第1517話 観戦はここまで


 今日の午前中の最終戦である準々決勝が、これから始まる。対戦の組み合わせは直樹のいる部と、晴香とヨッシさんの元同級生の金沢くんとやらのいる部。


「あぅ……どっちを応援したらいいのか、少し悩むのです……」

「ほう? ヨッシさんがそう言うならまだ分かるけど、晴香がそう言うのは不思議だな。普通、自分の学校を応援するんじゃ?」

「兄貴にそれを言われるのは、なんか違うと思うのさー!?」

「いや、俺の場合は事情が事情からなー」


 個人的に嫌いだという印象さえなければ、普通に自分の学校を応援……あー、知ってる相手がいなけりゃ、同じ学校でも応援はしないか。ただ、高校が同じってだけで他人なのは変わらない――


「……え? ハーレ、もしかして……金沢くんの事――」

「っ!? ヨッシ、そういうのじゃないよ!?」

「ハーレ、顔が真っ赤かな?」

「あぅ……。本当に、そうじゃないもん! ただ、去年の落ち込んでる時に、気にかけてくれてたのを思い出したら……ちょっと申し訳なくなっただけだもん!」


 へぇ? モジモジと顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに言い訳をしてる晴香とか初めて見た。なるほど、なるほど。ヨッシさんを庇ってた事といい……良い奴なんだな、この金沢くんってのは。

 晴香が抱えていた問題を乗り越えたのはモンエボを始めてからの話だし、こういう形で一方的にとはいえ、再会したのなら色々と気になる事もあるか。それが、何か新しい感情に変わる事だってあるかもしれない。


「晴香、思った事は無理に隠さなくていいからな。金沢くんを応援したいって思うなら、そうしてもいいぞ。ここにいる誰も、それでからかったりはしないから」

「……兄貴」

「そうだよ、ハーレ! 金沢くんは知らない仲でもないんだし、我慢する必要はないからね」

「そうだよ! 私達にも気兼ねする必要はないかな!」

「ヨッシ、サヤ……うん、そうするのです! 金沢くん、頑張って!」

「……あー、ただ大声はやめような? 父さんや母さんに聞こえるぞ?」

「あぅ!?」


 思った以上に大声を出した事も意外だけど、さっきまで以上に更に顔を真っ赤にしてる晴香の様子も新鮮ですなー。……からかうつもりはないんだけど、大声には本当に注意。

 母さんに聞かれてたら、後で何か聞かれそうな予感。いや、今のは十中八九、もう既に聞かれてるかな? うーん、母親ネットワークに乗る情報がまた1つ、出来たような気がする。


 おっと、そうしている間に対戦の準備は終わったか。えーと、直樹のチームに知ってる名前は……特にないな。名前的に男2人と女1人っぽいね。


「晴香、ヨッシさん。直樹のチームで知ってる名前はあるか?」

「どっちも知らない人なのさー!」

「私も知らないけど……まぁ元同級生、人数が多いから単に知らない可能性もありそうかも?」

「はっ! 確かにそれはありそうなのさー!」

「……いや、なんで俺を見ながら言う?」

「ずっと同じ学校でも、存在に気付かない人もいるのです! 兄貴にとっての、相沢さんみたいに!」

「それは言うな!?」


 くっ!? 事実なんだけど、否定しようがないんだけど、それを言われたらどうしようもなくなるから! ほんと、同級生の数は多いんだからな!? 出身が同じ中学ってだけで、名前を知らない奴なんかいくらでもいるから!


「あはは、まぁ覚えてないなら、それはそれでいいんじゃないかな?」

「そうそう! 変な覚えられ方をして、敵意を向けられるより遥かにマシ!」


 冗談抜きで、相沢さんの事はそのまま認識せずにいたままの方が良かった気がするわ! そうだったら、変に付き合ってるなんて噂も立たずに、ややこしい事態にならずに済んだはず……。


「そういや、晴香? この前、うちの高校に来た時に話してた人達とは仲良かったのか?」

「ううん、ただ中学3年の時のクラスメイトだっただけ。バッタリ遭遇するとは思ってなかったのさー!」

「え、そんな事があったの? ハーレ、あんまり顔は合わせたくなかったんじゃ?」

「色々と情けないとこを見せてたから避けたかったけど、そういう訳にもいかなかったのです……」


 あー、どうもあの時の遭遇は、晴香的にはあんまり嬉しいものではなかったっぽいね。まぁ元同級生だからって、会いたい奴ばかりじゃないのは、俺も実体験として知ってるからなー。そういう気持ち、分からんでもない。


「あっ! そろそろ始まるかな!」

「おっし、今は観戦に集中だな! さて、直樹以外の実力はどんなもんだ?」

「ファイトなのさー! 格上だろうが、討ち倒してしまうのです!」

「どういう形になるんだろうね?」


 流石に直樹達を相手に勝つのは難しい気がするけど……まぁ勝負は時の運とも言うし、絶対に負けると決まった訳でもないか。さて、どれだけ金沢くんのいる部が、直樹達を相手にどこまで奮闘するかも見ていきますかね。



 ◇ ◇ ◇



 奮闘に少し期待したけど、結果としては大差の付いたストレート負け。……うん、実力差がありすぎて、運でひっくり返せる範囲じゃなかったな。


「……山田さんのチーム、かなり強かったかな」

「あれ、全然本気は出てなかったぞ。直樹もだけど……他の2人も直樹と同等か、それ以上っぽかったしな」

「……一方的な展開過ぎたのです」

「……あはは、弾は全部防がれるし、逃げてもすぐに仕留められてたもんね」


 対象エリアは、広い工場エリアだったけども……まぁ根本的に動きが違い過ぎてたからなー。どんな障害物があろうとも、道なき道を気軽に乗り越えていく直樹達と……順当な道に沿って移動していく金沢くん達では差が出過ぎてた。あの動きこそが、パルクールが出来るようにって特訓した成果なのかも?

 2ラウンド目とか、大半の状況でエレメントを直樹達に先に奪われるか、潰されて……そもそも武器なしって状況すらあったしなー。


 いやはや、全力こそ出してなくても、それでも出し惜しんで舐めてかかる真似なんて事はしてなかったっぽい。まぁ露骨過ぎる手加減は、かえって真面目にやってる相手に対して失礼だろうしね。


「ケイから見て、どれだけ強かったのかな?」

「あー、あれは俺も勝てる気はしないかも……。直樹め、うちの高校に来てた時もかなり手抜きをしてたな!」

「えぇ!? あの時の動きでも、まだ手抜きだったの!?」

「ほぼ確実になー。今の実力の底、全く分からん!」


 というか、あれだけ動けるならもっと無茶振りしても、平然とやってしまいそう? ……モンエボに来てまで特訓する必要、どこかにある? もう既に相当、超人離れした動きは出来てた気がするんだけど……。


「ねぇ、ケイさん? 山田さんのチームの中なら、誰が1番強そうだったの?」

「あー、タイプが違ってたから微妙に判断しにくいな? 直樹は接近戦に強くて、もう1人の男は攻めるよりは補助が上手いって印象。女の人が……遠距離専門って様子だったけど、あの水準だと全員がどの距離でも戦えるだろうし、さっきの2ラウンドだけじゃ判断し切れん! 手に入る武器の種類でも変わってくるしさ」

「あ、そうなんだ。中々、奥が深いんだね」

「まぁ基本的に対人戦だからなー。突き詰めれば、相手はどこまでも強くなるし、それに合わせるなら自分達も強くならなきゃいけないし……」


 eスポーツに限らず、人を相手にする事に終わりなんてないのかもね。あー、だからこそ、更なる高みを目指して、モンエボで特訓なんて話にもなるのか。あの直樹ですら、全国では初戦敗退なんて事もあるみたいだし……。


「ハーレ、観戦してみてどう? 部活でやってみる気になった?」

「正直、レベルが高過ぎて気後れしかしないのです!」

「別に直樹は、即戦力としては勧誘してないと思うけどなー」

「あのレベルで即戦力を求められても、困るのさー!?」


 まぁそれでも……多少の特訓をして、遠距離戦に特化させればそれなりに晴香も渡り合えそうな気はするけど。この手の対戦だと、いかに相手を早く見つけるかが重要でもあるから……晴香はそこに強力なアドバンテージがあるんだよな。


「それで、晴香? 部活はどうすんだ?」

「今度、見物に行ってくる! 正直、大会だけじゃ分かんない!」

「まぁそりゃそうか。ま、大会に出れてない人もいるだろうし、見に行くのが1番だよなー」

「そういう事なのさー! あ、今度は兄貴がこっちの高校に来ますか!?」

「……へ? え、なんでそうなる?」

「……正直、少し心細いのです」

「いやいや、気持ちは分からんでもないけど、流石に学校が違う俺は無理だろ! 直樹に言っといてやるから、そっちを頼れ!」

「あぅ……」


 本当なら4月……遅くとも5月くらいには、部活をするつもりの人は部活に入っているだろうから、時期外れの入部に躊躇いもあるんだとは思うけどさ。いくらなんでも、学校が違うのに手助けは厳しいから!

 うちの高校の部の連中との仲が変な状況でさえなければ、そこ経由でどうにか出来なくもないんだろうけど……あの連中の手は借りたくないわ!


「……なんだかんだで、ケイってハーレに甘いかな?」

「昔から、いざって時には頼りになるとは言ってたよ」

「あ、そうなのかな?」

「だからこそ、私の引っ越しの件で凹んでるのを知られたくなかったとも言ってた――」

「わー!? ヨッシもサヤも、そういう話は内緒なのさー!」


 思いっきり晴香が慌ててるけど……なんだかんだで、頼りにされてるのか。てか、あの時の凹み具合も俺には隠そうとしてたんかい! まったく、余計なとこで変に気を遣いやがって……そういうのを聞いたら、放り出しにくくなるだろうが!


「あー、大会がひと段落してからにはなるけど、直樹に頼んでモンエボの方で部員と交流の機会でも作ってもらうか? それなら、完全にアウェーじゃない状態で知り合えるだろ」

「っ!? それ、出来るの!?」

「直樹に話を通してみてからにはなるけど、まぁモンエボで特訓しようって話も出てるんなら、向こうとしても悪い話じゃないはずだしな。通る可能性は高いと思うぞ。ただ、そこより先は……自分で頑張れよ?」

「うん!」

「……やっぱり、ハーレに甘いかな?」

「……サヤ、もしかしてハーレに嫉妬してる?」

「っ!? ヨッシ!?」

「あはは、冗談、冗談!」


 おー、サヤまで顔を真っ赤にしてますなー。サヤが嫉妬ねぇ? まぁ寂しがり屋なとこもあるから、その辺が理由だったりもしそうだよな。

 それに、我ながら妹には確かに甘いかもしれないけど……あー、直樹からもまたシスコンとか言われそうな気がしてきた。そもそも、前に言われた時の否定も出来てないし……。


「ん? そういや、サヤって兄弟はいるのか? 何気に聞いた事がないような……?」

「あ、一回り離れた兄はいるかな! ただ、歳が離れ過ぎてて、あんまりケイやハーレみたいな感じじゃないけど……」

「あー、なるほど」


 兄妹ではあっても、一回りも違えば確かに距離感は違うよな。サヤはまだ誕生日が来てないから今は15歳で、そこから一回り上だと27歳か。うん、流石にそれだけ違うと俺や晴香みたいな距離感にはならないですよねー。そういう意味での嫉妬なのかも?


「ところで、ケイさん。相沢さん達……勝ち上がっちゃてるよ?」

「……へ? あ、マジだ!?」

「わー!? 2ラウンド取って、ストレート勝ちなのです!?」

「明日の準決勝には出場決定かな?」

「……みたいだなー」


 ちっ! この辺で負けとけばいいのに、なんで勝ち上がってんの!? あー、そもそもどこまでが次の全国に出れるんだっけ? 優勝のみだったら、直樹達が万が一にでも決勝で潰してくれるだろうけど……うげっ!? 2位まで全国の出場権があるのかよ!


「兄貴がもの凄く嫌そうな顔をしてるのさー!?」

「……あと1勝で、本戦……というか、全国だと思うとなー。てか、全体的な強さのバランスがおかしくね!? 強いとこと、弱いとこの差が激し過ぎるんだけど!」

「そこは仕方ないんじゃない? eスポーツの部活動って、割と新興なんだしさ」

「そもそも、別にeスポーツに限った話ではないかな? 参加の規定が高校生限定なだけなんだから、実力差は大きく出ると思うけど……」

「……ですよねー」


 うん、理屈としてはそうなるのは分かってる。なんだかんだで、うちの高校のeスポーツ部も入部試験を行うくらいには真剣なんだろうし、普段の練習も真面目にやってたんだろうさ。

 でも、俺に対する仕打ちを考えたら、それだけでそんなもんは俺的には帳消しなんだよ! くそっ、喜多川先生に誤魔化されずに廃部にしてやれば……待て、流石にそれは待て。もう済んだ事なんだし、もう俺から変に関わらずにスルーしてしまえばいいだけだ。心の平穏を保つには、それが最善策!


「おっし! それじゃ、今日の大会の観戦はここまでとして……晴香、これの準決勝や決勝は見たいか?」

「見たいけど、何か兄貴が荒れ狂いそうな予感がするので、後で1人でアーカイブで見ます! 準決勝からはそれでも見れるっぽいし!」

「……へ? あ、準決勝からは録画も入ってるのか」

「それなら、明日は普通に朝からモンエボをするのでいいかな?」

「もう3日連続で10時間以上のログインでの制限は回避出来そうだし、それでいいんじゃない?」


 ふむふむ、まぁログイン制限を回避するのも今のAR表示にしている理由でもあるもんなー。3連休で気を付けるべきところは、もう大丈夫か。


「おし! それじゃ明日は普通にモンエボをやっていくって事で、一旦解散だなー。今日の昼、14時に再度集合で!」

「「「おー!」」」


 もう少しで12時だし、とりあえず昼を食べてきますかね。その後、ログインしてイベントの続きをやっていきますか! 何か、大きな進展とかあったりするかな?

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