第1374話 アルバイトの話
いつものスーパーの店長さんからの話が終わり、イートインスペースに場所を変えている。店長さんは流石にずっと話している訳にもいかなかったので、まぁそれは当然だよなー。
「要は、8月の1週目のシフトを決めるから、来週中には出れる時間帯を申告しとけって事だな。吉崎、どうすんの?」
「俺はぶっちゃけ別にどこでもいいから、そう出す気だけど……」
「マジか!? おし、そういう事なら部活との兼ね合いもあるのも調整しやすいぜ! いいよな、そういう調整をしてもよ!」
「まぁ山田に用事があるならそれでもいいけど……部活って何やってんの?」
「eスポーツ部だ、eスポーツ! 吉崎は何も部活はやってねぇの?」
「俺は何もしてないけど……へぇ? 山田がeスポーツねぇ?」
確かに中学の頃に色々とゲームセンターに行って対戦した事はあるし、強かった覚えもあるけど……まさか部活でやってるとはなー。フルダイブのオンライン化は俺が中学3年の頃だったから、そういや山田とは家庭用のVR機器でのフルダイブで対戦ってした事ないな?
「あー! どこかで聞いた名前だと思ったら、去年の県の大会でFPS部門で優勝してた山田さん!?」
「おう、それだ、それ! って、え? 相沢さんがなんで知ってんの!?」
「……相沢さん、うちの高校の新設されたeスポーツの部長さんだ」
「うん、そうなの!」
「マジか!? そこの高校にはeスポーツ部は無かったのに、新設されたのかよ! だー! そうか、自分で作るって手があったか!」
サラッと相沢さんが言ってるけど、何気に山田が県大会で優勝してるとか言ってるな!? え、確かにゲームは上手かったとは思うけど、マジで?
「兄貴、話についていけません!」
「あー、すまん。とりあえず山田、その辺の話は後でいいか? 折角顔を合わせてるんだし、都合のいい時間帯を決めとこう」
「そりゃそうだが……今すぐ決めんのか? 期限、来週末までだよな?」
「むしろ、その都合が分からないのに、よく夏休みにバイトをしようと思ったな!? あ、だから4人も採用か!?」
「わっはっは! いやー、VR機器が初期モデルのヤツだし、そろそろ買い替えたくてな! 親はたかがゲームって金は出しちゃくれねぇし、高校の大会じゃ賞金も出ねぇしよ?」
「……なるほどなー」
部活として県大会で優勝してたとしても、ゲームはゲーム扱いか。その辺って両親の理解があるかどうか次第だから、山田的には運がないのかもしれないなー。県大会で優勝してるくらいなら、機器の買い替えは割と大真面目な理由な気もする。
てか、普通に凄いなー。いやー、同じ高校にいる同じ中学の友達でも運動部でそういう奴はいるけど、県大会で優勝ならそれより先の大会にも出てるんだろうな。あー、予定がはっきりと分からないのってその辺の兼ね合いもある?
「私も結構自由に決められるので、その辺は心配いらないのさー!」
「おっ、ありがたい事を言ってくれるな。吉崎の妹さん……って、そういう呼び方も失礼だな? 吉崎は晴香って呼んでたな? 流石に呼び捨てはあれだから、晴香ちゃんって呼んでも?」
「大丈夫です!」
「あー、吉崎が2人になってるし、俺も圭吾でいいぞ」
「なら、そうさせてもらうわ! 8月からはよろしくな、圭吾、晴香ちゃん! あ、俺の事も直樹でいいぜ」
「ほいよっと」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
さて、山田……下の名前は忘れてたけど、『ナオキ』だったか。えーと、漢字は……あぁ、思い出した! 『直樹』で『ナオキ』だな。よし、呼び方は山田じゃなくて直樹にするという事で、間違わないようにしないとな。
「つーか、晴香ちゃんのその制服……うちの高校じゃね? 地味に後輩か?」
「……え? あ、確かにそうなのさー!」
「あ、何気に同じ高校だったのか」
まぁこの付近に住んでるなら、行く高校って限られるしなー。あの高校も俺の出身の中学から行ってる奴は結構多いから、そう不思議な事でもないか。
「えっと、それなら先輩って呼んだ方がいいですか!?」
「そう呼ばれるのは悪くはねぇが……流石にアルバイト仲間になるんだし、それはやめとくか。1人だけ学年が下でやりにくくさせちゃいかんしな!」
「はーい!」
あー、そういや直樹は1歳違いで偉そうにするのって嫌ってたっけ。その辺、俺も同じ感覚だからよく分かる!
「それで……相沢さんは、何でそんな恐縮そうに縮こまってんだ?」
「……ただ、美味しい物が食べたいって理由でアルバイトをやろうとしててごめなさいー!?」
「あー、圭吾? これ、どういう状況だ?」
「さぁ?」
なんか盛大に悶絶してるっぽい相沢さんだけど……直樹のアルバイトの理由を聞いて妙に自分が恥ずかしくなったとかそういう感じか? 別にその辺は人それぞれなんだし、気にする必要もないと思うけど……。
ぶっちゃけ、俺や晴香も遊ぶ為の金ではあるしなー。まぁ晴香の場合は、俺の貸してるVR機器を買い取る為だしね。部活なら部活でそれ用の機器はあるだろうし、そこまで気にする事でもないだろ。
「ただ単に、相沢さんは自己嫌悪してるだけだと思うのさー!」
「あー、俺の理由に対してか。他の誰がどういう理由でアルバイトをしてても気にしちゃいねぇし……そういう反応はやめてくれや。むしろ、不愉快だぜ?」
「はっ!? そうだよね!? そこはごめんなさい!」
「おう、それでいいって事よ!」
なんか妙に相沢さんってズレてるとこがある気がするけど……まぁそこは気にしなくていいや。
「てか、部活云々で予定が決まりきってないのは相沢さんもじゃね?」
「あ、そうなるね! 大会には出る予定だから、その日は流石にアルバイトは無理かも!」
「はっ、新設の部活で勝ち上がってくる気か? 8月まで、残ってるか怪しいんじゃねぇの?」
「あー、下に見てるね! 県大会で優勝したからって、油断してると倒しちゃうから!」
おー、なんか妙な所で火花が散り始めたけど……よく考えたら、高校の大会で県大会なら普通にライバル関係か。まぁ去年の優勝の実績ありと、今年出来たばかりだと……うん、ぶっちゃけうちの高校は相当厳しいだろうな。
「てか、圭吾はeスポーツ部は入ってねぇの? ゲームにもよるけど、物によったら俺より強かったよな?」
「それ、中学の時の話だろ。本格的に娯楽の域を超えてやってる奴に、今も勝てる気はしねーわ!」
俺がやってるのはあくまでも遊びの範疇だし、それ以上を求めてやってる相手に勝てるとか思わん!
「いやいや、吉崎くんって十分過ぎる程に強いよね!? ちょっと競技に指定されてるゲームでの動きとか見てみたいくらいなんだけど!」
「ん? 相沢さん、圭吾がゲームやってんのを見た事あんのか?」
「あ、うん! 息抜きでやってるオンラインゲームで――」
「相沢さん、俺の個人情報はどうなってんのー?」
「はっ!? 今のはごめんなさい! だから、お姉ちゃんには言わないでー!? 昨日、散々に怒られた後なんだよー!?」
「いや、それは知らんから!」
てか、怒られた後の割に口が軽いな!? 別に知られて困る内容でもないし、知ってる相手だから別にいいけど……不用意過ぎない?
「なぁなぁ、晴香ちゃん? 変な様子な気がするんだが、なんか事情は知ってたりする?」
「えっと、兄貴に強引に部活勧誘をしたって警戒されて、色々と騒動がありました! あと、付き合ってる疑惑が出て、色々と面倒な事に――」
「晴香ちゃん、それを思い出させないでー!?」
あー、もう1人の口の軽い晴香を怒ろうとしたら、その前に相沢さんが顔を真っ赤にして突っ伏してしまった。なんかこういう状況を見るのも増えてきて……嬉しくないわ!
「ほほう? 色恋沙汰には無関心だった圭吾にも、春が来たってか?」
「いや、そういうのじゃないから」
「否定が早いな、おい!? 中学時代の人気トップクラスの相沢さんが相手で、そういう反応が出るか!?」
「山田くん!? なんか恥ずかしいから、そういう話題もやめてー!?」
「あ、すまん。……なんか、中学の時の印象が随分違うのな、相沢さんって」
「……こんなもんじゃね?」
中学時代の印象が全然ないけど、最近話すようになってから特にこれといって大きく印象が変わってはないけどなー。まぁ最初に警戒してた時とは、流石に多少の印象は違うけども。
「目立っているので、みんな、声を落とすのさー!」
「……晴香がそれを言うか? いやまぁ、確かにその通りだけどさ」
「わっはっは! まぁそりゃ違いねぇ……っと、そういや圭吾の連絡先って変わってねぇよな?」
「ん? まぁ前のままだけど……あ、そうだ。相沢さん、アルバイト仲間でグループメッセージを作るって話は?」
「……え? あ、山田くんを入れるのは当然だよね!? うん、もちろんそうだよね!」
「何、その慌てっぷり?」
「あはは、気にしない、気にしない! とりあえずササっと作っちゃおう!」
なんだか妙な感じもするけど……なんで直樹はグループメッセージを作る人数に入ってないんだ? 全く接点がない相手なら仕方ないにしても、お互いに知ってた状態なら問題ないだろ。
「はいはーい! それじゃ申請を送るから、チャチャっと作ろう! 私は部活に戻んなきゃだし!」
<システムメッセージ:グループ『アルバイト仲間』の申請が届いています。承諾しますか?>
さーて、相沢さんから携帯端末へとグループの作成の申請が届いたし、サクッと了承してしまうか。至近距離にいれば一律で申請が送れるのは楽でいいしね。
……シンプル過ぎるグループ名だけど、まぁ役割としては問題ないだろ。別にどこかに公表していくものでもないしなー。とにかく、これでグループ内でのメッセージ機能は使えるようになったね。
「おし、登録完了だ! ま、圭吾と晴香ちゃんには頼りにさせてもらうかもしれないが、よろしくな」
「その辺は任せとけ! 大体は4人の中で2人ずつって言ってたし、去年もやってるから勝手はある程度は分かってるしな」
「お、マジか! それは頼もしいな、吉崎先輩よ!」
「変な呼び方はやめんか!」
「わっはっは! 悪い、悪い!」
まったく、久々に会ったっていうのに相変わらずからかってくるな、こいつは! まぁ妙に距離を感じるような事もないってのも、やりやすくていいけどさ。
「えっと、晴香ちゃんも経験者って言ってなかった? え、でも、今年が初めてだよね?」
「それは少し前のイベントでの短期のアルバイトなのさー! 今回みたいなのは初めてです!」
「あ、そうなんだ? それじゃ、一緒にシフトに入る事になったらよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
なんというか、晴香の相沢さんに対する警戒心がどっか消えてません? いやまぁ、別に悪い訳じゃないけど……って、そういや問い詰める内容があるんだった!?
「それじゃ私は部活に戻るから! またねー!」
「はーい!」
「あ、ちょ、待っ……って、もういねぇ!?」
あー、今の相沢さんは思いっきり逃げたな。問い詰められないように、逃げ切られたか!
「なんか随分と急いでたな? うし、俺もちょっとこの後は用事があるし、また今度な! そういや圭吾、今やってるゲームってなんだ? 別に本人に聞く分には問題ないんだろ?」
「まぁ勝手に言われるのが嫌なだけだしなー。今やってるのは、あれだ。モンエボのオンライン版」
「あー、あの色物ゲーか! そういや少し前にオンライン版が始まってたっけな。なるほど、オフライン版はやりまくってたのは知ってるし、納得だな」
「色物って……いやまぁそれは否定出来ないけどさ」
「わっはっは! それじゃ、また今度な! 気が向いたら、メッセージでも送るわ!」
「ほいよっと!」
そう言いながら直樹は立ち去っていった。まぁあいつとはアルバイトで遭遇するまでほぼお互いにやり取りはなかったけど……完全に縁が切れた訳でもなかったか。いやー、まさか久々に会った割に、全然お互いに接し方が変わらないとも思わなかったなー。
まぁそれはいいとして……相沢さんには逃げられたけど、問い詰められる相手はまだ残っている。そして、こっちは逃げる手段はない!
「はっ!? 何か兄貴が怖いのさー!?」
「さーて、晴香? 相沢さんに弟がいるって嘘がどういう事なのか、説明してもらおうか!」
「相沢さん、それで逃げたんだー!?」
「むしろ、それは俺が知りたいからなー! 言わないなら、VR機器を売る話は無かった事に――」
「わー!? 兄貴、待って、待って!? それにはちゃんと理由があるのです!」
「……理由ってどんな? 答えないって選択肢は与えないからな?」
「サヤを安心させる為なのさー!」
「……はい?」
えっと、全く予想してなかった方向から理由が来たんだけど……何がどうしてそうなる? え、相沢さんに弟がいて、その弟がヨッシさんにあれこれやってた事を嘘にして、どうしてサヤが安心するって話になるんだ?
「それ、どういう理屈だ?」
「サヤが相沢さんに対して神経質になり過ぎてたし、理由もよく分かってなかったみたいだから、分かりやすい理由を作ったの! ほら、中学の件もあったし!」
「あー、勝手に周りが思い込みでどうこうって話か……」
なるほど、相沢さんの勧誘関係のトラブルが無自覚にサヤの嫌な部分を刺激していた事になるのか。俺が相沢さんを警戒しまくってた部分にも原因の一端がありそうな……? でも、それって……。
「理由は分かったけど、嘘で誤魔化すのもどうかと思うぞ?」
「その辺は夏休みに遊びに行った時に話すつもりでいるのです! だから、兄貴も今は誤魔化されてくれませんか!?」
ヨッシさんも話を合わせて動いていたんだし、俺が下手に事実を言う方が変な事になりかねないか。完全に考えなしでやっているとも思えないし……相沢さんも完全に共犯だよな?
どういう理由で相沢さんまで共犯になってるのかは分からないけど、悪意があっての事ではなさそうだ。そう遠くないうちにサヤに教えるつもりでいるなら、ここは黙っておくとするか。
「はぁ……分かったよ。その辺は誤魔化されておいてやる」
「……ふぅ、助かったー!」
露骨に安心し切った様子だけど……まぁいいか。あ、そういえばオリーブオイルがいいって店長からの勧めは……これは晴香には言わずに、サヤだけに言った方がいいよな。
悩んでいたってのは、晴香やヨッシさんには言わない方がいいだろ。……ふむ、仲が良い間柄であってもなんでも言えば良いってものでもないのかもね。
「それじゃ帰るぞ」
「はーい!」
ササっとサヤに『オリーブオイルが良いかもしれない』とメッセージを送信はしたし、あとは家に帰って続きをやっていきますか! 今日はちょっと遅めのログインにはなるけど、まぁアルバイト絡みの話があったんだから仕方ないよな。
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