第1418話 対戦を終えて
eスポーツ部の部室から泣きそうな相沢さんの声が聞こえてきてるけど、それは完全無視で帰宅だ! 帰宅! さっさと下駄箱まで――
「おーい、圭吾?」
「ん? どうした、直樹?」
「いや、どうしたも何も、俺ら許可はもらってるとはいえ、部外者だからな? これ、返しに行くから一緒に来てくれや。流石にここの関係者がいないと、視線が痛くてよ?」
「あー、そりゃそうか」
首からぶら下げてる立ち入り許可みたいなあれ、そのまま放置で帰る訳にもいかないよな。本来なら相沢さんが対応すべきとこだけど……って、そういや顧問の先生はどうした!? 一度も見てないぞ!?
「……ちょっと聞くんだけど、うちのeスポーツ部の顧問の先生には会った?」
「会うには会ったのさー! でも、少し手が離せないって、すぐどっか行っちゃったのです! その後は相沢さんの案内で来たよー!」
「アルバイト仲間って話が既に伝わってたみたいでな? ……てか、あの先生、相沢さんの姉ってのはびっくりしたぜ。どっちも美人だが、あんま似ていなかったのがな……」
「あー、確かに似てはいないか。てか、先生も対応が緩いな!?」
似てたら姉妹だってのはすぐに気付きそうなもんだけど、姉妹だと知ってる今でもいまいち連想が出来ないんだよなー。母親似、父親似でそれぞれの雰囲気が違うとか?
うーん、他にもありそうな可能性は思いつくけど……正直、興味はないし、踏み込む気もないから別にいいや。
というか、あの場に先生がいてくれるだけで色々と違ってた気がする。……相沢さん、言ったら悪いけど部長は向いてないのでは? これまでの交流で、結構なポンコツ感があるんだけど?
「あ、直樹。今更だけど、わざわざ来たのに1戦で終わらせて悪いな」
「そりゃ問題ねぇよ。……むしろ、変な雰囲気に無理に巻き込んで悪かった。あんな風になってるとは思ってなくてな……」
「……まぁ、あんな風に敵意を持たれてたとは、俺も知らなかったしなー」
主に相沢さんが原因な気がするけど、俺が部活の勧誘を断ったのをどんな風に伝えてたんだよ! 何をどうすりゃ、あそこまで敵意を持たれなきゃならん!?
「兄貴、eスポーツ部の人と会った事なかったの?」
「相沢さん以外は、完全に初対面……なはず」
もしかすると去年辺りに同じクラスだった奴もいたかもしれないけど、覚えてないならそこまで交流があった相手じゃないよな?
「圭吾って、興味ない事はとことん覚えねぇからな。相沢さんが部活を立ち上げたとは聞いたが……あの部員の人数は、ちょいと少なくねぇか? 相沢さんに近付こうって奴が結構いそうだし……それこそ、入部の際にテストでもやってたとかあるんじゃねぇの?」
「……あ、そういう方向からか」
クラスでの誤解からくる俺への敵意の事も考えれば、相沢さん狙いを弾く入部テストがあってもおかしくない。……慎也、それで普通に落ちてそうだな?
「それって、『入部のチャンスを与えたのに、受けさえせずに無碍に断った』事に対する不満……? いくらなんでも、理不尽じゃね?」
「わっはっは、そりゃ確かにな! だけどよ? ここからだぜ、その後悔をすんのはよ? 圭吾、今更何を言われたって、絶対に入部する気はねぇだろ」
「そりゃ当然! 絶対にお断りだっての!」
俺が実力的に十分通用しそうなのは分かったけど、だからといって入部する理由はどこにもない。もし興味が出たとしても、部活を介さずに個人でだな。
高校生に限定しなきゃ、そういうアマチュアチームや大会だってあったはず。……まぁ興味が出るかどうかは、知らんけど。
「兄貴の敵認定、恐ろしいのです!?」
「昔から、圭吾はその手のは容赦ねぇからな。あ、そうそう。それで晴香ちゃん、大真面目にうちの部活はどうよ? 動き自体は流石にぎこちなさがあったけど、不慣れが原因なだけだろうし……ぶっちゃけ、あの観察力はかなりのもんだぜ?」
「あぅ!? わー!? 兄貴、ヘルプー!」
「……なんで俺の背中に隠れる?」
「まさか、勧誘されるとは思ってなかったから、混乱中なのさー!?」
「あー、なるほど。直樹、少し時間をやってくれね? 晴香、ちょっと色々あってな?」
「どうも、気が急いだっぽいな? ま、即答してほしい訳じゃないし、ちょっと考えて見てくれや! その結果で断られても、ああいう風に敵視はしねぇしよ?」
「……うん!」
「むしろ、それが普通だよなー」
「……まぁ確かにな」
必ずどこかの部活に入れって決まりがある訳でもないし、俺への敵視の方が異常事態ですよねー。うん、今回みたいに一方的に叩き潰す機会ならいいけど、練習相手すらもう二度とやらないぞ!
「それはそうと……圭吾、ちょっと相談だ」
「……モンエボをやろうってか?」
「おっ、察しがいいな! ま、レクチャーしてもらおうって気はないんだが……確か、所属分けがあるんだろ? 圭吾はどこにいる?」
あー、相談ってそういう内容か。直樹の場合、これはどっちだ? 味方として戦おうって狙いか、敵として戦おうって狙いか……どっちもあり得るな。
「おぉ!? 山田さんもモンエボ、始めるのー!?」
「まぁ噂の効果をあれだけ目の前で見たらな? ずっとやってる訳にもいかねぇが、それなりに効果は期待出来そうだしよ」
「……それで、味方と敵、どっちを希望?」
「そりゃ圭吾の立ち位置次第だな。圭吾の所属は、ゲーム内としては優勢か劣勢、どっちだ? 行くなら状況の悪い方にする気だぜ」
「そういう基準なの!?」
「やっぱりそんなとこかー」
素直に味方……だとは、まぁ思えないしなー。eスポーツでの特訓の一環として入ってくるなら、直樹なら優勢な勢力に入るよりは劣勢な勢力を選びますよねー!
とはいえ、優勢と劣勢ねぇ? 少し前なら灰の群集の一強だと言い切れたけど……。
「……今、どこも横並びか?」
「そうなのです! 前は私達の所属が一強だったけど、最近は追い付かれ気味なのさー!」
「ほう? そりゃ、完全に抜き去るってのも面白そうだな?」
「いやいや、プレイヤースキルだけでホイホイと新規勢には負かされれないから!」
「何言ってんだ? プレイヤースキルがキャラの操作技術だけじゃねぇのくらい、言わなくたって分かってるだろ」
「……まぁそりゃそうなんだけどさー」
それこそ、霧の森での競争イベントで相沢さんが仕掛けてたような事が育成が追いついてなくても、作戦でどうにかしようって方向性のプレイヤースキルだしな。
だからこそ、味方以外に行くのが確定な直樹に、俺の所属を教えて大丈夫か!? 直樹個人だけじゃなく、部員勢揃いで突入してきたりしません!? ……冗談抜きで、それがありそうだから怖い!
「ん? なんだ、圭吾? ひょっとして、俺の参戦にビビってんのか?」
「……ビビってるとはちょっと違うけど、厄介だなーとは思ってる。てか、わざわざ敵対勢力を選ぶって言ってきてるのに、警戒するなって方が無茶じゃねぇ!?」
「わっはっは! そりゃまぁそうだが……つまり、圭吾は俺を警戒をしなきゃいけないくらいの立ち位置にはいる訳か。作戦の組み方自体が前よりもぶっ飛んでるのは、その辺が理由っぽい気がするな?」
「うぐっ!?」
ヤバい、完全に読まれてる!? 中学卒業以来、あんまりお互いに交流がなかったとはいえ、それまではよく一緒に遊んでたからこそ分かる事か!?
ぶっちゃけ、直樹に俺の所属は教えたくはない! 俺からだって、直樹が前とは全然違う様子なのは分かるしな! 自分で指示しといてあれだけど、FPSゲームであれだけ近接で戦えるのは相当ヤバい……って、あれ?
もしかして、今日の直樹の目的って俺の動きの確認とモンエボの所属を探る事か!? 新興の部活にわざわざ探りを入れる必要があるほど弱いとも思えないし……よし、ここは話題を変えて誤魔化そう! 丁度、下駄箱に辿り着いたとこだしな!
「とりあえず、靴を取ってくるわ」
「おう」
「ふっふっふ! 兄貴の靴箱はどこだー!」
「漁るなよ?」
「はーい!」
とは言っても、今履いてる校内用のスリッパと室内での体育シューズと、登下校時の普通の靴が置いてあるだけだから、漁るようなものもないけどさ。別に蓋が付いてる訳でもないし。
何故スリッパなのか、入学してから1年以上経った今でも謎。まぁ別にいいけども……学年ごとに色が違うから、見分けやすいからか? あー、地味に走りにくかったりもするし、走らせないようにする為ってのもあるのかも?
まぁそれはどうでもいいとして……とりあえず自分の靴を確保。確保したものの、このまま下駄箱から出ていいのか?
「てか、直樹と晴香はどこから入ってきたんだ?」
「そりゃまぁ、事務室のある正面玄関からだな。俺と晴香ちゃんの靴はそっちにあるから、そっちまで案内を頼むわ」
「そりゃそうなるよなー」
うーん、でもそうなると俺はどうしよう? スリッパから登下校用の靴に履き替えて校内を歩く訳にもいかないし……かといって、往復するのも面倒だよなー。
よし、そこまで距離がある訳でもないし、スリッパなしで靴を持っていこう! 先生に見つかったら、まぁ事情を話せばなんとか分かってもらえるだろ!
それにまぁ、放課後で部活中の人以外の気配ってあまりないしねー。少なからず部活中の人から視線は感じるけど、他校の制服を着た2人がいればそりゃ目立つ。……また変な噂が立たないだろうな、これ?
「あれ!? 吉崎ちゃんじゃん! ここで何してんの!?」
「あ、本当だ!? え、なんで!?」
「立ち入り許可を下げてるって事は、なんか正式な用事!?」
ん? 体操服を着て走ってた3人組が呼びかけて……吉崎って、俺じゃなくて晴香の事っぽいな。あー、まぁそりゃあの中学からなら、この高校に入ってきてる同級生と遭遇する事もあるか。
でも、晴香は……色々と大丈夫なのか? ヨッシさん以外の、中学時代の対人関係って全然知らないんだけど……。あ、近くまでやってきた。
「あー! みんな、久しぶり!」
「おっ、元気な声が返ってきたね!」
「四ツ谷さんが引っ越すので盛大に落ち込んでたのは心配してたけど、元気そうじゃん!」
「あの落ち込みっぷりと、その後の空元気っぷりは見てられなかったもんね……」
「……あはは、あの時はご心配をおかけしました!」
ふむ、別に普通の談笑してるし、特に険悪な雰囲気とかもある訳じゃないね。てか、漏れ聞こえてくる内容的にも普通に心配されてただけっぽい。
「……なぁ、圭吾? 晴香ちゃんに色々あるって言ってたが、今の会話ってなんか関係あんの?」
「あるにはあるけど、流石に勝手に言っていい内容でもないから勘弁してくれ……」
「なるほど、そのレベルで何かあったって事だな? ま、そういう事なら無理に聞かねぇよ」
「……そうしてくれると助かる」
晴香とヨッシさん、それにサヤも含めた3人の話は気軽に誰にでもするような話じゃないしね。嫌だと言った事なら、そこですんなり切り上げてくれるのは直樹の良いとこだよなー。
「あ、私ら、もう戻らないと! またね、吉崎ちゃん!」
「立ち話してたのがバレたら、先輩にしごかれる!?」
「それはマズい!? また、別の機会にね!」
「うん! みんな、またねー!」
普通に手を振って別れを言ってるけど、苗字呼びってところが少し気になるな? いやまぁ、俺も直樹の事を直樹と呼んだのは最近の事だし、そういう事もあるか。別に仲が悪い訳じゃないなら、それ以上気にする必要もないだろ。
「お待たせしたのさー! それじゃ、正面玄関に向かうのです!」
「ほいよっと」
「おう! てか、圭吾? 兄妹だってのは気付かれなくてよかったな? 妹が来てたとか、見られてたら面倒じゃね?」
「そう思うなら連れてくるなよ!?」
「わっはっは! まぁ少しくらい良いじゃねぇか!」
まったく、自由な奴め! でもまぁ、これが部活をしている人以外は大体帰った後のタイミングで良かったのも確かだな。どこの部活も終わるタイミングじゃないだろうし、1番人が少ない頃合いだろ。
◇ ◇ ◇
そこからは適当に雑談しつつ、正面玄関まで移動して、事務員さんに直樹と晴香の立ち入り許可証を返して、靴を履いて外へ出る! あー、くっそ暑いなぁ。
でもまぁなんとかモンエボの勢力の話題も逸らせたし、このまま誤魔化して帰ってしまえば有耶無耶に――
「さて、帰ったらオンライン版のモンエボをインストールしてやってみるか」
「結局、やるんかい! ……所属は教えないからな?」
「ま、それでもいいぜ。なぁ、『ケイ』さん? 割と安直なネーミングだよな、圭吾?」
「……はい?」
え、ちょっと待った!? なんで直樹がモンエボ内での俺の名前を知ってる!? オフラインゲームではよく使う名前だけど、ゲーセンでは使ってないはず……。
「あ、晴香が間違えて呼んだやつか!?」
「はっ!? そういえば!?」
「妙なとこで詰めが甘いのは相変わらずだな! ま、中で会えたら会おうぜ! じゃ、またな!」
「ちょ、待っ……って、もういねぇ!?」
「……足、速いのです!?」
くっ、リアルでもパルクールが多少出来るようになってるって事は言ってたけど、学校周りの塀を飛び越えていくとか予想出来るか!
「……兄貴、ごめんなさい」
「いや、今回のは色々と仕方ないし、どうこう言わないって。それにしても、随分と厄介なのが敵になりそうだな……」
「あぅ……どこから初めても、移籍すればどうとでもなるのさー!?」
「……そうなんだよなー」
俺のプレイヤー名を知られた以上、それを防ぐ手立てはない。そもそも直樹が何のゲームをやるかを決める権利は俺にはないし……よし、考え方を変えよう。止められないなら、方向性を変えてしまえばいい。
「いっそ、直樹を灰の群集に引き入れるか」
「えっ!? 出来るの!?」
「……交渉次第だなー」
「兄貴、ファイトなのさー!」
何か俺と敵対する以上の、味方として動くメリットを提示出来れば可能性はあるはず! それが何かは、これから考えるしかないけど……。
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