3-2.装備を整えよう

 翌朝の目覚めは11時過ぎだった。

「……生きてる……よかった……俺……生きてる……」

 結局あの後、ヤケクソになって須藤に続いた。三分の一くらいは須藤が倒せる相手だからまあ良かった。問題は硬度2.0越えのガシャンの群れだ。須藤一人ではほぼどうにもならないので、俺がどうにか叩っ切るしかなかった。

 おまえらに想像できるか? 槍構えた鎧の兵士が山ほどいて、尖がった穂先が一斉にこっちを向いてくるんだ。しかも一体一体が殺意を持って攻撃してくるんだぞ。蓄積したダメージよりも精神的なプレッシャーで吐きそうだった。

 死に物狂いで何体ものガシャンを『吐かせ』続けて、何とか退路を確保できた。

 良かった、生きて帰れる……、

 そう思って逃げようとする俺の襟を須藤がつかんだ。

 意味がわからなくてパニックを起こす俺に、須藤はイカれた目つきで宣言してきた。

『――?』

 思い出すだけで身震いする。

 どうにかベッドを這い出して、机の上の通帳を確認する。これも慣れてしまったことなのだが、エデンで戦った翌朝には例の通帳が決まった位置に置かれていて、毎度きっちり記帳されている。

 7万入っていた。俺は思わずつぶやいてしまう。

「……命懸けて7万って、安くね……?」


 そういう気持ちになったにも関わらず、俺は今日も須藤と作戦会議に励むのである。我ながら大概ドMの気があると思う。

 場所はもはや定番になった駅前のトドールで、議題はもちろん討伐イベントの攻略である。俺はひんやりとした店の空気を堪能し、須藤は相変わらずクソまずそうにアイスコーヒーを飲む。

「昨日ちょっと考えてみたンだが」

「おう」

「俺が鎧を倒せないのは、どう考えてもキツい」

「それはあるな。火力欲しいよな」

 このアホ無謀な特攻についての反省はないのか? と思ったが、逆ギレされそうなので何も言わなかった。まあ実際、須藤がガシャンを簡単に倒せるようなら、昨日の状況だって危機にはなり得なかったわけである。代わりに俺は何もしなくて良くなる。素晴らしい。

 夢の不労所得について思考を飛ばしていると、須藤が俺をディスり始めた。

「あとテメェビビり過ぎなんだよ。もっとガンガン前出ろよ。切られよーが刺されよーが『吐か』なきゃ無敵なんだぞ、ビビり損だろ」

「俺は普通の高校生なの! 変な覚悟求めんな!」

 というか須藤は覚悟が決まり過ぎだと思う。頭どうかしてるだろこいつ……。なんか違うものキメてんじゃないだろうな……。

 埒もないことを考えていると、なんだかしきりに須藤が足元を気にしているのに気付く。イライラした感じで踵を床に叩きつけている。どうしたのかと聞いてみると、「ちょっと靴底がな」と答えてくれる。

「すぐベコベコになるんだよ。小石が入ってきてウザいんだ」

 俺も靴底を見せてもらった。普通のスニーカーだったが、ソールや踵やあちこちに穴が開いていて酷いものだった。どういう使い方したらそんなになるんだ……と思った後で、まさに昨日、使い方をさんざん見たことに思い至る。

「爆発か……」

「もっと使って行きたいんだが、靴が保たねーンだよな。強い爆発で加速できたら、鎧相手でももっとやれると思うんだが……」

 ふむ、と俺はしばし考える。改善案はすぐに浮かんだ。

「安全靴買うか」

 

 一応説明しよう。安全靴とは工事現場なんかでよく使われる丈夫な靴である。

 踏み抜きと呼ばれる事故がある。例えば釘や尖った金属なんかが転がってる現場を歩くとき、普通の靴だとソールを貫いて足を怪我する恐れがある。そういう事故を防ぐために、靴底に薄く鉄板を敷いた靴というものが売られているのである。

「へえ、いいじゃねーか。そんなモンがあるとは知らなかった」

 説明をすると我らが須藤先生は興味津々で、さっそく買いに行こうという話になった。

 というわけで現在俺たちは駅からバスで10分、狗吠通り沿いのワークキャットにいる。ワークキャットは関東圏ローカルのホームセンターで、マスコットキャラのワッキャン(ヘルメットをかぶった謎の猫)がSNSでバズっているので有名である。労災待ったなしの状況に対して中指を立て『否!』と叫ぶロックな絵面を、きっと誰でも見たことがあると思う。

 さてこのワークキャット、とにかく敷地が広い。端から端で運動会ができそうなくらいだし、ほとんどの通路が家族連れでもすれ違えるくらいの幅がある。扱う商品にしても、庭用の箒にちり取り、園芸用品、トイレ用のブラシにスッポンに各種洗剤、寝具にタンスに筋トレ用具、自転車、電動ドライバー、ぐるぐる巻きになった長いホースなど多種多様だ。

「なんとなくさ、ホームセンター好きなんだよな、俺」

「その気持ちはわかるな。なんかワクワクするよな」

 なんとなく口にしただけのことにまさかの同意を得られた。にわかに俺のテンションが心の坂道を駆け上がっていく。

 これは今こそハイタッチのとき! 俺は「同志!」と叫んで須藤の前で右手を掲げる。

「何してんだ?」

「いや……」

 須藤は俺に対してアホを見る目を向けてくるのであった。

 ハイタッチチャレンジ2回目も失敗である。いつぞやの敗北感が再び俺を襲った。俺は右手をあらぬ方向に向けて、「あっちの方にあるんじゃないかなー」と言った。

「お、本当だな。安全靴って書いてある」

 須藤は目的地に向かって歩いていく。

 ……。

 ごまかせたので、ヨシ!


 さて安全靴売り場である。何足かいい感じのものが並んでいる。須藤はひとつふたつ手に取って熟考しているようだった。手持無沙汰の俺はフロアを歩く買い物客を眺めていた。

「あれ?」

 変な声を出してしまった。そのままスーッと流れるような動きで、須藤の後ろに隠れる。

「だからお前何してんだ?」

「いや……微妙な知り合いが……」

 須藤の陰からの姿を伺う。視界の先におわすのは、我が大月高校の風紀委員長と副会長、すなわち伊集院いじゅういんおさむ先輩と磐田いわた未夏みか先輩である。

 二人は並んで歩いている。なんということだと思う。俺的に女性と二人きりでホームセンターで買い物をするというのは『彼女ができたらしてみたいことトップ10』の二位に食い込む一大イベントである。ちなみに三位は『都会に向かう駅のホームで、涙をにじませながら電車に乗ろうとする彼女を「行くな」と抱きしめる』。後ろから行くのがモアベターだ。一位? 言わせんなよ恥ずかしい。

 風紀委員長は左手に黄色い買い物かごを提げ、磐田先輩はそこにいろいろと放り込んでいる。ポリバケツに、クソでかいスコップに、なんかの花の種に、大量のお菓子……やけにチョコ系が多いな……。

 やがてめぼしいものを物色し終わったのだろう、二人はレジに消えていった。

 俺はクイクイと須藤のTシャツの裾を引く。

「なあなあ、あの二人、付き合ってんのかな」

「知るかよ……そもそもあいつら誰だよ……」

 須藤がうんざりしたように言う。


 30分足らずで買い物を終えてワークキャットを出る。昼を過ぎたばかりの陽射しが白い。スマートフォンを確認すると、意外な人から連絡が来ていた。

「なあ須藤、この後暇?」

「何かあんのか?」

「いや、楓さんから連絡が来てて」

 俺はスマートフォンを操作し、メーテルリンクスS N Sの画面を須藤に見せる。ダイレクトメッセージの吹き出しに、楓さんのメッセージが届いている。『今狗吠駅前にいるんだけど、ちょっとお話したいな』とのこと。

「お前楓と仲良かったのか?」

「いや……? 普通じゃないか?」

 お近付きになれるんならまあ嬉しいが。しかしそうなれたとして、もれなく狂犬が付いてくるからな……。それはどうなんだろうな……。

 俺はクイクイと狂犬すどうのTシャツの裾を引く。

「なあなあ、トモちゃんと楓さんって」

「付き合ってねーよ! 頭ン中乙女か! あとトモちゃんはやめろ!」

 狂犬がわめいた。トモちゃん呼びへの反応が律儀でちょっとウケた。

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