第1438話 向かう先は


 コイコクさん達……正確には、その集まりの中の灰の群集以外の所属の人が、灰の群集へと移籍する事が決まった。ギンも初心者向けの場所に行きたいそうなので、灰のサファリ同盟へ連れていくんだけど……。


「ハーレさん、この場合って灰のサファリ同盟のどこに行けばいいんだ? コイコクさんは新しい本拠地でいいとしても、初心者講座は……あっちじゃないよな?」

「はっ! 確かにそれはそうなのさー! ちょっとその辺、ラックに聞いてきます!」

「頼んだ!」

「了解なのさー!」


 ついでにギンとのリアルでの関係性についても……って、ここで言うのは無理か。まぁその辺をどうするかはハーレさんの判断に任せるとして……。


「おし! 確認が取れ次第、帰還の実で戻って……ちょい待った。ギン、『帰還の実』ってアイテムは持ってる?」

「いや、持ってねぇな。どういうアイテムだ、そりゃ? オフライン版での『再誕の道標』みたいなもんか?」

「まぁ死なずに使える、アレの場所固定版ってとこだな。草原エリアにデカい木があったろ? ああいう所に戻る為の専用アイテムで、あの木から貰えるんだけど……」

「……なるほどな。そういうものがあるなら、離れる前に言っとけよ、ケイ!」

「慌ててたから、今の今まで忘れてたんだよ!」

「あー、まぁそういう事もあるか」


 そうそう、忘れる事は誰にでもある! 今回の件は色々と慌ただしかったから、余計にだよなー。うん、これは仕方ない!


「えっと、そうなると……普通に進んで帰るしかなさそうかな? 流石にギンさんをここで放り出す訳にもいかないし……」

「……ですよねー」


 帰還の実がないのなら、手早く転移で帰るのは不可能だもんな。いや、アルに一時的にリスポーン位置を設定して……あー、そもそもまだ幼生体だから、その設定すら無理か。

 あの手のスキル、幼生体の上限Lvに達して取得になるもんなー。ここで強引にパワーレベリングして……いや、流石にLv帯どころか進化階位すら離れ過ぎてるから、まともに経験値が入らなくて厳しいか?


「あー、オンライン版のリスポーン仕様ってどうなってんだ?」

「今のギンだと、ランダムリスポーンのみだな。幼生体の上限Lvでリスポーン位置の設定用のスキルが取得出来るけど……」

「ここにいるんじゃ、そもそも無理って事か」

「そうなるなー。ランダムリスポーンも今いるエリアの範囲内でだから……」

「……なるほど、格上ばっかのエリアで死に続ける事になるんだな。適応進化は……オンライン版でもあるのか?」

「あるにはあるけど……え、やる気?」

「いやいや、流石に今はやらねぇよ。どう考えても時間はかかるだろ」

「……まぁ確かになー」


 俺のコケの水属性も適応進化……水属性はそうじゃないか。一旦、地上での生存圏を失ってから、それを戻す形に適応進化したんだった。適応進化で得たのは土属性の方だったね。まぁそれらはいいとして……。


「コイコクさん、悪い。ちょっと俺らの都合で転移が使えないんだけど……」

「それくらいは大丈夫だぜ! ……俺としても、その間に心の準備が出来るしな!」

「……なるほど。まぁそれなら助かる」


 少し緊張はほぐれたかと思ったけど、完全に平気って訳でもないんだな。別に灰のサファリ同盟が高圧的って訳じゃないんだし、そこまで緊張する理由もない気はするけど……まぁ下手にその辺には触れないでおこうか。


「そうと決まれば、出発なのさー! アルさん、お願いします!」

「ま、そうなるか。移動はいつも通り、任せとけ!」


 ふぅ、まぁいつも通りの移動ではあるけど……7人になるから、PT編成はどうしたもんかな? 可能な限り戦闘は避けるし、無理に連結PTにする必要まではない……って、ちょい待った。


「ハーレさん、ラックさんはなんて言ってた? 連絡済んだんだよな?」

「新しい本拠地の方は色々と作業中だから、新規さんには他の場所の方がいいって! 元本部の、森林深部の支部に行けばいいそうです!」

「あー、あそこか。それは了解」


 元俺らの溜まり場でもある、あの場所だな。まぁ本部が移転になっただけで、あそこは支部として継続利用になるんだね。


「それと初心者講座は今日の分は終わったそうだけど、個別対応って事になりました!」

「おい!? 流石に、そういう特別扱いまでは――」

「ギンさんとは別件で話す事があるから、そういう処置なのさー!」

「……別件だと? eスポーツ絡みなら、これ以上は特に何も情報はないぞ?」

「それとは更に別件なのです!」

「……冗談抜きで、どういう内容だ?」


 あー、これは多分だけど、ラックさんはリアルで同じ高校だというのを伝える事にしたんだろうね。まぁ事情を知らないギンからすれば、混乱するのも仕方ないか。


「ケイ、何か知ってんな?」

「内容の予想は出来るけど、まぁそれは直接聞いてくれ。別に悪い話って訳じゃないだろうしさ」

「……まぁそう言うなら、そうさせてもらうか」


 内容的に俺が勝手に言う訳にもいかないからねー。無関係な人が結構いる、今のこの場では尚更に!


「あっ、ケイさん! 草原エリアまで移動していくなら、その間で水の中を泳がせてもらってもいいか!? あの膨大な水量の中、泳いでみたいんだよ!」

「その程度なら別にいいけど――」

「おいこら、待てや、コイコク!」

「何、1人で抜け駆けしてやがる!?」

「異議を申し立てる!」

「そんなもん、知るか! 代表で俺が話に行くんだから、その道中で何をするか文句を言われる筋合いはねぇよ!」

「だったら、途中までは俺らも行こうじゃねぇか!」

「おし、そうしよう! 全員、コイを出せ、コイを!」

「おっし! すぐに切り替えて、コイの群れで進むぞ!」

「「「「「おう!」」」」」

「あ、俺らが行くのは草原エリアまでだからな!」

「ちょっと待てや、お前ら!? 途中までは一緒に来て、その後の話はぶん投げる気か!?」

「「「「「当然!」」」」」

「……まぁ大勢で行っても、普通に邪魔だろうしな? 邪魔するのは……良くないよな、コイコク?」

「うぐっ!? だー! 勝手にしろ!」


 なんというか……一気に元気になったな!? そういや、なんで全員がコイなんだろ?


「おし、コイコクの言質は取ったぞ! 移動準備、早くしろ!」

「おうよ!」

「さーて、切り替えてくるか!」

「おし、草原エリアまで行ったら、そのまま加入申請をしてくるか」

「あ、それもそうだな」

「俺は隣のエリアまで行って、脱退してくるか」

「がっはっは! ちゃんと目的あっての移動だから、とやかく言われる筋合いはなくなったな!」

「あそこの隣接、青の群集なんだよなー。さて、俺はどこで抜けてこようか?」

「どこでもいいから、他の枠で帰還の実で転移して脱退してくりゃ問題ないだろ。そこからコイに戻して草原で加入でいい!」

「あ、その手があったか! おし、そうしよう!」


 いざ動き出そうとなれば、なんだかノリノリだな!? 少し前までの躊躇はどこに行った!? このまま今日中に加入を済ませてしまいそうな勢いなんだけど……まぁ俺ら的にはそれで助かるけどさ。


「コイコクさん、全員が一緒に行くなら……少し待った方がいい?」

「そうしてくれると、助かるぜ……」

「なら、そうするとして……なんで、みんなコイ? 何か理由があったりする?」

「あぁ、それか! 俺ら、元々料理繋がりで集まってたのはあるんだけどな? スクショのコンテストの時に『スキル強化の種』が欲しいって事で、馴染みのある青の群集の人からコイの群れを作るのを提案されてな! 青の群集の部門で、優秀賞を貰ってるんだぜ!」

「あー、そういやそんなスクショもあったっけ」


 なるほど、スクショのコンテストがきっかけでコイの群れが誕生したんだな。……スクショの為に作ったら、そのまま気に入って定着した感じなのかもね。


「はっ!? あのスクショを撮った……確か名前は……『昇竜』さんもここのメンバーですか!?」

「いやいや、あの人はここのメンバーじゃねぇよ! まぁインクアイリー繋がりにはなるんだが……今は無所属で、あちこち転々としてるはずだぜ?」

「おぉ! そうなんだ!?」

「……当たり前のように、インクアイリーのメンバーなんだな」

「わっはっは! まぁ内部の俺らでも、全員を把握し切れないくらいの規模だしな! そもそもメンバーの一覧なんかねぇから、誰が明確なメンバーなのは分かりにくいしよ!」

「……まぁそうなるよなー」


 むしろ、メンバーの一覧もないのに、よくメンバーだと判定出来るもんだね? ライブラリって人、目的は別としても……統率能力に秀でているのは確実か。だからこそ、愉快犯的な動きが厄介な気もするけど!


「まぁそれはいいや。とりあえず、俺らは樹洞の外で待機しとくぞ」

「「「「おー!」」」」

「……なんか、始めて早々にとんでもない景色ばっか見てる気がするな」


 ギンは徐々に育てていく中での変化をすっ飛ばしてるんだから、そりゃそういう風に思うのは仕方ない。

 でもまぁ、夏の大型アップデートでは新規さんも大幅に増えるだろうし、その少し前に新規だと色々と分からない事が多いってのは実感出来たもんだね。……まぁ役に立つ経験かどうかは分からんけど。



 ◇ ◇ ◇



 滝の奥の洞窟に埋まったバナナの不動種……コインさんの樹洞から出て、全員がコイに切り替えてくるのを待機中。アルのクジラに乗って上空から見下ろしながら待ってるのはいいんだけど……。


「コイコクさん、全員がここを離れても大丈夫なのか?」

「大事なアイテムはコインの樹洞の中だし、ログアウト中は樹洞には入れんから大丈夫だぜ! その奥の炊事場には、基本的に物は置いたままにはしてないしな!」

「……なるほど」


 誰かに何かを持っていかれる心配をしてたけど、その辺はどうやら杞憂だったみたいだね。というか、地味に対策慣れしてません? ……実は誰かに荒らされた経験があったりする?


「ねぇ、コイコクさん? ここって乾物とかは作ってないの? 軽く見た感じでは見当たらないんだけど……」

「そりゃ外部委託だな! 調理としての干物は作る事もあるが、インクアイリーの中で材料としての乾物を作ってるとこがあってよ? そこからトレードって形になっててな」

「あ、そうなんだ? え、でもそっちの人達は今回の件では狙われないの?」

「……それは何とも言えないが、あそこは赤の群集の共同体が中心だからな。あー、その伝手から赤の群集に取り込まれるかもしれねぇ……」

「あ、そうなんだ……」


 うーん、冗談抜きでこれは群集間での、内部分裂になったインクアイリーの引き抜き合戦になる気がする。……他の群集の動きが気になるな?


「コイコクさん、その乾物をメインに作ってる集団に連絡取ってもらう事って出来るか? ちょっと他の群集がどう動いてるか、知りたいんだけど……」

「あー、引き抜き合戦とか言ってたし、そこは気になるよな。俺としても、今後のトレードがどうなるか気になるし、ちょっと連絡してみるわ」

「頼む!」


 可能なら、その集団も一緒に灰の群集へ引き入れたいとこだけど……もう既に他の群集が動き出してる可能性もあるからね。灰の群集からは特にトレードの制限はかけないだろうけど……他の群集がどうするかは分からないしなー。


「おっ、悪いな、急な連絡で! あー、ちょっとライブラリさんのあの件で……あー、そっちもか。っ!? 赤の群集のリバイバルから接触があったのか! あー、いや、悪い。俺らは俺らで、灰の群集に……そうか。これから、詳細を詰めるんだな? おう、こっちもだ。……あー、今後どうなるかは、そこでの話次第なんだな? おう、了解だ。……あんまり変わんなけりゃいいんだがな おう、おう。それじゃ、また色々と決まり次第連絡するわ」


 うーん、漏れ聞こえてくる内容だけでも、大雑把にだけど状況は分かった。リバイバルの名前が出てたし、ウィルさんやルアー達がもう既に動いてたっぽいな。……動いてない訳がないですよねー。


「ちょっと聞いてみたが、既に赤の群集のリバイバルが接触済みだとよ。あそこは俺らみたいに人見知りが多い訳じゃないし、赤の群集の騒動の後でもそのままの居残り組が多いから、良い機会って事で話を受けたらしいぜ」

「……あー、そういう人達か」


 あの騒動でも離れずに残ってた人達なら、今の赤の群集をまとめているリバイバルから話が来れば、すんなり受け入れる事もあるか。むしろ、今まで協力状態になかったのが不思議なくらいだけど……。


「ケイ、今まで機会がなかっただけなのかもしれないかな? 一度言いそびれたら、中々言い出しにくい事ってあるよ?」

「あー、それはありそうかもなー」

「まさしく、サヤさんの言う通りだな! 前々から機会が欲しいとは言ってたし……まぁそういう気持ちは分からんでもない! 目立ちたくないから、何かしらの機会待ちって結構あるしよ!」


 なんだか思いっきり実感の籠ったコイコクさんの言葉だけど……まぁ灰の群集でも他の人達から同様の料理の情報が出るまで、情報を出していなかったなんて事もあったもんな。

 うん、本当に機会を待ってたりもしたんだろうね。……ある意味、インクアイリーの設立に関わっていたのも、そういう機会を求めていたからこそなんだろうしさ。ただ、そのまとめ役の目的がおかしかっただけで……。


「コイコク! 全員、コイに切り替えたぜ!」

「おう! って事だ、ケイさん!」

「ほいよっと。それじゃ、草原エリアまで進んでいきますか!」


 ここへ来た時と同じか、それ以上の色鮮やかでカラフルなコイの群れが出来てるな。この群れを俺の水の中に入れて、草原エリアまで運ぶのか。

 絶対目立つけど……まぁ乗り気になってるんだし、当人達がいいなら別にいいや。俺らが目立つのは今更だしなー。

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