わせる。ジャッという音が立つ。どうも相当テンションが上がってるらしい。

「行くぞオラァ!」

 須藤が加速し、敵の群れの中に突っ込んでいく。雑魚のポウンはもはや相手にもならず、秒で数体のペースで巨大な爪に切り裂かれ、次々種を吐かされていく。すげえなあいつ、無双ゲーじゃん、と思いながらしばらくぼーっと見ていたが、何体か難を逃れたポウンが後ろから狙いをつけていたので慌てて走り出した。

「妙な知恵、つけてんじゃ、ねーよ……っと!」

 後ろから三体、それぞれ一撃で切り倒す。

 俺もなかなか思い切りが良くなったと思う。

 今朝がた須藤の言ってた通り、ビビらないのがコツのようだ。踏み込みが浅いとうまく一撃で吐かせられないことがある。

「須藤、後ろからも来るぞ! 気ぃつけろよ!」

「……面倒くせーな、そいつは!」

 見る見るうちにポウンは数を減らした。次はガシャン。こいつらもなかなか数が多く、ざっと二十体ってところだ。

「試してみるか……!」

 須藤が数体のガシャンに両手の爪をぶつける。硬度で負ける両手の爪はいつものように砕け散ったが、ガシャンの動きはしばらく止まる。黒い砂に戻り切る前に回転スピンした須藤が両の拳に再度の硬化ディレクション、爪の形に回収し、回った勢いのままに端の一体に飛びかかる。

「死ねェ!!」

 須藤の蹴りがガシャンの顔面を叩く。同時にその靴底が爆発する。ぱん! という音が遅れて響き、蹴られたガシャンが大きくのけぞる。その顔を包んでいた硬度2.0の面頬が粉になって吹き飛ぶのを、俺は確かに見た。

「効いてるぞ!」

「っしゃ!」

 着地する須藤のもとに、接近していたガシャンの槍が殺到する。俺は斜め一閃で数本の柄を切り飛ばした。慣性に乗って須藤に襲い掛かる槍の穂先は、しかし、その顔に届く前に黒い砂になって散逸する。目を見開いたままに受け止めた須藤は、半袖の裾で顔を拭い、最高にご機嫌な表情かおで笑った。

「いい仕事すんなぁ、苑麻ァ!」

「だろぉ!?」

 須藤が再びバッタのように跳ね、起き上がろうとしていた先程のガシャンに追撃。顔を踏み抜かれると共に爆発を食らい、それで限界を超えたのだろう、全身を覆う鎧がまとめてバッと砂に還る。「二発で『吐く』のか、上等だ!」飛び上がっていた須藤がそのままの勢いで次の獲物に襲い掛かる。頭を蹴り、撃ち倒し、着地と同時の回し蹴りでもう一体。再びの爆発の勢いで回転し次の相手の腹を蹴る。胴に大きく穴が開き、隣の奴にぶつかって、ドミノ倒しの要領で数体が態勢を崩す。

 チャーンス!

 俺は火事場泥棒のノリで倒れた奴に短剣グラディウスを突き入れ、続けて三体種を吐かせる。態勢を立て直したガシャンの群れが槍を構えたときには、既に須藤の靴底がその横っ面を張り倒すところだった。また一体。続けて一体。グルングルンと回り続け飛び続けて次々と敵を無力化していく須藤の姿は、まるで曲芸師のようだった。

 やがて最後の一体が、両断されて種を吐いた。

 最後のとどめは俺である。ちょっとかっこよくない?

 

 アララト山道南口5合目近辺には、傾斜のない開けた平地が広がっている。

 事前情報の通りそこには敵陣が構築されていて、俺たちが到着したころには、既に戦いが始まっていた。

「俺ら一番乗りじゃなかったのか。なんでもう戦ってんだろ」

「先遣隊を迂回したか、最初からこの辺に潜んどくかしたんだろうさ。慣れてる奴らは攻め方が上手いからな」

 戦場に近付くにしたがって、少しずつ共振ハウルの重奏音が強まっていく。

 突然、ビリビリする感覚が生まれた。

 その正体は、今まで感じたこともない、硬度の高い硬結晶に反応する強烈な共振ハウルだ。

 須藤と顔を見合わせて発生源を探った。上。見上げた先、エデンの月を背景に、赤いシルエットを持った巨大なポウンが――俺が初日に吐かされたのよりさらに二回りほどでかい奴が、背中の蝙蝠の翼を羽ばたかせながら、戦場のど真ん中に落ちてくる。ズシンという地響きの音と共に、着地に巻き込まれた不幸なポウンと数人のアップルテイカーが、種を『吐く』のが見えた。

「グレンデルが出たぞ!」

 誰かの叫び声が上がる。恐らく平均的な硬度が4を越えるであろう熟練のアップルテイカーたちが、グレンデルと呼ばれた赤いポウンを囲んで攻撃を始める。大剣や斧やハンマー、武器の形状はさまざまだが、大振りの武器が目立つ。攻撃は両足に集中し、がりがりと削っているように見える。HPゲージがあったら目に見えて減っていそうな勢いだ。

 グレンデルが一瞬、がくりと片膝をついた。

 次の瞬間、右手の三叉槍トライデントが、『しゅん』と世界を撫で切った。

 ただそれだけで、辺りを取り囲むアップルテイカーの8割が無力化された。十数人分の思惟による硬化ディレクションが一斉に打ち砕かれ、無数の武器がまとめて黒い砂と化し、槍の巻き起こした暴風に散らされていく。

「……おいおい」

 思わず上ずった声が漏れた。

 硬化ディレクションが解けたということは、種を『吐いて』いる、つまり次の攻撃を生身で受けるということだ。最悪、《林檎》を呑むのが間に合ったとして、硬化のための零結晶はさっきの風で散らされている。どっちにしろジリ貧だ。

 無理ゲーじゃねえかどうすんだよおい、と思っていたが、歴戦の勇士たちは格が違った。すぐさま予備の《林檎》を呑んで、周囲のポウンやガシャンに襲い掛かっていく。生身の部分に素手で殴りつける、武器を奪う、さまざまなやり方で零結晶を確保する。つまり現地調達だ。

「《螺旋槍》のチャージタイム何秒だっけ!?」

「平均45秒だ! 予備動作見逃すなよ!」

「雑魚はと割り切ってかかれ! 削りボーナスの方が稼げるからな!」

「っしゃ、俺らも行くぞ苑麻ァ!!」

「え、マジで!?」

 須藤がダダっと突っ込んでいく。

 で、そのタイミングで、グレンデルがまた片膝をついた。

 またさっきの技、歴戦の勇士言うところの《螺旋槍》が繰り出される。なぎ倒されるアップルテイカーたちに混じって須藤の爪もあっさり粉砕され、その身体が吹っ飛ばされた。

「す、須藤――――――!!」

 慌てて駆け寄った。爪は根本だけを残してまだ両手に張り付いている。須藤本人はド根性で吐き気に耐えていたようだったが、やがて耐えきれずに『吐』いた。

「く、クソが……!!」

 須藤が予備の《林檎》を口に放り込む。落とした零結晶を再度硬化ディレクションして、再び突っ込もうとする。

 俺は羽交い絞めで止めた。

「アホかテメェ!! なんで止めんだビビってんじゃねーぞ!!」

「アホはてめーの方だ!! こんなんビビるに決まってんだろ!! ちゃんと作戦練れ!!」

「そうだな。冷静な判断だ」

 第三者の声。

 後ろから、それもやけに低い位置からだった。振り返るその先にいた人を見て、俺はまた叫んでしまう。

「ふ、風紀委員長!?」

風紀委員ジャッジメントと呼び給え」

 果たしてそこにいたのは、特徴的な矮躯にして肥満体型。泰然とした姿で眼鏡のずれを直す伊集院いじゅういんおさむ――言わずと知れた大月高校風紀委員会、委員長である。

「どうやら討伐イベントは初めてのようだな。いい機会だ、集団戦のやり方を見せてやる」

 パチンと風紀委員長が指を弾いた。

 同時に、ざざっ――と影が動いた。その姿はどれもこれも見覚えがある。「え? ……マジで?」と俺の口から変な声が出る。

 見事な隊列を並べた風紀委員会一同の後ろに立ち、風紀委員長は朗々と叫ぶ。

「大月高校風紀委員会、推して参る」

 黒縁の眼鏡のグラスが、エデンの月光を反射して輝く。

「――仕置きの時間ジャッジメント・タイムだ」

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