第1546話 夕方はここまで


<『始まりの森林深部・灰の群集エリア2』から『ハイルング高原』に移動しました>


 ラジアータさんが岩を一気に加速させ、エリアの切り替えになり……それと同時に急減速していく。


「全員、ちゃんと着地してくれ! 解除、いくぞ!」

「ほいよっと!」


 そのラジアータさんの宣言と同時に岩が消滅し、急減速でも消し切れない衝撃がありつつ、地面へ向かって放り出されていく。でもまぁ、この程度の勢いならなんとか殺せるだろ。


「っと! あー、少し脚が地面に刺さったか」

「っ! とう!」


 あ、ハーレさんはグルグルと転がりながら勢いを殺して……うん、その後に綺麗に起き上がったな。ラジアータさんも同様に、転がって勢いを殺している様子。


「わっとっと!? ふー、なんとか着地!」

「……リコリス、大丈夫?」

「なんとかねー。彼岸花は……ちゃっかりと氷で自分を浮かしてる!?」

「……速度の状態は分かってたからね」


 サラッと言うけど、あの急加速と急停止の後に、即座に自分だけを包み込んで、完全な停止状態にするのは流石の練度だな。まぁ俺もやって出来ない事はないだろうけど……それをやると、俺の場合は――


「UFOはこっちか!?」

「あれ? どこにもない?」

「ちっ! 転移して逃げられてたか!」

「でも、黒の異形種は出てきてなかったぞ?」

「俺らの攻撃じゃ、何発も当てないと完全スルーなのに……」

「……そもそも、動き方が変じゃなかったか? アイテムを拾い集めてる様子はなかったような……」

「そういえば、確かに……?」

「落下物、全然落ちてないよ?」

「え、マジで!?」

「あ、本当だ!? え、なんで!?」


 UFOを追いかけて、ハイルング高原まで移動してきた面々が困惑の声を上げている。下手に水で衝撃を殺した様子が見えたら、俺らがUFOだと勘違いされた事がバレかねないからなー。


「さてと、混乱してる間に歩いて離れるか」

「何事もなかったように、立ち去るのが一番だろうな」

「そうするのさー!」

「あ、でも『何事だ?』って反応くらいはしておくべきかもねー?」

「……それもそうだね。ちょっと目線を送りつつ、離れていこ?」

「だなー」


 という事で、少し困惑している面々の様子を伺いつつ、何食わぬ顔で離れていく。……よし、不思議そうな様子で周囲を見回してるけど、俺らへ視線が向いても何かを言ってくる気配はないな。


「……大丈夫そう?」

「流石にさっきのが俺らだとは、予想もしてなさそうだしな。多分、このまま凌げるとは思うけど……」

「あっ! 森林深部に戻っていくのさー!」

「ふふーん! 誤魔化し、大成功! ……少し焦ったー!」

「まぁそれなりに観察力を持った新規もいるって事だし、悪い事でもないな。……確かに焦りはしたが」

「だよなー」


 まさか、UFOと間違われる形で気取られるとは思ってもいなかったからね。ラジアータさんも言ってるけど、良い意味でかなりの誤算だな。

 俺らはUFOじゃないんだから、察知手段は目視だけだったはずなんだけど……あの偽装を見分けられるだけの観察力を持った人が、あの場にいたって事実は大きい。俺、あの手の偽装はまともに見つけられない――


「はい! これから、どうしますか!?」

「あー、思ったよりも早くに戦闘の様子が見れたからなー。出来れば『Ⅰ型』への対処の仕方も見たいけど――」

「……一斉に襲いかかるのは、変な形で確認は出来たよ?」

「ですよねー。多分、あのまま転移するまで攻撃しまくって、落下物を回収していくのは予想出来るか……」

「ほぼ間違いなく、そうだろねー!」

「それであそこに墜落した場合は、争奪戦になるんだろうよ」

「だよなー」


 多分『Ⅰ型』なら、墜落してくる段階なら、最後の転移してきてる段階だから……早い者勝ちなのも容易に想像は出来る。それで勝ち取った人が、あのレンズを持ったフクロウの人ってとこか。

 うーん、全部の場所が同じような動きをしてるとは限らないけど、待ち構えるのなら似たような動きになる可能性は高いよな。ああいう動きを確認するのが目的だったけど……かなり早い段階で目的を達成してしまったもんだね。


「……本当に、これからどうしたもんだ?」


 UFOの出現のタイミング次第ではあったし、最悪、何も見られない可能性もあったのに……こうも移動してすぐに目的が終わるとは思ってなかったしなー。


「ありゃ? 予定通り、雪山の中立地点まで行かないの?」

「まぁそれでもいいんだけど……確認したい内容は、ほぼ確認し終えたからなー。多分、雪山でも似たようなもんだろ」

「ふふーん! 同じかどうかは、実際に行った人に聞いてみよー! 紅焔さん、聞こえる?」


 あ、そうか。紅焔さん達は、その辺の事情は知ってる可能性は高いな。俺らのさっきの会話が聞いていたなら、違いが分かるかもしれないね。まぁ聞いてない可能性もあるから、その時は説明から――


「おー、聞こえるてるぞ。ぶっちゃけ言おう! 雪山は最初の頃こそ激しく争奪戦になってたが、今は似たようなもんだ!」

「ケイさん達の反応を聞く限りでは、そういう事になるね。ただまぁ、あそこはもう少し活動範囲が広めなのと戦力が強めなのが違う点だと思うよ」

「あー、なるほど。紅焔さん、ソラさん、情報サンキュー!」


 どうやら、俺らの会話を聞いていたようで、すぐに違いを教えてくれたね。イベントが始まった当初は争奪戦も激しかったけど、多少の時間が経ってからは無用な争いを避けるように落ち着いたんだな。


「はいはーい! 活動範囲が広めってのは?」

「隣接しているエリアはカバーされていると思っていただければ、大体分かるかと思います。なので、ハイルング高原も雪山の中立地点に集まっている人達の標的範囲ですよ」

「そっかー。ライルさん、それって意外と縄張りが決まっちゃってる感じ?」

「えぇ、そんな状態になっていますね。私達が探索している場所は、どこの縄張りにもなっていない状態の場所になります」

「そうなんだ!? でも、対人戦が嫌なソラさんがいるなら、どこかの縄張りの中で動いた方が安全じゃないですか!?」


 あー、確かにそれはハーレさんの言う通りだな。対人戦になるとしても、最後のUFOそのものの争奪戦だけなら……落下物の確保だけに絞ってしまえば、そうリスクも出てこないはず。


「僕はそれでもいいって言ったんだけど……」

「わっはっは! そんな安全策、俺らには物足りないやり方だからな! あちこち出向けば、チャンスは普通にあるんだ! 引きこもっててどうするってんだよ!」

「紅焔に同意! ソラは変に遠慮しようとし過ぎなんだって!」

「実際、それで改造も手に入れた訳だしな」

「対人戦のリスクも、駆け引きや交渉でそれなりに下げる事は出来ますしね」

「おぉ! それは確かにそうなのさー!」


 まぁ対人戦は、実際に俺らも色々と回避してきてるしなー。シュウさん達と曼珠沙華の戦闘だけは回避出来なかったけど、あれはそもそもイベントとは関係ない部分に理由があるから、例外として考えれば済む話だし……。


「うーん、ハイルング高原が雪山の中立地点からの探索の縄張りなら……この辺をうろうろしてるだけでも、UFOが降りてくれば観測出来る?」

「出来ると思うが……ケイさん達相手に、どういう反応してくるかが、ちょっと気になるとこだな!」

「ん? 紅焔さん、それってどういう意味?」

「割と単純な話だぜ? 雪山には、普通に成熟体の人達も待機に入ってるからな! あそこくらいじゃねぇか? 黎明の地で、成熟体の人が常駐してんのって」

「あー、そういう……」


 成熟体は……種族によって差は出てくるとはいえ、基本的には移動速度は速いからなー。あえて黎明の地で留まろうとする人は、それなりに限られてはくるか。となれば……。


「逆に、新エリアの状況を……って、そこは普通に争奪戦か」

「そうだと思います!」


 桜花さんが群雄の密林で、ずっと様子は見てたんだしなー。協力して落下物を増やそうなんて発案が出てれば、その提案は桜花さんまで届いていただろうし……新エリアでは、それぞれがオーバーキルになるくらいの火力があるからこそ、そういう協力関係は結べないよね。


「うーん、もういっそ、この辺をうろうろしておいて、UFOがハイルング高原に出てきた時、雪山の中立地点の人達が出向いてきた状況で少し探りでも入れてみるか。……そういう機会があるかも分からんけどさ」

「もしかすると、私達の知らない何かを知ってるかもしれないのです!」

「……その機会が、ない可能性もあるよ?」

「それはそれで、仕方ないんじゃない? どういう動きが出てくるか、気にはなるけどさー」

「ケイさん、俺もその方針で別にいいんだが……襲い掛かってきた場合はどうする? 俺らの排除を最優先でやる可能性は……確実にあるぞ」

「あー、その時は大人しく撤退で。別に戦いにきてる訳でもないしさ」


 なんなら、中途半端な空き時間になってしまったから、暇潰しにやってるって側面も強いしなー。早めにログアウトしようと思っても、俺らのPTを解散にさせない為にアルが戻ってくるまでは残っていないといけないし……。


「えー、戦闘は無しなのー?」

「……リコリス、暴れるのは目的じゃないよ?」

「うー、それはそうだけど……あっ! でも、中立地点からなら、シュウさんと弥生さんが出向いてくる可能性はあるよね! その場合は戦闘してもいい!?」

「あー、うん。その場合だけは許可しとくわ。俺とハーレさんは逃げるから!」

「私達は逃げるんだ!?」

「ん? ハーレさんは置いていった方がいいか?」

「正直、置いていかれた方が生存率は高い気がします!」

「あー、確かにそれは一理あるかも……」


 シュウさんと弥生さんに狙われているのは俺なんだから、冗談抜きでハーレさんは俺といない方が安全な気はするね。まぁここで流石にそんな襲われ方はしないとは思うけど……しないよな? うーん、断言し切る自信はない!?


「まぁ出たとこ勝負だな! ともかく、他のメンバーが戻ってきてログアウト出来る状況になるまでは、この辺でうろうろしとくか」

「はーい! UFO、降りてきますか!?」

「……それは、今は分からない?」

「あ、今、雪山の反対側の方に転移で出現したような反応ありだね。んー、降りてくる頻度の統計ってないのかなー?」

「割と近くではあるが、ここで影響は出なさそうだな」


 降りてくる頻度の統計、まとめがちゃんと機能している状況なら、みんなで情報を出し合って整理してくれてる情報なんだろうけど……現状ではそれは厳しいですよねー。

 でもまぁとりあえず、しばらくはこの辺でうろうろしておくしかないな。そういう動きをしてる人達もチラホラと見受けられるから、よっぽど目立つ事をしなければ、極端な動きも出てこないだろ。あとは……なるようになれだな!



 ◇ ◇ ◇



 あと15分ほどで19時になるという時間になってきた。特にこれといった大きな動きもなく、適当に雑談をしつつ、ハイルング高原を放浪中。


「おっ、アルがログインしてきたな」

「戻ったぞ、ケイ、ハーレさん。何か大きな動きはあったか?」

「いや、特にこれといってイベントに進捗はないなー」

「あったのは、UFOと間違えられて攻撃された事くらいなのさー!」

「何をどうすればそういう事態に陥るのかは気になるが……まぁクエストは進んでないんだな?」

「そうなるなー」


 みんながいない時だから、変に進行してほしくなかったし、それ自体はいい。まぁ正直、暇を持て余していた状態ではあったけども……。


「それなら別にいいか。19時には少し早めだが、ケイとハーレさんは飯を食ってこい。このくらいの時間なら、すぐに潰せるだろ」

「はーい!」

「ほいよっと! あー、曼珠沙華は……」

「……十六夜さんか、桜花さんか、風音さんが戻ったら、食べに行くよ?」

「私達の事は気にせず、先に行っちゃって!」

「夜からも動くんだから、休める内に休んでおけ」

「ですよねー。それじゃ……ハーレさん、群雄の密林まで戻った状態でログアウトにするぞ」

「はーい! 合流しやすいようにしておくのさー!」


 まだ15分はあるんだから、今のうちに合流しやすくしとかないとな。という事で、手早く戻りますか!



 ◇ ◇ ◇



 曼珠沙華と別れ、ハーレさんと2人で群雄の密林まで移動してからログアウト。ぶっちゃけ、一緒に曼珠沙華も移動すればよかった気もするけど……まぁ別にいいか。


 そして、今はいつものいったんのいるログイン場面である。19時のお知らせ変更にはまだほんの少し早いけど、何か胴体部分の記載に変化はあるかな?

 えーと、今は『緊急クエスト【謎の飛行物の落とし物】はどんどん進行中! レアアイテムだけではなく、進行に有利なアイテムの出現も!?』か。ふむふむ、微妙に記載が変わってるな。

 進行に有利なアイテム……まぁどう考えてもクオーツに改造してもらうやつの事だよね。俺の持ってる翻訳も、機動機能の妨害もまだ使えてないけど……この辺を有効活用するのは、夜からだな。ふむ……ダメ元で、これをちょっと聞いてみるか。


「いったん、今のクエストの進捗って、運営の方で意図的に止めてる?」

「クエストの進行状況については、お答え出来かねます〜!」

「まぁそりゃそうだよなー」


 とはいえ、止めてないとも言われなかったから……運営が意図的に早く進行し過ぎないように調整してる可能性は残るか。うーん、どの程度の停止かにもよるけど……下手すると、今日中はもう進展がないって事も考えられる? あー、無いとは言えない可能性……。

 まぁそれは実際にやってみるまで分からないし、今考えても仕方ない……って、あっ!? そういや、今は自室じゃなくて客間からログインしてたんだった!? 晩飯の前に、自分の部屋にVR機器を戻しておきたい!


「スクショの承諾は、今は時間はある〜?」

「悪い! ちょっとやる事があるから、それは後で! すぐにログアウトを頼む!」

「はいはい〜! 晩御飯はしっかり食べてね〜!」

「ほいよっと!」


 という事で、手早くログアウト! 急げばまだ19時になる前に、色々と片付ける時間は残ってる! 急げ、急げ、急げー!



 ◇ ◇ ◇



 意識が現実に戻れば……見慣れぬ天井が目に入る。そりゃ自室じゃなくて、客間の和室なんだから見慣れんわ!


「おぉ!? 兄貴、思ったより早かったのさー!?」

「……今、何しようとしてた?」

「自分の分の有線を引き抜こうとしてたとこ!」

「いやいや、今持ってるのは俺の方に繋がってるぞ!?」

「はっ!? 本当なのさー!?」


 これはわざとか? いや、普段は抜き差ししない部分だから、素で間違えたという可能性も……まぁいいや。


「とりあえず、ここを手早く片付けて、VR機器を自分の部屋に戻してくるぞ!」

「もちろん、そのつもりなのさー!」


 大急ぎで片付けて、晩飯も急いで食って……そういや、食洗機が新しく設置になったんだよな? これ、晩飯の食器洗いから遂に解放……って、今は考え事をしてる場合か!

 さっさと片付けだ、片付け! アルに言われて、少し早めに切り上げておいて正解だったよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る