第1407話 川を下って
アルより大きな徘徊種らしき赤い竜が目の前を飛んでいて、その背から落とされていく海の種族を、ハーレさんが思いっきりスクショで撮りまくっている。
「はっ!? 今、竜が写ったのさー!?」
「了解だ! ヨッシさん、やるぞ!」
「うん! って、あれ……?」
「……こっちを見たけど、襲ってこないかな?」
「へ? あ、何もせずに離れていった……?」
「えー!? なんでー!?」
すっかり戦う気になってたハーレさん達だけど……まさかの、完全スルー。徘徊種ってスクショを撮っただけでも襲ってきてたはずなのに……。
「あ、もしかして俺らの方が格上になってるからか?」
「……その可能性はありそうかな?」
普通の雑魚敵ですらLv差で動きが変わるんだから、徘徊種でも行動パターンが変わるのはあり得るよな。まぁ実際、こうしてやってみないと分からない事だったけど――
「ふっふっふ! これなら全力でスクショを撮っても大丈夫なのです!」
「……それ、大丈夫なの?」
「格下相手にしか襲い掛かれない小物なんだし、大丈夫――」
「くっ!?」
とか言ってる間に、思いっきり向きを変えて火を吹いてきたんだけど!? 落ちる、落ちる、落ちる!? アルが咄嗟に避けたけど、まったりし過ぎてたのと、急過ぎたのでアルにしがみつき損ねた!?
「『並列制御』『根の操作』『根の操作』!」
「アル、サンキュー!」
「アル、ありがとうかな!」
「どういたしまして……だが、ケイもサヤも少し気を抜き過ぎじゃねぇか? 普段なら、今のでも自力でどうにかしてただろ」
「……あはは」
「いやー、今ので緊急回避は想定してなくて……」
まぁ確かに気を抜き過ぎてたのは間違いないけど……行動パターンがこうも変わってるとは思ってなかったしなー。とりあえずアルが体勢を戻したし、クジラの背の上には戻ってこれたか。
それにしても……今のって、アルが躱さなければハーレさんは焼かれてなかったか? 完全に油断してたのもあるけど、攻撃としては……魔法砲撃にした『ファイアクリエイト』? いや、もっと直進性はあったから『ファイアインパクト』か。
それに白光も見えたから、『白の刻印』の『増幅』で威力の強化はされてたかもなー。うん、襲ってこない格下だと侮っていたのは危険……ん?
「今の、危なかったのさー!? ここから反撃開始……って、あれ!?」
「追撃してこないし、引き下がっていくね?」
ふむふむ、この感じだと必要以上に手を出し過ぎない限りは、本格的な戦闘にはならなさそうだね。俺は戦う気はないけど……ハーレさんはどういう判断をする?
「ハーレさん、どうする? 戦うなら追うが……」
「スクショは取れたし、それで十分なのさー! ……思ってたより、危ない気がするのです!」
「今の感じは、確かにそうだよね。アルさん、私達がいない時もあんな感じだったの?」
「あー、正直状況が違い過ぎてよく分からんな。俺自身は成熟体への進化は控えていたし……奪い合いって話はしただろう? そもそも、徘徊種へ襲いかかるプレイヤーの数が違い過ぎてな」
アルは成熟体に進化するのを俺らに合わせて待っててくれたんだから、詳しく知らないのは仕方ないか。それでも、まぁ断片的に知っている情報だけでも……今の状況とはまるで違うのは分かったけどさ。
「はっ!? そもそも、今の竜は『黒の暴走種』だったのです!?」
「……え? あ、誰も倒してない個体だね!?」
「言われてみれば、確かにそうなるな。……行動パターンが変わった新個体か?」
「そもそも、徘徊種の残滓や瘴気強化種って出現するのか?」
「それは間違いなく出るぞ。むしろ少し前まで、それらしか出なかったからな」
「あー、なるほど」
「ま、環境自体が色々と異なってるが、ただ単にLv差での変化の可能性は高いだろ。刻印系スキルを使うのだって、今回が初って訳でもないしな」
「それもそうだなー」
まったりしようとしてるのに、気になる事があれば確認しようとする気になるのも……こりゃ、性分か。まぁもう通り過ぎて、遠くまで離れていった竜を追いかけていっても仕方ないし、そのままスルーでいいな。
「さて、これで川に着水だ!」
「川に到着なのさー! 結構広い川なのです!」
あれこれと騒いでいるうちに、川まで辿り着いたか。いやはや、ハーレさんがはしゃいでいるけど、実際にすぐ近くから見るとかなり広い川だよなー。クジラが着水しても、全然余裕。10体くらい横に並んでも、十分泳いでいけるだろ。
「アル、深さは大丈夫か?」
「あぁ、ここは全く問題ないな。ただ、支流の方になるとどうなるかは分からんが……まぁそれはそこまで進んでから考えればいいだろ」
「ですよねー」
という事で、アルのクジラの上で改めて脱力。今日はよっぽどの事がない限り、もう戦闘はしないぞ! いくらなんでも徘徊種に遭遇しまくる事もないはずだし、それ以上の敵は出てくる訳もないしなー。……プレイヤーは除くけど。
「ふっふっふ! しばらくは、川下りなのさー! アルさん、冷凍みかんを食べますか!? 口の中に放り込みに行くよー!」
「おっ、それなら頼むぜ、ハーレさん」
「はーい! ヨッシ、冷凍みかんをもっと下さいなー!」
「はいはい、分かったから焦らないの。落ちても知らないよ?」
「ふっふっふ! 落ちるのも望むところなのさー! わっ!?」
「あ、だから言ったのに……」
さて、ハーレさんが思いっきり川に落ちた音がしたけど、まぁいいか。ここで危険な敵はいないだろうし、俺はのんびりと寛いでおこうっと。一旦、インベントリへ片付けていた冷凍みかんも取り出して……ん? サヤが横に座ってきたな?
「たまには、こうやってのんびりするのもいいかな?」
「テスト明けから、戦闘がぶっ続けだったしなー。今日くらいはいいだろ!」
「うん! なんだか今日は疲れたけど、スッキリしたかな! ケイ、ありがとね?」
「ん? なんでお礼?」
対戦した事なら別にお礼も何もない気がするけど……なんか他にお礼を言われるような事をしたっけな? むしろ、変に注目を集める結果になって、少しだけど悪い事をしたくらいな気持ちなんだけど……あ、冷凍みかん、美味いな! 凍らせただけなのに、なんか妙に美味いんだよな、これ。
「ふふっ! 分からないなら、それはそれで別にいいかな?」
「ちょ、えっ!? サヤ、それってどういう意味!?」
「内緒! ハーレ、私も混ぜて! ヨッシも!」
「え、サヤ!?」
「わわっ!? 上がってきたばっかなのさー!?」
ちょ!? サヤがハーレさんとヨッシさんを抱えて川に飛び込んだ!? なんだかイマイチよく分からない状況だけど……まぁサヤの声が弾んでいたし、悪い事ではなさそうだからいいか。でも、お礼なぁ?
「おーい、ケイ? あれだけ言っといて、自覚なしか?」
「……自覚なしって、何が?」
「……本当に自覚なしかよ」
んー? アルが木の方で呆れた風に言ってるけど……俺が『あれだけ言った』事? それでお礼を言われるような内容って……あぁ、あれか!
「周りの要求より、サヤを優先するのは……別にお礼を言われるような事でもないだろ?」
「……そう思っても、それをはっきりと本人に言えるかどうかは別問題なんだがな。まぁそれが分かってるなら、これ以上は余計な事は言わねぇよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ。そうそう、言えねぇっての」
うーん、そう言われてもいまいち実感がない! でもまぁ、それでサヤが感謝しているというなら……変に否定するよりも、素直に受け入れた方がいいのかもなー。
「サヤ、ハーレさん、ヨッシさん! あんまり流され過ぎるなよ!」
「うん、分かってるかな!」
「ふっふっふ! サヤ、ヨッシ! 支流の部分まで、競争なのさー!」
「え、待って!? リスやクマと違って、これでは泳げないよ!?」
「なら、ヨッシは飛ぶのでもいいかな! ハーレ、いいよね?」
「問題なしなのさー!」
「……それでいいんだ? まぁそれならいいけど……後で文句はなしだよ?」
「もちろんなのさー!」
「お遊びだし、そんな事は言わないかな!」
まったりタイムのはずが、なんか競争になってるんだけど!? あー、でもまぁ本人達が乗り気ならそれでもいいのか。気分的にリラックス出来ればいいんだし……もう女性陣の3人でやる気満々だから、下手に割り込むのもなしだな。
「アルさん、合図をお願いなのさー!」
「おうよ! 3カウントでいくぞ」
「はーい! 『自己強化』!」
「あ、強化はありなのかな? それなら私も! 『自己強化』!」
「……スキルの使用はここまでにしとこ? 『自己強化』!」
「了解です!」
「分かったかな!」
制限をしとかないと際限なく加速手段を使いそうだし、自己強化だけに留めておくのが無難なんだろうね。それにしても、気合い入ってるなー。
「……3……2……1……スタート!」
「お先かな!」
「あー!? 竜で泳ぐのが速いのさー!?」
「サヤの竜って空を飛ぶのも、泳ぐ挙動ではあるもんね。早くて当然かも? それじゃ私もお先!」
「あぅ!? 思った以上に引き離されてる!?」
そりゃまぁ、リスで泳ぐのと、竜でクマを引っ張って泳ぐのと、ハチが飛ぶのでは速度に差が出て当然だよなー。ハーレさん、この結果は初めから分かりきってた気がするぞ?
「ハーレさんに何か決め手があるのかと思ってたが……そうでもないみたいだな」
「これなら、クラゲで泳いだ方が早い気も……って、スキルの追加使用が禁止なら、それも厳しい?」
「元々、クラゲ自体が速い訳じゃないしな。せめて大型化くらい使えれば違っただろうが……ケイ、これは誰が勝つと思う?」
「んー、ハーレさんは勝つ要素が見当たらないから無理として……あ、何気にサヤはクマでも泳ぎ始めたな。これ、ヨッシさんもスキル無しで追いつくのは厳しくね?」
「……確かにそうかもしれん」
どうもサヤは川の流れにも乗ってる様子だし、どんどんヨッシさんとの距離が離れて……って、あれ?
「アル、ハーレさんはどこ行った?」
「ん? そこで泳いでたんじゃ……いないな? 獲物察知で位置は分かるか?」
「ちょっと確認してみる」
PTメンバーにはいるから、強制ログアウトになった訳ではないよな? マップにも表示はされてるけど……って、なんか猛スピードでサヤに迫っていってる!? あ、これってもしかして……。
<行動値を5消費して『獲物察知Lv5』を発動します> 行動値 122/127
えーと、灰色の矢印は……あ、やっぱり川の中へと続いてた。なるほど、だからこういう状況か!
「ケイ、どうだ? かなりの移動速度になってるみたいだが……」
「川の中に潜って、流れが速い場所にいるっぽい。多分、クラゲで流れを受けてるんだと思うけど……これ、大丈夫か?」
「……流れ過ぎなきゃいいんだがな」
「あー、先に回り込んで、待ち構えとく?」
「その方がいいかもしれん。最悪、ケイが回収を頼むぞ」
「ほいよっと!」
「それじゃ、少し飛ばすぞ。『略:空中浮遊』『略:自己強化』『略:高速遊泳』『アクアクリエイト』『水流の操作』!」
流石に成熟体なんだから、川の勢いに負けて出てこれないなんて事はないとは思うけど……川の真ん中や川底って、他よりも流れが速いからな! 意図的に流れを受けているなら尚更だし……脱出が出来ない可能性よりは、脱出タイミングを見誤って流れ過ぎる可能性はあるだろ。
「……あはは、やっぱりアルさんは速いね?」
「あっという間に抜かれたかな!?」
「がぼっ!?」
みんなの移動速度は抑えめとはいえ、流石にアルの全力での移動の方が速いっすなー! いやー、木の根にしがみついてなきゃ、あっという間に振り落とされそうだよ。
「おらよっと!」
「おー、相変わらず速い! もう支流が流れ込んでる場所まで到着か」
「ま、普段から移動慣れもしてるしな。さて、改めて誰が勝つと思う?」
「……これ、ハーレさんが自力で止まれなかった場合はどうなるんだ? 勢い的に、サヤに追いついてきてるけどさ?」
「流石にそうなったら負けじゃねぇか? ちゃんと自力で止まるのも、競争の一環だろ」
「がぼっ!?」
あ、ちゃんとした声にはなってないけど、焦った感じのする変な声は聞こえた。さては、元々俺らに止めてもらうつもりで、急流の中に飛び込んだな?
「……はぁ、仕方ないかな!」
「あ、サヤ!?」
サヤが速度を緩めて、川の中へ潜っていったね。ふむふむ、競争自体がおかしな方向になっちゃってるし、元々がお遊びなんだから、こういうのでもいいか。
おー、サヤを示す矢印とハーレさんを示す矢印がほぼ重なったし、その状態で上に上がってきてるから、ハーレさんの回収は無事に出来たっぽいね。
「えっと……ゴールでいいの?」
「ぷはっ! あー!? ヨッシが先に辿り着いてるのさー!?」
「流石にそれは仕方ないんじゃないかな? ハーレ、あのままだと確実に通り過ぎてたよ?」
「あぅ!? でも、脱出にはスキルを使うつもりだったのさー!?」
「あ、私が禁止にしちゃったから……」
なるほど、最初はスキルをガンガン使うつもりでいたけど、そうならなかったからこういう結果になった訳か。
「その時点で、勝ちは諦めました!」
「諦めてたのに、潜ったんかい! そこで止めるって選択肢は!?」
「単純にやってみたかったのさー!」
「なら、普通にスキルを使って脱出してもよかったんじゃね?」
「あ、そういえばそうでした!?」
「……まぁ別にいいけどさ」
ただの身内でのお遊びなんだから、ルールに厳格である必要はないけど……ちょっと勢いだけでやり過ぎじゃない? まぁサヤもヨッシさんも気にした様子もないし、むしろ楽しそうだしなー。
「おし、ともかくここからは支流を遡っていくぞ」
「ほいよっと」
「支流の方は、結構川幅が狭くなってるよね?」
「深さはどうなのかな?」
「それは行ってみれば分かるのさー!」
俺的には完全にまったり気分でいたけど、まぁこうやって周囲を気にせずワイワイ騒ぎながら進むのでもいいか。
他のプレイヤーの姿が全くない訳じゃないけど、陸地の方に大勢いるみたいだしなー。フィールドボス戦をしているっぽいのもチラホラと見えるし、まだ成熟体になってない人達も育成を頑張ってるんだろうね。
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