第1406話 目的地まで散策


 桜花さんから紹介してもらった『マツタケ』さんが、実はアルの知り合いだったという事が判明しつつ、草原エリアの西側の『日向の牧地』の上空を進んでいく。

 上から見る限り、ここは元々は名も無き草原だったんだろうなー。初期エリアと少し違うのは、背の高い草むらが少し多めなくらい? ただ、この辺は初めて来るから……マップがほぼ埋まってないな。


「アル、ここを抜けるのはどの程度かかる?」

「……そうだな。ザッとマップの踏破状況を見た限りだと、それほどはかからんと思うが……もう少し速度を上げるか?」

「別に今の速度でいいんじゃないかな?」

「そうなのさー! 今日の残り時間はまったり散策なのです!」

「今でも、十分な速さは出てるしね」

「みんながいいなら、それでいいか。アル、それでいくぞ」

「おうよ」


 桜花さんからの勧めで『湖中の蛍林』とやらを目的地に設定してはいるけども、明確にそこでやらなければならない事がある訳でもない。のんびりと過ごすのが目的なんだし、焦って移動する必要もないか。


「それにしても、ここは視界が拓けてるのさー!」

「上から見たらそうだけど、地面を歩いたら……ハーレは草むらの中に埋まりそうじゃない?」

「はっ!? 確かに!?」

「その辺が森林や森林深部とは違うところかな」

「それはそれで、こういうエリアの楽しさなのさー!」


 種族による大きさの差が顕著に現れる部分だよな、こういう場所って。オフライン版では飛行系の種族以外ではこうやってのんびり上から見下ろすなんて事は出来なかったし、改めて散策してみると新鮮さもあるもんだ。

 上から眺めるだけでなく、草むらの中をかき分けて進むっていうのも決して悪くはないんだけどね。俺のコケとロブスターも、ここの草むらだと姿が隠れてしまいそうだよなー。


「おぉ! ライオンが、バッファローを狩ってるのさー!」

「おっ、マジだ。あ、プレイヤーが一般生物のバッファローを仕留めてるのか」

「調理用の肉なんかをこの辺で調達してるんじゃねぇか? 森林深部だと、鹿肉とかだろうよ」

「……じゅるり」

「あはは、ここは食用アイテムの採集地なのかもね?」

「色々と作るにも、素材は大事かな!」

「だなー」


 他にも、食用になりそうな一般生物の動物を仕留めていく様子は結構見かけるもんな。ミズキの森林とかでは焼く様子をよく見たけど、この辺りでは狩猟がメインになっているっぽいね。


「はっ!? そういえば、ヨッシ! 『進化の軌跡・火の純結晶』はいりませんか!?」

「……え? あ、そういえば私達がログアウトした後に、ケイさんと検証をしてたんだったよね? なんだか対決になってたとは聞いたけど……」

「あぁ、そういやその話もあったな。詳しい話をまだ聞けてないんだが、どういう内容なんだ? 『純結晶』なんてのがある事自体、びっくりだったんだが」


 あれ? てっきり既に話し終えてるものと思ってたら、意外と伝わってなかったっぽいね、あのハーレさんとの夕方の検証……というか、勝負は。


「えーと……まぁそんなに極端な話じゃないぞ。『純結晶』は普通の進化の軌跡のパワーアップ版で、火属性なら『火の操作Lv6』『火魔法Lv6』『炎の操作Lv1』『生成量増加Ⅰ・火』の4つが一時付与になるなー。雷属性なら、それらの雷属性版」

「……ほう? 昇華相当の状態で一時付与になるのか。それは良さそうだが……熟練度の反映はされるのか?」

「あー、やっぱりそこは気になるとこだよな。でも、模擬戦で使っただけだから、そこはさっぱり不明」

「……なるほどな」


 消費せずに一時付与されるスキルを確認したかったから模擬戦で使ったけど、使用後にスキルLvがどういう風に反映されるかは……実際に模擬戦以外で消費してみるしかない。今、試してみるのもありだけど……。


「それなら油が手に入った時に、私が試してみようか?」

「……いいのか、ヨッシさん? 正直、無駄になる可能性の方が高いと思うんだけど……」

「うん、大丈夫だよ。火を毎回誰かに頼ってばかりもどうかと思ってたとこだから、強化ついでに試してみればいいしね。ハーレもそのつもりだよね?」

「そうなのさー!」

「あー、元々そういうつもりだったのか」


 なんだかんだで、ヨッシさんは火属性はほぼ扱ってないけど……料理をするには必須な部分ではある。魔法の火では駄目だから火種はどこかで調達する必要はあるけど……ダメ元でも試す価値はあるか。


「ケイ、駄目な可能性が高いってのは……スキルLvが高過ぎるからか?」

「まぁなー。流石に入手難度が高いとはいえ、アイテム使用の1回だけで、昇華が手に入るのはやり過ぎだろ?」

「……確かにな。だから、あくまで『純結晶』は一時的なものという判断か」

「そういう事! 今まで通りのスキルLvになる進化の軌跡も存在してるんだから、完全上位互換で潰してくる事もないはず」

「ま、普通の『結晶』の存在も考えると、そういう結論に行き着くか。生成手段は……『極意』系の進化の軌跡を素材に使うんだったな」

「そうそう! まぁ今は入手量が少なくても、Lvが上がってくれば入手機会も増えてくるだろ!」

「そうならないと困るのさー!」

「ははっ、まぁそりゃ違いねぇな」

「だよなー!」


 本当なら今もガッツリとLv上げに行くべきなんだろうけど……まぁ今日はまったりとするのに決めたんだから、そこは気にしない!


「そういう事なので、これはヨッシにプレゼントなのです!」

「うん、ありがとね、ハーレ。油が手に入ったら、色々と試してみよっか」

「ふっふっふ! その時が楽しみなのさー!」

「その時は、ケイが火種を用意かな?」

「あー、まぁそれでもいけるか。おし、そこは任せとけ!」

「うん、お願いね、ケイさん!」


 火種をどこからか貰ってくるつもりでいたけど、光の操作で太陽光を凝縮させれば火は着けられる。夜の日でも、閃光を使ったレーザー攻撃でもなんとかなるだろ。


<『日向の牧地』から『モロ平野』に移動しました>


 おっと、話してる間にエリア切り替えになった……って、ちょっと待てや、このエリア名!?


「モロ平野って、『モロヘイヤ』からのダジャレじゃね!?」


 野菜であるよな、モロヘイヤ! 葉野菜のやつ! いやいや、だからってなんでこういうエリア名になってんの!? 


「……命名クエストには盛大にネタに走ったエリア名があるし、その結果がここかな?」

「ネス湖があるくらいだし、この程度は今更だろ?」

「まぁそうなんだろうけどさー」


 今更なのは分かるけど、ツッコミを入れたくなる気持ちは変わらないっての! 選択肢は運営が用意してるとはいえ……ネタに入れたくなる人も結構いるんだな。


「はっ!? ここでは『モロヘイヤ』がアイテムとして手に入りますか!? それとも種族として出てきますか!?」

「どうなんだろ? 平原エリアみたいだから、色々内包してるだろうし、ありそうな気がするけど……」

「モロヘイヤと言えば、種に毒があるんだったか? オフライン版では存在してなかったが、毒草の一種として存在しててもおかしくはないな」

「あ、そういえばそうだったね」

「毒、あるんだ!?」


 へぇ、相変わらずアルは物知りですなー。モロヘイヤに毒があるとか、全く知らなかったぞ! まぁ主題はそこじゃないから、今は置いておくとして……。


「ほう? 西に川の支流が分かれているみたいだな」

「その先が、目的地の『湖中の蛍林』な気がします!」

「位置的にもその可能性が高いだろうが……ケイ、どういう経路で進む? このまま上空を通るか、川に降りるか、それ以外でも構わんぞ?」

「あー、どうするか……?」


 この『モロ平野』の真ん中に、南から北に向けて流れている川がある。支流になっている部分はここから少し北の下流の部分だけど……うーん、上から突っ切るのが早いのは間違いない。だけど、今日はまったりが目的だしなー。

 支流はそれほど大きくはないし、この様子だと源流の部分が『湖中の蛍林』になってそう? そういう場所なのだとしたら……。


「川に降りて、支流との合流地点まで川下りして、そこから支流を遡っていくのでどう? 折角だし、川を満喫しながらって事で!」

「あ、それは良さそうかな!」

「それ、いいね。んー、それなら何か食べながらのんびり進む?」

「おぉ! ヨッシ、いいの!?」

「今日はそういう日って事でね? えっと、確か作るのに失敗した冷凍みかんがあったはず……。あ、失敗したと言っても、回復性能の向上に失敗しただけで、味は変わらないからね」

「おー! やったー!」


 ほほう? 凍らせるだけのものがどういう風に失敗したのかが気になるけど、気兼ねなく消費出来るのがあるのはいいね。


「あ、それって魔法で凍らせたら失敗したやつかな?」

「うん、それだね。アイテム自体は変化したけど、効果が一切変わらなかったやつ。やっぱり加工するには、天然の環境を使わないと駄目みたい」

「あー、そういう失敗もあるのか。……あれ? それって、川の水を凍らせるのは……大丈夫なのか?」

「氷自体を生成する訳じゃないし、アイテムとしての変化は引き起こせるから大丈夫だとは思うよ? 駄目ならマツタケさんも手段として提示はしてこないだろうしね」

「あ、そりゃそうか」


 ふむふむ、料理をする為の条件も色々とあるって事か。まぁ氷自体にはアイテムとしての性能は特にないんだし、生成した冷気で凍らせる分には問題ないって事か。

 逆に言えば、性能を変えずに凍らせた果物を作る事も可能? いや、どこで使うか微妙なとこか。まぁ回復アイテムとして使うのではなく、ただ食べるのが目的なら問題ないのかも?


「はい、ハーレ」

「ヨッシ、ありがとー! ふっふっふ、冷凍みかんなのです!」


 シンプルに蜜柑を凍らせただけのものなのに、ハーレさんのテンションが高いな!? でもまぁあれはあれで美味いから、その気持ちは分からなくもない。

 川下りをしながら、まったりと冷凍みかんを食べるのはいいかもね。


「サヤとケイさんもどうぞ」

「ありがとうかな!」

「サンキュー、ヨッシさん!」


 受け取った冷凍みかんは冷たさは感じないけど、普通の蜜柑と違って固さはありますなー。まぁ凍ってるんだから当然だけど。皮は普通の蜜柑でもまともに剥けないから、そのまま齧ればいい……って、その前に川まで降りるのが先か。


「アルさんには……川に降りてからの方がいい?」

「その方が動きやすいから、そうしてくれると助かる。てか、完全に川下りで決定みたいだな?」

「だなー! って事で、アルは川まで降りてくれ! 降りたとこから、支流との合流部分まで下る感じで!」

「おうよ!」

「川に降りるまでは、冷凍みかんはお預けなのさー!」


 見えている川までは少し距離があるけど……まぁ今の移動速度ならそう時間もかからずに辿り着く――


<ケイが成熟体・暴走種を発見しました>

<成熟体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント8、融合進化ポイント8、生存進化ポイント8獲得しました>

<ケイ2ndが成熟体・暴走種を発見しました>

<成熟体・暴走種の初回発見報酬として、増強進化ポイント8、融合進化ポイント8、生存進化ポイント8獲得しました>


 ん? 何か影が落ちてきたと思ったら、発見報酬が……って、成熟体!? あ、ここで出てくる成熟体なら徘徊種か! おー、雲の上から出てきたっぽい。ほほう、東洋系のドラゴンときたか!


「あ、竜が飛んでるかな!」

「かなりデカい徘徊種の竜か。赤いし、火属性っぽい……おっ、背中に色んな種族を乗せてるな」


 ふむふむ、こりゃあちこちのエリアにそのエリアにはいなさそうな種族をばら撒いてる個体だな。うん、マグロとか、イカとか、タコとか、ホタテとか……海の種族を背負いまくってますなー。


「おぉ! この竜、アルさんより大きいのさー! スクショを撮ってもいいですか!?」

「徘徊種は、スクショを撮ったら襲ってくるんじゃない?」

「まぁ倒せはするだろうけど……ここで戦闘は、正直面倒だからパス! 倒すならハーレさんだけでよろしく!」

「あぅ!? 私だけで相手をするの!?」


 別に戦ってもいいけど、徘徊種なら戦わなくてもいい相手でもあるしなー。海の種族をばら撒いてる最中なら、その邪魔をしなくてもいいだろ。


「それなら自重して……あっ、投下されてる雑魚敵は撮っても大丈夫だよね!?」

「あー、アル、その辺はどうなんだ?」

「徘徊種がスクショの中に収まってなければ問題はなかったはずだな」

「なら、落ちていく海産物を撮るのさー!」


 おー、そう聞いた瞬間に思いっきりハーレさんがスクショを撮る為にアルのクジラの上を動き回り始めた。まぁ戦闘にならないなら、思う存分撮ってくれて構わないけどね。

 自分で倒すなら、徘徊種の竜も撮ってくれても問題はないけども。いやー、今日はサヤとハーレさんと戦ったから、もうなんか戦闘する気力が全然出てきませんなー。


「なんだかケイ、疲れ気味かな?」

「疲れてるって程でもないけど、戦闘をする気力がいまいち出ない……」

「気力が尽きちゃってるのかもね? サヤも結構、容赦なく攻めてたし?」

「あれだけやっても、勝てなかったかな……」

「いやいや、あれだけやってきてたから、こうして燃え尽きてるんだけどな!? そういうサヤは、疲れてないのか?」

「……あはは、私も今日はこれ以上戦いたくはないかな? ケイとの対決は全然気が抜けないから、疲弊が凄いかも……」

「そこはお互い様だけどなー」


 まぁだからこそ、今こうやってのんびりとしている訳で……。サヤも思った以上に疲弊はしてたんだな。それほど長時間ではなかったはずだけど……疲れ方は内容次第って事か。


「ハーレさん、いざとなれば、俺は余力はあるから竜と戦ってもいいぞ?」

「私も元気だから、いけるよ? サヤ、ケイさん、私達が戦う分には問題ないよね?」

「あー、まぁそれなら問題ない? サヤはどう?」

「そういう事なら、問題ないかな?」

「おぉ! 撮影許可が出たのです! それじゃ撮るのさー!」


 俺らが戦わなくて済むなら、無理に制限する必要もないだろ。『黎明の地』にいる徘徊種なら、今の俺らよりも格下だろうし、苦戦もしないだろうしね。

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